13 / 35
13
しおりを挟む
「……やっぱり、あなたは何も悪くない」
誰もいない校舎裏に向かったセシリアのあとを、オスカーが追ってきた。
彼は息を切らしながら、セシリアの名を呼ぶ。
「オスカー、どうしてここに……?」
セシリアは驚いたように振り返るが、すぐに表情を引き締める。
悪役としての仮面をかぶり直すかのように。
「マーガレットがなにやら意地悪を言っているのを見かけたから、心配になってね。……大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。私があの程度の言葉で傷つくとでも思って?」
セシリアは冷笑を浮かべるものの、その瞳にはわずかな悲しみが宿っているように見える。
オスカーは彼女の腕をそっとつかみ、そのまままっすぐ目を覗き込んだ。
「おまえ、もう無理をするな。周りは勝手な噂を流しているが、俺は知ってるんだ。おまえが本当は優しくて、自分を犠牲にすることしか考えない不器用なヤツだって」
「……やめて」
セシリアは顔を伏せ、声を震わせる。
オスカーのまっすぐな言葉が、まるで心の奥をぐりぐり抉り出すように痛い。
「どうしてやめなきゃいけないんだ。おまえこそ、どうして自分を守ろうとしない? 王太子に婚約破棄されたって、本当はそれだけが問題じゃないだろう」
「……わかっているの、オスカー。でも、家の事情がある。お母様の病気も……」
その言葉を聞いたオスカーは、一瞬だけ表情を曇らせる。
幼い頃から知っているガーネット家の内情。
今、公爵家が大きな派閥争いに巻き込まれつつあるのは周知の事実だ。
「それでも、おまえが全部を我慢するなんておかしい。誰かに助けを求めればいいだろう? 俺でも、第三王子殿下でも――」
「違うの。そんなことをしたら、もっと大きな問題になるかもしれない。お父様が何をしようとしているか、私は全部を把握していないけど……今の状況では、私が“悪役”を演じるのが最善なのよ」
セシリアは必死に自分に言い聞かせるように言葉を放つ。
まるで洗い流せない汚れを背負って、それでも歩き続けるかのように。
「セシリア……」
オスカーは何か言いたげに口を開きかけるが、その瞬間、セシリアが涙を一粒落とした。
「……あれ、私、泣いてる……?」
自分でも驚いたような声で呟くセシリア。
手の甲に落ちた涙が、光を反射してきらりと瞬く。
「ごめん、オスカー。こんな姿、誰にも見せたくなかったのに」
「いいんだ。おまえ、ずっと無理してたんだろう。ここでくらい、少しは弱音を吐けよ」
オスカーはセシリアの肩を抱こうとするが、彼女は涙を拭いながら首を振る。
「ありがとう。でも、私は……あまりにも多くを抱えすぎた。だから、誰にも頼らないって決めたの」
「……そんなのは、勝手に決めるな」
オスカーの苦しげな声に、セシリアは何も答えられない。
ただ、こぼれる涙を必死に抑えようとする。
やがて、遠くから誰かの足音が聞こえてきた。
セシリアは慌てて涙を拭い去り、仮面を被り直すように顔を上げる。
「もう行くわ。見られたら面倒だもの。オスカー、ありがとう」
「セシリア……」
オスカーは名を呼ぶが、セシリアは振り返らない。
校舎裏を離れていく彼女の足取りは、まだ震えているようだった。
(どうして、おまえはそんなに強がるんだよ)
オスカーは切ない想いを抱えたまま、セシリアの背中を見送った。
誰かにすがりたい気持ちを押し殺し、悪役を名乗る彼女の姿が、あまりに儚く見えたから。
誰もいない校舎裏に向かったセシリアのあとを、オスカーが追ってきた。
彼は息を切らしながら、セシリアの名を呼ぶ。
「オスカー、どうしてここに……?」
セシリアは驚いたように振り返るが、すぐに表情を引き締める。
悪役としての仮面をかぶり直すかのように。
「マーガレットがなにやら意地悪を言っているのを見かけたから、心配になってね。……大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。私があの程度の言葉で傷つくとでも思って?」
セシリアは冷笑を浮かべるものの、その瞳にはわずかな悲しみが宿っているように見える。
オスカーは彼女の腕をそっとつかみ、そのまままっすぐ目を覗き込んだ。
「おまえ、もう無理をするな。周りは勝手な噂を流しているが、俺は知ってるんだ。おまえが本当は優しくて、自分を犠牲にすることしか考えない不器用なヤツだって」
「……やめて」
セシリアは顔を伏せ、声を震わせる。
オスカーのまっすぐな言葉が、まるで心の奥をぐりぐり抉り出すように痛い。
「どうしてやめなきゃいけないんだ。おまえこそ、どうして自分を守ろうとしない? 王太子に婚約破棄されたって、本当はそれだけが問題じゃないだろう」
「……わかっているの、オスカー。でも、家の事情がある。お母様の病気も……」
その言葉を聞いたオスカーは、一瞬だけ表情を曇らせる。
幼い頃から知っているガーネット家の内情。
今、公爵家が大きな派閥争いに巻き込まれつつあるのは周知の事実だ。
「それでも、おまえが全部を我慢するなんておかしい。誰かに助けを求めればいいだろう? 俺でも、第三王子殿下でも――」
「違うの。そんなことをしたら、もっと大きな問題になるかもしれない。お父様が何をしようとしているか、私は全部を把握していないけど……今の状況では、私が“悪役”を演じるのが最善なのよ」
セシリアは必死に自分に言い聞かせるように言葉を放つ。
まるで洗い流せない汚れを背負って、それでも歩き続けるかのように。
「セシリア……」
オスカーは何か言いたげに口を開きかけるが、その瞬間、セシリアが涙を一粒落とした。
「……あれ、私、泣いてる……?」
自分でも驚いたような声で呟くセシリア。
手の甲に落ちた涙が、光を反射してきらりと瞬く。
「ごめん、オスカー。こんな姿、誰にも見せたくなかったのに」
「いいんだ。おまえ、ずっと無理してたんだろう。ここでくらい、少しは弱音を吐けよ」
オスカーはセシリアの肩を抱こうとするが、彼女は涙を拭いながら首を振る。
「ありがとう。でも、私は……あまりにも多くを抱えすぎた。だから、誰にも頼らないって決めたの」
「……そんなのは、勝手に決めるな」
オスカーの苦しげな声に、セシリアは何も答えられない。
ただ、こぼれる涙を必死に抑えようとする。
やがて、遠くから誰かの足音が聞こえてきた。
セシリアは慌てて涙を拭い去り、仮面を被り直すように顔を上げる。
「もう行くわ。見られたら面倒だもの。オスカー、ありがとう」
「セシリア……」
オスカーは名を呼ぶが、セシリアは振り返らない。
校舎裏を離れていく彼女の足取りは、まだ震えているようだった。
(どうして、おまえはそんなに強がるんだよ)
オスカーは切ない想いを抱えたまま、セシリアの背中を見送った。
誰かにすがりたい気持ちを押し殺し、悪役を名乗る彼女の姿が、あまりに儚く見えたから。
2
あなたにおすすめの小説
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる