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5.ふたりの六人目
⑨
その日、優里は母親の目をかいくぐって深夜の学校へと向かった。
先輩たちの集団に紛れて、閉じられた正門を飛び越える。
先頭にいた先輩が金属バットで職員室の窓を叩いた。
一回目で小さなヒビが入り、三回目で穴が開いた。
耳を塞ぎたくなるような音が数回続く。
先輩が開いた穴に手を入れると、クレッセント錠に指が届いた。
そうして窓を開け、中に入る。
彼らが足元を気にせず壁をよじ登ろうとするので、花壇に植えられたマリーゴールドは踏み潰されてぐちゃぐちゃになっていた。
「いった……」
最後に窓の桟に手を掛けた優里は、指先に鋭い痛みを感じた。反射的に手を引っ込めると、中指から血が出ている。割れ残ったガラスに引っかけたらしい。
そこで優里は、軍手を持ってくるよう言われていたことを思い出した。失敗した。
誰かに貸してもらおうかとも思ったが、それを言い出す勇気も出なかった。
もはや職員室は本来の姿を保ててはいない。本やファイル、書類、教師の私物が床に散乱し、鈍い音とともにデスクの形が歪められて行く。壁には、赤いスプレーがめちゃくちゃにまき散らされていた。すでに全ての窓は割られており、あちらこちらでガラスの破片が小さく光る。
しかし、優里が一番怖いと思ったのは先輩たちの表情だ。その爛々とした笑みが、暗闇のなか狂気を纏いながら彼女の目に焼き付いた。
翌日。優里は「あれ」が現実であったことを、アイによって知らされた。
「聞いた? 職員室が荒らされたんやって」。どこか楽しそうなアイの言葉に相槌を打ちながら、必死に動揺を隠す。
アイや圭輔、それに他のクラスメイトもみんないつも通り。昨日と同じように「おはよう」と挨拶を交わして、雑談をして、それから……、「宮原さん、会議室へ」。突然の呼び出しがあったのは、昼休みのことだった。
「お前、職員室のこと、なんか知っとるか?」
「……荒らされたって、聞きました」
震える声をなんとか抑える。
広い部屋に、並べられた長机。今この会議室にいるのは、自分と中年太りが見苦しい学年主任だけだ。ただ、彼の冷たい目がひどく恐ろしく感じた。
「何を今更。お前がやったんやろ」
「……なんでうちが?」
「あんなことすんのはお前ら不良集団しかおらん」
「決めつけ……。親に言いつけますよ……」
「脅しのつもりか? くだらん。今、職員室には警察が来とる。窓からお前の指紋も出てきた。
お前の親がこの村でどれだけ権力を持っていようが、今回の事態はそんなもんじゃ太刀打ちできんぞ」
優里は声を出すことが出来なかった。目を見開いてその場で立ち尽くす。
平静を装う余裕も無かった。指紋。そこに確かな心当たりがあったからだ。
先輩たちが軍手をしろと言ったのは、こういうことだったのだろうか。
自分の失態が原因で犯人がばれてしまうなんて、そんなことは許されない。あとで彼らに何をされるかわからない。
「……やりました」
「ん?」
「やりました。でも1人です。うちがひとりで……」
そう言うと、学年主任はその細い目をさらに細める。
「ふん。やっと認めよったか。まあ、指紋も警察も嘘やがな。それと、お前が1人でやった、ていうのはありえへん」
優里は、キッと目の前の男を睨みつけた。馬鹿にされたのが悔しかった。自分の言葉をなにひとつ信じようとしない彼の言葉が憎たらしくてたまらなかった。
「なんで」
「花壇。あの足跡は一人のもんやないやろ」
「……!」
喉に詰まった声は、どれも言葉になっていなかった。どうしよう。項垂れながら、優里は恐怖に身を震わせた。
あろうことか先輩たちの復讐対象に……。教師の嘘にまんまと騙されて……。ああ、どうしよう。殺されるかもしれない……!
「優里さん!」
「えっ」
突然開いた扉から、母親が入って来た。
どうやら呼び出されたらしい。気付けば、首筋からだらだらと汗が流れていた。
「ああ、可哀想な優里さん。こんな部屋に閉じ込められて怖かったでしょう? 優里さんが荒らしなんて、そんなこと、するわけないやないの。ねえ?」
眉を下げながら笑う母親を前に言葉が詰まる。
「うち……あ、いや、わたしは……」
「残念ながらお母さん、娘さんはさっき自白しましたよ。
もちろんこちらは何も脅してなんかない。証拠もあります、録音していますから。あ、良かったらご視聴なさいますか?」
学年主任は淡々と言葉を並べながら、小さく微笑んだ。手元には録音機らしい機械がある。
「……結構です! ……優里さん、そんな、あなたがそんなこと……、ああ、そうよ、誰かにそそのかされたんやろう? ねえ、そうでしょう?」
「え」
びくりと肩を揺らす。母親には、自分が不良集団に入っていることも、芽衣子先輩と仲良くしていることも隠していた。
「クラスの子? ねえ、優里さん」
肩に母親の手が置かれた。大きく見開いた目で、ぼんやりと彼女の顔を見入る。
「わたし、は……」
脳裏に鈍い音が響いた。金属バットがデスクを滅多打ちにする音だった。ぎらぎらと光る先輩たちの眼。あの恐怖。他にはなにも考えられない。
「はい……」
蚊の鳴くような声で、優里は返事をこぼした。クラスの子。そこに含まれるのが、圭輔やアイや、他のメンバーであることは理解していた。
「ゆり?」
はっとして振り向く。優里は心臓が止まったような衝撃を感じた。いつの間にか、ドアの向こうにはクラスメイトが揃っていた。
