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8.色遊びの切れ目
①
「俺さ、此処に来て救われたんだ」
ぽつりと言葉を落とした。
先ほどまで放心していた俺を、那子が心配そうに覗き込む。いつの間にか、佐山はいなくなっていた。
「もう、人と関わりたくなかった。どうせ失敗するから。
転校先が田舎だって聞いて、わざと髪を染めたんだ。悪目立ちして孤立してやろうって、そう思った」
吐き気はまだ残っていた。どうしようもなく水が飲みたかったが、我慢して話を続けた。
「それなのにお前らは、俺を笑顔で迎えてくれただろ? 俺、小細工なしの状態で受け入れてもらったの、あれが初めてだったんだよ」
適当に自己紹介を済ませて、さっさと席についた俺に、F組のみんなは嬉しそうに話しかけてくれた。
その平穏さに憧れた。仲間になりたいと思った。
「でも、やっぱり不安でさ。転校生としての物珍しさが無くなったとき、相手にされなくなるんじゃないか、とか。
小学校からずっと一緒に暮らしてきたみんなの、絆っていうの? そういうものに、俺はついて行けないんじゃないか、とか。ポジションを確立したかった。クラスの中に」
「森也がいつも、いさかいの種を取り除いてくれていたのは。つまり善意じゃなくて、計算やった。そう言いたいんやね」
返事の代わりに、黙って俯く。
「自分ばっかりが裏切り者やって言いたいんかもしらんけど。森也の信じた平和なクラスは偽物やったやろ?
うちらだって、森也のこと騙しとったんよ。それに、アイは森也が例の『カメレオン』やってこと、始めから知ってたわけやし」
「……」
「前の学校で何があったのか、よく知らんけどね。うちは、おあいこやと思うんよ」
そっと、那子の顔を覗き見る。真剣な表情だった。
俺が転校してすぐ、とある掲示板サイトでカメレオンの噂は広められていた。
佐山が管理しているツイッターのアカウントでは、その掲示板のスクリーンショットが晒されている。
あの噂は、俺に100パーセントの責任が押し付けられている点以外、すべてが事実だった。
那子はあれを見たくせに、それでも俺に偏った意見を持っている。
……同情を引いて味方につけることなど容易い。
「なあ、那子。信じてもらえるかわからんけど、聞いて欲しいねん」
カメレオンと呼ばれていた頃の俺は、誰かを生贄にすることで自分の地位を保っていた。
それで失敗したから、F組では全員が安全である道を選び続けた。だけど、それが仇になった。
あのとき佐山を糾弾していれば良かった。沙穂ちゃんのメールが、偽物だと気付いたあの時点で。そうすれば、今の状態は免れていたかもしれない。
――今からでも間に合うだろうか。
「なにを……?」
「佐山の話はいつも、デタラメやってこと」
那子は虚を突かれたような表情を見せた。
ポケットの中から自分のスマホを取り出す。
もしものためにと残しておいて良かった。
カメラロールには、佐山が送った偽装メールの証拠がある。
スマホの画面を見つめながら、那子は手のひらで口を覆った。
「これって」
「そう。あいつは遊びでこういうことをする奴や」
これで佐山への信頼は崩れ落ちるだろう。
俺の噂だって、その信憑性は格段に低くなるはずだ。あとは、その空気を上手いように操ってしまえばいい。俺の得意分野じゃないか。
黙りこくる那子を見ながら、俺はひそかにほくそ笑んだ。
「悪い、那子。俺、ちょっと気分が悪くて。冷水機の方に寄りたいから、先に教室帰っててくれへん?」
「え、大丈夫? うちも一緒に行く」
「ええって。とっくに5時間目始まってるやろ? 今まで付き合ってくれてありがとうな。おってくれて助かった」
そう言って、微笑む。立ち上がって、トイレの戸を開けた。
「あ」
小さく声を上げた。目の前に、蓮が立っていた。
「……立ち聞き? 趣味の悪い奴だな」
苦笑する俺を、蓮の冷たい瞳が見つめる。
「また戻るのか?」
「……なにそれ。どこに?」
へらっと笑いながら歩き続ける俺に、蓮はついて来る。
「あの頃の、お前にだよ」
「戻るって何だよ。此処に来てからもずっと、俺はカメレオンのままだったさ。お前がずっと憎んでた相手だよ。邪魔してみる?」
「それが、俺の復讐になるって言いたいのか?」
「違うの?」
振り向く俺を出迎えたのは、沈黙だった。
蓮の表情が、悲しそうに曇って見えるのは気のせいだろうか。
いつだってこいつの考えていることは、いまいち掴めない。
蓮と俺の想像していたカレンの人物像にはかなりズレがある。
どちらかというと、カレンの言動は凛歌のそれに近い。恐らく彼女も協力者だろう。
だからこそ、こいつ自身の意思がどこに向かっているのかわかりづらい。
冷水機のペダルを踏む。噴出される水を思いっきり口に含んだ。喉が自然と動く。自分で思っていたよりも水分を欲していたらしい。
しばらくすると、5時間目終了のチャイムが鳴り響いた。
「今ので今日の授業終わり?」
「ああ、うん。今日は5時間目までだから」
裾で口元を拭い、再び蓮と向き直る。
「ま、鞄教室だから一旦戻るけど」
「ふうん。じゃあ俺も」
「は?」
「俺も教室行く」
「だから何でだよ。マジに不審者で捕まるぞお前」
行くところ行くところついて来やがって。大げさにため息をついて、上靴に履き替える。
蓮は外靴を脱いで、靴下のまま廊下を歩いた。
こんな、あからさまな部外者を連れて校舎内をうろつきたくない。
帰ろうとしている下級生たちが好奇の視線を向けてくる。
ぽつりと言葉を落とした。
先ほどまで放心していた俺を、那子が心配そうに覗き込む。いつの間にか、佐山はいなくなっていた。
「もう、人と関わりたくなかった。どうせ失敗するから。
転校先が田舎だって聞いて、わざと髪を染めたんだ。悪目立ちして孤立してやろうって、そう思った」
吐き気はまだ残っていた。どうしようもなく水が飲みたかったが、我慢して話を続けた。
「それなのにお前らは、俺を笑顔で迎えてくれただろ? 俺、小細工なしの状態で受け入れてもらったの、あれが初めてだったんだよ」
適当に自己紹介を済ませて、さっさと席についた俺に、F組のみんなは嬉しそうに話しかけてくれた。
その平穏さに憧れた。仲間になりたいと思った。
「でも、やっぱり不安でさ。転校生としての物珍しさが無くなったとき、相手にされなくなるんじゃないか、とか。
小学校からずっと一緒に暮らしてきたみんなの、絆っていうの? そういうものに、俺はついて行けないんじゃないか、とか。ポジションを確立したかった。クラスの中に」
「森也がいつも、いさかいの種を取り除いてくれていたのは。つまり善意じゃなくて、計算やった。そう言いたいんやね」
返事の代わりに、黙って俯く。
「自分ばっかりが裏切り者やって言いたいんかもしらんけど。森也の信じた平和なクラスは偽物やったやろ?
