婚約破棄された悪役令嬢は、唯一無二の笑顔を知る

神楽坂ゆい

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「まあ、アレクシス殿下ったら、あの悪役令嬢に構ってらっしゃるみたいで」

 

学園の廊下を歩くマーガレット・バローズは、取り巻きの令嬢たちにそう話しながら、わざと大きくため息をついてみせる。
周囲の生徒たちが耳をそばだてているのを承知の上だ。

 

「もしかすると、セシリア様は王太子殿下のみならず、第三王子殿下にまで目をつけているのかも。怖いですわね」

 

そう囁くと、取り巻きの令嬢たちは楽しげに笑い合う。
誰かがコソコソと声を抑えながら言葉を継いだ。

 

「王族を手玉に取るなんて、さすが悪役令嬢ですわ」

 

「ほんと、どこまでも貪欲というか、怖いですよね」

 

その悪意ある言葉の数々は、さらなる噂を呼ぶ。あっという間に、セシリアが「王太子との婚約破棄を何とも思わず、今度は第三王子を狙っている」という根拠のない話が学園に広まっていった。

 

「まったく、あのガーネット家も落ちぶれたものよ。立場を守るために、あんな娘に何をさせているのやら」

 

そんな陰口があちこちで飛び交い、さらにセシリアへの風当たりが強まっていく。

 

(愚かな令嬢……自分の身分をわきまえないからこんな目に遭うのよ)

 

マーガレットは心の中でほくそ笑む。
セシリアを悪役のまま孤立させれば、王太子ライナスの目も自分に向くかもしれないと期待していた。

 

「マーガレット様、ごきげんよう。今日は何やらご機嫌そうですね」

 

声をかけてきたのは、同じ派閥に属する別の貴族令嬢だ。
彼女はマーガレットの顔を見て、にこやかに会釈をする。

 

「ええ、少しばかり面白いことをしているの。……お話したいことがあるわ、あとでお茶でもいかが?」

 

「喜んでご一緒させていただきます」

 

そうして、マーガレットは味方を増やしながらセシリアを陥れる計画を進めていく。
一方、学園の一室で授業が終わるのを待っていたセシリアは、廊下に出た途端に耳を疑うような噂話を聞くこととなった。

 

「セシリア様、ついに第三王子まで狙い出したらしいよ」

 

「あら、本当に恐ろしいわ。あれはもう、貴族の面汚しね」

 

陰険な笑い声が飛び交うなか、セシリアはぐっと唇を結ぶ。
言い返しても無駄だ。
それどころか、自らの悪役像をさらに強めるだけ。

 

(まったく……。私をどうしたいというの?)

 

胸の奥では怒りや悲しみが渦巻いているが、外には出さない。
冷静を装い、まるで噂など眼中にないかのように歩く。

 

しかし、その道の先にはマーガレットが待ち構えていた。
取り巻きを従え、悪びれた様子もなくセシリアに声をかける。

 

「セシリア様、ごきげんよう。うわさは本当ですの? 第三王子殿下にまで手を伸ばそうとされているのかしら」

 

「……あなたたちの勝手な憶測でしょう。私がそんなことをするはずもありません」

 

セシリアは冷たく答え、マーガレットの横をすり抜けようとする。
だがマーガレットは意地の悪い笑みを浮かべ、さらに問い詰める。

 

「そうはおっしゃっても、最近はよく殿下と二人でいるところをお見かけしますわ。恋愛の自由は素晴らしいと思いますけれど、婚約破棄直後というのはさすがに……」

 

「あなたには関係ないこと。いい加減、その口を慎んだほうがよろしいのでは?」

 

「まぁ恐ろしい。さすがは悪役令嬢と呼ばれるだけありますわね」

 

まわりの令嬢たちがマーガレットに同調し、笑い声が起こる。
セシリアは目を閉じ、ただその場から立ち去るしかなかった。

 

(こんな噂、放っておけば自然に収まるはず。……だけど、どうも計画的な匂いがするわ)

 

いつもなら無視して終わらせるところだが、今回ばかりは何かが違う。
マーガレットがことさらにアレクシスを話題に出すのも、何か目的があるに違いない。

 

暗い感情を抱えながら、セシリアは教室を出ていく。
その背中を見送るマーガレットの唇には、薄暗い微笑がこぼれていた。
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