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「お母様! しっかりなさって……!」
公爵家の奥で、セシリアは倒れ込んだ母ローザを必死に支えていた。
最近、体調が良くなってきたかと思えば、またこうして急激に悪化してしまうのだ。
「ローザ……! 医師を呼んでこい!」
父テオドールが家令を急かし、召喚された宮廷医師が慌ただしく駆け寄る。
セシリアは母の手を握ったまま、不安げにその顔を覗き込む。
「お母様、大丈夫……? ごめんなさい、私がもう少し早く気づいていれば……」
ローザの瞳はうっすらと開かれているが、呼吸が荒い。
彼女はか細い声でセシリアに微笑もうとするが、すぐに苦しそうに咳き込んでしまった。
「……セシリア、ごめんね……。あなたに、辛い役目を押し付けてしまって……」
ローザはわかっているのだ。
セシリアが“悪役令嬢”を演じていることも、その目的も。
しかし母として娘に何もしてやれない自分を責め続けていた。
「そ、そんなこと……! どうか、ゆっくり休んで」
セシリアは涙を必死にこらえながら、ローザの髪をなでる。
母の存在こそが、セシリアが悪評に耐える理由でもあった。
家門を守り、母を安心させたい。
それだけが彼女の原動力だった。
医師が薬を調合し、ローザは一時的に落ち着きを取り戻す。
テオドールは安堵の息をつきながらも、険しい表情でセシリアに向き直った。
「セシリア、今は余計な波風を立てるな。マーガレット嬢や他の貴族たちが、あれこれ騒ぎ始めている。お前が下手に動けば、ガーネット家にとって不利になるかもしれない」
「……わかっています」
セシリアは力なくうなずく。
以前からそうしていたように、今後も悪役として振る舞い、家を守るしかない。
部屋を出ると、見張り役なのか、オスカーが心配そうに立っていた。
彼はセシリアの顔を見てすぐ、異変に気づく。
「おばさまが倒れたって……大丈夫なのか?」
「ええ、今は落ち着いたわ。ありがとう」
そう答えながらも、セシリアの瞳には疲労の色が濃い。
オスカーは彼女の肩に手を添えようとするが、セシリアは身を翻して避ける。
「気にしないで。私は大丈夫だから」
「……おまえが大丈夫なわけないだろう」
オスカーの切ない声が、廊下に静かに響く。
セシリアは苦笑を浮かべるしかない。
ここで弱音を漏らせば、彼の優しさにすがってしまいそうになるから。
「本当に、大丈夫。……私はあくまで“悪役令嬢”。誰かの同情を得る資格なんてない」
その言葉の裏にある本心を、オスカーは感じ取っている。
それでも彼は何も言わず、ただセシリアを見つめていた。
(……お母様、どうか元気になって)
セシリアは心の中で祈りながら、静かに廊下を進む。
廊下の先には、まるで待ち構えていたかのように第三王子アレクシスが立っていた。
彼はセシリアの顔色を窺い、そっと声をかける。
「セシリア、なにかあったのですか?」
「……関係ありません。放っておいてください」
セシリアは素っ気なく返すが、アレクシスの瞳には憂いの色が宿っている。
まるで自分が傷ついているのを知っているかのような――そんな優しい眼差し。
「……あなたのことが、気にかかるのです」
その一言に、セシリアの心は揺らぐ。
けれど、今ここでアレクシスに弱さを見せるわけにはいかない。
「気にかける必要などございません」
そう言い捨てて、セシリアは足早に通り過ぎる。
誰にも弱音を吐くことはできない。
“悪役令嬢”としての偽りの姿を、まだ壊すわけにはいかないのだ。
公爵家の奥で、セシリアは倒れ込んだ母ローザを必死に支えていた。
最近、体調が良くなってきたかと思えば、またこうして急激に悪化してしまうのだ。
「ローザ……! 医師を呼んでこい!」
父テオドールが家令を急かし、召喚された宮廷医師が慌ただしく駆け寄る。
セシリアは母の手を握ったまま、不安げにその顔を覗き込む。
「お母様、大丈夫……? ごめんなさい、私がもう少し早く気づいていれば……」
ローザの瞳はうっすらと開かれているが、呼吸が荒い。
彼女はか細い声でセシリアに微笑もうとするが、すぐに苦しそうに咳き込んでしまった。
「……セシリア、ごめんね……。あなたに、辛い役目を押し付けてしまって……」
ローザはわかっているのだ。
セシリアが“悪役令嬢”を演じていることも、その目的も。
しかし母として娘に何もしてやれない自分を責め続けていた。
「そ、そんなこと……! どうか、ゆっくり休んで」
セシリアは涙を必死にこらえながら、ローザの髪をなでる。
母の存在こそが、セシリアが悪評に耐える理由でもあった。
家門を守り、母を安心させたい。
それだけが彼女の原動力だった。
医師が薬を調合し、ローザは一時的に落ち着きを取り戻す。
テオドールは安堵の息をつきながらも、険しい表情でセシリアに向き直った。
「セシリア、今は余計な波風を立てるな。マーガレット嬢や他の貴族たちが、あれこれ騒ぎ始めている。お前が下手に動けば、ガーネット家にとって不利になるかもしれない」
「……わかっています」
セシリアは力なくうなずく。
以前からそうしていたように、今後も悪役として振る舞い、家を守るしかない。
部屋を出ると、見張り役なのか、オスカーが心配そうに立っていた。
彼はセシリアの顔を見てすぐ、異変に気づく。
「おばさまが倒れたって……大丈夫なのか?」
「ええ、今は落ち着いたわ。ありがとう」
そう答えながらも、セシリアの瞳には疲労の色が濃い。
オスカーは彼女の肩に手を添えようとするが、セシリアは身を翻して避ける。
「気にしないで。私は大丈夫だから」
「……おまえが大丈夫なわけないだろう」
オスカーの切ない声が、廊下に静かに響く。
セシリアは苦笑を浮かべるしかない。
ここで弱音を漏らせば、彼の優しさにすがってしまいそうになるから。
「本当に、大丈夫。……私はあくまで“悪役令嬢”。誰かの同情を得る資格なんてない」
その言葉の裏にある本心を、オスカーは感じ取っている。
それでも彼は何も言わず、ただセシリアを見つめていた。
(……お母様、どうか元気になって)
セシリアは心の中で祈りながら、静かに廊下を進む。
廊下の先には、まるで待ち構えていたかのように第三王子アレクシスが立っていた。
彼はセシリアの顔色を窺い、そっと声をかける。
「セシリア、なにかあったのですか?」
「……関係ありません。放っておいてください」
セシリアは素っ気なく返すが、アレクシスの瞳には憂いの色が宿っている。
まるで自分が傷ついているのを知っているかのような――そんな優しい眼差し。
「……あなたのことが、気にかかるのです」
その一言に、セシリアの心は揺らぐ。
けれど、今ここでアレクシスに弱さを見せるわけにはいかない。
「気にかける必要などございません」
そう言い捨てて、セシリアは足早に通り過ぎる。
誰にも弱音を吐くことはできない。
“悪役令嬢”としての偽りの姿を、まだ壊すわけにはいかないのだ。
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