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第9章 もっと前に気づけ!
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「さすが、ルイスはⅣ型には強いよな」
誰も直視しないようにしているメインモニタを眺めながら、キングズレーの直属の上官クロフトは、感心したようにそう言った。
太い両腕を組み、自分専用の大きめの白いデスクチェア――この管制室の内装は白が基調となっている――にどっかりと座っている。そんな威風堂々とした姿を見ていると、「大佐」でもおかしくないように思うが、彼の階級は他の三人のパイロットと同じく「大尉」である。
「いつも思うんですが、よくこの声に耐えられますね」
その左斜め後方に立っていた金髪碧眼の痩身の男――キングズレーが苦笑まじりに問えば、クロフトは「もう慣れた」と溜め息をついた。
「何しろ、訓練中からこうだったからな。あいつはちゃんと通信切り替えできてるって思ってんだからしょうがねえ。暗黙の了解で、そいつは本人には言わないことになった。でも、無意識下では人に聞かせてやりてえと思ってんじゃねえのか。あるいは、この基地の人間になら聞かれてもかまわねえと思ってるか」
この基地には見かけによらずな人間が多いが――その代表格は、もちろん今メインモニタの中でⅣ型三体を切り刻んでいる〈帽子屋〉のパイロットである――このクロフトもその一人ではないかと思う。同じ連合出身のキングズレーでさえ、この男は本当に〝目先のことしか考えられない〟連合人なのだろうかと疑いたくなるときが多々あった。
キングズレーがクロフトと初めて会ったのは、実はこのグリフォン基地でである。パイロットとして選抜されたクロフトたちは本国にいったん戻ることなく、そのままこの基地に着任したため、副官だけが後からここに来て、彼らと合流することになったのだ。これはキングズレーだけではなく、他の副官たちも同じである。
どのような基準で自分が選ばれたのかはよくわからないが――もしかしたら菓子作りが趣味だったからだろうか――キングズレーはクロフトの副官に任命された際、グリフォン基地の内部情報を連合に流すよう秘密裏に命じられた。つまり、スパイになれというわけだ。
驚きはしなかった。むしろ当然のことだろうと思った。だが、クロフトはキングズレーにはっきりこう言い渡した。
――ここで諜報活動はしたくてもできねえぜ。何しろ外部と連絡がとれねえ。
クロフトによると、実は彼自身もスパイになれと命じられたそうだ。しかし、通信回線はすべて中央管制室=ナイトリーの監視下にあり、定期的にやってくる輸送船の船員がつなぎ役を名乗って彼に接触してきたことも一度もなかった。もともとこの基地にいた人間たちは言うまでもない。
――ここは医療技術も最先端だから、俺らが本国に帰れるのは狂ったときと死んだときくらいかねえ。でも、どっちもスパイとしては何の役にも立たねえだろ?
クロフトは皮肉げに笑ってそう言ったが、実は最初からスパイなどするつもりはなかったのではないかとキングズレーは思っている。家族ももういないせいか、連合に帰りたいという気持ちも薄そうだ。それどころか、連合を嫌っているのではないかと思われる節もある。連合にいたときのクロフトをキングズレーは知らないが、ずっと生きづらく感じていたかもしれない。
「クロフト大尉」
キングズレーたちの前方で両手を後ろに組んで立っていた黒人の男――スミスが、ふいにこちらを振り返り、にこやかに笑った。
「Ⅳ型三体、すべて消滅しました」
白髪交じりのこの管制室長は、おそらく四人の管制室長の中で最年長だろう。さほど背は高くないが横幅はクロフト以上ある。常に穏和で沈着で、彼があわてているところをキングズレーはこれまで一度も見たことがない。
「ああ、やっぱりテニエルは必要なかったな。でも、〝小さな女王様〟にああ言われたら、出るしかないわな」
珍しくクロフトがにやにやと笑う。今日のお茶会で、その〝小さな女王様〟が壊した壁の修理代を自分が支払う羽目になったことは、今は忘れてしまっているようだ。
「そういや、〝白血球〟はいつ補充されるんだ?」
「何も起こらなければ明日の昼頃になりそうです。それまでにまた〝ジャバ〟が出なければいいんですが」
「まったくだ。特にⅠ型は当分来ないでほしいな。あいつが来るとごっそり減らされる。あれならⅣ型三体のほうがまだましだ」
