高嶺の花と紅蓮の子

西園寺司

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エレーナの勘違い

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よく訓練された使用人たちだったから、すっかり忘れていた。
あとはルペルに任せて帰ろうかと足を一歩引いた時、エレーナが目の前に飛んできた。


「大丈夫ですか?とりあえず手当てをしないと!」

「え?」


その言葉とともにグンっと手を引かれる。
手を引かれるまま、玄関の椅子に座らせられたところでリュードは我に返った。


「あ、あの。エレーナ様。これは怪我ではありません。」

「え?」

「大昔の火傷の痕です。手当てしていただくようなものではございません。」


リュードの火傷あとは少し赤みがかっている。遠くから見れば新しい怪我に見えるのも無理はない。


「で、出過ぎた真似をいたしました…。大変申し訳ございません。」


リュードから手を離し、しおしおと頭を下げるエレーナ。
リュードはギョッとして慌ててフォローをした。


「滅相もございません!以前にお会いしたときは当て布で隠しておりましたし、全体的に赤みがかっておりますゆえ、遠くから見れば怪我に見えることと思います。気を遣わせてしまい、私の方こそ申し訳ございませんでした。」

「いえ!私がはやとちりしたのが悪いのです。でもお怪我じゃないようで良かったです。」


心底安心したように微笑むエレーナ。
リュードの火傷痕を怪我なんじゃないかと勘違いして、本気で心配していたようだ。


「お気遣いありがとうございます。」


自分の顔を間近で見て、気味悪がらないなんて何とも不思議な人だ。
社交的に表に出さないようにしているのかと思えば、そうではないらしい。そもそもリュード・ヴァンホークと知ったうえで、会いたがったり、手紙を出したりすることが不思議だ。


「お二人ともお疲れでしょうから、どうぞ中へ。」

「ではお言葉に甘えて、お邪魔いたします。」


エレーナのその言葉に、外にいたルペルが玄関の敷居を跨いで入ってきた。
椅子からリュードを立たせ、二人で一緒にエレーナの後ろをついて行く。


「今お茶をご用意いたします。」


応接室に着くと、そう言って彼女は二人を残して出ていってしまった。
二人きりになるとリュードがまず口を開いた。


「ルペル、エレーナ様は医者なのか?」


医者でもなければ自分の怪我を心配することにならないだろう、とリュードは考えたのだ。


「いや?そういった話は聞いたことがないが。だが、薬草や植物の研究をなされていると聞いたことがある。将来有望な方だそうだ。」

「そうなのか。」


勉学などとんと縁の無いリュードはそれ以上聞かなかった。会うのも今日が最初で最後だろう。


「お待たせいたしました。」


会話が終わるとエレーナが茶の乗った盆を持って部屋に入ってきた。


「エレーナ様、わざわざありがとうございます。」

「いえ、私がしたくてさせていただいていることですから。どうかお気になさらないでください。」


ルペルが流れるように礼を述べて、二人の前にお茶が並べられる。
こういった状況に不慣れなリュードは、お礼のタイミングすら分からない。
コツコツとルペルが足をぶつけてきた。今行けということらしい。


「エレーナ様、ありがとうございます。」

「いえ、お気になさらず。」


そう言ってエレーナはテーブルを挟んで二人の前に腰を下ろした。


「では、いただきます。」

「…いただきます。」


ルペルに倣ってお茶をいただく。どれくらい飲んで良いものか分からなかったので、とりあえず一口だけいただいた。
二人がカップをテーブルに置くとエレーナが深々と頭を下げた。


「リュード様、この間は誠にありがとうございました。そして、気が動転していたとはいえ直接お礼もできずに申し訳ありませんでした。」


慌てて言葉を探すリュード。


「滅相もございません。元は騎士があなたに無理やり言い寄ったことが原因ですし、怪我までさせてしましました。それにあの場に居合わせたら誰でも同じことをします。お礼を言われるような、謝罪をされるようなことは一切しておりません。ですからどうか、顔を上げてください。」

「ありがとうございます、リュード様。」


エレーナはリュードのその言葉にゆっくりと顔を上げた。
エレーナの顔を見たリュードはある物を思い出した。


「あの、手紙に書いてあった押し花のしおり。もしかしてこちらでは無いでしょうか?」


ルペルから預かったしおりを取り出す。
エレーナはしおりを見るなり、顔を輝かせた。


「これです!このしおりです!ありがとうございます。ずっと探していたんです。」

「うちの騎士の制服に挟まっていたようです。」


ルペルが補足する。


「そうでしたか。いくら探しても見つからなかった理由が分かりました。」


リュードがしおりを手渡すと、大事そうに受け取るエレーナ。


「本当にありがとうございます。お二人にはなんとお礼をしたらいいか。」

「とんでもございません。元はといえばうちの騎士が原因ですし。私の監督不足です。」

「私も同じ騎士としてお詫びいたします。申し訳ありませんでした。」


ルペルとリュードは揃って頭を下げた。


「顔を上げてください!ルペル様もリュード様も悪くはありませんし、お二人には助けていただいて本当に感謝しております。あ、そうだ。葡萄酒いかがでしたか?お礼になったでしょうか?」

「え、ええ。もう十分すぎるくらいです。皆喜んでいました。」

「それなら良かったです。」


会話がひと段落したところで、リュードは席を立った。
失礼なのは百も承知だが、用が済んだのなら駐屯所に早く帰らねば。


「私はもう帰らないと。」

「そうですよね。お忙しいところお越しくださってありがとうございました。今、馬の準備をさせます。」


そういうとエレーナはすんなりリュード達のことを帰してくれた。
エレーナ嬢、不思議なお方だ。駐屯所までの間、リュードはずっとそう思っていた。
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