で、手を繋ごう

めいふうかん

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第5章

真夜中の(2)

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ベッドの縁に座っていた俺は自然と背筋を伸ばした。

いつもなら、慌てて電話を取るのに、俺の指は冷静だった。

あくまで冷静なのは指だけ。
口は異常なほど早く動き出す。

「涼さん、すみません。こんな夜中に勝手ばかりを言って。明日の仕事に支障をきたしますよね。本当、すみません」


まるで1.6倍速の動画のように、俺の口は滑らかに動く。

『・・・』

涼さんの反応を待ったが、無言が返ってきた。
ヤバい、呆れられてる?

「涼さん?」

恐る恐る名前を呼ぶと『ぷっ』と吹き出す声が聞こえる。

『いやー、しょーちゃんは本当に面白い。疲れが吹っ飛ぶわ』

電話の向こう側にいる涼さんの笑ってる姿が見える。

『珍しく甘えてきてくれて、嬉しいなーって思ったのに、開口一番に謝罪の嵐だとは思わなかった』

嫌味で言ってるわけでも、呆れてるわけでもなさそうだけど、でも、面倒な奴だと自覚する。

カケルなら、きっと当たり前のように甘えるのかもしれない。
その方が可愛い奴だって、わかってはいる。

「本当にすみません」

『だから、謝らないで』

俺は口を開いたが、また謝る言葉が出そうになったので、何も言わずに閉じる。

『俺の声を聞きたかったんだよね?』

耳元で低めの声で囁かれる。
俺の頭の芯がピリっと痺れた。

「はい、聞きたかったです」

『それじゃ、1分と言わずにもっと聞いて』

「でも、明日も会社ですよね」

『うん。でも、午後から出社。今週に入ってトラブルが連発でね、日付が変わる頃に帰ってくるの2度目なんだよ。おじさんにはキツイので、トラブルも解決したし、午前休とって身体を休めることにした」