いやそれは……とキングズレーはとっさに言いそうになったが、クロフトとスミスがうなずきあっているのを見て開きかけた口を閉じた。この二人にとってはルイスのあの声よりも〝白血球〟の補充のほうが問題なのだろう。
『ハートさーん! やったよー!』
そのルイスが、おそらく今まで通信回線を開きっぱなしにしていたことには気づかずに得意げに叫んだ。
『一人で三体倒せたよー! 褒めて褒めてー!』
『はいはい、ちゃんと見てたわよ。さすがルイちゃん、すごかったわね』
それにハートが呆れたように応じる。だが、その声音には慈愛のようなものが含まれていた。
『本当にお疲れ様。急がなくていいから、気をつけて帰ってきなさい』
『はーい!』
「まるで母親に甘えている子供みたいですね」
いつものことながら、キングズレーは思わず苦笑いをこぼしたが、クロフトは笑わずに真面目に受け答えた。
「たぶん、ルイスにとってはハート室長はもう〝母親〟なんだろ」
「……ずいぶんとまあ、ごつい母親ですね」
「ごつかろうが男だろうが、ありのままの自分を認めて褒めてくれるなら、それがルイスにとって本当の〝母親〟なんだ。そりゃあ、本国には帰りたくなくなるわな」
「クロフト大尉もですか?」
すかさずそう訊ねると、クロフトは一瞬琥珀色の目を見張ってから「〝母親〟はいねえけどな」と口角を吊り上げた。
「博士が俺らをパイロットに選んだ理由の一つは名前だろうが――本当にアリスにかぶれまくってるよな――きっと頭の中身も見透かしてたんだろうな。こいつらなら自分の本国よりグリフォンを優先させるって」
それに対してキングズレーは否定も肯定もしなかった。が、自然にこんなことを考えつけてしまうこの男にはやはり連合は合わなかったのだろうと改めて思い、何となく目を伏せた。
誰も直視しないようにしているメインモニタを眺めながら、キングズレーの直属の上官クロフトは、感心したようにそう言った。
太い両腕を組み、自分専用の大きめの白いデスクチェア――この管制室の内装は白が基調となっている――にどっかりと座っている。そんな威風堂々とした姿を見ていると、「大佐」でもおかしくないように思うが、彼の階級は他の三人のパイロットと同じく「大尉」である。
「いつも思うんですが、よくこの声に耐えられますね」
その左斜め後方に立っていた金髪碧眼の痩身の男――キングズレーが苦笑まじりに問えば、クロフトは「もう慣れた」と溜め息をついた。
「何しろ、訓練中からこうだったからな。あいつはちゃんと通信切り替えできてるって思ってんだからしょうがねえ。暗黙の了解で、そいつは本人には言わないことになった。でも、無意識下では人に聞かせてやりてえと思ってんじゃねえのか。あるいは、この基地の人間になら聞かれてもかまわねえと思ってるか」
この基地には見かけによらずな人間が多いが――その代表格は、もちろん今メインモニタの中でⅣ型三体を切り刻んでいる〈帽子屋〉のパイロットである――このクロフトもその一人ではないかと思う。同じ連合出身のキングズレーでさえ、この男は本当に〝目先のことしか考えられない〟連合人なのだろうかと疑いたくなるときが多々あった。
キングズレーがクロフトと初めて会ったのは、実はこのグリフォン基地でである。パイロットとして選抜されたクロフトたちは本国にいったん戻ることなく、そのままこの基地に着任したため、副官だけが後からここに来て、彼らと合流することになったのだ。これはキングズレーだけではなく、他の副官たちも同じである。
どのような基準で自分が選ばれたのかはよくわからないが――もしかしたら菓子作りが趣味だったからだろうか――キングズレーはクロフトの副官に任命された際、グリフォン基地の内部情報を連合に流すよう秘密裏に命じられた。つまり、スパイになれというわけだ。
驚きはしなかった。むしろ当然のことだろうと思った。だが、クロフトはキングズレーにはっきりこう言い渡した。
――ここで諜報活動はしたくてもできねえぜ。何しろ外部と連絡がとれねえ。
クロフトによると、実は彼自身もスパイになれと命じられたそうだ。しかし、通信回線はすべて中央管制室=ナイトリーの監視下にあり、定期的にやってくる輸送船の船員がつなぎ役を名乗って彼に接触してきたことも一度もなかった。もともとこの基地にいた人間たちは言うまでもない。
――ここは医療技術も最先端だから、俺らが本国に帰れるのは狂ったときと死んだときくらいかねえ。でも、どっちもスパイとしては何の役にも立たねえだろ?
