【完結】教室崩壊カメレオン【他サイトにてカテゴリー2位獲得作品】

麻田ゆま

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4.泥棒ごっこ

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――わたしたちの噂学校 掲示板サイト

「噂の人殺しカメレオンが、転校した件@鷹谷」

「コメント」

「ああ、Kを自殺させた奴?」

「そうそう」

「死んでないだろ?」

「未遂よ。とっくに復帰してる」

「三階から飛び降りたんだよね? めっちゃ騒がれてた」

「で、どこ行ったの? 転校先は?」

「亀之湖中学校ってところらしい。兵庫の田舎」

「次の被害が出るな、気の毒すぎるわ」

「待って。自分、亀之湖の生徒なんですけど」

「え? まじで?」

「うん。ていうか、最近クラスに転校生来たんやけど、もしかして、あれが?」

「うわー。クラスメイトきたー」

「気をつけろよ。そいつ、本気でヤバいヤツだから」

「やばいって?」

「Kの件以外にも何かあったの?」

「教師を一人、やめさせたんだよ」

 …………

――この記事にコメントする

**

七月半ば。衣替えの期間は一か月ほど前に終わり、上はカッターシャツ一枚だが、それでもやっぱり夏は暑い。

セミの鳴き声が教室の周りを囲う。何匹もの「ミーンミンミン」が重なり合って、降り注ぐ。あまりのうるささに窓を閉めたくなるが、そうすると熱気がこもってやってられない。

下敷きで仰いで、申し訳程度の風を作り出す。窓の外には、濃すぎるぐらいに青い空が広がっていた。

「クーラーほしい……」

自分の席に座っているだけなのに、どんどん体力が失われていく。夏って怖い。

「今日で終わりだと思えば我慢できますよ」

同じく下敷きをうちわのように扱いながら、佐山が言う。そう、明日から夏休みだ。

「えー無理―……。なんかさあ。急に暑くなるよな。日本には四季があるっていうけどさあ、俺には春と秋なんて見つけらんないね」

「まあ確かに。中間ってないですよね。寒いと思ってたら次の日はめちゃくちゃ暑かったりしますし」

そうそう。頷きながら首にかけていたマフラータオルで、額の汗を拭う。

さっき飲んだお茶が全部汗になっている気がする。部活をしているわけでもないのに、毎日ペットボトル一本じゃ足りない。

「溶けそう。死ぬ。干からび死ぬ」

「やめてくださいよ。余計に暑くなる」

うんざりとした声色でそう言って、俺を睨む佐山。

そして、さっきから耳に入れないよう努めてきたけど、もう限界だ。
俺たちの席から少し離れた、教室の前方。俺と佐山を除く全員が、圭輔の席を囲んでいた。

「あのさ、用が無いんやったらどっか行ってくれん? ここ俺の席やから」

「はあ?」

「暑苦しいねん。いちいち集まりやがって面倒くさい」

「……その態度が腹立つねん!!」

アイの叫び声と、机の脚を蹴る音が、教室中に響いた。
恐ろしいことに、圭輔は今もずっとあのスタンスを保っている。どんなに罵られても、蹴られても、教科書に落書きをされたって、まるでお構いなし、という風に涼しい顔で過ごすのだ。

それをアイが気に入らないと思うことは至極当然で、彼女は常にイライラしながら、なんとかして圭輔を傷つけようとする。

「強がるのもやめたらどう? 圭輔。ほんまは辛いんやろう?」

那子も、いい加減苛立ってきているらしい。いつもの笑顔が、今日は少し歪んでいる。

ちなみに、りっちゃんと沙穂ちゃんは、二人の言葉に頷き、嘲笑うべきタイミングで一緒になって笑うのが精いっぱいだ。加害者にもなりきれない微妙な位置。一番ずるいポジション。
これでは、たとえ沙穂ちゃんがカレンであってもその証拠が出てくるなんてことはないだろう。

「は? 俺が辛いって? ははは、え? 那子、心配してくれんの、やっさし。でも残念ながら俺はお前らが何を喚こうが右から左へ受け流してますんでご心配な……く……」

――え?

ヘラヘラと笑っていた圭輔が、突然真顔になった。赤茶色の髪の毛が、パラパラと宙を舞って、床に落ちて行く。

アイの顔からは、表情が消えていた。苛立ちの色も光も宿さないその真っ黒な瞳は、例えば目の前で死んでいく人間を平然と見殺しにするような、狂気的な残酷さだけを纏っていた。

彼女のその右手に握られた工作用ハサミが、人を傷つけられたことで満足するように、鈍く光る。

「やりすぎだろ」

佐山の軽蔑を滲ませた声色が、俺の心臓をじくりと刺す。落とされた髪に、記憶が重なっていく。

「校則違反の髪の毛やもん。何されても文句言えへんやろ?」

アイが、口角を上げる。その挑戦的な目が、「これでもまだ生意気な口が聞けるか?」と、圭輔を押さえつける。

――限界だわ。

頭の中で声がして、それから俺には、何も見えなくなった。気が付けば、圭輔の手を引いて、トイレに駆け込んでいた。

途中、彼の戸惑いを含んだ抗議の声が聞こえたが、そんなものを気に留めている余裕も無かった。ただ怖かった。

俺が数年前に見た景色が、また目の前で起こるような気がして。

「なんやねん、森也」

圭輔が、煩わしそうに俺の手を振り払った。

いびつに変形された前髪。怪訝そうに眉間にしわを寄せる彼は、変わらないように見えて、やっぱり疲れが滲んでいた。

「梶さん、どうしたんですか、いきなり」
「……佐山」

トイレの扉を開けて、佐山が顔を出す。

「ええと。俺ってここにいても……?」

珍しく気を遣う彼に気味の悪さを覚えながら、俺は「ああ、いいよ」と頷いた。

「なあ、圭輔。俺見てらんないよ」

「……同情?」

「いや……」

言葉につまる。

「違う。見てるこっちの気分が悪いんだよ」

「おい、佐山。いや、あのな、圭輔。俺は、ほら、休み時間とか俺らと一緒にいようって、そう言いたかっただけで」

「しんや」

 俺の言葉を遮って、圭輔が落ち着いた声を出した。

「……え?」

はっとして顔を上げる俺に、彼は今にも泣きだしそうなほど表情を歪めながら、笑顔をつくった。

「ごめんな」

「……は。……どう、いう」

消え入りそうな、かすれた声が、俺の喉から出る。――ごめんな?
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