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2.にせものの噺
④
「あはは、圭輔。それ、ええねえ。今までずっと沙穂が一位やったもん」
「なるほど。一位奪われたらどんな顔するんやろ」
「わあ、楽しみになってきたー」
少し前まではぎこちなかった言葉たちが、今はサラサラと流れては、沙穂ちゃんに刺さっていく。
悪口が板についてきたF組の面々は、また賑やかさを取り戻した。
きゃらきゃらと笑うみんなに合わせて、俺は無理やり口角を上げる。
黒幕の佐山は、依然として何を考えているのかわからない顔に、薄い笑みをのっけている。
昼休み。煮豆を箸でつまむことに奮闘していると、アイが突然椅子から立ち上がった。何事かと、俺たちは弁当から彼女へ視線を移す。
「そやそや。みんなに自慢しよう思って持って来たんよ。昨日ママに買ってもらったポスカ」
彼女は、箱入りのカラフルなサインペンを自慢げに掲げた。
「……それがどうしてん?」
まるで興味が無い、という風に圭輔が聞く。
「なによ、ポスカ可愛いやろ?」
「はあ? マジックが可愛い?」
「発色がええの」
ふうん。圭輔が適当な相槌を打つ。まあ、男子にとっては何の面白みも無い話題だろう。俺も、ペンの発色なんて気にしたことないし。
でも、そういえば一昔前、スクールバックにポスカで落書きするのが流行っていた気もする。
「試してみる?」
悪戯っ子のように笑いながら、アイは赤色のペンを圭輔に握らせた。
「試す?」
首を傾げる圭輔に、アイはこくりと頷いた。彼女は教室の端まで歩くと、ピタリと立ち止まる。
「ここに書いてみて。紙じゃなくても書けるのが、ポスカの魅力やから」
そう言って彼女が指さしたのは、
「……え」
沙穂ちゃんの机だった。そこに今現在、弁当を広げていた机の持ち主が、のろのろと首を持ち上げる。しかし、位置的に俺たちに背を向けているため、表情は見えない。
「待てって、アイ。マジックで机に落書きなんかしたら、いくらなんでも都留にばれるやろ」
煮豆を噛みながら、俺が言う。
「ああー、そっかあ。残念。あ、じゃあ筆箱とかどう?」
アイが、机の上に置いてあったらしい、プラスチック製の箱型ペンケースを持ち上げる。
鮮やかなライトグリーンのそれは、シンプル好きの沙穂ちゃんが今年新調したものだった。
「書きがいあるわ、これ絶対」
アイは、何のためらいも無く、そのプラスチック素材にペンを走らせた。
満足そうに頷くと、今度はそのペンケースを圭輔に差し出す。
「ほらな。最高の発色。お試しあれ」
まるで実演販売の真似事みたいだ。
「…………」
無言で受け取った圭輔は、そのまま赤いペン先を、ライトグリーンに押し付けた。
「じゃあ、森也は青とかどう?」
「えっ」
にゅっと、視界のど真ん中にサインペンが現れた。その奥で、アイが目を細める。
「……ああ」
受け取らないわけには、いかなかった。
「那子は何色が良いー?」
「黄色―」
「おっけい。りっちゃんピンクどう?」
「ええ、緑がいい……」
「じゃあピンクは佐山くんな」
「俺、興味ないんだけど」
ため息をつきながら、それでも佐山はあっさりとペンを掴んだ。
手渡されたペンケースには黒色の丸文字で、「ないしん点女」、赤色の荒っぽい文字で、「ねこかぶり」と書かれていた。……メールの冤罪は晴れていない。彼女に対する勘違いは続いている。
もしかしたら、気付いていながら何もしない俺が一番悪いのかもしれない。
第二のターゲットを生んでいじめが暴走することを防ぐ、そのために放置するというこの選択肢は、果たして正しいのだろうか。
ただ黒幕に味方しているだけではないのだろうか。
だけど、どっちにしろ俺は、この空気に逆らって状況をかき乱す勇気がない。
サインペンのキャップを取り外す。ケースの端っこで小さくペン先を回す。文字でも絵でもないただのぐちゃぐちゃ。
そのあと他の面子が何を書いたのかは知らない。最後に佐山が、落書きまみれになったペンケースを沙穂ちゃんの机の上に返した。
「ちょっ」
佐山が慌てたように声を上げる。払いのけられたペンケースから、シャーペンや定規がばらばらとこぼれ落ちた。
それを拾おうともせず、沙穂ちゃんは立ち上がり、教室の外に出ていった。どんな顔をしていたのか、ここからじゃ見えない、けど。
肩が震えていたから、多分泣いていたんだと思う。
「……ま、こんなもんか」
アイが、抑揚の無い声で呟くのが聞こえた。
「森也、今日釣りせん?」
「つり? 亀之湖大池?」
圭輔がこくりと頷いた。放課後、近所の池で釣りをするのが、俺たちの娯楽のひとつである。
べつに田舎だからって遊び相手が自然のみってわけではない。
家に帰ればパソコンだってゲーム機だってある。だけど釣りには、そのどれとも違う楽しさがあった。
とはいえ、専門的な知識があるわけじゃないので、竿は圭輔のお父さんのお下がりを借りて、適当にやっている。結果はまあ、釣れたり釣れなかったりだ。
「佐山も誘ったんやけど、そんな生臭い遊びしたくないってさ。失礼しちゃう」
潔癖症のあいつらしい反応だ。ちなみに、りっちゃんは魚が怖いという謎の理由で毎回参加していない。
「結局、いつも通り圭輔と二人か」
「なにその不満そうな言い方」
「卑屈やな。そんなつもり全然ないのに」
ああ、そうですかー。と、圭輔が舌を出す。釣り、ねえ。魚がかかるのを待っている間に色々考え込んでしまいそうだなあ、と思いつつ、それは真っ直ぐ家に帰っても一緒のことだと思い直した。
学校指定の紺色鞄を肩にかけて、教室を出る。
あれから沙穂ちゃんは、授業の直前に教室に戻ってきた。散らばった筆記用具をてきぱきと拾い集め、彼女は空のペンケースを鞄の底にしまい込んでいた。
シャーペンや消しゴム、定規など、筆記用具一式が裸の状態で机の上に乗っている光景は違和感のあるものだったが、都留は気付かなかったらしい。いつも通りに授業は進んだ。
「なるほど。一位奪われたらどんな顔するんやろ」
「わあ、楽しみになってきたー」
少し前まではぎこちなかった言葉たちが、今はサラサラと流れては、沙穂ちゃんに刺さっていく。
悪口が板についてきたF組の面々は、また賑やかさを取り戻した。
きゃらきゃらと笑うみんなに合わせて、俺は無理やり口角を上げる。
黒幕の佐山は、依然として何を考えているのかわからない顔に、薄い笑みをのっけている。
昼休み。煮豆を箸でつまむことに奮闘していると、アイが突然椅子から立ち上がった。何事かと、俺たちは弁当から彼女へ視線を移す。
「そやそや。みんなに自慢しよう思って持って来たんよ。昨日ママに買ってもらったポスカ」
彼女は、箱入りのカラフルなサインペンを自慢げに掲げた。
「……それがどうしてん?」
まるで興味が無い、という風に圭輔が聞く。
「なによ、ポスカ可愛いやろ?」
「はあ? マジックが可愛い?」
「発色がええの」
ふうん。圭輔が適当な相槌を打つ。まあ、男子にとっては何の面白みも無い話題だろう。俺も、ペンの発色なんて気にしたことないし。
でも、そういえば一昔前、スクールバックにポスカで落書きするのが流行っていた気もする。
「試してみる?」
悪戯っ子のように笑いながら、アイは赤色のペンを圭輔に握らせた。
「試す?」
首を傾げる圭輔に、アイはこくりと頷いた。彼女は教室の端まで歩くと、ピタリと立ち止まる。
「ここに書いてみて。紙じゃなくても書けるのが、ポスカの魅力やから」
そう言って彼女が指さしたのは、
「……え」
沙穂ちゃんの机だった。そこに今現在、弁当を広げていた机の持ち主が、のろのろと首を持ち上げる。しかし、位置的に俺たちに背を向けているため、表情は見えない。
「待てって、アイ。マジックで机に落書きなんかしたら、いくらなんでも都留にばれるやろ」
煮豆を噛みながら、俺が言う。
「ああー、そっかあ。残念。あ、じゃあ筆箱とかどう?」
アイが、机の上に置いてあったらしい、プラスチック製の箱型ペンケースを持ち上げる。
鮮やかなライトグリーンのそれは、シンプル好きの沙穂ちゃんが今年新調したものだった。
「書きがいあるわ、これ絶対」
アイは、何のためらいも無く、そのプラスチック素材にペンを走らせた。
満足そうに頷くと、今度はそのペンケースを圭輔に差し出す。
「ほらな。最高の発色。お試しあれ」
まるで実演販売の真似事みたいだ。
「…………」
無言で受け取った圭輔は、そのまま赤いペン先を、ライトグリーンに押し付けた。
「じゃあ、森也は青とかどう?」
「えっ」
にゅっと、視界のど真ん中にサインペンが現れた。その奥で、アイが目を細める。
「……ああ」
受け取らないわけには、いかなかった。
「那子は何色が良いー?」
「黄色―」
「おっけい。りっちゃんピンクどう?」
「ええ、緑がいい……」
「じゃあピンクは佐山くんな」
「俺、興味ないんだけど」
ため息をつきながら、それでも佐山はあっさりとペンを掴んだ。
手渡されたペンケースには黒色の丸文字で、「ないしん点女」、赤色の荒っぽい文字で、「ねこかぶり」と書かれていた。……メールの冤罪は晴れていない。彼女に対する勘違いは続いている。
もしかしたら、気付いていながら何もしない俺が一番悪いのかもしれない。
第二のターゲットを生んでいじめが暴走することを防ぐ、そのために放置するというこの選択肢は、果たして正しいのだろうか。
ただ黒幕に味方しているだけではないのだろうか。
だけど、どっちにしろ俺は、この空気に逆らって状況をかき乱す勇気がない。
サインペンのキャップを取り外す。ケースの端っこで小さくペン先を回す。文字でも絵でもないただのぐちゃぐちゃ。
そのあと他の面子が何を書いたのかは知らない。最後に佐山が、落書きまみれになったペンケースを沙穂ちゃんの机の上に返した。
「ちょっ」
佐山が慌てたように声を上げる。払いのけられたペンケースから、シャーペンや定規がばらばらとこぼれ落ちた。
それを拾おうともせず、沙穂ちゃんは立ち上がり、教室の外に出ていった。どんな顔をしていたのか、ここからじゃ見えない、けど。
肩が震えていたから、多分泣いていたんだと思う。
「……ま、こんなもんか」
アイが、抑揚の無い声で呟くのが聞こえた。
「森也、今日釣りせん?」
「つり? 亀之湖大池?」
圭輔がこくりと頷いた。放課後、近所の池で釣りをするのが、俺たちの娯楽のひとつである。
べつに田舎だからって遊び相手が自然のみってわけではない。
家に帰ればパソコンだってゲーム機だってある。だけど釣りには、そのどれとも違う楽しさがあった。
とはいえ、専門的な知識があるわけじゃないので、竿は圭輔のお父さんのお下がりを借りて、適当にやっている。結果はまあ、釣れたり釣れなかったりだ。
「佐山も誘ったんやけど、そんな生臭い遊びしたくないってさ。失礼しちゃう」
潔癖症のあいつらしい反応だ。ちなみに、りっちゃんは魚が怖いという謎の理由で毎回参加していない。
「結局、いつも通り圭輔と二人か」
「なにその不満そうな言い方」
「卑屈やな。そんなつもり全然ないのに」
ああ、そうですかー。と、圭輔が舌を出す。釣り、ねえ。魚がかかるのを待っている間に色々考え込んでしまいそうだなあ、と思いつつ、それは真っ直ぐ家に帰っても一緒のことだと思い直した。
学校指定の紺色鞄を肩にかけて、教室を出る。
あれから沙穂ちゃんは、授業の直前に教室に戻ってきた。散らばった筆記用具をてきぱきと拾い集め、彼女は空のペンケースを鞄の底にしまい込んでいた。
シャーペンや消しゴム、定規など、筆記用具一式が裸の状態で机の上に乗っている光景は違和感のあるものだったが、都留は気付かなかったらしい。いつも通りに授業は進んだ。
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