婚約破棄された悪役令嬢は、唯一無二の笑顔を知る

神楽坂ゆい

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「もう二度と……私を偽りたくない」

 

セシリアはそう呟くと、鏡の前で髪を整え、かつてのような高慢な表情を作らないまま、すっと背筋を伸ばす。
悪役令嬢としての仮面――高く結い上げ、気高いドレスを纏い、周囲を見下すような態度。それらを完全に捨て去る覚悟を固めたのだ。

 

「セシリア様、お出かけになるのですね」

 

侍女が控えめに声をかける。
セシリアは微笑みを返し、その瞳は以前よりも柔らかく優しい光を放っていた。

 

「はい。まずはライナス殿下のもとへ。きちんとお話ししなければ」

 

マーガレットの捏造が暴かれ、ライナスは今、苦い立場にある。
だが、彼が謝罪を申し出た以上、セシリアとしてもきちんと受け止める義務があると感じていた。

 

「セシリア様……お気をつけて」

 

侍女の心配そうな声を背に、セシリアはガーネット公爵家を出る。
王宮への道を歩む足取りは、意外なほど軽やかだった。

 

王宮に到着すると、案内されたのは小さな応接間。
そこには既にライナスが待っていて、落ち着かない様子で椅子に腰掛けていた。

 

「ライナス殿下」

 

セシリアが静かに声をかけると、ライナスははっと顔を上げる。
先日の険悪な空気が嘘のように、彼の表情は曇っていた。

 

「……セシリア、よく来てくれたな」

 

「殿下からお呼び出しがあったとか。それに、私も話がしたかったのです」

 

セシリアが席につくと、ライナスは深く息をつき、そして姿勢を正すようにして言葉を発した。

 

「婚約破棄の一件で、いろいろと誤解していたようだ。マーガレットの策略に乗せられて、おまえを悪者だと決めつけてしまった。……すまなかった」

 

静かだが確かな謝罪の言葉。
セシリアは表情を崩さず、それを受け止める。

 

「……私も、殿下に対して素直ではありませんでした。でも、家門の事情があったとはいえ、あのとき殿下を激昂させる態度を取ってしまったのは事実。互いに非があったのかもしれません」

 

ライナスは何か言いたげに口を開きかけるが、セシリアは小さく首を振る。
彼女は過ぎた時間を責めるつもりはなかった。

 

「それよりも、殿下にはこれから王太子として国を率いていただきたい。私との婚約破棄の経緯は、殿下にとって苦い経験だったかもしれませんが、どうか次に活かしてくだされば」

 

その言葉に、ライナスの目がかすかに潤む。
プライドが高い彼にとって、セシリアの寛大さは予想外だったのだろう。

 

「……セシリア、おまえは本当に強いな。余は王太子として、まだまだ未熟だ。おまえのように揺るがぬ芯を持てたらと思う」

 

「私はただ、周囲の期待に応えたかっただけです。悪役令嬢としても、家門を守るために必死でしたから」

 

そう言いながら、セシリアは微笑む。
もう悪役の仮面はない。これが本当の自分なのだ。

 

「……ありがとう。余はこの失敗を二度と繰り返さない。おまえには迷惑をかけたが、今後は協力できることがあれば惜しまないつもりだ」

 

ライナスの表情には、悔恨と共に新たな決意が滲んでいる。
彼が変わるきっかけになれたのなら、セシリアにとってそれは悪役を演じ続けた代償に見合うものかもしれない。

 

部屋を出ようとしたとき、ライナスが名残惜しそうに声をかける。

 

「セシリア……本当にすまなかった。おまえはもう自由だ。好きな道を歩め」

 

「はい。ありがとうございます」

 

一礼をして扉を閉めると、廊下にはオスカーが待っていた。
彼は安堵の表情を浮かべ、セシリアに軽く会釈をする。

 

「これで区切りがついたな」

 

「ええ。あとは……アレクシス殿下と、ちゃんと話をしなければ」

 

セシリアはふと、胸が高鳴るのを感じる。
もう偽りの仮面は捨てた。あとは自分の素直な気持ちと向き合うだけだ――そう思うと、かすかな期待と緊張が同時に押し寄せてきた。
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