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5.ふたりの六人目
③
自分の席に腰を下ろすと同時に、授業開始のチャイムが鳴った。
ギリギリだ。英語の教科書を机の上に出す。
……アイの言葉から察するに、このクラスにはかつて優里という生徒がいたのだろう。だけど多分、彼女はもう……。
「那子」
目の前の席に声を投げかけた。那子の背中がぴくりと揺れる。
「……さっきの話、優里って」
大体想像はつく。優里はF組からはじき出されて、そしてこのクラスを去ったのだろう。俺が転校してくる前だから、小学生のときか。
「……放課後話そう」
教科書に視線を滑らせながら、那子のか細い声を拾う。
「わかった」
呟くように返事をして、シャーペンを握りなおした。
黒板の英文を写しながら、「きっと、その優里という人物がカレンなんだろうなあ」と考える。
だって、それならすべて説明がつく。
みんなが、見るからに怪しい裏サイトを進んで利用したのも。
「いつまでウチだけを悪者にするつもり?」……アイの言葉の真意。
彼女に従い、「いじめ」という空間に身を投じたみんなの奇行。
カレンの決定は絶対だと言った、圭輔の苦しそうな顔。
「復讐する」と言った、カレンの言葉。
全部が繋がる。
きっと、優里は裏サイトを通じてF組を監視していたのだろう。
そうして、復讐のチャンスを窺っていたのかもしれない。アイは優里に代わって彼らに罰を与えていたのだろう。
そしてそれを、あいつらは受け入れたのだ。背徳感に打ち勝つことができずに。
……ああ、そうか。いつかアイが言っていた「自分以外の女子の名前が、みんな二文字」。その「みんな」の中には優里もカウントされていたのだ。
何も知らなかった。三年間、ずっと。
シャーペンの芯が折れた。自分が惨めで、仕方がなかった。
このクラスを平穏だと疑わない俺の姿は、彼らの目にどれほど滑稽に映っていただろうか。
目線が自然に下がっていく。自分の席にとどまるだけの気力すら、失ってしまったように思えた。
放課後。佐山に事情を説明すると、「俺も残ります」と、予想通りの答えが返ってきた。
俺たち三人の席がもともと近いこともあってか、おのおのの椅子や机の上に座る。
窓の外では、運動部が練習する掛け声。廊下の端では、吹奏楽部が楽器を演奏する音。
放課後の校舎は、授業中とはまったく違った表情を見せる。今を頑張る生徒たちがこれでもかと存在を主張してきて、少しだけ居心地が悪い。
何もしていない自分が劣等生に思えて、意味もなく焦るのだ。
「森也の言う通り。私たちはみんな、カレンが優里やろうって、想像ついとった」
「うん……」
「でもどうして? カレンとユリなんて一文字も被ってないし、ハンドルネームでは結び付かないよね。
確かに突然あんなサイトが立ち上げられて、その上で管理人がクラスメイトの誰でもない、となると優里を疑うのもわかるけど。あのひとたちがそこまで勘が良いようには思えないな。アイがなにか言ったの?」
佐山が、相変わらず失礼極まりない発言をする。それを聞いた那子は静かに首を振った。
「なにも。私たちがカレンの正体について話し合ったことはないんよ。口に出したらあかんような気がして」
「じゃあ……」
「パスワードで気付いたんよ……」
那子が、俺の言葉を遮った。
「裏サイトの……? forgってやつ……?」
あのパスワードには、やっぱり何か意味があったのだろうか。
那子は、こくりと頷いたあと、すこしだけ考える素振りを見せた。
「……いや、ごめん。やっぱり先に、私たちが優里にしたことを話すほうがええかもしらんね」
「……」
那子の言葉に、俺たちは黙り込んだ。どんな相槌が適切なのか、わからなかったから。
今から始まる話の内容に想像がつくとはいえ、それを受け止めるには覚悟がいる。
「……まあ、気付いてると思うけど小学校のとき、F組には優里って子がおって。変わってる子でなあ。もとから少し浮いてたのは確かなんよ。
そこを気に入ったんか知らんけど、アイは優里とよう一緒におった。ずっと、それだけやったんよ。普通にみんな仲良かったし。大きな衝突があるわけでもなく、平和で。ああ、そういえば……」