クロフトは皮肉げに笑ってそう言ったが、実は最初からスパイなどするつもりはなかったのではないかとキングズレーは思っている。家族ももういないせいか、連合に帰りたいという気持ちも薄そうだ。それどころか、連合を嫌っているのではないかと思われる節もある。連合にいたときのクロフトをキングズレーは知らないが、ずっと生きづらく感じていたかもしれない。
「クロフト大尉」
キングズレーたちの前方で両手を後ろに組んで立っていた黒人の男――スミスが、ふいにこちらを振り返り、にこやかに笑った。
「Ⅳ型三体、すべて消滅しました」
白髪交じりのこの管制室長は、おそらく四人の管制室長の中で最年長だろう。さほど背は高くないが横幅はクロフト以上ある。常に穏和で沈着で、彼があわてているところをキングズレーはこれまで一度も見たことがない。
「ああ、やっぱりテニエルは必要なかったな。でも、〝小さな女王様〟にああ言われたら、出るしかないわな」
珍しくクロフトがにやにやと笑う。今日のお茶会で、その〝小さな女王様〟が壊した壁の修理代を自分が支払う羽目になったことは、今は忘れてしまっているようだ。
「そういや、〝白血球〟はいつ補充されるんだ?」
「何も起こらなければ明日の昼頃になりそうです。それまでにまた〝ジャバ〟が出なければいいんですが」
「まったくだ。特にⅠ型は当分来ないでほしいな。あいつが来るとごっそり減らされる。あれならⅣ型三体のほうがまだましだ」
いやそれは……とキングズレーはとっさに言いそうになったが、クロフトとスミスがうなずきあっているのを見て開きかけた口を閉じた。この二人にとってはルイスのあの声よりも〝白血球〟の補充のほうが問題なのだろう。
『ハートさーん! やったよー!』
そのルイスが、おそらく今まで通信回線を開きっぱなしにしていたことには気づかずに得意げに叫んだ。
『一人で三体倒せたよー! 褒めて褒めてー!』
『はいはい、ちゃんと見てたわよ。さすがルイちゃん、すごかったわね』
それにハートが呆れたように応じる。だが、その声音には慈愛のようなものが含まれていた。
『本当にお疲れ様。急がなくていいから、気をつけて帰ってきなさい』
『はーい!』
「まるで母親に甘えている子供みたいですね」
いつものことながら、キングズレーは思わず苦笑いをこぼしたが、クロフトは笑わずに真面目に受け答えた。
「たぶん、ルイスにとってはハート室長はもう〝母親〟なんだろ」
「……ずいぶんとまあ、ごつい母親ですね」
「ごつかろうが男だろうが、ありのままの自分を認めて褒めてくれるなら、それがルイスにとって本当の〝母親〟なんだ。そりゃあ、本国には帰りたくなくなるわな」
「クロフト大尉もですか?」
すかさずそう訊ねると、クロフトは一瞬琥珀色の目を見張ってから「〝母親〟はいねえけどな」と口角を吊り上げた。
「博士が俺らをパイロットに選んだ理由の一つは名前だろうが――本当にアリスにかぶれまくってるよな――きっと頭の中身も見透かしてたんだろうな。こいつらなら自分の本国よりグリフォンを優先させるって」
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