婚約破棄された悪役令嬢は、唯一無二の笑顔を知る

神楽坂ゆい

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「セシリア、久しぶりだな」

 

ガーネット公爵家の中庭で、剣の訓練を終えたオスカー・ルーカスが笑顔で声をかけてくる。

 

「……オスカー。最近、忙しいのではなかったの?」

 

セシリアは意外そうに振り返る。
オスカーは王太子ライナスの護衛任務を担う若き騎士。
それなのに、こうして公爵家へ訪れたのは珍しいことだった。

 

「王太子殿下の外出が取りやめになったから、少しだけ自由ができたんだ。それでおまえの顔を見に来た」

 

幼い頃から一緒に過ごしてきたオスカーの笑顔を見ていると、セシリアは心が少し和むのを感じた。
しかし、その分だけ罪悪感が募る。
彼が親身になってくれればくれるほど、自分の“悪役令嬢”としての行いが馬鹿らしく思えてくるのだ。

 

「……私なんかのために時間を使う必要はないわ」

 

「そんな言い方はやめろ。おまえは昔から優しくて、誰よりも頑張り屋だった。今だって、無理をしているようにしか見えない」

 

オスカーの言葉は鋭く、セシリアの胸を突き刺す。
だからこそ、彼女は目を伏せて答えるしかない。

 

「優しくなんてないわ。周囲が言う通り、私はただの悪役令嬢。性格が捻じ曲がっているだけ」

 

「おまえがどれだけ強がっても、俺は信じない。あの頃、庭の花壇を一緒に世話したことだって覚えてる。おまえがそんな悪い子なわけがない」

 

幼い頃、セシリアとオスカーは花壇の花を一緒に育てては、その成長を喜び合った。
純粋に楽しかったあの日々を思い出すと、セシリアは涙が出そうになる。

 

(ああ、思い出さないで……)

 

今の自分は、あの頃の清らかな少女ではいられない。
彼女はそっと顔を背け、オスカーの優しい眼差しから逃れようとした。

 

「……変わってしまったのよ。だから、これ以上は踏み込まないで」

 

けれどオスカーは大きく息をつき、セシリアの前に回り込むようにしてその瞳を見つめる。

 

「おまえが何を抱えているのかは知らない。でも、俺はセシリア・ガーネットを見捨てる気はないから」

 

「見捨てるとか、そういう話では――」

 

言いかけたセシリアの言葉を遮るように、オスカーは声を強める。

 

「俺はおまえの幼馴染で、一人の騎士だ。苦しんでいるなら、俺が支える。それだけだ」

 

その熱い決意を前にして、セシリアは何と返せばいいのかわからない。
ただ、ぎこちなくうなずくことしかできなかった。

 

「……ありがとう、オスカー」

 

そう呟いた瞬間、庭にやわらかな風が吹いた。
花壇の花びらが揺れ、どこか懐かしい香りが漂う。

 

(私は、本当にこれでいいのだろうか――)

 

でも、もう後戻りはできない。
悪役令嬢として周囲の非難を一身に受けることが、家門を守る最善策だと信じているのだから。

 

ふと視線を上げた先、離れた場所でアレクシスが立ち尽くしていた。
いつの間に公爵家に来ていたのか、その姿にセシリアは小さく驚く。

 

「第三王子殿下が、なぜここに……?」

 

呟くセシリア。
オスカーも気づいたようで、すぐに礼をとるため歩み寄ろうとする。

 

「殿下、何かご用でしょうか?」

 

しかしアレクシスは、表情を曇らせたまま小さく首を振る。
そして何も言わず、踵を返して立ち去ってしまった。

 

(私とオスカーが親しげに話しているのを見て、不快に思われた……?)

 

セシリアは胸の奥にわだかまる感情を抑えながら、遠ざかるアレクシスの背中を見送ることしかできなかった。
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