22 / 35
22
しおりを挟む
「セシリア、こちらに来い」
テオドール公爵の声はいつにも増して険しかった。
執務室へ通されたセシリアは、父が握りしめている書類に目をやる。
それは商会関連の決算書のようだが、見るからに指摘箇所が何かあるらしく、赤い印が付けられていた。
「どうなっている、この金額の流れは……」
テオドールは苛立ちを隠そうともせず、書類を机に叩きつける。
セシリアは視線だけで資料を追い、その不自然さに気づく。
「……これは、まるで私が商会のお金を横領しているかのような記述ですね」
「そうだ。王太子派閥の一部から、この文書が回ってきた。バローズ家が言うには“セシリア様の不正疑惑”だそうだ」
父の言葉にセシリアは固唾を飲む。
まさか、自分が関わってもいない商会の不正を“セシリア個人”の行為として仕立て上げられているなど、想像だにしなかった。
「これ、明らかに改ざんされています。そもそも、私がこの商会に直接関わったことなど一度もありません」
「わかっている。だが問題は、王太子派閥の一部がこれを信じ始めているらしいということだ。……婚約破棄されたあげく、不正経理まで疑われるとは」
テオドールは頭を抱えるようにして溜息をつく。
ガーネット家の信用は今や薄氷の上にある。
万が一、この書類の存在が広く知れ渡れば、公爵家は取り返しのつかない汚名を被るかもしれない。
「父様、何とか弁明できませんか。私には何の関与もないと――」
「そんなことは百も承知だが、問題は証拠だ。改ざんを見破り、逆にバローズ家が仕組んだ策略だと示すだけの確証がなければ……」
セシリアは苦悩の表情で口をつぐむ。
確かに、ただ“違う”と主張するだけでは周囲は納得しないだろう。
商会の記録や関係者の証言が必要になるが、それすらも相手に握られている恐れがある。
「お父様、私は何をすればいいでしょう」
「余計な行動を取るな。これ以上騒ぎを大きくしてはならない。……お前が怪しいと疑われている間は、できるだけ人前に出るな」
それは事実上、セシリアが表舞台から身を引けということだ。
彼女は唇を噛み、うつむく。
これまで“悪役”を演じながらも、何とか家門を支えようとしてきた努力が崩れそうな危機感を覚える。
「しかし……これでは私が何もしていないのに罪を被る形になってしまいます」
「下手に動けば、ますます“自分の疑いを晴らそうとしている”と見られるだけだ。今は耐えろ」
テオドールの声は苦しげでありながら、どこか冷淡にも聞こえる。
セシリアの胸に、やるせない痛みが広がった。
何も知らないうちに仕組まれた罠に落ちてしまった現実が、重くのしかかる。
「父様、私が真実を証明できるように動くことも難しいのですね」
「ああ。今はただ、こちらでどうにか対処策を探るしかない。お前は学園も休め。余計な波風を立てないように」
それだけ言うと、テオドールはセシリアを退室させた。
自室に戻る廊下で、侍女たちが心配そうに見つめてくるが、セシリアは何も言えない。
力のない足取りで、自分の部屋に向かうことしかできなかった。
(私は……どうすれば)
部屋に入り、扉を閉めると、セシリアは床に膝をつく。
理不尽な罠、広がる悪評、そして家門が危うくなるという恐怖。
すでに心が折れかけていると自覚しながらも、彼女は必死に耐えようとする。
それでも、思い出されるのはアレクシスの優しい笑顔。
「僕に頼ってください」と言われたときの言葉が、今になって頭をよぎる。
(でも……私は誰かに頼るわけにはいかない)
そう自分に言い聞かせて、セシリアは震える指を握りしめる。
深い闇の中にいるような絶望感に苛まれながらも、まだ何とか踏みとどまる。
これ以上、家門に迷惑をかけたくない――それだけが彼女の拠り所だった。
テオドール公爵の声はいつにも増して険しかった。
執務室へ通されたセシリアは、父が握りしめている書類に目をやる。
それは商会関連の決算書のようだが、見るからに指摘箇所が何かあるらしく、赤い印が付けられていた。
「どうなっている、この金額の流れは……」
テオドールは苛立ちを隠そうともせず、書類を机に叩きつける。
セシリアは視線だけで資料を追い、その不自然さに気づく。
「……これは、まるで私が商会のお金を横領しているかのような記述ですね」
「そうだ。王太子派閥の一部から、この文書が回ってきた。バローズ家が言うには“セシリア様の不正疑惑”だそうだ」
父の言葉にセシリアは固唾を飲む。
まさか、自分が関わってもいない商会の不正を“セシリア個人”の行為として仕立て上げられているなど、想像だにしなかった。
「これ、明らかに改ざんされています。そもそも、私がこの商会に直接関わったことなど一度もありません」
「わかっている。だが問題は、王太子派閥の一部がこれを信じ始めているらしいということだ。……婚約破棄されたあげく、不正経理まで疑われるとは」
テオドールは頭を抱えるようにして溜息をつく。
ガーネット家の信用は今や薄氷の上にある。
万が一、この書類の存在が広く知れ渡れば、公爵家は取り返しのつかない汚名を被るかもしれない。
「父様、何とか弁明できませんか。私には何の関与もないと――」
「そんなことは百も承知だが、問題は証拠だ。改ざんを見破り、逆にバローズ家が仕組んだ策略だと示すだけの確証がなければ……」
セシリアは苦悩の表情で口をつぐむ。
確かに、ただ“違う”と主張するだけでは周囲は納得しないだろう。
商会の記録や関係者の証言が必要になるが、それすらも相手に握られている恐れがある。
「お父様、私は何をすればいいでしょう」
「余計な行動を取るな。これ以上騒ぎを大きくしてはならない。……お前が怪しいと疑われている間は、できるだけ人前に出るな」
それは事実上、セシリアが表舞台から身を引けということだ。
彼女は唇を噛み、うつむく。
これまで“悪役”を演じながらも、何とか家門を支えようとしてきた努力が崩れそうな危機感を覚える。
「しかし……これでは私が何もしていないのに罪を被る形になってしまいます」
「下手に動けば、ますます“自分の疑いを晴らそうとしている”と見られるだけだ。今は耐えろ」
テオドールの声は苦しげでありながら、どこか冷淡にも聞こえる。
セシリアの胸に、やるせない痛みが広がった。
何も知らないうちに仕組まれた罠に落ちてしまった現実が、重くのしかかる。
「父様、私が真実を証明できるように動くことも難しいのですね」
「ああ。今はただ、こちらでどうにか対処策を探るしかない。お前は学園も休め。余計な波風を立てないように」
それだけ言うと、テオドールはセシリアを退室させた。
自室に戻る廊下で、侍女たちが心配そうに見つめてくるが、セシリアは何も言えない。
力のない足取りで、自分の部屋に向かうことしかできなかった。
(私は……どうすれば)
部屋に入り、扉を閉めると、セシリアは床に膝をつく。
理不尽な罠、広がる悪評、そして家門が危うくなるという恐怖。
すでに心が折れかけていると自覚しながらも、彼女は必死に耐えようとする。
それでも、思い出されるのはアレクシスの優しい笑顔。
「僕に頼ってください」と言われたときの言葉が、今になって頭をよぎる。
(でも……私は誰かに頼るわけにはいかない)
そう自分に言い聞かせて、セシリアは震える指を握りしめる。
深い闇の中にいるような絶望感に苛まれながらも、まだ何とか踏みとどまる。
これ以上、家門に迷惑をかけたくない――それだけが彼女の拠り所だった。
3
あなたにおすすめの小説
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる