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4.泥棒ごっこ
③
「しんちゃん、まだ寝とうの?」
障子の向こうで、ばあちゃんの心配そうな声がした。
「起きとうよ」
「朝ごはんは?」
「うん。今から食べに行く」
そう返事をして、俺はようやく布団から出た。
こっちに転校してきてから、ばあちゃんとじいちゃんは、あれこれと俺たちの世話を焼いてくれる。ありがたい話だ。だけど、いつまでもこの家にお世話になるわけにはいかない。
わかってはいるけど、だからって、どうすれば良いのかわからない。
気晴らしにと、その日はバスと電車を乗り継いでショッピングモールに出かけた。服ひとつ買おうと思えば、それだけで多額の交通費を要するのが田舎の怖いところである。
とりあえず、と白シャツを物色していると、ポケットの中で小さな電子音が聞こえた。LINEの通知だ。ロック画面で差出人を確認する。――佐山だ。
――今日暇ですか?
……間の悪い奴め。断りの返事を送ったあと、気に入ったものの値札を確認。高い。却下。
「なにかお探しですかー?」
真後ろから聞こえた声に、ぎょっとして振り向く。赤茶色の巻き髪に、バサバサのまつ毛と宇宙人のようなカラーコンタクト。元の容姿なんてわからない。最強装備の女店員がそこにいた。
「えーと」
どうせなら男の店員に相談したいな、と思いつつ、俺は希望の品を伝える。
「クロップドパンツですねー。でしたらこちらにありますよー」
俺の説明したイメージが、よくわからないカタカナの単語になって、彼女の口から紹介された。
「高校生ですか? もう夏休みですかー?」
「あ、中三で、今日から夏休みですね……」
だいたい想像はついていたが、彼女は俺が苦手とする、やたら喋るショップ店員だった。
パンツのコーナーまで案内してもらい、それで終わりかと思いきや。ところがどっこい、この店員さん、今度はそれに合うトップスと言ってシャツやらパーカーやらをどんどん持ってくる。
正直言って困る。このひとだって、片づけるのが面倒なはずだ。
「あ、どこの中学校なんですかー? このへんですかー?」
「いや、このへん、ではないですね。亀之湖中学校っていう、木南町の……」
「え? 亀之湖!?」
「えっ」
予想外の反応に、俺は彼女の顔を凝視して固まる。それにしても、なんてデカい黒目だろう。気分が悪くなりそうだ。
「私も亀之湖中学出身なんですよー。高校は行かずにここで働いてるんですけど。ええー、すごい偶然。亀之湖って生徒数少ないから、なかなか会わないんですよね」
「そうですね……、めちゃくちゃ少ないですもんね」
こんないかついギャルがあの中学校に通っていたのか。なんだか不思議な感じがする。
「今、中三ってことはー、あれ? 私の二つ下や」
「え、じゃあ俺が中一のときに中三……?」
在学期間が被っているではないか。しかし、こんな派手な先輩は記憶にない。
「あー私、中三のとき、ほとんど学校行かんかったんで。それにしても、小学校のときとかに会ってるはずですよね。覚えてへんなあ……」
「あ、あの、俺、中一んときに転校してきたんですよ……」
「ああ! 転校生! そういやユリが言ってたわ」
ゆり……? このひとの友人だろうか。知らない名前だ。
「へえー、そっかあ。学校楽しいですかー?」
「えーと、まあ……」
言葉を濁してしまう。数か月前なら、迷わず頷けていたはずなのに。
それからしばらく立ち話をして、俺はその店を後にした。結局、彼女に薦められるままベージュのクロップドパンツとジャガード柄のTシャツを買ってしまった。それだけで財布の中にはもう交通費ぐらいしか残っていないのだから、中学生のお財布事情はシビアである。
金も無いのにショッピングモールにいても仕方ないので、帰りのバスの時刻を調べることにした。
携帯を開くと、佐山からまたLINEが来ていたことに気付く。
――カレンにDMを送ってみようと思うのですが
ダイレクトメール……。そうか、サイトを管理しているということは、カレン自身ブログサービスに登録しているはずで。それを利用してコンタクトを取ることが可能なんだ。
――良いと思う。けど、何て送んの?
バス停で返事を送る。次のバスまであと十分だ。暑い。やっぱりギリギリまで店の中にいれば良かった。直射日光の攻撃力は半端じゃない。
――それを梶さんと相談しようと思って
……ああ、なるほどね。納得して、思考を働かせてみる。「あなたは誰ですか?」「何がしたいんですか?」「こんなことして楽しいですか?」浮かんできた言葉を一通り吟味するが、どれも微妙だ。
いくらコンタクトを取る方法が見つかったとはいえ、こちらが不利なことに変わりはない。
なんせ俺たちがどんな質問をしたとしても、カレンは嘘をつくことも、無視をすることも可能なのだから。
――明日、うちに来れそう?
