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Jitoh-21:士魂タイ!(あるいは、灼波in/グラナッジォデルデスティーノ)
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店舗に比例してどう考えても駐車スペースが大きすぎて多すぎる駐車場の横手は崖状になって落ち窪んでいて、そこから眺め下ろす奥多摩の自然の営みはいつも通り変わらず、ずんとそこにただ在るばかりであったのだが。
その前に立って煙を吹かしているこの外も器も小さい人間の中は、すっかり凪ぎ切っていて、その雄大な自然が醸す空気と同化しそうなほど魂も抜けかかっている。
知れきった結末と分かってはいたものの、成長を見せない相も変わらずな自分にがっくりくる。それでもひとしきり遥か遠くの川の流れに目をやってから、一服吹かして頭も体も冷めたと思ったので、のろのろと寮までの道を歩いて帰るかいやせっかくジャージだし走って峠を攻めるってのもありかも知れねえ……とか、意識をずらそうずらそうと苦心する俺の耳に、
「……ナカ、イさん」
ためらいがちな、しかして天上のエガリテのような(意味は分からないが)、鈴の音のような心地よい声が届いたために俺の全細胞はそこに留まることを余儀なくされる。だが……どのツラで向き合やぁいいんだよ。
「……」
それでも詫びは入れるべきだと意を決した俺は、声の方へ振り返りつつその主と顔を合わせねえように背中と首を折り曲げ小声で、今日は本当に申し訳ねえ、との音節だけを何とか訳も無く乾いてきた喉から絞り出せたのだが。
「……!!」
何も応えてはくれなかったのでふと目線を上げてみると、歩道への段差を登ろうと前輪を浮かしているところだったので慌てて補助しようかと近づいていったものの、それよりも速く、す、と乗り越えてこちらに向き直られてしまった。彼我距離約一メートル。亜麻色髪の天使の顔は、この度し難い野郎を目の前にしてもまだ軽く微笑んでいてくれたわけだが、やはりいたたまれねえ。
「最低な事を言った自覚はある。二度とキミらに近づく事はしないから、許してくれねぇか……」
「恵まれた障害者風情」とか、諸々。が、そんな腐った芯の無い言葉を吐いている間も、曇りの無い目で、真っすぐに、見据えられている……やや下の方から。おいおい至近距離で天使に見つめられてるんだ、ちょっとは高揚しろよ、とか内心そんな思考をあぶくのように浮かばせてみるものの、それはやはり思考以前で割れて散っていった。
「……」
沈黙。耐え切れねえ。何かもう一刻も早くこの場から消え去りたかったが、足もどこも動かなかった。随分長く見つめ合っていたように感じたが、それほどの時間でも無かったのかも知れねえ。やっぱり一度軽く微笑んでから、天使は口を開いたわけであって。
「……ゴカセさんは、嬉しかったんですよ」
まあ確かにあの鉄腕は嬉々として競技に臨んでいたけどな……特にあの反則技を繰り出す瞬間とかはえらい嬉しそうだったが。しかし、
「……自分を、対等以上に見てくれて、接してくれて」
どういうことだろう。だいぶ小馬鹿にされていたようにも思えるが。天使は俺の反応を見てから、よりきゅっと口角を上げてくるのだがその表情は引き込まれちまうからやめてくれ。もう諦めたんだからよぉ……滅裂な思考がぐるぐる回ってどうともならねえ。
「障害持ちって、出来ないことは助けて欲しいけれど、出来ることは全部自分でやりたい、そんなエゴい人ばっかなんです」
そう正面きって言われると、そうなのかと納得するほかは無えけど。ええと、でも天使の託宣は頭の悪い俺にはよう分からんのだが……
「だから必要以上に労わられたり、気を遣われるのは、はっきり、嫌」
殊更わざとらしく「イヤ」にアクセントを置いて言われたけど、そのちょっと悪戯っぽい顔つきも大概なんだよ何なんだよ……
「ナカイさんやジトーくんは真っ向からぶつかってきてくれた。素のままの感情をそのままぶつけてくれた。真剣に、勝負をしてくれた。私たちにとってそれは、得がたい体験、って言ってもいいくらい、貴重で……それから嬉しいことなんです。特に自分の大好きなボッチャでそれだったから、だいぶ舞い上がって先走っちゃったのかも」
天使が何に感激してその少し切なげな笑みにて俺の何かを殺しに来ているのかは謎だったが、「さん」と「くん」、その名前の呼び方に一抹の差異を感じてしまい、Jョンソンの奴に真っ向からの嫉妬をそのままぶつけそうになるものの。
「チャンスと思ったら躊躇しないのもそう。強引な勧誘とか思われたかも知れないけど、私たちには時間もそれほどあるわけでもないし」
天使のぽつり放った言葉に、何か不穏な一滴の染みみたいなのを感じてしまうが。
刹那、だった……
「ナカイくんッ!!」
左手の方からそのような俺の名を呼ぶ女の声が。国富……切羽詰まった感じでどう……まさかJの奴が知れ切った狼藉を……?