「どういうことや」
圭輔が睨む。だけど、優里は何も答えることが出来なかった。
先輩たちの集団に紛れて、閉じられた正門を飛び越える。
先頭にいた先輩が金属バットで職員室の窓を叩いた。
一回目で小さなヒビが入り、三回目で穴が開いた。
耳を塞ぎたくなるような音が数回続く。
先輩が開いた穴に手を入れると、クレッセント錠に指が届いた。
そうして窓を開け、中に入る。
彼らが足元を気にせず壁をよじ登ろうとするので、花壇に植えられたマリーゴールドは踏み潰されてぐちゃぐちゃになっていた。
「いった……」
最後に窓の桟に手を掛けた優里は、指先に鋭い痛みを感じた。反射的に手を引っ込めると、中指から血が出ている。割れ残ったガラスに引っかけたらしい。
そこで優里は、軍手を持ってくるよう言われていたことを思い出した。失敗した。
誰かに貸してもらおうかとも思ったが、それを言い出す勇気も出なかった。
もはや職員室は本来の姿を保ててはいない。本やファイル、書類、教師の私物が床に散乱し、鈍い音とともにデスクの形が歪められて行く。壁には、赤いスプレーがめちゃくちゃにまき散らされていた。すでに全ての窓は割られており、あちらこちらでガラスの破片が小さく光る。
しかし、優里が一番怖いと思ったのは先輩たちの表情だ。その爛々とした笑みが、暗闇のなか狂気を纏いながら彼女の目に焼き付いた。
翌日。優里は「あれ」が現実であったことを、アイによって知らされた。
「聞いた? 職員室が荒らされたんやって」。どこか楽しそうなアイの言葉に相槌を打ちながら、必死に動揺を隠す。
アイや圭輔、それに他のクラスメイトもみんないつも通り。昨日と同じように「おはよう」と挨拶を交わして、雑談をして、それから……、「宮原さん、会議室へ」。突然の呼び出しがあったのは、昼休みのことだった。
「お前、職員室のこと、なんか知っとるか?」
「……荒らされたって、聞きました」
震える声をなんとか抑える。
広い部屋に、並べられた長机。今この会議室にいるのは、自分と中年太りが見苦しい学年主任だけだ。ただ、彼の冷たい目がひどく恐ろしく感じた。
「何を今更。お前がやったんやろ」
「……なんでうちが?」
「あんなことすんのはお前ら不良集団しかおらん」
「決めつけ……。親に言いつけますよ……」
「脅しのつもりか? くだらん。今、職員室には警察が来とる。窓からお前の指紋も出てきた。
お前の親がこの村でどれだけ権力を持っていようが、今回の事態はそんなもんじゃ太刀打ちできんぞ」
優里は声を出すことが出来なかった。目を見開いてその場で立ち尽くす。
平静を装う余裕も無かった。指紋。そこに確かな心当たりがあったからだ。
先輩たちが軍手をしろと言ったのは、こういうことだったのだろうか。
自分の失態が原因で犯人がばれてしまうなんて、そんなことは許されない。あとで彼らに何をされるかわからない。
「……やりました」
「ん?」
「やりました。でも1人です。うちがひとりで……」
そう言うと、学年主任はその細い目をさらに細める。
「ふん。やっと認めよったか。まあ、指紋も警察も嘘やがな。それと、お前が1人でやった、ていうのはありえへん」
優里は、キッと目の前の男を睨みつけた。馬鹿にされたのが悔しかった。自分の言葉をなにひとつ信じようとしない彼の言葉が憎たらしくてたまらなかった。
「なんで」
「花壇。あの足跡は一人のもんやないやろ」
「……!」
喉に詰まった声は、どれも言葉になっていなかった。どうしよう。項垂れながら、優里は恐怖に身を震わせた。
あろうことか先輩たちの復讐対象に……。教師の嘘にまんまと騙されて……。ああ、どうしよう。殺されるかもしれない……!
「優里さん!」
「えっ」
突然開いた扉から、母親が入って来た。
どうやら呼び出されたらしい。気付けば、首筋からだらだらと汗が流れていた。
「ああ、可哀想な優里さん。こんな部屋に閉じ込められて怖かったでしょう? 優里さんが荒らしなんて、そんなこと、するわけないやないの。ねえ?」
眉を下げながら笑う母親を前に言葉が詰まる。
「うち……あ、いや、わたしは……」
「残念ながらお母さん、娘さんはさっき自白しましたよ。
もちろんこちらは何も脅してなんかない。証拠もあります、録音していますから。あ、良かったらご視聴なさいますか?」
学年主任は淡々と言葉を並べながら、小さく微笑んだ。手元には録音機らしい機械がある。
「……結構です! ……優里さん、そんな、あなたがそんなこと……、ああ、そうよ、誰かにそそのかされたんやろう? ねえ、そうでしょう?」
「え」
びくりと肩を揺らす。母親には、自分が不良集団に入っていることも、芽衣子先輩と仲良くしていることも隠していた。
「クラスの子? ねえ、優里さん」
肩に母親の手が置かれた。大きく見開いた目で、ぼんやりと彼女の顔を見入る。
「わたし、は……」
脳裏に鈍い音が響いた。金属バットがデスクを滅多打ちにする音だった。ぎらぎらと光る先輩たちの眼。あの恐怖。他にはなにも考えられない。
「はい……」
蚊の鳴くような声で、優里は返事をこぼした。クラスの子。そこに含まれるのが、圭輔やアイや、他のメンバーであることは理解していた。
「ゆり?」
はっとして振り向く。優里は心臓が止まったような衝撃を感じた。いつの間にか、ドアの向こうにはクラスメイトが揃っていた。
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