那子の話によると、みんながクラス名「F」を決めたのは、三年生の頃だったらしい。 名前が欲しかったのは、その方がチームっぽくて、絆が深まりそうだと思ったから。アルファベットにしようと決めたのは、単にかっこいいから。
ただ、「F」の由来は俺たちが聞かされたファンタジックなどではなく、それが六番目だったからだそうだ。
出席番号一番、佐藤 律希。二番、渋谷 圭輔。三番、鈴木 愛加。四番、立川 那子。五番、松崎 沙穂。六番、宮原 優里。当時、この教室に居た生徒は全部で六人。だから、アルファベット六番目のFが選ばれた。
「きっかけは詳しくは覚えてへんねんけど……。小六のとき、優里と私たちの間に衝突があった。
幼かった私たちは、彼女をはじき出す以外に解決の方法を見つけられんかった。優里のこと、みんなで無視して。連絡も、優里にだけ回さんように示し合せた。アイだけはずっと反対してた。あの子はずっと優里の味方やった。そんなある日……」
そこで、那子は話を止めた。床板に向けていた視線を上げると、彼女の険しい眼差しとぶつかる。
「……ん?」
眉を寄せると、那子は「あ、ごめん」と、申し訳なさそうに首を振った。
「無視が続いたある日、都留先生から知らせがあった。新しいクラスメイトが増えるって。森也のことよ」
「え……」
話の中に突然自分が出てきて、驚いた俺は那子を見つめた。
「クラスメイトが七人になるから、じゃあクラス名を変えようかって。そんな話になって」
もともと「F」は、生徒の人数を示すものだった。ひとり増えるのなら、「G」へ変更すべきではないか、と。
「でも圭輔が、そんな必要ないやんって」
「なんで?」
嫌な予感がする。佐山は表情を動かさず、ただじっと那子の話に耳を傾けていた。
「うちのクラスは、一人増えたところで六人やろ。って……」
喉になにかが刺さったみたいに、声が出せなくなった。
当時の圭輔が言いたいことは、すぐにわかった。もう優里はクラスメイトの一人として数えない。そういう意味なのだろう。
「それから……、優里は学校に来んくなった」
「……え?」
目を見開いた俺を、那子が不思議そうに見る。だけど、彼女が語った結末は想像とは違っていた。俺はてっきり……。
ギリギリだ。英語の教科書を机の上に出す。
……アイの言葉から察するに、このクラスにはかつて優里という生徒がいたのだろう。だけど多分、彼女はもう……。
「那子」
目の前の席に声を投げかけた。那子の背中がぴくりと揺れる。
「……さっきの話、優里って」
大体想像はつく。優里はF組からはじき出されて、そしてこのクラスを去ったのだろう。俺が転校してくる前だから、小学生のときか。
「……放課後話そう」
教科書に視線を滑らせながら、那子のか細い声を拾う。
「わかった」
呟くように返事をして、シャーペンを握りなおした。
黒板の英文を写しながら、「きっと、その優里という人物がカレンなんだろうなあ」と考える。
だって、それならすべて説明がつく。
みんなが、見るからに怪しい裏サイトを進んで利用したのも。
「いつまでウチだけを悪者にするつもり?」……アイの言葉の真意。
彼女に従い、「いじめ」という空間に身を投じたみんなの奇行。
カレンの決定は絶対だと言った、圭輔の苦しそうな顔。
「復讐する」と言った、カレンの言葉。
全部が繋がる。
きっと、優里は裏サイトを通じてF組を監視していたのだろう。
そうして、復讐のチャンスを窺っていたのかもしれない。アイは優里に代わって彼らに罰を与えていたのだろう。
そしてそれを、あいつらは受け入れたのだ。背徳感に打ち勝つことができずに。
……ああ、そうか。いつかアイが言っていた「自分以外の女子の名前が、みんな二文字」。その「みんな」の中には優里もカウントされていたのだ。
何も知らなかった。三年間、ずっと。
シャーペンの芯が折れた。自分が惨めで、仕方がなかった。
このクラスを平穏だと疑わない俺の姿は、彼らの目にどれほど滑稽に映っていただろうか。
目線が自然に下がっていく。自分の席にとどまるだけの気力すら、失ってしまったように思えた。
放課後。佐山に事情を説明すると、「俺も残ります」と、予想通りの答えが返ってきた。
俺たち三人の席がもともと近いこともあってか、おのおのの椅子や机の上に座る。