「来てっ!!」
息を弾ませながら、だが結構マジな感じでジャージの左肘辺りを掴まれた。YP……とか言ってる場合でも無さそうだ。しょうがねえな、あの角刈りせっかく残していってやったっつうのに……小走りでまた店舗の方へ向かうそのオレンジのセーターから流れて来る花のような香りに誘引されるかのように俺もつられて軽く走り出す。
だが視界に入って来たのは、
「……!!」
鉄腕……が入り口の前辺りでべたりうつ伏せに地面に倒れくずおれている図だったわけで。おい!! だいじょうぶか……と言いかけた俺の目に、その鉄腕を取り囲むようにしてやや遠巻きにしているさっきまで飲み会やってた面子の姿が映るのだが。なに傍観してんだよ誰か助け起こしてやれよとさっきまでの悶着はひとまず置いておいて非難の声を上げようとしたが、
「……な……ナカイ殿……先ほどのぶ、無礼をわ、詫びさせてくれ……」
地面の方から掠れ昇ってくるような声は、確かに俺に向けられていたわけで。何を返していいか全く分からない俺は、思わず俺を呼びに走ってきてくれた国富の方に目をやるが、泣きそうに顔を歪めたまま、小刻みに首を横に振られただけだった。
「オ、オレ、は、あ相手の反応が見えなくなるくらい、う、うう嬉しくて……」
もういいぜそんな事はよぉ、と、ワケの分かんなくなって泡食った俺は、その臙脂の舗装ブロックに吸着したかのように伏せるガリガリの身体をとりあえず起こそうとしゃがみ込む。その間も、掠れ声は俺だけに聞こえるくらいに、俺だけに聞かせるように、ずるずる続いていく。
「お、オレは、オレ……はずっと待っていて。やっと『デフィニティ』に共に挑んでくれそうな輩が、あ現れて。オ、オレは他人の気持ちが分からないから、ば、馬鹿で、言葉を知らないから……いいいつもああなって。ででもオレは今回だけは諦めて引きたく、な、ない。だから伏してお願い申し上げる……ひ、膝が曲がらないからこ、こんな無作法な土下座になることは、か勘弁してほしいが」
聞いちゃあいられなかった。
「おい立て。何でそこまで『デフィニティ』か? に出てえんだよ」
骨と皮しか無さそうな身体だが、その両脇に腕を差し入れて持ち上げようとしたら結構重くてたたらを踏まされちまう。何やってんだよ、と野郎になのか自分自身になのか分からねえ問いを小声で漏らしながら、何とか抱え上げてその背後に乗り捨てられたのように止まったままの車椅子へとずるずると押し込んでいくが。
「……か、カネだ……たた大層なコトを言っておいて、な、なんだが……カネ、なん……だ……だが、そそれで助かる命も、た確かにあ、ああある……だからた、頼む……よ、たの……む……」
俺の左肩に完全にその力無い顔を預けながら、必死こいて絞り出しただろうその言葉は、その乾いた唇から気色の悪い吐息と共に俺の耳に吹きかけられてきて、そのおぞましさに背骨がぎゅうっと左カーブを描いてしまうが。
カネか。なるほど、カネね……
ようやく硬直を解いて手助けに入ってくれた面々と共に、俺は野郎の身体をいつもの定位置に戻してやる。野郎のもたれた顔は、今まで見せなかった不安に満ちた何とも言えない表情を醸していたが。
「カネ……って」
鼻から思い切り息を突きつつ、そう野郎に向けて言ってやる。
<……好事家がいるのだ、莫大なカネが動く。優勝チームには賞金三千万が授与される嘘では無い。キミらにとっても決して損な話では……>
喋る装置を取り戻した野郎は、左掌を忙しなく動かしてそうまくし立てて来るが、ああー、そういう意味じゃあねえんだよ、だからそんな必死こくなって。
「やるよ『デフィニティ』。詳細を、教えてくれ」
ぎしり、と俺の胸の奥底あたりで、そんな重く硬いものが軋みながら動いた気がした。
俺の、運命の車輪が廻り始めたような音だった。
その前に立って煙を吹かしているこの外も器も小さい人間の中は、すっかり凪ぎ切っていて、その雄大な自然が醸す空気と同化しそうなほど魂も抜けかかっている。
