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【06】始まりの終わり(下)
11 悪魔に強制召喚されました(前)
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パラディンの執務室に遊びに行った日――とドレイクは頑なに言い張っている――から三日目の朝。
珍しく自分の執務机で端末をいじっていたドレイクに、イルホンは事務仕事をしながら軽い気持ちで声をかけた。
「大佐。次はどんな悪巧みをする予定ですか?」
「悪巧みって……」
さほど重要なことはしていなかったのか、ドレイクは端末のディスプレイから視線をはずすと、心外そうにイルホンを睨みつけた。
「何で悪巧みって決めつけるの。決めつけはよくないよ、決めつけは」
「そうですか。では、どんな企みを?」
「悪を取ってもあんまり変わらないね。まあ、早急に考えなくちゃならないのは、殿下に保留にしてもらってた宿題かな」
少し休憩する気になったのだろう。ドレイクはにやりと笑うと、椅子の背もたれに寄りかかり、相変わらずぼさぼさの頭の後ろで両手を組んだ。
「宿題……?」
「あ、イルホンくんも忘れてた? 俺もうっかり忘れてたけど、アルスターが〝栄転〟したら対応策を考えるって殿下に言っちゃってたんだよね。まだ配置図が配信されてないのはそのせいだ。あの人、無駄に記憶力いいから、俺の対応策聞いてから配信するつもりでいるよ」
「ああ……そういえば」
言われてイルホンも思い出した。
確かに、いつだったかの〝殿下通信〟で、そのような話をしていた。
ただ、あのときのドレイクは『アルスターが〝栄転〟したら』とは言っていなかった。司令官が勝手にそう解釈して、ドレイクはノーコメントと暗に肯定していたはずだ。
(アルスター大佐が本当に〝栄転〟になったから、ごまかす必要もなくなったんだな)
イルホンも勝手にそう解釈して、そこは突っこまないことにした。
「つまり、その対応策が宿題ですね。……もう考えてあるんじゃ?」
「いやー、まだ考え中。だからここに座ってるんじゃん」
ばつが悪そうに笑っているが、おそらく、対応策はすでに考えてある。
いまドレイクが悩んでいるのは、それを司令官に伝える方法だろう。メールで済まそうかと思ったが、うまく文章にまとめられない。そんなところではないだろうか。
(代筆しろと言われればするけど、俺から言い出すのもなあ……)
ドレイクなら、無駄な見栄は張らないで、イルホンにそう命令するだろう。
それをしないということは、今はまだ保留にしておいたほうがいいと考えているのかもしれない。一応、いつ言われてもいいように心積もりだけはしておいて、イルホンは自分の端末のディスプレイに目を戻した。
と、そのときだった。
ドレイクの端末からメールの着信音がした。
何となく、嫌な予感がした。
ドレイクもそう思ったらしく、おそるおそる端末を操作して、すぐに両手で頭を抱えた。
「うわ! 悪魔から召喚状が来た!」
「え!」
つられて叫んでから、イルホンははっと我に返った。
「悪魔って……どの悪魔ですか?」
「ええ、悪魔って言ったらもちろん……あ、そうか、護衛艦隊ってやたらと悪魔がいたっけ」
ドレイクは腑に落ちたようにうなずいたが、その悪魔たちの一人に〝大魔王〟と呼ばれたことは覚えていないのだろうか。
「えーとね、この艦隊でいちばんえらい悪魔様だよ。その気になればいつでも俺の給料を減らせる」
そう説明されて、イルホンは瞬時にどの悪魔なのか察した。
「殿下ですか!」
「そう、殿下。……まったくもう、イルホンくんが殿下のこと口にするから」
「いや、俺は言ってないですよ。大佐が自分から言ったんですよ」
「前振りしたのはイルホンくんじゃん」
「それはそうですが……しかし、召喚状って……例の対応策の件ですか?」
司令官が痺れを切らして呼び出したのではないかと思って問うと、ドレイクは苦笑いして首を横に振った。
「いや、それに関してはまったく。なんか、俺にコーヒー飲ませたいみたいだよ?」
「コーヒー!?」
「何だろうねえ。素直に対応策を上申しろって書けばいいのにねえ」
呼ばれているのは自分だというのに、ドレイクの口調は他人事のようである。
あまりに予想外すぎて、感情が麻痺してしまっているのだろうか。