うちらだって、森也のこと騙しとったんよ。それに、アイは森也が例の『カメレオン』やってこと、始めから知ってたわけやし」
「……」
「前の学校で何があったのか、よく知らんけどね。うちは、おあいこやと思うんよ」
そっと、那子の顔を覗き見る。真剣な表情だった。
俺が転校してすぐ、とある掲示板サイトでカメレオンの噂は広められていた。
佐山が管理しているツイッターのアカウントでは、その掲示板のスクリーンショットが晒されている。
あの噂は、俺に100パーセントの責任が押し付けられている点以外、すべてが事実だった。
那子はあれを見たくせに、それでも俺に偏った意見を持っている。
……同情を引いて味方につけることなど容易い。
「なあ、那子。信じてもらえるかわからんけど、聞いて欲しいねん」
カメレオンと呼ばれていた頃の俺は、誰かを生贄にすることで自分の地位を保っていた。
それで失敗したから、F組では全員が安全である道を選び続けた。だけど、それが仇になった。
あのとき佐山を糾弾していれば良かった。沙穂ちゃんのメールが、偽物だと気付いたあの時点で。そうすれば、今の状態は免れていたかもしれない。
――今からでも間に合うだろうか。
「なにを……?」
「佐山の話はいつも、デタラメやってこと」
那子は虚を突かれたような表情を見せた。
ポケットの中から自分のスマホを取り出す。
もしものためにと残しておいて良かった。
カメラロールには、佐山が送った偽装メールの証拠がある。
スマホの画面を見つめながら、那子は手のひらで口を覆った。
「これって」
「そう。あいつは遊びでこういうことをする奴や」
これで佐山への信頼は崩れ落ちるだろう。
俺の噂だって、その信憑性は格段に低くなるはずだ。あとは、その空気を上手いように操ってしまえばいい。俺の得意分野じゃないか。
黙りこくる那子を見ながら、俺はひそかにほくそ笑んだ。
「悪い、那子。俺、ちょっと気分が悪くて。冷水機の方に寄りたいから、先に教室帰っててくれへん?」
「え、大丈夫? うちも一緒に行く」
「ええって。とっくに5時間目始まってるやろ? 今まで付き合ってくれてありがとうな。おってくれて助かった」
そう言って、微笑む。立ち上がって、トイレの戸を開けた。
「あ」
小さく声を上げた。目の前に、蓮が立っていた。
「……立ち聞き? 趣味の悪い奴だな」
苦笑する俺を、蓮の冷たい瞳が見つめる。
「また戻るのか?」
「……なにそれ。どこに?」
へらっと笑いながら歩き続ける俺に、蓮はついて来る。
「あの頃の、お前にだよ」
「戻るって何だよ。此処に来てからもずっと、俺はカメレオンのままだったさ。お前がずっと憎んでた相手だよ。邪魔してみる?」
「それが、俺の復讐になるって言いたいのか?」
「違うの?」
振り向く俺を出迎えたのは、沈黙だった。
蓮の表情が、悲しそうに曇って見えるのは気のせいだろうか。
いつだってこいつの考えていることは、いまいち掴めない。
蓮と俺の想像していたカレンの人物像にはかなりズレがある。
どちらかというと、カレンの言動は凛歌のそれに近い。恐らく彼女も協力者だろう。
だからこそ、こいつ自身の意思がどこに向かっているのかわかりづらい。
冷水機のペダルを踏む。噴出される水を思いっきり口に含んだ。喉が自然と動く。自分で思っていたよりも水分を欲していたらしい。
しばらくすると、5時間目終了のチャイムが鳴り響いた。
「今ので今日の授業終わり?」
「ああ、うん。今日は5時間目までだから」
裾で口元を拭い、再び蓮と向き直る。
「ま、鞄教室だから一旦戻るけど」
「ふうん。じゃあ俺も」
「は?」
「俺も教室行く」
「だから何でだよ。マジに不審者で捕まるぞお前」
行くところ行くところついて来やがって。大げさにため息をついて、上靴に履き替える。
蓮は外靴を脱いで、靴下のまま廊下を歩いた。
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