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4.泥棒ごっこ
⑩
「良い調子じゃないですか。やっぱりアイを選んで正解だ。でも、まだ足りませんね」
俺にだけ届けられた小さな声に反応して、また右隣に目をやる。小さくほくそ笑む佐山に、こくりと頷いてみせた。
「……次は二年でも狙おうか」
さすがに同じクラスで何度も盗難事件が起これば、犯人はF組の誰かです、と言っているようなものだ。
ここは他学年の誰かに犠牲になってもらおう。
アイの財布がなくなってから二日。
俺も前日になってから思い出したのだが、今日は亀之湖中の体育祭が行われる日だった。
すっかり忘れていた。というのも、うちの体育祭は何か月も前から練習を重ねてきた組体操を披露、などという大々的なものではない。リレーや玉入れを楽しむだけの、言ってみればただのお遊び会である。
そんな訳だから、本来こんなイベントは気楽に構えていれば良いはずだ。が、今回ばかりはそうもいかない。
全校生徒が一日中グラウンドに出ている、つまり、かなり長時間校舎に人が入ってこない、こんな機会そうそう無い。
お祭り騒ぎに乗じて財布を盗む絶好の機会なのだ。
「みんな競技に夢中だし、少しの間姿が見えないからと言って怪しまれることは無いでしょう」
「ああ。そろそろ行くか」
教師も全員参加で盛り上がる尻尾取りゲームで、俺たち二人はお互いの尻尾をさっさと奪い早々に離脱した。
グラウンドの中心から外れ、校舎の昇降口へと向かう。太陽がジリジリと照り付けるこんな日は体育祭日和と呼ぶのにふさわしい。
無駄に広いグラウンドで、五十人ほどの生徒たちが叫びながら駆け回っている。六人の男子生徒に追い掛け回されながら、我らが都留先生はさすがの瞬足を披露していた。
「楽しそう」
「もっとまともに参加したかったですか?」
「……なにを優先すべきかぐらいわかるよ」
俺たちにとって大事なのは、こっちだ。
上靴に履き替える。そういえば、あの都留狙いの六人のうち一人は村上くんだった。全力で楽しんでいる感じだったな。チカの彼氏はきっと良い子だ。
「クラスは決まってます? 確か、一年と二年はどちらもニクラスありましたよね」
「ここから一番近い二年一組の予定だけど」
俺と佐山以外誰もいない校舎の廊下。木造の空間が、俺たちと外の騒ぎ声を隔てる。時折沸き起こる歓声は、まるで別の世界で起きている出来事だった。
「そうですね。じゃあ、それで行きましょう。……それにしても、うち以外はクラス名、一組とか二組なんですね。三年だけF組って浮いてますよ」
「まあ、F組っていうのはアイツらが勝手に決めた学校非公認のやつだからさ」
本当、なんでアルファベットにしてしまったのだろうか。小学生のとき決めたと言っていたが、当時のあいつらに文句を言ってやりたい。
二年一組の教室の扉を開けて、中に入る。F組より数の多い机たち。壁に貼り付けられた学年便りと、凝ったデコレーションが施された委員表。
俺たちの教室との違いなんて、本当に微々たるものだけど、やっぱり落ち着かない。ここは他人の空間だ。
「どの鞄を狙います?」
佐山が、教室の後ろに並ぶロッカーを眺めながら言った。
「派手な鞄だろ。キーホルダーとかいっぱい付いている感じの」
鞄を無駄に飾り付ける奴は、教室でも目立っていて賑やかなタイプの人間。これは俺のイメージだ。
俺たちの計画は、「財布が盗まれた」と騒いでもらってこそはじめて成立する。
「そうですね……、これで行きますか」
そう言って佐山はためらいも無く、鞄をひとつ引っこ抜いた。
「んん!?」
その鞄に付いているキーホルダーたちを見て、俺は思わず声を上げた。
野球のユニフォームやバットがモチーフのそれらは、フェルトで出来た、明らかに手作りと思われる物だった。
「おい、佐山……、その鞄ちょっと」
「はい?」
すでにチャックを空けて財布を探し始めていた佐山を慌てて止める。俺の記憶違いでなければ、これらのキーホルダーは全部、チカが必死になって作っていたもので、つまりその持ち主ということは……。
「え」
怪訝そうに俺を見ていた佐山の目が、突然見開かれた。俺はぎくりと動きを止めて、その場に立ち尽くした。やばい。足音がする。俺たち以外の誰かが、校舎の中に入って来たらしい。
「佐山、とりあえずその鞄ロッカーに戻せ」
「あ、はい」
鞄をいじくっているところを他人に見られるなんて言語道断だ。
しかし、それを誤魔化したところで危機が完全に回避されるわけではない。
他クラスの教室に侵入したことがばれるのは、それだけで非常にまずいのだ。
これであとあと誰かの財布が盗まれたとして、真っ先に疑われるのは俺たち二人に違いない。
これ以上財布を盗むことが不可能になるということは、つまり計画が台無しになることを意味する。
「机の裏に隠れましょう。足音の主がこの教室に入って来なければ、なんとかやり過ごせますよ」
「ああ」
佐山の言った通り、その場にあった机の後ろに屈んで身を隠す。
しかし、足音は着々とこの教室に近づいてきていた。じわり、と。汗が意地悪く額の輪郭を撫でる。佐山も、苦い顔で廊下の向こうを窺っている。
「!」
――嘘だろう。
