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3.知らないもの同盟
③
「でも、沙穂―。ほんまにええの? テスト勉強付き合ってもらって」
「あ、うん。気にせんといて。私の勉強にもなるし」
「ああ、もう、沙穂さいこう」
きゃーっ、と甲高い声を出して拍手をするアイ。楽しそうに笑う那子と、控えめに頷く沙穂ちゃん。
……え。
一瞬、それが当たり前の光景に見えてしまって、慌ててかぶりを振る。違う。今となっては。こんなこと、ありえない。
「なんで」
なんで沙穂ちゃんがそこに居るんだ。眉間の筋肉に、力が入る。それを悟られまいと、俺は自分でもわかるぐらい下手くそな笑顔を作った。
「なに? 女子はみんなで勉強会でもすんの?」
「そうなんよー。あ、森也も来る? 沙穂が教えてくれるって」
沙穂が教えてくれるって。なんだそれ。那子。お前は、なんでそんなに、平気な顔で。
「へ、え。あー、俺は、遠慮しとこかな……」
ふらりと、自分の席に戻って、腰を下ろす。
あ、そういえば、りっちゃんの反応を確認しておかないと……。かろうじて視線を持ち上げると、彼は不安そうにその瞳を揺らしていた。
なんか、りっちゃんって、いつ見てもあの顔してる。
はあ、とため息をひとつ吐き出した。今俺が考えるべきなのは。突然変わった沙穂ちゃんの扱い、そして、圭輔のこと。
佐山はというと。口元に浮かべた笑みはそのままに、鋭い眼で女子陣を眺めていた。また、あいつは何を考えているのか知らないが……。
「……?」
どうかしたのだろうか。ごちゃごちゃと色んなモノが混ざり合っていた空気が、そのとき、突然真っ白になった。
静まり返る教室の、異様な緊張感を肌で感じ取った俺は、みんなの視線の先に目をやる。
――あ。
圭輔。つまらなさそうに左手で首の後ろを掻きながら、その相も変らぬ大きな体は教室へと足を踏み入れた。
「……」
彼の発する無言に、みんなが耳を傾けていた。学校に来たのは良かったが、いつものように話しかけに行く勇気は出なかった。
ふと、彼と視線がぶつかった。あ、と喉まで声が出かけて、何を言おうか、そうだ、挨拶だ、と、そんなことを考えているほんの一秒ぐらいの間に、目は逸らされてしまった。
そこに拒絶の意思を見つけた気がして、体が動かなくなる。圭輔は、自分の席にどかりと座って、そのまま机に突っ伏した。
どうやら一時間目は睡眠学習と決めたらしい。
とりあえずは何も起こらなかったことに安心したのか、その場の空気が緩む。
だけど俺は、この「まだ何も起こっていない間」にしなければならないことがあるはずだ、と自分を奮い立たせるのだ。
史記の、項王の台詞に視線を滑らせる。国語の授業。
担当の先生は、やたらと声に迫力を持たせながら、教科書の音読を披露していた。
よく考えたら、今はチャンスなのかもしれない。
沙穂ちゃんへのいじめが解消された今、形式上この教室が抱える問題は何も無いはずだ。
つまり、次なる問題を引き起こすであろう危険因子を潰してしまえば、F組は平和を取り戻すのではないだろうか。
アイに何か狙いがあるのは間違いない。だからこそ、突然沙穂ちゃんを引き戻したのだ。そして、彼女の狙いが圭輔であることも、クラスのみんながそれに薄々気付いていることも、全部がその危険因子というわけだ。
いじめは「多対一」こそが、理想のかたち。みんなで一人をいじめる、それが一番やりやすい。圭輔を「一」にするために、沙穂ちゃんを手駒に戻したというのなら、俺がその理想を崩してやろうじゃないか。
吸った空気が、体の中に入ることが出来ず戻っていく。おかしいな、うまく息ができない。全身をピリピリと痙攣させるような緊張が襲う。俺は、アイと、クラスと、対抗しようとしている。
