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4.泥棒ごっこ
⑥
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それから約二週間。
俺の夏休みは一日の半分を睡眠につかうというおよそ中学生の休暇とは思えない日々が続くこととなる。
チカに呆れられながらも、その堕落した生活から抜け出すことは不可能だと悟り始めたある日のこと。
再びチカの彼氏、「なっちゃん」が家を訪ねてきた。
俺が玄関を開けた途端、彼はなぜかほっとした表情を浮かべた。じいちゃんやばあちゃんよりは、俺が出た方がマシだというところか。
「……チカの彼氏の」
「あ、う、はい。村上 直純です! あ、なっちゃんって呼んでくださいっ」
兵隊のようにハキハキとした口調でしゃべる彼。野球のユニフォームを着ているから、多分これから部活なのだろう。
彼女と一緒に行こう、とかそういうアレだろうか。
「いや、村上くん……、でいいかな」
「え、あ、そうですか、そうですね、すみません」
「いや、こっちこそ、うん、ごめん……。えーと、チカ? に用?」
なんだこれ。居心地が悪すぎだろう。気まずい。
「あ、満華もそうなんですけど、今日は……」
「ん?」
首を傾げる俺と、みるみる顔つきが険しくなる村上くん。その表情の原因に全く見当がつかなくて、それなのに俺の心臓は騒めき始める。
「……お兄さんにお願いがあって」
「おれに?」
「はい、あの! 俺、ご存じかもしれませんが、野球部で。あ、野球部って言っても、その、五人しかおらんくて、いつもは足りない人数分クラスメイトとかに頼んで試合に出てもらってるんですけど、今回ちょっと、その内の一人が出れんくて……、
あ、それで俺この前チカに聞いたんですけど、お兄さん、野球、経験者なんですか?」
「は……」
……ここまで聞いて、話の流れを予測できないはずがない。
「……え? あ、違いました?」
村上くんの声が小さくなった。揺れる瞳が、彼の不安を表している。
「や、あってる、けど、俺は試合には出てあげられへんよ……?」
「え?」
頼む前に断られてしまったせいか、村上くんは驚いたように目を見開いた。
「そういう話やったんよな……?」
「あ、はい……、ごめんなさい。もしよければって、思てたんですけど」
「ごめん……、俺、野球には、なんていうか、良い思い出が無く、て」
そこまで言うと、村上くんの不安げな表情は、気まり悪そうなそれに変わった。
ここまで言って無理に頼む奴も、詳細を求める奴もそうそういないだろう。
「あー……、すみませんでした、俺……」
「いや、ええよ。このことに関してはチカも何も知らんし。それに謝るのは俺の方やろ。
……断った立場で言えたもんじゃないけど、メンバー、集めるアテあんの?」
「あ、大丈夫です、それは。練習試合なんで相手チームの補欠の人とか、出てくれると思うし」
「相手チームの補欠から……」
「あはは、ちょっとみっともないですけどね。あ、お兄さんのせいとか、そういう意味やないんですけど。こんなこといきなり頼む方が失礼やし……。
あ、そうや、チカから聞きました? 今回東京まで合宿って話になってるんですよ。俺たち、人数は少ないけど、やってることはちゃんと部活なんです」
人数が足りなくて、まともに試合もできない部活。内心そのことを馬鹿にしていたのは俺だ。
「東京……。え、聞いてないわ、そうなんや。ええやん、楽しそう」
罪悪感で表情が硬くなるのを、なんとか誤魔化す。
その内、部活に行く準備を終えたチカが玄関にやってきて、二人は並んで学校へ向かった。
彼らを見送りながら俺は、村上くんの白いユニフォームが眩しくて、目を逸らす。
――本当に野球が嫌いなら、こんな気持ちになるだろうか。
よくわからないけど、野球の記憶に触れるたび、俺は切なくて泣きそうになる。
「……佐山?」
携帯が佐山からのLINEを知らせる。むくりと顔を出した苦い気持ちを押し込んで、俺はLINEのアイコンをタップする。
――新学期が始まるまでにもう一回話しておきましょう
すぐに了承の返事を送る。俺だって、あのメールのやり取りだけで満足していられないことはわかっている。
この夏の目標はカレンの正体を突き止めることなのだから。
三日後、俺は再び家に佐山を招いた。
前回テレビゲームで騒いだ記憶が新しい分、今回はそれほど息苦しい雰囲気にはならなかった。
しかし、違う意味の沈黙が現在、居間を包んでいる。
「全然思いつかない……」
「……おれも」
テーマに「カレンを見つける方法」を置いてから、話は全く進まない。
当たり前だ。そんなに簡単に思いつくならここまで苦労していない。
「やっぱりメールのやり取りであぶり出すしかないんじゃないですかね」
確かに可能性があるとすれば、そこなのかもしれない。だけど、カレンがそう簡単にしっぽを出すとも思えなかった。
「……前の、カレンのメール見せて」
「どうぞ」
佐山から差し出されたスマホを受け取って、メールを開く。「……あなたにメッセージが届いています。送信した人 カレンさん」。
どのメールにも同じように、無機質な一文が引っ付いていた。
「そういえば、これ、カレンの方にも同じようなメールが届いてるんだよな。お前、どんな名前で登録してんの」