いつもの定食屋でも良かったが、F組の誰かに見られてしまう可能性は避けたい。
あの爬虫類ヤロウを招くことには抵抗があるが、この際仕方ないだろう。
じいちゃんとばあちゃんは、俺の友達だと言えば快く出迎えてくれるだろうし。
――うかがってもいいんですか? ぜひ
丁寧語だけでは飽き足らず、謙譲語というスキルまで発動した彼に若干呆れながら、俺は「いいよ」と返事を打つのであった。
障子の向こうで、ばあちゃんの心配そうな声がした。
「起きとうよ」
「朝ごはんは?」
「うん。今から食べに行く」
そう返事をして、俺はようやく布団から出た。
こっちに転校してきてから、ばあちゃんとじいちゃんは、あれこれと俺たちの世話を焼いてくれる。ありがたい話だ。だけど、いつまでもこの家にお世話になるわけにはいかない。
わかってはいるけど、だからって、どうすれば良いのかわからない。
気晴らしにと、その日はバスと電車を乗り継いでショッピングモールに出かけた。服ひとつ買おうと思えば、それだけで多額の交通費を要するのが田舎の怖いところである。
とりあえず、と白シャツを物色していると、ポケットの中で小さな電子音が聞こえた。LINEの通知だ。ロック画面で差出人を確認する。――佐山だ。
――今日暇ですか?
……間の悪い奴め。断りの返事を送ったあと、気に入ったものの値札を確認。高い。却下。
「なにかお探しですかー?」
真後ろから聞こえた声に、ぎょっとして振り向く。赤茶色の巻き髪に、バサバサのまつ毛と宇宙人のようなカラーコンタクト。元の容姿なんてわからない。最強装備の女店員がそこにいた。
「えーと」
どうせなら男の店員に相談したいな、と思いつつ、俺は希望の品を伝える。
「クロップドパンツですねー。でしたらこちらにありますよー」
俺の説明したイメージが、よくわからないカタカナの単語になって、彼女の口から紹介された。
「高校生ですか? もう夏休みですかー?」
「あ、中三で、今日から夏休みですね……」
だいたい想像はついていたが、彼女は俺が苦手とする、やたら喋るショップ店員だった。
パンツのコーナーまで案内してもらい、それで終わりかと思いきや。ところがどっこい、この店員さん、今度はそれに合うトップスと言ってシャツやらパーカーやらをどんどん持ってくる。
正直言って困る。このひとだって、片づけるのが面倒なはずだ。
「あ、どこの中学校なんですかー? このへんですかー?」
「いや、このへん、ではないですね。亀之湖中学校っていう、木南町の……」
「え? 亀之湖!?」
「えっ」
予想外の反応に、俺は彼女の顔を凝視して固まる。それにしても、なんてデカい黒目だろう。気分が悪くなりそうだ。
「私も亀之湖中学出身なんですよー。高校は行かずにここで働いてるんですけど。ええー、すごい偶然。亀之湖って生徒数少ないから、なかなか会わないんですよね」
「そうですね……、めちゃくちゃ少ないですもんね」
こんないかついギャルがあの中学校に通っていたのか。なんだか不思議な感じがする。
「今、中三ってことはー、あれ? 私の二つ下や」
「え、じゃあ俺が中一のときに中三……?」
在学期間が被っているではないか。しかし、こんな派手な先輩は記憶にない。
「あー私、中三のとき、ほとんど学校行かんかったんで。それにしても、小学校のときとかに会ってるはずですよね。覚えてへんなあ……」
「あ、あの、俺、中一んときに転校してきたんですよ……」
「ああ! 転校生! そういやユリが言ってたわ」
ゆり……? このひとの友人だろうか。知らない名前だ。
「へえー、そっかあ。学校楽しいですかー?」
「えーと、まあ……」
言葉を濁してしまう。数か月前なら、迷わず頷けていたはずなのに。
それからしばらく立ち話をして、俺はその店を後にした。結局、彼女に薦められるままベージュのクロップドパンツとジャガード柄のTシャツを買ってしまった。それだけで財布の中にはもう交通費ぐらいしか残っていないのだから、中学生のお財布事情はシビアである。
金も無いのにショッピングモールにいても仕方ないので、帰りのバスの時刻を調べることにした。
携帯を開くと、佐山からまたLINEが来ていたことに気付く。
――カレンにDMを送ってみようと思うのですが
ダイレクトメール……。そうか、サイトを管理しているということは、カレン自身ブログサービスに登録しているはずで。それを利用してコンタクトを取ることが可能なんだ。
――良いと思う。けど、何て送んの?
バス停で返事を送る。次のバスまであと十分だ。暑い。やっぱりギリギリまで店の中にいれば良かった。直射日光の攻撃力は半端じゃない。
――それを梶さんと相談しようと思って
……ああ、なるほどね。納得して、思考を働かせてみる。「あなたは誰ですか?」「何がしたいんですか?」「こんなことして楽しいですか?」浮かんできた言葉を一通り吟味するが、どれも微妙だ。
いくらコンタクトを取る方法が見つかったとはいえ、こちらが不利なことに変わりはない。
なんせ俺たちがどんな質問をしたとしても、カレンは嘘をつくことも、無視をすることも可能なのだから。
――明日、うちに来れそう?
いつもの定食屋でも良かったが、F組の誰かに見られてしまう可能性は避けたい。
あの爬虫類ヤロウを招くことには抵抗があるが、この際仕方ないだろう。
じいちゃんとばあちゃんは、俺の友達だと言えば快く出迎えてくれるだろうし。
――うかがってもいいんですか? ぜひ
丁寧語だけでは飽き足らず、謙譲語というスキルまで発動した彼に若干呆れながら、俺は「いいよ」と返事を打つのであった。
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