15 / 39
第5章 夕飯は鶏鍋(塩味)
5―3
しおりを挟む
何となく、嫌な予感はしていた。
それはタケダ以外の三人の管制室長たちも同じだったようだ。アシュトンの口からはっきりと『今日の午後、ナイトリーが死んだ』と知らされると、驚くより先に嘆きの声を漏らした。
「アシュトンさん。あなたのことを疑ってるわけじゃないけど、あとで博士に会わせてもらえないかしら?」
アシュトンの簡単な説明を聞いた後、深くうなだれたままそう言ったのは、タケダの左隣に座っていた赤毛の大男――ハートだった。女言葉を使い化粧もしているが(おまけにそれが板についてもいるが)、それは一種の鎧だろうとこの場にいる全員がおそらく知っている。
「私、ここしばらくあの子と直接会ってなかったの。最後にお礼とお別れを言いたいわ。本当は生きてるうちに言いたかったけど」
「承知しました。この後、霊安室にご案内いたします」
日本的に言うと会議机の上座――タケダの斜め右にいるアシュトンが軽く頭を下げる。
その〝霊安室〟という言葉に触発されたのか、今度はタケダの向かいに座っていた金髪の男――マクミランが今時珍しい眼鏡をかけた緑眼をアシュトンに向けた。
「アシュトン殿。博士のご遺体をいち早く冷凍保存されたかったのは理解できます。しかし、本当に死因は明らかにしなくてよかったのですか?」
「おそらく、そのためには博士のお体を切り刻まなければならなかったでしょう」
目を伏せて淡々とアシュトンは弁明する。
「そして、たぶんそこまでしても博士の死因は我々にはわからなかったはずです。カガミ様以外のパイロットの方々にはあくまで可能性の一つとして申し上げましたが、私は博士は服毒自殺されたものと考えております」
これにはマクミランだけでなく、管制室長全員が同じ言葉を叫んだ。
「どうして!」
「さあ。それは私にもわかりかねますが、博士はかねてより、ご自身の代行を用意されておりました。研究や開発に関すること以外なら、これからその代行が博士の代わりを務めてくれます」
「代行? そんな方がいたのですか?」
マクミランの右隣かつハートの向かいにいた白髪交じりの黒人の男――スミスが、ただでさえ大きな黒い目をさらに大きくする。今度は口には出さなかったが、タケダも同感だった。たぶん、他の二人も同様だろう。
「はい。ですから、何か新たな動きがあるまでは、博士は研究室に引きこもって研究に没頭されていることにいたします。パイロットの方々も外部に博士の死去は知らせないと約束してくださいました。博士が直々に選ばれた方々です、約束を破られることはないでしょう」
「あれ? それ、カガミのダンナにも言いました?」
ふと気になって訊ねると、アシュトンは首を横に振った。
「いえ、カガミ様には博士が亡くなられたことしかお伝えできませんでした。……何かあったのですか?」
「いや、逆ですよ。何もなかった。今日の出撃前、俺が博士のことを口にしても、あの人はまったくいつもどおりに受け答えてました。きっと事前に打ち合わせしてあったんでしょうが、副官さんのほうも博士が死んだなんて一言も言わなかったしね。あ、でも、帰ってきたときには様子がおかしかったな。えらく怒ってて、朝まで電話もするなとまで言われちまった。まあ、〝ジャバ〟が出たら向こうから管制室に来てくれるでしょうが」
「さすが猫キチ侍さん。言われなくても言っちゃいけないことは言わないわね」
ハートが少々呆れたように口を挟む。
「今日出たのがⅠ型一体で本当によかったわ。猫キチ侍さんじゃなかったら、きっとあんなにきっちりお仕事できなかったわよ。ただし、猫の持ちこみ必須だけど」
――ああ、そうか。その猫の扱い方がおかしかったんだ。
ハートにダイナのことを言われてタケダは気づいたが、ここで話さなければならないことでもないと考え、以後は黙った。
ナイトリーが死んだ。それも服毒自殺をした。
ハートのようにアシュトンを疑うわけではないが、やはりタケダには信じられない。今ナイトリーあてに電話をかけたら、開口一番、こう言われそうな気がする。
――タケダ! やっぱりカガミはすごいよね! 私が死んでも、いつもどおりに〝ジャバウォック〟を切ってくれたよ!
