婚約破棄された悪役令嬢は、唯一無二の笑顔を知る

神楽坂ゆい

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「セシリア、お前には失望した。王太子殿下との一件で、我がガーネット家の立場はどうなると思っている?」

 

夜、公爵家の応接室。
テオドール・ガーネット公爵は厳しい眼差しで娘を見据えていた。

 

「……婚約を破棄されたのは私の落ち度ではありません。けれど、これ以上は責められてもどうしようもないかと」

 

セシリアは微かに睫毛を伏せて答える。
傍らでは、母ローザが病身を押して椅子に腰掛け、心配げにセシリアを見つめている。

 

「父様、申し訳ありません。でも、私は家のために――」

 

「わかっている。だが、周囲からの視線は一層厳しくなる。お前の行動一つが、ガーネット家の評判に直結しているのだ」

 

その言葉に、セシリアは奥歯を噛みしめた。
もともと王太子派閥に組み込まれていた公爵家。
今やセシリアが“悪役令嬢”として振る舞うことで、周囲から敵視されるようになっていた。

 

「お前は一度として不平を言わず、この立場を受け入れている。だが、今後はさらに強い風当たりがあることを覚悟せよ」

 

「……はい、わかっています」

 

セシリアは跪くと、父の前で深く頭を下げる。
本当は、もう限界だった。
冷たい噂に耐える日々。
舞踏会での屈辱。
それでも公爵家を守るためには、自分が汚名を被るしかない。

 

「お父様、セシリアをあまり追い詰めないで……」

 

低い声で咳き込みながら、ローザがテオドールに向かって訴える。
彼女の優しい瞳には、娘への痛ましさが浮かんでいた。

 

「ローザ、体を休めていなさい。……セシリア、お前も部屋へ戻れ。明日からさらに忙しくなる」

 

言葉少なにそう告げられ、セシリアはゆっくりと部屋へ退く。
母は弱々しい微笑みで目を伏せ、セシリアに何もしてやれない自分を責めているようにも見えた。

 

(お母様……)

 

セシリアは後ろ髪を引かれる想いで扉を閉める。
誰にも言えない。
自分は本当は“悪役”なんかじゃないのだと。
しかし、そんな弱音を吐くわけにはいかない。

 

部屋に戻り、セシリアはベッドにもたれかかるように座り込む。
すると、いつの間にか剣の練習でもしていたのか、騎士服姿の幼馴染オスカー・ルーカスがひょっこり顔をのぞかせた。

 

「セシリア、少しは休めてるのか? 最近は特に心配なんだ」

 

「オスカー……平気よ。あなたが気にすることではないわ」

 

幼馴染とはいえ、いまは騎士としての立場もある。
王太子付きの騎士団に所属する彼に弱みを見せれば、やがてライナスの耳に入るかもしれない。

 

「でも、おまえが苦しんでいるのは明らかだろう?」

 

「……ありがとう。けれど、私にはすべきことがあるの」

 

セシリアはオスカーから目を逸らし、俯く。
その胸の奥底には、守らなければならない家族と家門、そして母の病を悪化させたくない想いが混じり合っていた。

 

「セシリア……」

 

オスカーは何か言いたげだったが、結局は黙ってしまう。
彼にも打ち明けられない秘密。
そして自分を悪役に仕立てることで得られるものがあるという事実。

 

(こんな役目、誰も望むはずがないのに)

 

セシリアは心の中で呟き、再び目を閉じる。
“悪役令嬢”として生きる覚悟はできている。
だけど本当は――胸がちぎれそうなほど、辛い。

 

夜の闇が、セシリアを優しくも残酷に包み込む。
涙は流さない。
これから先に待ち受ける、さらなる苦難のために、ここで心を弱めるわけにはいかない。
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