終わった。足音の主は、遂に俺たちが潜む教室の扉を開けてしまった。
「……あれ?」
俺にだけ届けられた小さな声に反応して、また右隣に目をやる。小さくほくそ笑む佐山に、こくりと頷いてみせた。
「……次は二年でも狙おうか」
さすがに同じクラスで何度も盗難事件が起これば、犯人はF組の誰かです、と言っているようなものだ。
ここは他学年の誰かに犠牲になってもらおう。
アイの財布がなくなってから二日。
俺も前日になってから思い出したのだが、今日は亀之湖中の体育祭が行われる日だった。
すっかり忘れていた。というのも、うちの体育祭は何か月も前から練習を重ねてきた組体操を披露、などという大々的なものではない。リレーや玉入れを楽しむだけの、言ってみればただのお遊び会である。
そんな訳だから、本来こんなイベントは気楽に構えていれば良いはずだ。が、今回ばかりはそうもいかない。
全校生徒が一日中グラウンドに出ている、つまり、かなり長時間校舎に人が入ってこない、こんな機会そうそう無い。
お祭り騒ぎに乗じて財布を盗む絶好の機会なのだ。
「みんな競技に夢中だし、少しの間姿が見えないからと言って怪しまれることは無いでしょう」
「ああ。そろそろ行くか」
教師も全員参加で盛り上がる尻尾取りゲームで、俺たち二人はお互いの尻尾をさっさと奪い早々に離脱した。
グラウンドの中心から外れ、校舎の昇降口へと向かう。太陽がジリジリと照り付けるこんな日は体育祭日和と呼ぶのにふさわしい。
無駄に広いグラウンドで、五十人ほどの生徒たちが叫びながら駆け回っている。六人の男子生徒に追い掛け回されながら、我らが都留先生はさすがの瞬足を披露していた。
「楽しそう」
「もっとまともに参加したかったですか?」
「……なにを優先すべきかぐらいわかるよ」
俺たちにとって大事なのは、こっちだ。
上靴に履き替える。そういえば、あの都留狙いの六人のうち一人は村上くんだった。全力で楽しんでいる感じだったな。チカの彼氏はきっと良い子だ。
「クラスは決まってます? 確か、一年と二年はどちらもニクラスありましたよね」
「ここから一番近い二年一組の予定だけど」
俺と佐山以外誰もいない校舎の廊下。木造の空間が、俺たちと外の騒ぎ声を隔てる。時折沸き起こる歓声は、まるで別の世界で起きている出来事だった。
「そうですね。じゃあ、それで行きましょう。……それにしても、うち以外はクラス名、一組とか二組なんですね。三年だけF組って浮いてますよ」
「まあ、F組っていうのはアイツらが勝手に決めた学校非公認のやつだからさ」
本当、なんでアルファベットにしてしまったのだろうか。小学生のとき決めたと言っていたが、当時のあいつらに文句を言ってやりたい。
二年一組の教室の扉を開けて、中に入る。F組より数の多い机たち。壁に貼り付けられた学年便りと、凝ったデコレーションが施された委員表。
俺たちの教室との違いなんて、本当に微々たるものだけど、やっぱり落ち着かない。ここは他人の空間だ。
「どの鞄を狙います?」
佐山が、教室の後ろに並ぶロッカーを眺めながら言った。
「派手な鞄だろ。キーホルダーとかいっぱい付いている感じの」
鞄を無駄に飾り付ける奴は、教室でも目立っていて賑やかなタイプの人間。これは俺のイメージだ。
俺たちの計画は、「財布が盗まれた」と騒いでもらってこそはじめて成立する。
「そうですね……、これで行きますか」
そう言って佐山はためらいも無く、鞄をひとつ引っこ抜いた。
「んん!?」
その鞄に付いているキーホルダーたちを見て、俺は思わず声を上げた。
野球のユニフォームやバットがモチーフのそれらは、フェルトで出来た、明らかに手作りと思われる物だった。
「おい、佐山……、その鞄ちょっと」
「はい?」
すでにチャックを空けて財布を探し始めていた佐山を慌てて止める。俺の記憶違いでなければ、これらのキーホルダーは全部、チカが必死になって作っていたもので、つまりその持ち主ということは……。
「え」
怪訝そうに俺を見ていた佐山の目が、突然見開かれた。俺はぎくりと動きを止めて、その場に立ち尽くした。やばい。足音がする。俺たち以外の誰かが、校舎の中に入って来たらしい。
「佐山、とりあえずその鞄ロッカーに戻せ」
「あ、はい」
鞄をいじくっているところを他人に見られるなんて言語道断だ。
しかし、それを誤魔化したところで危機が完全に回避されるわけではない。
他クラスの教室に侵入したことがばれるのは、それだけで非常にまずいのだ。
これであとあと誰かの財布が盗まれたとして、真っ先に疑われるのは俺たち二人に違いない。
これ以上財布を盗むことが不可能になるということは、つまり計画が台無しになることを意味する。
「机の裏に隠れましょう。足音の主がこの教室に入って来なければ、なんとかやり過ごせますよ」
「ああ」
佐山の言った通り、その場にあった机の後ろに屈んで身を隠す。
しかし、足音は着々とこの教室に近づいてきていた。じわり、と。汗が意地悪く額の輪郭を撫でる。佐山も、苦い顔で廊下の向こうを窺っている。
「!」
――嘘だろう。
終わった。足音の主は、遂に俺たちが潜む教室の扉を開けてしまった。
「……あれ?」
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