「それなら、召喚状ではなく招待状なのでは?」
「俺的には召喚状のほうがしっくり来るな」
「じゃあ、その召喚状、読ませてもらってもいいですか?」
「いいよー。転送するよー」
別に転送してもらわなくても、ドレイクの端末のディスプレイを見せてもらえればそれでよかったのだが、ドレイクは軽く承諾して、悪魔の召喚状こと司令官からのメールをイルホンの端末に転送してきた。
ドレイク宛ての司令官の文章は、ドレイクに合わせているのか、非常に簡潔明瞭である。
前置きもなく、いきなり本題。
ドレイクの言うとおり、自分の執務室にコーヒーを飲みに来いと書かれていて、その下には日時が記されていた。
「今日の十五時ですか。いきなりですね」
「だよね。俺の予定なんかお構いなしだよ」
「予定……ありましたっけ?」
「これから作ればあるね」
「それじゃあ、予定があるからと言って断れませんね。そもそも、殿下に呼ばれたらその予定のほうを変更しなければなりませんが」
「だから言ったじゃない。これは召喚状だって」
ドレイクは腕組みをして溜め息をついたが、開き直ったように顔を上げた。
「まあ、呼ばれたからにはしょうがない。サッと行ってサッと帰ってこよう」
「……大佐、本当に殿下のこと好きなんですか?」
これまで何度となく訊ねたことをまた訊ねると、ドレイクは真面目くさった顔で答えた。
「もちろん大好きだよ! でも、一緒にコーヒーは飲みたくないんだよ!」
「どうしてですか?」
「緊張するじゃん!」
「ええ……」
冗談としか思えない。が、これまでの言動を振り返るに、ドレイクは司令官を眺めるのは大好きだが、一対一で会話をするのは苦手らしい。
(でも、殿下は大佐と長話したいんだよな……)
四日前にここに届け物をしに来た、司令官の側近・ヴォルフも言っていた。
そもそも、ヴォルフが来ることになったのは、ここに来たがっていた司令官をドレイクが屁理屈で退けたからだった。ドレイクいわく、ここは司令官のような高貴なお方が来ていい場所ではないそうだ。この世のはきだめみたいなところとまで言っていた。
(それにしても、何でまたコーヒー……まさか)
ふと、イルホンはある可能性を思いついたが、それをドレイクに伝えても強制召喚は回避できない。
とりあえず、了解しましたと司令官に返信するようドレイクに勧め、ドレイクが不在でも困らないよう、仕事の段取りをつけたのだった。
珍しく自分の執務机で端末をいじっていたドレイクに、イルホンは事務仕事をしながら軽い気持ちで声をかけた。
「大佐。次はどんな悪巧みをする予定ですか?」
「悪巧みって……」
さほど重要なことはしていなかったのか、ドレイクは端末のディスプレイから視線をはずすと、心外そうにイルホンを睨みつけた。
「何で悪巧みって決めつけるの。決めつけはよくないよ、決めつけは」
「そうですか。では、どんな企みを?」
「悪を取ってもあんまり変わらないね。まあ、早急に考えなくちゃならないのは、殿下に保留にしてもらってた宿題かな」
少し休憩する気になったのだろう。ドレイクはにやりと笑うと、椅子の背もたれに寄りかかり、相変わらずぼさぼさの頭の後ろで両手を組んだ。
「宿題……?」
「あ、イルホンくんも忘れてた? 俺もうっかり忘れてたけど、アルスターが〝栄転〟したら対応策を考えるって殿下に言っちゃってたんだよね。まだ配置図が配信されてないのはそのせいだ。あの人、無駄に記憶力いいから、俺の対応策聞いてから配信するつもりでいるよ」
「ああ……そういえば」
言われてイルホンも思い出した。
確かに、いつだったかの〝殿下通信〟で、そのような話をしていた。
ただ、あのときのドレイクは『アルスターが〝栄転〟したら』とは言っていなかった。司令官が勝手にそう解釈して、ドレイクはノーコメントと暗に肯定していたはずだ。
(アルスター大佐が本当に〝栄転〟になったから、ごまかす必要もなくなったんだな)
イルホンも勝手にそう解釈して、そこは突っこまないことにした。
「つまり、その対応策が宿題ですね。……もう考えてあるんじゃ?」
「いやー、まだ考え中。だからここに座ってるんじゃん」
ばつが悪そうに笑っているが、おそらく、対応策はすでに考えてある。
いまドレイクが悩んでいるのは、それを司令官に伝える方法だろう。メールで済まそうかと思ったが、うまく文章にまとめられない。そんなところではないだろうか。
