婚約破棄された悪役令嬢は、唯一無二の笑顔を知る

神楽坂ゆい

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「セシリア! 話がある」

 

次の日の午後、学園の廊下で王太子ライナスが声を張り上げる。
いつも取り巻きに囲まれているはずの彼が、なぜか一人でセシリアを追ってきたのだ。

 

「……殿下。私に何か?」

 

セシリアはまるでうんざりしたように、振り返る。
その態度にライナスの眉間は深く寄った。

 

「おまえ、なぜそんなに反抗的なのだ? おまえのせいで王宮では俺が世間知らずのように扱われている。あれほど醜い悪役だと知っていれば、そもそも婚約などするものか……!」

 

「まあ、お気の毒ですね」

 

吐き捨てるように言うライナスに対し、セシリアは嘲るように微笑む。
胸の奥では悔しさが弾けそうだったが、彼女はそれを見せない。

 

「おまえのせいで俺は散々だ! まさか第三王子のアレクシスまで、おまえを気にかけているようだし」

 

「アレクシス殿下が私を? さあ、私には関係ございません」

 

ライナスは苛立ちを隠せず、セシリアを睨みつける。
しかしその表情には、どこか迷いも見えた。

 

「おまえは俺が破棄を宣言したときも、まるで構わないというような顔をしていた。あれは何故だ?」

 

「殿下が私を捨てるとおっしゃったのでしょう? それなら私も、何の未練もございません」

 

事実、あの夜会場で感じた屈辱と悔しさは忘れられない。
だが同時に、セシリアには王太子にすがるほどの想いもなかった。
もともと政治的な婚約だったという面が大きかったからだ。

 

「なんだ、その目は。俺を見下しているのか?」

 

ライナスは声を荒げ、一歩迫る。
セシリアは冷ややかな笑みを浮かべたまま後ろへ下がる。

 

「まさか。私はただ、殿下がご自分の選択を後悔しないことを願っているだけですわ」

 

その言葉にライナスが激昂しかけたとき、廊下を急ぎ足で歩いてきたのはオスカーだった。
彼はライナスに深く礼を示し、セシリアの前に立つ。

 

「ライナス殿下、どうか落ち着いてください。ここは学園の廊下です」

 

「オスカー……貴様、余計な口を挟むな」

 

「しかし、セシリアに乱暴しようとするなら、騎士として見過ごすわけにはいきません」

 

真っ直ぐな視線でライナスを見返すオスカー。
一瞬、ライナスはその強い目に気圧されたように息を呑んだ。

 

「……ふん、勝手にすればいい。おまえらなどどうなろうと知ったことか」

 

捨て台詞を残し、ライナスは踵を返す。
取り巻きもいない中で、彼は何かしら思うところがあったのかもしれない。
だが結局、セシリアに何かを伝えることなく、廊下を去っていった。

 

「セシリア、大丈夫か?」

 

オスカーが心配そうに覗き込むが、セシリアは少し笑って答える。

 

「ええ、ありがとう。だけど、あなたが余計なことをしてしまうと、王太子殿下の怒りを買うことになるかもしれないわ」

 

「構わないさ。……俺はおまえを守りたいだけだ」

 

その言葉にセシリアは胸を締めつけられる。
けれど、だからこそオスカーには近づいてはいけないとも思う。
自分に関わったところで、彼の未来に明るいものはないかもしれない。

 

「オスカー、気持ちは嬉しいけど、これ以上は踏み込まないで。私はもう、“そういう立場”にいるから」

 

セシリアはそう告げて、さっと踵を返す。
地面を踏む足取りは重かったが、再び“悪役令嬢”の仮面を崩してはいけない。

 

そこへ、いつの間にかアレクシスが姿を見せていた。
しかし彼は何も言わず、遠くから静かにセシリアの背を見つめている。
それに気づいたセシリアは、一瞬だけ立ち止まるが、すぐに視線をそらして歩みを進める。

 

(私はこの道を進むしかない)

 

セシリアの決意を示すように、その背中はまっすぐだった。
まるで傷ついてなどいないかのように、冷たく輝く“悪役令嬢”として。
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