知れきった結末と分かってはいたものの、成長を見せない相も変わらずな自分にがっくりくる。それでもひとしきり遥か遠くの川の流れに目をやってから、一服吹かして頭も体も冷めたと思ったので、のろのろと寮までの道を歩いて帰るかいやせっかくジャージだし走って峠を攻めるってのもありかも知れねえ……とか、意識をずらそうずらそうと苦心する俺の耳に、
「……ナカ、イさん」
ためらいがちな、しかして天上のエガリテのような(意味は分からないが)、鈴の音のような心地よい声が届いたために俺の全細胞はそこに留まることを余儀なくされる。だが……どのツラで向き合やぁいいんだよ。
「……」
それでも詫びは入れるべきだと意を決した俺は、声の方へ振り返りつつその主と顔を合わせねえように背中と首を折り曲げ小声で、今日は本当に申し訳ねえ、との音節だけを何とか訳も無く乾いてきた喉から絞り出せたのだが。
「……!!」
何も応えてはくれなかったのでふと目線を上げてみると、歩道への段差を登ろうと前輪を浮かしているところだったので慌てて補助しようかと近づいていったものの、それよりも速く、す、と乗り越えてこちらに向き直られてしまった。彼我距離約一メートル。亜麻色髪の天使の顔は、この度し難い野郎を目の前にしてもまだ軽く微笑んでいてくれたわけだが、やはりいたたまれねえ。
「最低な事を言った自覚はある。二度とキミらに近づく事はしないから、許してくれねぇか……」
「恵まれた障害者風情」とか、諸々。が、そんな腐った芯の無い言葉を吐いている間も、曇りの無い目で、真っすぐに、見据えられている……やや下の方から。おいおい至近距離で天使に見つめられてるんだ、ちょっとは高揚しろよ、とか内心そんな思考をあぶくのように浮かばせてみるものの、それはやはり思考以前で割れて散っていった。
「……」
沈黙。耐え切れねえ。何かもう一刻も早くこの場から消え去りたかったが、足もどこも動かなかった。随分長く見つめ合っていたように感じたが、それほどの時間でも無かったのかも知れねえ。やっぱり一度軽く微笑んでから、天使は口を開いたわけであって。
「……ゴカセさんは、嬉しかったんですよ」
まあ確かにあの鉄腕は嬉々として競技に臨んでいたけどな……特にあの反則技を繰り出す瞬間とかはえらい嬉しそうだったが。しかし、
「……自分を、対等以上に見てくれて、接してくれて」
どういうことだろう。だいぶ小馬鹿にされていたようにも思えるが。天使は俺の反応を見てから、よりきゅっと口角を上げてくるのだがその表情は引き込まれちまうからやめてくれ。もう諦めたんだからよぉ……滅裂な思考がぐるぐる回ってどうともならねえ。
「障害持ちって、出来ないことは助けて欲しいけれど、出来ることは全部自分でやりたい、そんなエゴい人ばっかなんです」
そう正面きって言われると、そうなのかと納得するほかは無えけど。ええと、でも天使の託宣は頭の悪い俺にはよう分からんのだが……
「だから必要以上に労わられたり、気を遣われるのは、はっきり、嫌」
殊更わざとらしく「イヤ」にアクセントを置いて言われたけど、そのちょっと悪戯っぽい顔つきも大概なんだよ何なんだよ……
「ナカイさんやジトーくんは真っ向からぶつかってきてくれた。素のままの感情をそのままぶつけてくれた。真剣に、勝負をしてくれた。私たちにとってそれは、得がたい体験、って言ってもいいくらい、貴重で……それから嬉しいことなんです。特に自分の大好きなボッチャでそれだったから、だいぶ舞い上がって先走っちゃったのかも」
天使が何に感激してその少し切なげな笑みにて俺の何かを殺しに来ているのかは謎だったが、「さん」と「くん」、その名前の呼び方に一抹の差異を感じてしまい、Jョンソンの奴に真っ向からの嫉妬をそのままぶつけそうになるものの。
「チャンスと思ったら躊躇しないのもそう。強引な勧誘とか思われたかも知れないけど、私たちには時間もそれほどあるわけでもないし」
天使のぽつり放った言葉に、何か不穏な一滴の染みみたいなのを感じてしまうが。
刹那、だった……
「ナカイくんッ!!」
左手の方からそのような俺の名を呼ぶ女の声が。国富……切羽詰まった感じでどう……まさかJの奴が知れ切った狼藉を……?