(代筆しろと言われればするけど、俺から言い出すのもなあ……)
ドレイクなら、無駄な見栄は張らないで、イルホンにそう命令するだろう。
それをしないということは、今はまだ保留にしておいたほうがいいと考えているのかもしれない。一応、いつ言われてもいいように心積もりだけはしておいて、イルホンは自分の端末のディスプレイに目を戻した。
と、そのときだった。
ドレイクの端末からメールの着信音がした。
何となく、嫌な予感がした。
ドレイクもそう思ったらしく、おそるおそる端末を操作して、すぐに両手で頭を抱えた。
「うわ! 悪魔から召喚状が来た!」
「え!」
つられて叫んでから、イルホンははっと我に返った。
「悪魔って……どの悪魔ですか?」
「ええ、悪魔って言ったらもちろん……あ、そうか、護衛艦隊ってやたらと悪魔がいたっけ」
ドレイクは腑に落ちたようにうなずいたが、その悪魔たちの一人に〝大魔王〟と呼ばれたことは覚えていないのだろうか。
「えーとね、この艦隊でいちばんえらい悪魔様だよ。その気になればいつでも俺の給料を減らせる」
そう説明されて、イルホンは瞬時にどの悪魔なのか察した。
「殿下ですか!」
「そう、殿下。……まったくもう、イルホンくんが殿下のこと口にするから」
「いや、俺は言ってないですよ。大佐が自分から言ったんですよ」
「前振りしたのはイルホンくんじゃん」
「それはそうですが……しかし、召喚状って……例の対応策の件ですか?」
司令官が痺れを切らして呼び出したのではないかと思って問うと、ドレイクは苦笑いして首を横に振った。
「いや、それに関してはまったく。なんか、俺にコーヒー飲ませたいみたいだよ?」
「コーヒー!?」
「何だろうねえ。素直に対応策を上申しろって書けばいいのにねえ」
呼ばれているのは自分だというのに、ドレイクの口調は他人事のようである。
あまりに予想外すぎて、感情が麻痺してしまっているのだろうか。
「それなら、召喚状ではなく招待状なのでは?」
「俺的には召喚状のほうがしっくり来るな」
「じゃあ、その召喚状、読ませてもらってもいいですか?」
「いいよー。転送するよー」
別に転送してもらわなくても、ドレイクの端末のディスプレイを見せてもらえればそれでよかったのだが、ドレイクは軽く承諾して、悪魔の召喚状こと司令官からのメールをイルホンの端末に転送してきた。
ドレイク宛ての司令官の文章は、ドレイクに合わせているのか、非常に簡潔明瞭である。
前置きもなく、いきなり本題。
ドレイクの言うとおり、自分の執務室にコーヒーを飲みに来いと書かれていて、その下には日時が記されていた。
「今日の十五時ですか。いきなりですね」
「だよね。俺の予定なんかお構いなしだよ」
「予定……ありましたっけ?」
「これから作ればあるね」
「それじゃあ、予定があるからと言って断れませんね。そもそも、殿下に呼ばれたらその予定のほうを変更しなければなりませんが」
「だから言ったじゃない。これは召喚状だって」
ドレイクは腕組みをして溜め息をついたが、開き直ったように顔を上げた。
「まあ、呼ばれたからにはしょうがない。サッと行ってサッと帰ってこよう」
「……大佐、本当に殿下のこと好きなんですか?」
これまで何度となく訊ねたことをまた訊ねると、ドレイクは真面目くさった顔で答えた。
「もちろん大好きだよ! でも、一緒にコーヒーは飲みたくないんだよ!」
「どうしてですか?」
「緊張するじゃん!」
「ええ……」
冗談としか思えない。が、これまでの言動を振り返るに、ドレイクは司令官を眺めるのは大好きだが、一対一で会話をするのは苦手らしい。
(でも、殿下は大佐と長話したいんだよな……)
四日前にここに届け物をしに来た、司令官の側近・ヴォルフも言っていた。
そもそも、ヴォルフが来ることになったのは、ここに来たがっていた司令官をドレイクが屁理屈で退けたからだった。ドレイクいわく、ここは司令官のような高貴なお方が来ていい場所ではないそうだ。この世のはきだめみたいなところとまで言っていた。
(それにしても、何でまたコーヒー……まさか)
ふと、イルホンはある可能性を思いついたが、それをドレイクに伝えても強制召喚は回避できない。
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