【完結】教室崩壊カメレオン【他サイトにてカテゴリー2位獲得作品】

麻田ゆま

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2.にせものの噺

「俺もな。中学、高校と野球部やったからわかるねん。お前素人ちゃうやろ」

 ……本当にわかっているのか勘で言っているのか知らないが。

「……一応、小学生のとき少年野球チームに入ってたから」

まあ、よく考えたら隠すこともないか。もう辞めてるんだし。

「おお! ポジションはどこや」

 目に見えてテンションが上がる都留。

「……キャッチャーだよ」

吐き捨てるようにそう言いながら、また投げる。

「そうか。キャッチャーか」

嬉しそうに頷く都留。これ以上話を広げられてはたまらない。促すようにグローブを構えると、それに応えるように、圭輔がボールを投げてきた。 

――このままだと、 

 野太い声が響いた。記憶の中の監督は、いつも同じ台詞を吐く。

――このままだと、お前のせいで試合は負ける。 

うるせえよ。心臓の底の方が、じくじくと痛む。

「よおし。紅白試合するぞお」

都留がホイッスルを鳴らしながら叫ぶ。誰が何と言おうと外野に回ろう。そう心に決めて、俺は集合に従うのだった。





「お前、経験者のくせに何で外野行ってん。結局試合でボール触ってへんやろ」

「ええやろ別に」

学ランの袖に腕を通しながら言い返す。圭輔は張り切ってピッチャーに志願したが、投げた球の半分はボール、という微妙な結果となった。

着替え終わった俺は、体操服を畳んで鞄に押し込む。

「でも森也が野球やってたなんて知らんかったー」

「ああ、言うたことなかったしな」

感心するようなりっちゃんの物言いに、笑って返事をする。

「何年ぐらいやってたんですか?」

「ええと、小三から小五の途中までやから、三年弱?」

「へえー」

そういえば、佐山もなかなか上手かったな。この間の小テストも沙穂ちゃんより点数高かったらしいし、何でも器用にこなす奴だ。

そうこうしている内に更衣室から女子が帰ってきた。体育館でバレーボールをしていたらしい。アイと那子は楽しそうに話し込んでいるが、そこに沙穂ちゃんはもちろん参加していない。

「てゆうかあ。ウチらのチームが負けたんってさあ」

「……あー」

那子が口元を引きつらせる。

「絶対アイツのせいよなー。ボール避けるとか意味わからんしさー」

アイツという指示語が沙穂ちゃんを指していることは、容易に察することが出来た。

「…………」

教室に流れる、気まずい空気。何も言わない俺たち全員の顔を、アイは舐め回すように見る。

「……あのさあ。いつまでウチだけを悪者にするつもり?」 

――は?  

アイの方を振り向いた。
意味がわからず混乱する俺を置いてきぼりにして、圭輔がりっちゃんが那子が。眉間に真っ黒い影を落としながら、目を見開いた。

「なあ。圭輔。バレーの試合でボール避けるってどう思う?」

勝利を確信したような、気持ちよさそうな面持ちでアイが言葉を放つ。

「……ふはっ。ありえへんやろ。ドッジやないねんから」

 はは、はははは。圭輔の喉が、けたたましい笑い声を作り出す。りっちゃんが、那子が、あとに続く。面白くてたまらないとでも言うかのように。

ぐらりと傾いた足元に、力を入れなおす。

――これはなんだ。

 シカトが始まってから約一か月。遂に「いじめ」が本格化した。

**

いつからだったかは、はっきりと覚えていない。
暗闇のなかで響く、甲高いベルの音。朝だ。目覚まし時計のボタンを、叩くように押す。

「……ああー」

眠い。七時、五十五分……、五十五分!?

「え? やべえ!」

布団をはねのける。いつからだったか。俺は本来起きるべき時間の一時間前にアラームをセットするようになっていた。
五分間隔でベルを鳴らし、目覚まし時計は俺を起こしにかかる。
それにもかかわらず俺はこうやって寝過ごしてしまう訳だが。

「しんちゃん、また寝坊したん?」

「メシ食う時間ないし。ああ、もうチカ。起こしてくれてもええやんかー」

「そんなん知らんよー」

そう言って肩をすくめる彼女。薄情な妹だ。ワイシャツ、学ランの上下、靴下、ベルト。いつもの五点セットを掻き集めて、身に着けていく。顔を洗って、歯を磨けば、完了……。

「あー、寝ぐせえー」

洗面所の鏡と向かい合ってうなだれる。多少のものなら放っておく所だが、今日のは一か所だけがぴょこんと横に飛び出ていて、かなり間抜けである。

「チカ、アイロン貸して!」

「えー、チカ、男の人がアイロン使うの嫌い。だって女々しいもん」

「うるさい、はやく」

チカの手からヘアーアイロンを奪い取る。プラグをコンセントに突き刺して、温度は、何度がベストなのかよくわからない、真ん中にしよう。百五十度。
温めている間に歯を磨く。ああ、ギリギリだ。あと五分で家を出ないと遅刻決定だ。

「なんか必死やな。しんちゃん、どうしたん? 今まで遅刻が当たり前やったのに」

「改心したんや」

歯磨き中に話しかけるのをやめてほしい。早く学校に行きたいのだ。本当なら、一番に教室に入っておきたい。

「ふうん……。まあいいや。チカもう行く。しんちゃん頑張って」

俺の横に立って鏡を覗き込み、手櫛で髪を整えたあと、チカはそう言った。真っ黒の、サラサラ流れるような長い髪が彼女の自慢である。
それに比べて、俺は軽くウェーブがかかったような、アッシュグレーの天然パーマ。色は自分で染めたにしても、どうして髪質だけがこうも違うのだろうか。

祖父母が言うところによると、今のチカの顔は小学生の頃の俺とそっくりらしい。

認めたくないが、当時の俺が女顔だったのだ。

そんな我が妹、満華(みちか)は現在亀之湖中学校の一年生。詳しくは知らないが、野球部のマネージャーになったとか。

……何だってよりによって野球部なんかを選んだのか不思議でならない。人数が足りなくて試合に出ることすら出来ない、あんな部。

使い終わったアイロンをチカ専用の引き出しに返し、鞄を掴む。ばあちゃんが作ってくれた弁当をその中に突っ込んだ。走らないと間に合わない。

遅れたくない。俺以外のメンバーが揃ったあの教室で、どんなやり取りが行われているのか。すべてを把握しておきたい。知らないうちに何かが進んでいるのではないかと、不安でたまらない。
 
あれから、アイ以外の三人も沙穂ちゃんを積極的に傷つけた。目が合う度に睨みつけ、意味も無く嘲笑し、そしてギリギリ聞こえるぐらいの声量で誹謗中傷した。
俺は、沙穂ちゃんと目を合わせることが出来なくなった。




「聞かれても無いのに手あげて発表するとか無いよなー」

「たしかに。あれは変やと思った」

「手あげる時の腕見た? ピーン、やで」

そう言ってアイが腕を突き上げた。

「それアレやん。横断歩道渡るときの小学生やん」

「ははは、今時そんなこと小学生でもせんわ」

「沙穂の必殺技よな。『他の人とは違って私わかりますアピール』」

「必殺技ってなんやねん……」

当たり障りのないツッコミを入れて、なんとか会話に紛れ込む。二時間目と三時間目のあいだの休み時間。テンポの良い会話。楽しそうな笑い声。

「あー、気に食わんなあ。あの、自分のこと優等生やと思ってる態度」

「あ、そや。佐山って頭ええんやろ? 今度の中間テスト、一位取れそう?」

「え? おれ?」

突然呼ばれた佐山が、驚いたように声を上げる。
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