――大丈夫。
チャイムが鳴ったら、圭輔の名前を呼ぼう。
「は?」
圭輔の低い声が、威嚇するかのように響く。不良の生徒が教師を睨むときのような、反抗的で鋭い目つきが俺を捉える。
自分の席に座ったまま、頬杖をつく圭輔。そんな彼を前に、俺はもう一度口を開いた。
「だから、釣りしようや……って。今日の放課後……」
「なんで?」
圭輔の口元が、馬鹿にするように歪んだ。その表情が、「行くわけないやろ」と、俺を突き離す。
「……なん、おま……。大体、なんで、俺がそんな態度取られなあかんねん、考えてみろよ。裏サイトの書き込みだってなりすましやし、おかしいやろ」
叫びたい衝動に駆られながら、それをぐっとこらえる。俺たち二人の会話は監視されている。クラスメイトによって。
「なりすましなんか出来るわけないやろ、森也、お前こそ考えろ」
「は……、出来るわけない……? なんで……」
「なりすましって言うのは、サイトの管理人にバレるように出来とる。管理人からは書き込んだ奴のメアドが見れるからや。F組裏サイトの管理人のカレン、正体は知らんけど、そいつに気付かれて、『こいつがなりすまし犯』とか暴露されてみ。終わりや。そんな危険なこと誰がすんねん」
「そ……」
そうか、確かに。カレンが誰なのかわからないこの状況で迂闊になりすましなんて出来ない……。
「けど、それって逆にカレン本人なら……」
「うるさいな、俺がお前とはもう関わりたくないねんから」
そう言って立ち上がった圭輔を、俺は見上げるしか出来なかった。明らかな拒絶。
なんでだよ。わからない。こいつは書き込みに対して怒っていたんじゃないのか?
「お前、俺と一緒に居らんかったら次のターゲットにされるぞ、わかってんのか」
アイや、みんなに聞こえないよう声を潜めて訴える。圭輔の動きが一瞬止まった。それから彼は、ふっと息を漏らして笑った。
「……うるさいって」
諦めているような声色。なんで。
「あ、うん。気にせんといて。私の勉強にもなるし」
「ああ、もう、沙穂さいこう」
きゃーっ、と甲高い声を出して拍手をするアイ。楽しそうに笑う那子と、控えめに頷く沙穂ちゃん。
……え。
一瞬、それが当たり前の光景に見えてしまって、慌ててかぶりを振る。違う。今となっては。こんなこと、ありえない。
「なんで」
なんで沙穂ちゃんがそこに居るんだ。眉間の筋肉に、力が入る。それを悟られまいと、俺は自分でもわかるぐらい下手くそな笑顔を作った。
「なに? 女子はみんなで勉強会でもすんの?」
「そうなんよー。あ、森也も来る? 沙穂が教えてくれるって」
沙穂が教えてくれるって。なんだそれ。那子。お前は、なんでそんなに、平気な顔で。
「へ、え。あー、俺は、遠慮しとこかな……」
ふらりと、自分の席に戻って、腰を下ろす。
あ、そういえば、りっちゃんの反応を確認しておかないと……。かろうじて視線を持ち上げると、彼は不安そうにその瞳を揺らしていた。
なんか、りっちゃんって、いつ見てもあの顔してる。
はあ、とため息をひとつ吐き出した。今俺が考えるべきなのは。突然変わった沙穂ちゃんの扱い、そして、圭輔のこと。
佐山はというと。口元に浮かべた笑みはそのままに、鋭い眼で女子陣を眺めていた。また、あいつは何を考えているのか知らないが……。
「……?」
どうかしたのだろうか。ごちゃごちゃと色んなモノが混ざり合っていた空気が、そのとき、突然真っ白になった。
静まり返る教室の、異様な緊張感を肌で感じ取った俺は、みんなの視線の先に目をやる。
――あ。
圭輔。つまらなさそうに左手で首の後ろを掻きながら、その相も変らぬ大きな体は教室へと足を踏み入れた。
「……」
彼の発する無言に、みんなが耳を傾けていた。学校に来たのは良かったが、いつものように話しかけに行く勇気は出なかった。
