7 / 16
#07:繊細に(六回戦)
しおりを挟む―ああーっとおっ!! ガンフが初めて!! リング状で片膝を突いたぞーっ!! どうした? 目の所を押さえているが!? その指の隙間から鮮やかな緑の液体が流れてきているーっ!! ややっ、相手のムロトミッサ選手の口からも同じ液体が垂れているぞっ!! もしやそれをガンフの目めがけて吹き付けたというのかっ!? ムロトミッサ、勝利を確信したかのような薄汚い笑みで……しかも口許は緑に染まっている!! ……ガンフにゆっくりと近づいているぞっ!! 危ないガンフっ!! いや? これを狙っていた!! 無防備に近づいた相手に軽く足払いっ!! そして素早く相手の両腕を背後で取って、両足も相手の脚に絡ませっ!! 後ろへと倒れ込むーっ!! これは何だ!? ムロトミッサ、両腕両脚を交差させられ、まるで宙に浮かんでいるかのようだぁーっ!! 完!全に固定されているーっ!! そしてそのまま揺さぶるぞぉーっ!! これは堪らないっ!! 「サセンシタァ」と異国の言語で降伏の意を示すムロトミッサ!! 完勝っ!! ガンフ連勝を6に!! あっさりと伸ばしましたぁっ!!………
勧められて初めて塩で天ぷらを食べたけど、これは……!! 激おいしかった。オオハシさん行きつけの店らしく、お茶漬けまで出していただき、僕は気持ち良い満腹状態でそのお店を後にし、オオハシさんと共にそのお宅へと向かうのだった。
「……少年は、下宿通いか」
大分年季の入った自転車を押しながら、オオハシさんは僕のガタガタの歩調に合わせてゆっくり歩いてくれている。いったん井の頭公園方面に戻り、そこから静かで車通りもほとんど無い住宅地をしばらく並んで進んでいく。
「武蔵境です。実家は埼玉の奥地なもので……」
まあ、大学がもし実家から通える距離にあったとしても、僕は一人暮らしを選択しただろう。向こうも僕がいなくなったら、せいせいすることだろうし。
「おうここだ。遠慮せず上がってくれや」
オオハシさんが言いつつ自転車を押し込んでいったのは、立派な門構えの、古めかしいが妙に味のある日本家屋だった。門から玄関までは数歩ではあるけど、縁側に面した日当たりの良さそうな庭もちゃんと見える。何というか、渋めの佇まいで僕は好きです。
と、その庭の方からオンオンという鳴き声が。まさか……!! 慌てて庭の方を覗き込む僕。いかにもな赤い屋根の犬小屋には、元気そうな柴犬が繋がれていた。茶色でちょっと暗めの毛並みだ。僕のことを警戒しているのか、姿を確認した後は、吠えずにじっと様子を伺っている。
「わ、ワン太郎がっ! ワン太郎君がいるとですかっ!!」
「落ち着け少年、三郎太っていう。やんちゃ盛りだ」
僕はその柴、三郎太に腰を落として近づく。手の甲をぶらりと差し出し、まずはにおいを嗅いでもらう。始めは低い唸り声を出していた三郎太だったけど、敵意が無いことがわかると、僕の体のあちこちをくんくんし始めた。触るよ、と言ってからその首筋に手を伸ばす。堅い感触で、もう毛は生え変わっていることを改めて確認。鼻の長い狐顔。好みだ。
「犬好きかぁ、少年は」
自転車を塀際に停めると、オオハシさんはそう僕の背中に声を掛ける。
「犬派です。というか犬だけ派です」
そう応じながらも、僕はもう三郎太とじゃれ合うことに集中していたわけで。
「なら朝夕の散歩はおまかせだな。体をほぐすにもちょうどいい」
その提案に一も二もなく賛成し、三郎太に一度別れを告げると、引き戸を開けてもらって、オオハシさん宅へと上げてもらう。ここ二日間でだいぶくたびれてきた運動靴をきちんと揃え、上がり框から廊下を渡って居間に通された。擦りガラスの嵌った引き戸は開け放たれていて、フローリングの10畳くらいのスペースには、流しや冷蔵庫、食卓と思われるテーブル、ソファの前にテレビと。大体のものが何となくのイメージ通りにあった。お邪魔します、と声をかけてみるものの、
「今は誰もいねえから、気兼ねすんな。お前さんの部屋はそっちの客間を使ってくれ。先に風呂浴びるからよう、ま、ちっとくつろいでいてくれや」
オオハシさんはそう言うと、帽子をテーブルの上にポンと放ってから出て行った。ひとり残された僕は、示された「客間」へと続く板張りの引き戸をガラガラと開けてみる。居間に直結しているって変わった作りだなあ、とその先に現れた六畳間を覗いてみる。布団が積まれている以外は何も無い畳張りの部屋だ。窓と収納らしき襖が見えたので客間は客間なのだろう。まあ僕のモノに溢れた乱雑な部屋よりよっぽどいい。
よし荷物を置かせてもらおう、と振り返った僕は、今まで死角となっていたところ……ソファと相対するところに、小さな仏壇があることに気付いた。位牌がふたつ、遺影もふたつ。ひとつは柔和そうな顔つきの五十代くらいの女性。もうひとつは丸顔で、どこかオオハシさんに似た顔つきの若い男性だ。奥さんと……息子さんだろうか。誰もいないって……そういうことか。僕は持ってきた手土産の水ようかんをそっと供えると、手を合わせて、お邪魔します、ともう一度呟いた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる