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4.泥棒ごっこ
⑧
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そっとアイたちの集団を覗き見てみる。が、彼女はお喋りに夢中で、こちらに意識を向けている様子はなかった。
しかしまあ陰湿な空気の漂う談笑だこと。内容の聞こえない、囁くような話し声と、何かを馬鹿にするような、歪んだ笑顔。良からぬ企てをしているのはお互い様だということか。……嫌いになりそう。
ふと心の中に浮かんだ不快感を無理やり押し込む。
「で、梶さんは夏休みをどのように過ごしたんですか?」
「寝てた」
「……へえ」
佐山の薄ら笑いに苛立ちを覚える。
「なんだよ、お前はどうなんだよ」
「勉強ですけど何か?」
「……まじ?」
あんだけ頭良いくせにこいつ、夏休み丸ごと勉強してたってのか? 一体なにを目指しているんだか。絶句する俺を見て、佐山が不服そうに口を尖らせた。
「まあいいじゃないですか、俺の夏休み事情なんて。それより、今日って何する日なんですか?」
……自分から振ったくせに。
「始業式に決まってるだろ」
「始業式だけでもう帰れるですか?」
「えー? あー、どうだったけな。そういや、委員と係り決めるのも今日だったかも」
俺が答えると、佐山はいかにも嫌そうに、「委員と係り?」と呟いた。
「そうそう。一学期は転校生だったから佐山は免れてたけど、原則一人一個は何かしないといけないんだよ」
「ええー。めんどくさ」
「体育委員だけは要注意だぜ。今学期は体育祭があるからくそだるいし」
「うわー、何か気が重いなあ。全部やりたくないです」
「佐山は学級委員長でもやれば」
「右も左もわからない転校生に酷なことをおっしゃる」
……右も左もわからない転校生は、もっと謙虚だ。
それにしても、今学期の委員長は誰が務めるのだろうか。
ルールとして、同じ役割を連続で希望することはできない。つまり優等生、沙穂ちゃんは今回委員長になることができない。
「あー、じゃあ今コソコソやってるのは、その話し合いかもしれませんね」
佐山が苦笑いで言ったことの意味が理解できなくて、俺は「え?」と聞き返す。
「推薦、とかも出来るんでしょう。だから、圭輔を委員長にしてしまおう、みたいな? いかにもいじめっこが考えそうなことじゃないですか」
彼の言葉が、心臓の奥をぞわりと冷やした。
「そんな、止めないと……」
「まあそれは自由ですけど」
まるで興味のなさそうな佐山をジロリと睨む。カレン探し以外で俺に協力する気はないらしい。
……圭輔が委員長にならなければ良いのなら、俺が立候補してしまえば解決だ。
だけど、その選択は最終手段だと思う。俺だって委員長なんてやりたくないのだから、何というか、負けたような気がする。
蒸し暑い体育館。
開け放たれた窓から、生ぬるい風がゆらりと流れてくる。
校長先生のお話は、その声色だけが生徒の頭上をなんとなく浮かんでいて、内容なんて誰の意識にも混ぜてもらえないのだろう。
始業式だとか朝会だとか、全校集会だとか。なんやかんやと銘打って、一方的に長い長い話を聞かされるこの時間には、一体どんな意味があるのだろうか。
ひたすら立たされて足が痛くなるたび、次に集会があるときはずる休みをしてやろう、と決意するのだが。臆病な俺は毎回実行できずにいる。
「……う、おっと」
暑さのせいか、軽い立ちくらみに襲われる。九月って、確か秋に分類されるはずだけど。
こんなに暑いのにそれはないだろう。本当に夏だとか秋だとかいう季節の区分は曖昧で頼りにならない。
頭の重みを手で押さえた。くらくらする。バランスが取りづらい。瞑ったまぶたの向こうで、懐かしい天敵の叫び声が聞こえた。ああ、そういえば。「あいつ」との勝負に勝ったのも、こんな集会のさなかだった……。
「あ」
それはもう突然に、脳が冴えた。気が付けばさっきまでの体調不良は消え去っていた。
……委員長、か。一度ボツにした案を、もう一度吟味してみる。
やりたくないのは変わらないが、委員長という権限にはそれ以上の価値があるかもしれない。
……上手くいけば、アイツらの悪だくみを邪魔するだけでなく、カレンを引きずり出せる。
「えー。ほな、まず始めに委員長を決めようと思うんやが。一応聞いとくわ。立候補するやつー」
都留が教卓の後ろに立って、俺たちを見下ろす。口調や言葉の端々からやる気の無さがにじみ出ている。「どうせ誰も手上げへんやろ」という心の声が聞こえてくるようだ。
「……」
前方の席で、アイが沙穂ちゃんに目配せしているのが見えた。なるほど。推薦人は沙穂ちゃんか。
確かに、彼女からの推薦となると無下にはできないだろう。何てったって、このクラスで唯一の優等生だ。
……俺の中の臆病が、また自分の決心を鈍らせる。だけど、ここで失敗したらもうチャンスはない。
「は? 梶、お前なに考えとうねん?」
都留の、宇宙人でも見るような目が俺に向けられる。ちょっと立候補しただけでそれは失礼ではなかろうか。
その上、通路を挟んで右、この男の反応は一体なんのつもりだ。佐山は、これでもかというぐらい目を見開いて俺を凝視していた。
「かじさん……?」
表情を驚きから心配に変化させて、佐山は俺に声をかける。
よく見れば、他のみんなも信じられない、と言った顔でこちらを見ていた。
りっちゃんに至っては口を半開きにさせて、かなり間抜けな状態だ。
真っ直ぐ伸ばしていたはずの腕は、いつの間にか直角になっていた。
俺が委員長に立候補するって、周りにとってはそれほどの奇行なのだろうか。
気まずさに耐えかねた俺は、咄嗟に隣の腕を掴んで上げる。
「……あー、都留。佐山が副委員長やりたいって」
「はあ!?」
何とか空気を壊したくて適当に放った言葉に、佐山が抗議してくる。
彼が自ら志願などしていないことは一目瞭然だったが、都留は「よし、分かった」と黒板に俺たちの名前を書いてしまった。
しかしまあ陰湿な空気の漂う談笑だこと。内容の聞こえない、囁くような話し声と、何かを馬鹿にするような、歪んだ笑顔。良からぬ企てをしているのはお互い様だということか。……嫌いになりそう。
ふと心の中に浮かんだ不快感を無理やり押し込む。
「で、梶さんは夏休みをどのように過ごしたんですか?」
「寝てた」
「……へえ」
佐山の薄ら笑いに苛立ちを覚える。
「なんだよ、お前はどうなんだよ」
「勉強ですけど何か?」
「……まじ?」
あんだけ頭良いくせにこいつ、夏休み丸ごと勉強してたってのか? 一体なにを目指しているんだか。絶句する俺を見て、佐山が不服そうに口を尖らせた。
「まあいいじゃないですか、俺の夏休み事情なんて。それより、今日って何する日なんですか?」
……自分から振ったくせに。
「始業式に決まってるだろ」
「始業式だけでもう帰れるですか?」
「えー? あー、どうだったけな。そういや、委員と係り決めるのも今日だったかも」
俺が答えると、佐山はいかにも嫌そうに、「委員と係り?」と呟いた。
「そうそう。一学期は転校生だったから佐山は免れてたけど、原則一人一個は何かしないといけないんだよ」
「ええー。めんどくさ」
「体育委員だけは要注意だぜ。今学期は体育祭があるからくそだるいし」
「うわー、何か気が重いなあ。全部やりたくないです」
「佐山は学級委員長でもやれば」
「右も左もわからない転校生に酷なことをおっしゃる」
……右も左もわからない転校生は、もっと謙虚だ。
それにしても、今学期の委員長は誰が務めるのだろうか。
ルールとして、同じ役割を連続で希望することはできない。つまり優等生、沙穂ちゃんは今回委員長になることができない。
「あー、じゃあ今コソコソやってるのは、その話し合いかもしれませんね」
佐山が苦笑いで言ったことの意味が理解できなくて、俺は「え?」と聞き返す。
「推薦、とかも出来るんでしょう。だから、圭輔を委員長にしてしまおう、みたいな? いかにもいじめっこが考えそうなことじゃないですか」
彼の言葉が、心臓の奥をぞわりと冷やした。
「そんな、止めないと……」
「まあそれは自由ですけど」
まるで興味のなさそうな佐山をジロリと睨む。カレン探し以外で俺に協力する気はないらしい。
……圭輔が委員長にならなければ良いのなら、俺が立候補してしまえば解決だ。
だけど、その選択は最終手段だと思う。俺だって委員長なんてやりたくないのだから、何というか、負けたような気がする。
蒸し暑い体育館。
開け放たれた窓から、生ぬるい風がゆらりと流れてくる。
校長先生のお話は、その声色だけが生徒の頭上をなんとなく浮かんでいて、内容なんて誰の意識にも混ぜてもらえないのだろう。
始業式だとか朝会だとか、全校集会だとか。なんやかんやと銘打って、一方的に長い長い話を聞かされるこの時間には、一体どんな意味があるのだろうか。
ひたすら立たされて足が痛くなるたび、次に集会があるときはずる休みをしてやろう、と決意するのだが。臆病な俺は毎回実行できずにいる。
「……う、おっと」
暑さのせいか、軽い立ちくらみに襲われる。九月って、確か秋に分類されるはずだけど。
こんなに暑いのにそれはないだろう。本当に夏だとか秋だとかいう季節の区分は曖昧で頼りにならない。
頭の重みを手で押さえた。くらくらする。バランスが取りづらい。瞑ったまぶたの向こうで、懐かしい天敵の叫び声が聞こえた。ああ、そういえば。「あいつ」との勝負に勝ったのも、こんな集会のさなかだった……。
「あ」
それはもう突然に、脳が冴えた。気が付けばさっきまでの体調不良は消え去っていた。
……委員長、か。一度ボツにした案を、もう一度吟味してみる。
やりたくないのは変わらないが、委員長という権限にはそれ以上の価値があるかもしれない。
……上手くいけば、アイツらの悪だくみを邪魔するだけでなく、カレンを引きずり出せる。
「えー。ほな、まず始めに委員長を決めようと思うんやが。一応聞いとくわ。立候補するやつー」
都留が教卓の後ろに立って、俺たちを見下ろす。口調や言葉の端々からやる気の無さがにじみ出ている。「どうせ誰も手上げへんやろ」という心の声が聞こえてくるようだ。
「……」
前方の席で、アイが沙穂ちゃんに目配せしているのが見えた。なるほど。推薦人は沙穂ちゃんか。
確かに、彼女からの推薦となると無下にはできないだろう。何てったって、このクラスで唯一の優等生だ。
……俺の中の臆病が、また自分の決心を鈍らせる。だけど、ここで失敗したらもうチャンスはない。
「は? 梶、お前なに考えとうねん?」
都留の、宇宙人でも見るような目が俺に向けられる。ちょっと立候補しただけでそれは失礼ではなかろうか。
その上、通路を挟んで右、この男の反応は一体なんのつもりだ。佐山は、これでもかというぐらい目を見開いて俺を凝視していた。
「かじさん……?」
表情を驚きから心配に変化させて、佐山は俺に声をかける。
よく見れば、他のみんなも信じられない、と言った顔でこちらを見ていた。
りっちゃんに至っては口を半開きにさせて、かなり間抜けな状態だ。
真っ直ぐ伸ばしていたはずの腕は、いつの間にか直角になっていた。
俺が委員長に立候補するって、周りにとってはそれほどの奇行なのだろうか。
気まずさに耐えかねた俺は、咄嗟に隣の腕を掴んで上げる。
「……あー、都留。佐山が副委員長やりたいって」
「はあ!?」
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