ふと、彼と視線がぶつかった。あ、と喉まで声が出かけて、何を言おうか、そうだ、挨拶だ、と、そんなことを考えているほんの一秒ぐらいの間に、目は逸らされてしまった。
そこに拒絶の意思を見つけた気がして、体が動かなくなる。圭輔は、自分の席にどかりと座って、そのまま机に突っ伏した。
どうやら一時間目は睡眠学習と決めたらしい。
とりあえずは何も起こらなかったことに安心したのか、その場の空気が緩む。
だけど俺は、この「まだ何も起こっていない間」にしなければならないことがあるはずだ、と自分を奮い立たせるのだ。
史記の、項王の台詞に視線を滑らせる。国語の授業。
担当の先生は、やたらと声に迫力を持たせながら、教科書の音読を披露していた。
よく考えたら、今はチャンスなのかもしれない。
沙穂ちゃんへのいじめが解消された今、形式上この教室が抱える問題は何も無いはずだ。
つまり、次なる問題を引き起こすであろう危険因子を潰してしまえば、F組は平和を取り戻すのではないだろうか。
アイに何か狙いがあるのは間違いない。だからこそ、突然沙穂ちゃんを引き戻したのだ。そして、彼女の狙いが圭輔であることも、クラスのみんながそれに薄々気付いていることも、全部がその危険因子というわけだ。
いじめは「多対一」こそが、理想のかたち。みんなで一人をいじめる、それが一番やりやすい。圭輔を「一」にするために、沙穂ちゃんを手駒に戻したというのなら、俺がその理想を崩してやろうじゃないか。
吸った空気が、体の中に入ることが出来ず戻っていく。おかしいな、うまく息ができない。全身をピリピリと痙攣させるような緊張が襲う。俺は、アイと、クラスと、対抗しようとしている。
――大丈夫。
チャイムが鳴ったら、圭輔の名前を呼ぼう。
「は?」
圭輔の低い声が、威嚇するかのように響く。不良の生徒が教師を睨むときのような、反抗的で鋭い目つきが俺を捉える。
自分の席に座ったまま、頬杖をつく圭輔。そんな彼を前に、俺はもう一度口を開いた。
「だから、釣りしようや……って。今日の放課後……」
「なんで?」
圭輔の口元が、馬鹿にするように歪んだ。その表情が、「行くわけないやろ」と、俺を突き離す。
「……なん、おま……。大体、なんで、俺がそんな態度取られなあかんねん、考えてみろよ。裏サイトの書き込みだってなりすましやし、おかしいやろ」
叫びたい衝動に駆られながら、それをぐっとこらえる。俺たち二人の会話は監視されている。クラスメイトによって。
「なりすましなんか出来るわけないやろ、森也、お前こそ考えろ」
「は……、出来るわけない……? なんで……」
「なりすましって言うのは、サイトの管理人にバレるように出来とる。管理人からは書き込んだ奴のメアドが見れるからや。F組裏サイトの管理人のカレン、正体は知らんけど、そいつに気付かれて、『こいつがなりすまし犯』とか暴露されてみ。終わりや。そんな危険なこと誰がすんねん」
「そ……」
そうか、確かに。カレンが誰なのかわからないこの状況で迂闊になりすましなんて出来ない……。
「けど、それって逆にカレン本人なら……」
「うるさいな、俺がお前とはもう関わりたくないねんから」
そう言って立ち上がった圭輔を、俺は見上げるしか出来なかった。明らかな拒絶。
なんでだよ。わからない。こいつは書き込みに対して怒っていたんじゃないのか?
「お前、俺と一緒に居らんかったら次のターゲットにされるぞ、わかってんのか」
アイや、みんなに聞こえないよう声を潜めて訴える。圭輔の動きが一瞬止まった。それから彼は、ふっと息を漏らして笑った。
「……うるさいって」
諦めているような声色。なんで。
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