婚約破棄された悪役令嬢は、唯一無二の笑顔を知る

神楽坂ゆい

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「セシリア、少し時間をいただけませんか?」

 

いつものように学園で授業を終えたセシリアが、静かな図書室へと足を運んだとき、アレクシスが隣の棚から姿を見せた。

 

「また殿下ですか。最近はずいぶんと熱心に私のあとをつけてこられますのね」

 

セシリアは冷たい口調で言い放つものの、アレクシスの表情は揺るがない。
むしろ、どこか穏やかな微笑さえ浮かべていた。

 

「つけているわけではありません。少し、あなたと話したいことがあっただけです」

 

その言葉にセシリアはほんの少し眉をひそめる。
この図書室にまで足を運んでくるなど、相当な用件なのだろうか。

 

「……私に話したいこと、ですか」

 

「はい。もし邪魔でなければ、今お時間をいただけますか?」

 

断ろうと思えば簡単に断ることができた。
しかしアレクシスの誠実そうな眼差しを見ていると、セシリアはなぜか「嫌だ」と言い切れなかった。

 

「……わかりました。でも、手短にお願いします」

 

セシリアは周囲の視線を警戒しながら、図書室の奥へと足を進める。
そこは古い書物が並び、人の気配の少ない一角だった。

 

「どうぞ。ここなら、そう人も来ませんから」

 

セシリアがそう促すと、アレクシスは静かにうなずき、本棚の間から差し込む薄明かりの下で口を開く。

 

「先日、僕は王宮の文書や記録を少し調べました。あなたとガーネット家にまつわる記録を」

 

「……それはまた、ご熱心ですね。私の素行調査かしら」

 

セシリアは皮肉げに笑おうとするが、アレクシスの表情は真剣そのものだ。

 

「僕はあなたが“悪役”を演じているように思えてならない。それがあなた自身の本意ではないからこそ、こんなにも辛そうに見える。……違いますか?」

 

思わず息を呑むセシリア。
まさかそこまで核心を突かれるとは思わなかった。

 

「どんなに取り繕っても、僕にはあなたが本当は優しい人間だとわかります。あなたを知る人たちの証言も、少なくとも幼い頃のあなたは心優しい少女だったと言っていました」

 

「……もう昔のことです。人は変わるんですよ。私だって、ガーネット家のために変わっただけ」

 

セシリアはそっけなく返し、アレクシスの瞳から目をそらす。
しかし彼は一歩も引かないまま、さらに言葉を続けた。

 

「セシリア、あなたは本当にそれで幸せなのですか。家門を守るために、自分の人生を犠牲にしても構わないのですか?」

 

「幸せ……?」

 

その言葉が胸に刺さる。
自分が追い求めてきたのは家の存続。それ以上のことを考える余裕などなかったはずだ。

 

「あなたを助けたいというのは、僕の自己満足かもしれません。けれど、あなたが誰にも頼れずにいるのは見ていて耐えられない」

 

「……私は殿下の同情を乞うつもりはありません。誰にも弱みを見せるつもりも、ないんです」

 

セシリアはきっぱりと告げるが、心がどうしようもなく揺れていた。
アレクシスの言葉は、彼女が必死に築いてきた“悪役令嬢”の仮面を内側から崩してくるように感じる。

 

「もし、あなたの敵がいるのなら。あなたを苦しめている存在があるのなら、僕はそれを暴きたい。それが僕にできることであり、王族としての義務でもあると思うんです」

 

アレクシスの強い意志を宿した言葉に、セシリアは小さく目を見開く。
彼はどうして、そこまで――。

 

「……私にはどうにもできないことがあるんです。ですから、何も期待しないでください」

 

そう言ってセシリアは横を向く。
アレクシスがどんなに誠実でも、すべてを打ち明けるにはリスクが大きすぎる。

 

「わかりました。ですが、あなたのために動くことを、僕は諦めるつもりはありません」

 

「殿下、どうか放っておいて」

 

「それはできません。……すみません、これだけは譲れないんです」

 

アレクシスのまなざしは変わらず真剣だった。
セシリアは思わず視線を外し、無言のままそこを立ち去る。

 

図書室の出口を出ると、外の空気がひどく冷たく感じた。
心まで冷えきってしまいそうだが、それ以上に胸の奥がざわついている。

 

(私、何を望んでいるの……?)

 

わからない。けれどアレクシスの言葉は、セシリアの心に小さな光を灯し始めていた。
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