「ユウタですけど……、あれ?」
俺の夏休みは一日の半分を睡眠につかうというおよそ中学生の休暇とは思えない日々が続くこととなる。
チカに呆れられながらも、その堕落した生活から抜け出すことは不可能だと悟り始めたある日のこと。
再びチカの彼氏、「なっちゃん」が家を訪ねてきた。
俺が玄関を開けた途端、彼はなぜかほっとした表情を浮かべた。じいちゃんやばあちゃんよりは、俺が出た方がマシだというところか。
「……チカの彼氏の」
「あ、う、はい。村上 直純です! あ、なっちゃんって呼んでくださいっ」
兵隊のようにハキハキとした口調でしゃべる彼。野球のユニフォームを着ているから、多分これから部活なのだろう。
彼女と一緒に行こう、とかそういうアレだろうか。
「いや、村上くん……、でいいかな」
「え、あ、そうですか、そうですね、すみません」
「いや、こっちこそ、うん、ごめん……。えーと、チカ? に用?」
なんだこれ。居心地が悪すぎだろう。気まずい。
「あ、満華もそうなんですけど、今日は……」
「ん?」
首を傾げる俺と、みるみる顔つきが険しくなる村上くん。その表情の原因に全く見当がつかなくて、それなのに俺の心臓は騒めき始める。
「……お兄さんにお願いがあって」
「おれに?」
「はい、あの! 俺、ご存じかもしれませんが、野球部で。あ、野球部って言っても、その、五人しかおらんくて、いつもは足りない人数分クラスメイトとかに頼んで試合に出てもらってるんですけど、今回ちょっと、その内の一人が出れんくて……、
あ、それで俺この前チカに聞いたんですけど、お兄さん、野球、経験者なんですか?」
「は……」
……ここまで聞いて、話の流れを予測できないはずがない。
「……え? あ、違いました?」
村上くんの声が小さくなった。揺れる瞳が、彼の不安を表している。
「や、あってる、けど、俺は試合には出てあげられへんよ……?」
「え?」
頼む前に断られてしまったせいか、村上くんは驚いたように目を見開いた。
「そういう話やったんよな……?」
「あ、はい……、ごめんなさい。もしよければって、思てたんですけど」
「ごめん……、俺、野球には、なんていうか、良い思い出が無く、て」
そこまで言うと、村上くんの不安げな表情は、気まり悪そうなそれに変わった。
ここまで言って無理に頼む奴も、詳細を求める奴もそうそういないだろう。
「あー……、すみませんでした、俺……」
「いや、ええよ。このことに関してはチカも何も知らんし。それに謝るのは俺の方やろ。
……断った立場で言えたもんじゃないけど、メンバー、集めるアテあんの?」
「あ、大丈夫です、それは。練習試合なんで相手チームの補欠の人とか、出てくれると思うし」
「相手チームの補欠から……」
「あはは、ちょっとみっともないですけどね。あ、お兄さんのせいとか、そういう意味やないんですけど。こんなこといきなり頼む方が失礼やし……。
あ、そうや、チカから聞きました? 今回東京まで合宿って話になってるんですよ。俺たち、人数は少ないけど、やってることはちゃんと部活なんです」
人数が足りなくて、まともに試合もできない部活。内心そのことを馬鹿にしていたのは俺だ。
「東京……。え、聞いてないわ、そうなんや。ええやん、楽しそう」
罪悪感で表情が硬くなるのを、なんとか誤魔化す。
その内、部活に行く準備を終えたチカが玄関にやってきて、二人は並んで学校へ向かった。
彼らを見送りながら俺は、村上くんの白いユニフォームが眩しくて、目を逸らす。
――本当に野球が嫌いなら、こんな気持ちになるだろうか。
よくわからないけど、野球の記憶に触れるたび、俺は切なくて泣きそうになる。
「……佐山?」
携帯が佐山からのLINEを知らせる。むくりと顔を出した苦い気持ちを押し込んで、俺はLINEのアイコンをタップする。
――新学期が始まるまでにもう一回話しておきましょう
すぐに了承の返事を送る。俺だって、あのメールのやり取りだけで満足していられないことはわかっている。
この夏の目標はカレンの正体を突き止めることなのだから。
三日後、俺は再び家に佐山を招いた。
前回テレビゲームで騒いだ記憶が新しい分、今回はそれほど息苦しい雰囲気にはならなかった。
しかし、違う意味の沈黙が現在、居間を包んでいる。
「全然思いつかない……」
「……おれも」
テーマに「カレンを見つける方法」を置いてから、話は全く進まない。
当たり前だ。そんなに簡単に思いつくならここまで苦労していない。
「やっぱりメールのやり取りであぶり出すしかないんじゃないですかね」
確かに可能性があるとすれば、そこなのかもしれない。だけど、カレンがそう簡単にしっぽを出すとも思えなかった。
「……前の、カレンのメール見せて」
「どうぞ」
佐山から差し出されたスマホを受け取って、メールを開く。「……あなたにメッセージが届いています。送信した人 カレンさん」。
どのメールにも同じように、無機質な一文が引っ付いていた。
「そういえば、これ、カレンの方にも同じようなメールが届いてるんだよな。お前、どんな名前で登録してんの」
「ユウタですけど……、あれ?」
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