「来てっ!!」
息を弾ませながら、だが結構マジな感じでジャージの左肘辺りを掴まれた。YP……とか言ってる場合でも無さそうだ。しょうがねえな、あの角刈りせっかく残していってやったっつうのに……小走りでまた店舗の方へ向かうそのオレンジのセーターから流れて来る花のような香りに誘引されるかのように俺もつられて軽く走り出す。
だが視界に入って来たのは、
「……!!」
鉄腕……が入り口の前辺りでべたりうつ伏せに地面に倒れくずおれている図だったわけで。おい!! だいじょうぶか……と言いかけた俺の目に、その鉄腕を取り囲むようにしてやや遠巻きにしているさっきまで飲み会やってた面子の姿が映るのだが。なに傍観してんだよ誰か助け起こしてやれよとさっきまでの悶着はひとまず置いておいて非難の声を上げようとしたが、
「……な……ナカイ殿……先ほどのぶ、無礼をわ、詫びさせてくれ……」
地面の方から掠れ昇ってくるような声は、確かに俺に向けられていたわけで。何を返していいか全く分からない俺は、思わず俺を呼びに走ってきてくれた国富の方に目をやるが、泣きそうに顔を歪めたまま、小刻みに首を横に振られただけだった。
「オ、オレ、は、あ相手の反応が見えなくなるくらい、う、うう嬉しくて……」
もういいぜそんな事はよぉ、と、ワケの分かんなくなって泡食った俺は、その臙脂の舗装ブロックに吸着したかのように伏せるガリガリの身体をとりあえず起こそうとしゃがみ込む。その間も、掠れ声は俺だけに聞こえるくらいに、俺だけに聞かせるように、ずるずる続いていく。
「お、オレは、オレ……はずっと待っていて。やっと『デフィニティ』に共に挑んでくれそうな輩が、あ現れて。オ、オレは他人の気持ちが分からないから、ば、馬鹿で、言葉を知らないから……いいいつもああなって。ででもオレは今回だけは諦めて引きたく、な、ない。だから伏してお願い申し上げる……ひ、膝が曲がらないからこ、こんな無作法な土下座になることは、か勘弁してほしいが」
聞いちゃあいられなかった。
「おい立て。何でそこまで『デフィニティ』か? に出てえんだよ」
骨と皮しか無さそうな身体だが、その両脇に腕を差し入れて持ち上げようとしたら結構重くてたたらを踏まされちまう。何やってんだよ、と野郎になのか自分自身になのか分からねえ問いを小声で漏らしながら、何とか抱え上げてその背後に乗り捨てられたのように止まったままの車椅子へとずるずると押し込んでいくが。
「……か、カネだ……たた大層なコトを言っておいて、な、なんだが……カネ、なん……だ……だが、そそれで助かる命も、た確かにあ、ああある……だからた、頼む……よ、たの……む……」
俺の左肩に完全にその力無い顔を預けながら、必死こいて絞り出しただろうその言葉は、その乾いた唇から気色の悪い吐息と共に俺の耳に吹きかけられてきて、そのおぞましさに背骨がぎゅうっと左カーブを描いてしまうが。
カネか。なるほど、カネね……
ようやく硬直を解いて手助けに入ってくれた面々と共に、俺は野郎の身体をいつもの定位置に戻してやる。野郎のもたれた顔は、今まで見せなかった不安に満ちた何とも言えない表情を醸していたが。
「カネ……って」
鼻から思い切り息を突きつつ、そう野郎に向けて言ってやる。
<……好事家がいるのだ、莫大なカネが動く。優勝チームには賞金三千万が授与される嘘では無い。キミらにとっても決して損な話では……>
喋る装置を取り戻した野郎は、左掌を忙しなく動かしてそうまくし立てて来るが、ああー、そういう意味じゃあねえんだよ、だからそんな必死こくなって。
「やるよ『デフィニティ』。詳細を、教えてくれ」
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