窓の外では、運動部が練習する掛け声。廊下の端では、吹奏楽部が楽器を演奏する音。
放課後の校舎は、授業中とはまったく違った表情を見せる。今を頑張る生徒たちがこれでもかと存在を主張してきて、少しだけ居心地が悪い。
何もしていない自分が劣等生に思えて、意味もなく焦るのだ。
「森也の言う通り。私たちはみんな、カレンが優里やろうって、想像ついとった」
「うん……」
「でもどうして? カレンとユリなんて一文字も被ってないし、ハンドルネームでは結び付かないよね。
確かに突然あんなサイトが立ち上げられて、その上で管理人がクラスメイトの誰でもない、となると優里を疑うのもわかるけど。あのひとたちがそこまで勘が良いようには思えないな。アイがなにか言ったの?」
佐山が、相変わらず失礼極まりない発言をする。それを聞いた那子は静かに首を振った。
「なにも。私たちがカレンの正体について話し合ったことはないんよ。口に出したらあかんような気がして」
「じゃあ……」
「パスワードで気付いたんよ……」
那子が、俺の言葉を遮った。
「裏サイトの……? forgってやつ……?」
あのパスワードには、やっぱり何か意味があったのだろうか。
那子は、こくりと頷いたあと、すこしだけ考える素振りを見せた。
「……いや、ごめん。やっぱり先に、私たちが優里にしたことを話すほうがええかもしらんね」
「……」
那子の言葉に、俺たちは黙り込んだ。どんな相槌が適切なのか、わからなかったから。
今から始まる話の内容に想像がつくとはいえ、それを受け止めるには覚悟がいる。
「……まあ、気付いてると思うけど小学校のとき、F組には優里って子がおって。変わってる子でなあ。もとから少し浮いてたのは確かなんよ。
そこを気に入ったんか知らんけど、アイは優里とよう一緒におった。ずっと、それだけやったんよ。普通にみんな仲良かったし。大きな衝突があるわけでもなく、平和で。ああ、そういえば……」
那子の話によると、みんながクラス名「F」を決めたのは、三年生の頃だったらしい。 名前が欲しかったのは、その方がチームっぽくて、絆が深まりそうだと思ったから。アルファベットにしようと決めたのは、単にかっこいいから。
ただ、「F」の由来は俺たちが聞かされたファンタジックなどではなく、それが六番目だったからだそうだ。
出席番号一番、佐藤 律希。二番、渋谷 圭輔。三番、鈴木 愛加。四番、立川 那子。五番、松崎 沙穂。六番、宮原 優里。当時、この教室に居た生徒は全部で六人。だから、アルファベット六番目のFが選ばれた。
「きっかけは詳しくは覚えてへんねんけど……。小六のとき、優里と私たちの間に衝突があった。
幼かった私たちは、彼女をはじき出す以外に解決の方法を見つけられんかった。優里のこと、みんなで無視して。連絡も、優里にだけ回さんように示し合せた。アイだけはずっと反対してた。あの子はずっと優里の味方やった。そんなある日……」
そこで、那子は話を止めた。床板に向けていた視線を上げると、彼女の険しい眼差しとぶつかる。
「……ん?」
眉を寄せると、那子は「あ、ごめん」と、申し訳なさそうに首を振った。
「無視が続いたある日、都留先生から知らせがあった。新しいクラスメイトが増えるって。森也のことよ」
「え……」
話の中に突然自分が出てきて、驚いた俺は那子を見つめた。
「クラスメイトが七人になるから、じゃあクラス名を変えようかって。そんな話になって」
もともと「F」は、生徒の人数を示すものだった。ひとり増えるのなら、「G」へ変更すべきではないか、と。
「でも圭輔が、そんな必要ないやんって」
「なんで?」
嫌な予感がする。佐山は表情を動かさず、ただじっと那子の話に耳を傾けていた。
「うちのクラスは、一人増えたところで六人やろ。って……」
喉になにかが刺さったみたいに、声が出せなくなった。
当時の圭輔が言いたいことは、すぐにわかった。もう優里はクラスメイトの一人として数えない。そういう意味なのだろう。
「それから……、優里は学校に来んくなった」
「……え?」
目を見開いた俺を、那子が不思議そうに見る。だけど、彼女が語った結末は想像とは違っていた。俺はてっきり……。
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