思いがけない嬉しい時間を作ってもらえて、俺のテンションは自然とあがる。

「わかります。前の仕事、残業が多くて、年々辛さが増していきました」

『言っておくけど、35越えると、もっと辛くなるよ』

「それは嫌だな」


『嫌でも時間は誰にでも平等にやってきます』

「時が止まって欲しい」

ポンポンと会話が弾む。

『お金を払っても無理です』

「ですよね。でも、本当に時が止まるなら今がいいかな」

自分が言った言葉だとは思えない。
俺は何を言ってるんだ。

恥ずかしいと思いながらも、それを楽しんでる自分もいる。

『それってどう言う意味?』

「御想像にお任せします」

『俺のいい風に解釈しちゃうけど」

「それで正解ですよ」

相手に見えないのに、俺は頷いた。

『だったら嬉しい』

優しく笑う声が俺の耳をくすぐる。
俺の心はまるでパンケーキの上に乗ったバターのように溶けてしまいそうだった。

そうイメージした俺は思い出したことを話し出す。

「そういえば、涼さんってロイヤルのパンケーキが好きなんですってね。俺、今日、お昼に食べたんですよ」

今日、カケルから聞いたことを話題にした。

「うん、好きだよ。何で知ってるの?」

まさかカケルからとは言えない。
もしかして、話題を間違えたかも。

「兄さんから聞きました」

俺はあくまでもカケルと会ったことを隠し通すことにする。

「そうなんだ。電話した時、ロイヤルにいたんだね」

「はい、島崎さんのお店から5分ぐらいのところのロイヤルで食べてました」

「大通りに面した2階にあるロイヤル?」

「そうです」

「何だ、俺、近くにいたから言ってくれればよかったのに。一緒に食べたかったわ」

そ、それは無理だ。
だってカケルがいたんだから。
下手に電話に出なくて良かったかもしれない。

「あっ、でも、もしかして誰かと一緒だった?」

俺はどきりとしながらも、すぐに「淋しく1人ですよ」と答えた。

「尚更、ロイヤルって言ってくれれば。あの時間ならまだ今日のトラブル前だったから行かれたのに」

「残念です」

嘘をついている後ろめたさがあり、さりげなく話題をスライドすることを試みる。

「あとですね、俺、面接が決まりました」

『良かったじゃないか』

本当は言うつもりがなかったが、すぐに話題が見つからなくて口にした。
それなのに、涼さんは喜んでくれる。

「まだ内定が決まったわけではないので」

『そうだけど、面接行かないと話にならないし、模擬面接だと思って受ければいいよ。今は売り手市場なんだから、万が一うまく行かなくても次があるし』

「そう、本当に売り手市場ですよね。求人サイトに登録したら、かなりオファーがきたんです。でも、残業が多かったり、転勤があったりと条件が合わなくて」

『おばさんのことを考えて転職したんだから、条件はあまり妥協しない方がいい』

「もちろん、ある程度の残業は仕方がないと思ってますが、月40時間とは避けたいです」

『結構あるからね、そういう会社。しかも、月給の中に40時間の残業代が含まれていて、40時間を超えないと残業代が発生しない会社とか多いよ』

「それで月給が納得いく金額ならいいですけど」

『そうでもない会社もあってさ。俺はそういう会社は極力、扱わないようにしてる。働き方改革とか、色々と言われてるけど、浸透しているのは大企業だけ』

涼さんは少し興奮気味に、いつになく饒舌になる。

『有給休暇もまともに取らせてくれないところもあるし、サービス残業だって未だに当たり前の会社もある。従業員が立場が弱い会社って、結局のところ、仕事にやりがいすら持てない環境だったりしてさ。負の連結なんだよ。そういう会社って、一人一人の力を100パーセント使えないから、効率が悪い。経営者がバカなんじゃないかって思う』

いつもスマートな涼さんが、熱く語っている声が俺の耳から身体に同じように熱を運んでくる。

涼さんは今の仕事にやりがいがあるのだろう。

俺は仕事にそれほどのやりがいを持ったことがない。
彼の熱がキラキラと輝いて感じた。

『ごめん、急に暑苦しくなっちゃって』

「暑苦しいのがカッコいいです。涼さんのこと尊敬しちゃいます」

『そう? 惚れ直した?』

半分笑いながら涼さんは話す。俺は真面目な声で返した。

「惚れ直します。涼さんのことやっぱり好きです」

・・・・・はい?
俺は素直に何を口にしちゃってるんだ?

静かにワタワタしているが、涼さんから反応が返ってこない。

「す、すみません。気持ち悪いこと言って。もう夜は自制心が効かなくなるから注意しないと」

『気持ち悪くなんてないし、謝ることでもない』

涼さんの言葉は柔らかく、そして先ほどとは別の熱っぽさを持つ。

『しょーちゃんから、そんな言葉が聞けるなら今度からは真夜中に電話するね』

「ダメです」

俺はやんわりと断る。

『ダメと言われても電話したい』

「ダメです、真夜中の電話は会いたくなります」

顔が真っ赤になっているのが自覚出来る。

『それじゃ、1時間だけ会おうか』

「えっ?!」

俺は本棚の横の壁に掛けてある時計を見上げる。
今の時刻は12時45分。

『真夜中に車を走らせて向かいに行く、と言いたいところだけど、少し酒飲んじゃってるので徒歩で』

「今からですか?」

『迷惑?』

「迷惑だなんて言うと思いますか?」

『思わない。だって、しょーちゃんは俺に惚れ直してるから』

涼さんは明らかに冗談を言うような軽い口調だった。

「その通りです」

『駅裏のロイヤルに20分後でどう?』


20分後だと1時5分。
そんな真夜中の待ち合わせを俺は今までにしたことがあるだろうか。

「わかりました。急いで行きます」

『それじゃ、また後で』

そこで通話は終了した。

俺は急いでパジャマ代わりのスエットを脱いで、何を来て行くかを頭の中で探し始めた。
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