上 下
43 / 106

<K04> 逃亡の布石なのです

しおりを挟む
††

 カンッカンッカンッキィンッカンッギャギャンッ
 
 激しい剣戟の音が響いていた。
 
 王城の中庭に設置された訓練場。大勢の騎士達の見守る中、2人の騎士が戦っていた。
 
 大柄な騎士と、小柄というにはかなり小柄な騎士。
 
 激しく撃ちあう剣と剣、どちらも刃引きはしてはあるが、鉄の棒と同じく、当たれば重症は免れない。
 
 刃を打ち鳴らす2人の騎士は、身体の要所に打撲軽減の付与魔法が掛けられた防具をしてはいるが、それでも完全にダメージを無くすことはできないだろう。
 
 それだけに2人とも真剣だ。
 
 身長200センチはありそうな大柄な騎士は顔を汗だらけにし苦悶に歪ませている。必死という言葉がよく当てはまる。
 
 だが方や身長120センチ程の小柄な騎士は、汗こそかいていたが、まるで戦いが楽しいかのように、笑みさえ浮かべている。
 
 小柄な騎士は小さな体躯を利用して素早く動き、大柄な騎士を翻弄していた。
 
 大柄な騎士は既に何度か手足に打撃を打ち込まれている。だが一撃も返すことはできていない。
 
 焦りがあった。
 
 例え相手が誰であろうと、この訓練場では身分は関係ない。貴族であろうと王族であろうと手を抜かない。
 
 手を抜いた所で、戦場に出れば力の無いものは死ぬだけなのだ。死なさない為にも、本気で戦う。
 
 なのにさっきから細かい打撃を何度も入れられているというのに、この娘には全く打ち返せていない。
 
 こんなことは初めてのことだ。十数年最前線《フロントライン》で戦い、引退してこうして騎士を訓練する立場となった。
 
 なのに……
 
 小柄な騎士が跳躍し、上からの斬撃が入ろうとした。大柄な騎士はそれを弾き飛ばそうとするが、途端に小柄な騎士が消えて腹に斬撃がはいった。
 
「ぐぅおっ!」

 驚き下をみると、防具で包まれた少女の顔が笑っていた。
 
「そこまでっ!」

 検査官の声が響く。
 
「流石でございます、姫様」

 大柄な騎士、ロザル騎士訓練官が、少女の前で片膝をついて頭を垂れた。
 
「やめて下さい、ロザル訓練官殿。ここでは唯の騎士です。」
「はっ」

 ロザル訓練官は立ち上がり、胸に拳を当てた。
 
 形式張るなとは云われても、相手は第3皇女、いくら王位継承権もない唯の皇族だとしても、自分から見れば遥か高みの存在だ。どうしてもある程度形式ばってしまうのは致し方ない。
 
「姫様の腕前には感服いたします。この僅か3年で、とうとう私が一度も手を出せない迄に成長なされました。」
「有難う、これも今日まで私を鍛えてくださった、ロザル訓練官のお陰です。」

 アリスは微笑み頭を下げた。
 
「過分なお言葉に御座います。」

 やたらと丁寧なロザルに、アリスは少々うんざりしつつ口を噤んで会釈した。

 覚醒から3年。柊加奈芽こと第3皇女アリス=ルイーザは7歳になた。
 
 アリスはあの日、転生の時に思った。
 
 第3皇女では売られるように政略結婚をさせられる、ならば売られる前に城を出てやると。

 城を出るためには幾つかの方法がある。
 
 政略結婚
  却下。
  そもそもこれを避ける事が目的だ。
 
 逃亡 
  密かにこの王都から出て行く。
  どこか誰も知らない街にいって、のんびり暮らす。
  これも却下。
  悪くはないけど、なんとなく後ろ向きで嫌だ。

 できれば堂々と出て行きたい。
 
 ということで
 
 王立騎士団への入団
 
 これだ。王立騎士団は貴賎は問わず、貴族でも平民でも、男女も関係なく、強い者だけが歓迎される。そう例え皇族であっても。
 
 それがダメなら最悪、後ろ向きで嫌だけど逃亡してしまえばいい。アリスはそう考えていた。
 
 そして騎士団に皇族の権限で仮の加入をさせてもらい、この3年で剣術を高めてきた。もちろん宮廷魔術士にも頼み込んで、魔術を教わった。
 
 いまでは剣術も魔術もそこそこというには、それ以上の腕前になっていた。なにしろ剣術では最前線《フロントライン》で戦っていた武人である、ロザル訓練官と対等以上に戦えた。
 
 魔術においても、宮廷魔術師からこのまま最前線《フロントライン》に立って、十分以上に戦えるとお墨付きだ。
 
 もちろん宮廷魔術師は、アリスの持つ称号に気づいていた。
 
 【天臨王】の称号、彼らは鑑定眼の持ち主たちであり、アリスが入門した時に鑑定眼で見ることを条件にさせられた。
 
 しぶしぶ承知し、当然の様に【天臨王】の称号が有ることを知られてしまった。

 しかしアリスにとって、それは想定内のことではあった。
 
 直ぐに王に知らせようとした宮廷魔術師を、アリスは引き止めた。
 
「私はあなた方を宮廷魔道士の矜持を持たれる方々と信じ、鑑定を許しました。しかしもしお父様、いえアマディス2世陛下にこの事を知らせるとあらば、私は宮廷魔道士の方々に対しての見方を変えなければなりません。」

 第3皇女とはいえ、年端もいかぬ幼女に云われた宮廷魔道士は黙りこんだ。
 
 なにしろ見た目は幼女でも、中身は+17歳だ。口喧嘩なら負けていない。

 結局のところアリスの言葉に宮廷魔道士は折れた。
 
 本来であれば【天臨王】などという、とんでも称号を持つ者は陛下に報告のうえ、隔離して置かなければならない存在だ。
 
 歴代の戦史において、【天臨王】の力は【魔王】に匹敵し、克つ倒せる唯一の手立てとされている。【魔王】を倒した所で戦争が終結するわけではないが、より有利に進められることは確かだ。
 
 最前線《フロントライン》で要塞を落とせずに、苦戦を強いられている将軍達にとっても朗報となり、勝利への活力となるだろう。
 
 もっとも宮廷魔術師達の口を封じられた、と思っていたのはアリスだけだった。このことは密かに国王ヴィクリーヌ=アマディス2世に伝えられた。
 
 アマディス2世は娘のことでもあり、ここで隔離して戦士としての英才教育を進めることは、【天臨王】の称号を隠そうとする娘にとっても良くはないと判断する。
 
「下手に英才教育を行えば、変に歪んでしまうやもしれぬ。そもそも自ら自分のスキルを高めようとしているのだ、ここはアリスを信じ、任せてみよう。」

 とても大らかな王である。
 
 それに数えで8歳となれば、王立イグリーズ学園への入学が有る。各地から貴族や大商人の子息子女、また地方に住む魔術師や神官の称号を持つ子供たち集う学園。行儀見習や作法の教育のみならず、武術魔術の教育もある5年制の学園だ。
 
 中には将来の婿や嫁探しに来るものも居るが、天臨王の称号を持つアリスならば、そこで更に上位の騎士として、また魔道士へと育ってくれるだろう。
 
 騎士として卒業すれば、王立騎士団のエリートにもなれる。
 
「天臨王の称号を持つのであれば、きっとそうなる、勇者としての道を進むはずだ。」
「ははっ、陛下の彗眼に感服いたします。」

 宮廷魔道士はアマディス2世の言葉に、頭を深く垂れた。

 かくしてアリスの思惑はアマディス2世に完全に把握されていたが、本人は隠し通せたと思っていた。
 
 そして3年の月日が経ち、アリスの王立イグリーズ学園への入学の日が迫っていた。

 
 アリス=ルイーザ
 【種族】人種
 【年齢】 7歳
 【状態】普通
 【Lv】01
 【HP】842
 【MP】659
 【SP】921
 【最大攻撃力】1059
 【最大防御力】1219
 【最大魔法攻撃力】791
 【最大魔法防御力】819
 【最大回避】1258

 スキル
 【剣術】Lv.33
 【回避】Lv.35
 【土術】Lv.22
 【氷術】Lv.19
 【炎術】Lv.31
 【風術】Lv.21
 【雷術】Lv.17
 【超速再生】Lv.5
 【属性耐性】
  【土耐性】Lv.21
  【氷耐性】Lv.29
  【炎耐性】Lv.32
  【風耐性】Lv.21
  【雷耐性】Lv.20
  【闇耐性】Lv.17 
 【状態異常耐性】Lv.19
 
 称号
 【魔術師《スペルキャスター》】
 【神官《ヒーラー》】
 【戦士《ウォリアー》】
 【天臨王】

 ※注釈
 【超速再生】
  上級回復魔法を常時発動程度の治癒能力。
  レベル上昇により治癒力が上がる。
 【状態異常耐性】
  状態異常魔法による、毒、麻痺、混乱、暗闇、などを緩和する
  行使された魔術とのレベル差により相殺される。

††
しおりを挟む

処理中です...