それはタケダ以外の三人の管制室長たちも同じだったようだ。アシュトンの口からはっきりと『今日の午後、ナイトリーが死んだ』と知らされると、驚くより先に嘆きの声を漏らした。
「アシュトンさん。あなたのことを疑ってるわけじゃないけど、あとで博士に会わせてもらえないかしら?」
アシュトンの簡単な説明を聞いた後、深くうなだれたままそう言ったのは、タケダの左隣に座っていた赤毛の大男――ハートだった。女言葉を使い化粧もしているが(おまけにそれが板についてもいるが)、それは一種の鎧だろうとこの場にいる全員がおそらく知っている。
「私、ここしばらくあの子と直接会ってなかったの。最後にお礼とお別れを言いたいわ。本当は生きてるうちに言いたかったけど」
「承知しました。この後、霊安室にご案内いたします」
日本的に言うと会議机の上座――タケダの斜め右にいるアシュトンが軽く頭を下げる。
その〝霊安室〟という言葉に触発されたのか、今度はタケダの向かいに座っていた金髪の男――マクミランが今時珍しい眼鏡をかけた緑眼をアシュトンに向けた。
「アシュトン殿。博士のご遺体をいち早く冷凍保存されたかったのは理解できます。しかし、本当に死因は明らかにしなくてよかったのですか?」
「おそらく、そのためには博士のお体を切り刻まなければならなかったでしょう」
目を伏せて淡々とアシュトンは弁明する。
「そして、たぶんそこまでしても博士の死因は我々にはわからなかったはずです。カガミ様以外のパイロットの方々にはあくまで可能性の一つとして申し上げましたが、私は博士は服毒自殺されたものと考えております」
これにはマクミランだけでなく、管制室長全員が同じ言葉を叫んだ。
「どうして!」
「さあ。それは私にもわかりかねますが、博士はかねてより、ご自身の代行を用意されておりました。研究や開発に関すること以外なら、これからその代行が博士の代わりを務めてくれます」
「代行? そんな方がいたのですか?」
マクミランの右隣かつハートの向かいにいた白髪交じりの黒人の男――スミスが、ただでさえ大きな黒い目をさらに大きくする。今度は口には出さなかったが、タケダも同感だった。たぶん、他の二人も同様だろう。
「はい。ですから、何か新たな動きがあるまでは、博士は研究室に引きこもって研究に没頭されていることにいたします。パイロットの方々も外部に博士の死去は知らせないと約束してくださいました。博士が直々に選ばれた方々です、約束を破られることはないでしょう」
「あれ? それ、カガミのダンナにも言いました?」
ふと気になって訊ねると、アシュトンは首を横に振った。
「いえ、カガミ様には博士が亡くなられたことしかお伝えできませんでした。……何かあったのですか?」
「いや、逆ですよ。何もなかった。今日の出撃前、俺が博士のことを口にしても、あの人はまったくいつもどおりに受け答えてました。きっと事前に打ち合わせしてあったんでしょうが、副官さんのほうも博士が死んだなんて一言も言わなかったしね。あ、でも、帰ってきたときには様子がおかしかったな。えらく怒ってて、朝まで電話もするなとまで言われちまった。まあ、〝ジャバ〟が出たら向こうから管制室に来てくれるでしょうが」
「さすが猫キチ侍さん。言われなくても言っちゃいけないことは言わないわね」
ハートが少々呆れたように口を挟む。
「今日出たのがⅠ型一体で本当によかったわ。猫キチ侍さんじゃなかったら、きっとあんなにきっちりお仕事できなかったわよ。ただし、猫の持ちこみ必須だけど」
――ああ、そうか。その猫の扱い方がおかしかったんだ。
ハートにダイナのことを言われてタケダは気づいたが、ここで話さなければならないことでもないと考え、以後は黙った。
ナイトリーが死んだ。それも服毒自殺をした。
ハートのようにアシュトンを疑うわけではないが、やはりタケダには信じられない。今ナイトリーあてに電話をかけたら、開口一番、こう言われそうな気がする。
――タケダ! やっぱりカガミはすごいよね! 私が死んでも、いつもどおりに〝ジャバウォック〟を切ってくれたよ!
0
あなたにおすすめの小説
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
闇に咲く花~王を愛した少年~
めぐみ
BL
―暗闇に咲き誇る花となり、その美しき毒で若き王を
虜にするのだ-
国を揺るがす恐ろしき陰謀の幕が今、あがろうとしている。
都漢陽の色町には大見世、小見世、様々な遊廓がひしめいている。
その中で中規模どころの見世翠月楼は客筋もよく美女揃いで知られて
いるが、実は彼女たちは、どこまでも女にしか見えない男である。
しかし、翠月楼が男娼を置いているというのはあくまでも噂にすぎず、男色趣味のある貴族や豪商が衆道を隠すためには良い隠れ蓑であり恰好の遊び場所となっている。
翠月楼の女将秘蔵っ子翠玉もまた美少女にしか見えない美少年だ。
ある夜、翠月楼の二階の奥まった室で、翠玉は初めて客を迎えた。
翠月を水揚げするために訪れたとばかり思いきや、彼は翠玉に恐ろしい企みを持ちかける-。
はるかな朝鮮王朝時代の韓国を舞台にくりひげられる少年の純愛物語。
新訳 美女と野獣 〜獣人と少年の物語〜
若目
BL
いまはすっかり財政難となった商家マルシャン家は父シャルル、長兄ジャンティー、長女アヴァール、次女リュゼの4人家族。
妹たちが経済状況を顧みずに贅沢三昧するなか、一家はジャンティーの頑張りによってなんとか暮らしていた。
ある日、父が商用で出かける際に、何か欲しいものはないかと聞かれて、ジャンティーは一輪の薔薇をねだる。
しかし、帰る途中で父は道に迷ってしまう。
父があてもなく歩いていると、偶然、美しく奇妙な古城に辿り着く。
父はそこで、庭に薔薇の木で作られた生垣を見つけた。
ジャンティーとの約束を思い出した父が薔薇を一輪摘むと、彼の前に怒り狂った様子の野獣が現れ、「親切にしてやったのに、厚かましくも薔薇まで盗むとは」と吠えかかる。
野獣は父に死をもって償うように迫るが、薔薇が土産であったことを知ると、代わりに子どもを差し出すように要求してきて…
そこから、ジャンティーの運命が大きく変わり出す。
童話の「美女と野獣」パロのBLです
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
【完結】取り柄は顔が良い事だけです
pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。
そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。
そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて?
ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ!
BLです。
性的表現有り。
伊吹視点のお話になります。
題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。
表紙は伊吹です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる