浮舟のフィオナ―若き女王と終末の方舟―

河野彰

文字の大きさ
11 / 20
第三章

第二章:黄金の隠蔽

しおりを挟む
 一方、王城の書庫室。
 ビクトルは、実父であるシャルール侯爵の秘密金庫から強奪した「極秘文書」を広げていた。古びた羊皮紙には、王家の刻印と共に、およそ美しき貴族の生活には似つかわしくない、冷酷な演算結果が並んでいた。

「信じられない。父上、貴女たちは最初から……」
 ビクトルの翡翠の瞳が、驚愕と嫌悪で激しく揺れる。
 文書には、歴代の王家と上層貴族が数十年前から共有していた「生存シミュレーション」が記されていた。
 
 ――島の総浮力は、限界点を超過している。
 ――維持管理に必要な全リソースを投入しても、崩壊を止めることは叶わない。
 ――沈没までの猶予、およそ三千六百余日。

 それは、セリーヌが女王に即位するずっと前から、この世界の支配者たちが共有していた「沈没の日付」だった。彼らが交易を絶ち、人口減少を放置し、下層民を切り捨ててきたのは、単なる無能や傲慢からではなかった。最後の日まで、自分たち特権階級だけが贅を尽くし、静かに死を迎えるための「時間稼ぎ」だったのである。ビクトルは急いで延さん気に数字を叩きこむ。いつだ?いつ、この島は沈む?

「百日……。私たちの愛も、野心もも。すべてはこの百日という砂時計の中の出来事だったのか」
 ビクトルは、あまりの衝撃に膝を折った。実父たちが、自分さえも「何も知らぬまま死ぬための駒」として見ていた事実に、彼の高貴な矜持が粉々に砕け散っていった。

第三章:百日の残照と、女王の覚醒
 王城へと帰還した二人は、祝杯をあげる暇もなく、第二正妃候補ビクトルが持ち出した極秘文書に凍りついた。そこには、浮島沈没まで「残り百日」という、歴代王家と保守派貴族がひた隠しにしてきた真実が記されていた。
 深夜、セリーヌの寝所。スズカ、アユ、ビクトル、そしてルーク。女王の周囲を、立場の異なる四人の男たちが取り囲んでいた。  
 スズカの潜水服は、まだ仲間の血と重油の匂いが染み付いている。彼は血走った眼で、女王を睨みつけた。
「クソ笑えねえ冗談だ。俺の仲間は十名以上、あの海底で死んだ。このリアクター一つで島が救えるなんて、全部嘘っぱちじゃねえか」  
 スズカは、血と海水で汚れたボルト回しを、豪奢な大理石のテーブルに叩きつけた。 
「女王様、あんたは知ってたのか。この島が最初から沈む運命だったことを。俺たちは、死ぬことが決まってるタイタニック号の甲板で、死ぬまで踊らされてただけなのかよ!」
 沈黙が広間を支配する。セリーヌは潤んだ瞳でスズカを見つめたが、その唇から出たのは謝罪ではなかった。
「いいえ、スズカ。私も知らされていなかった。でも、百日あれば、十分だ。島が沈むなら、別の何かを浮かせるまで。この島が私の支配を拒もうと、私がこの島の女王であることに変わりはない。誰一人死なせない!」
 セリーヌはスズカの胸元を掴み、力強く引き寄せた。 
「聞きなさい、私の夫たち。私は、あなたたちを守る。だから、私と共に戦うのよ!  この島を、誰にも沈めさせはしない。私と、あなたたちの『方舟』にするの!」
 その宣戦布告に、広場にいた男たちの魂が震えた。だが、スズカだけは冷笑を浮かべたまま動かない。彼はセリーヌの首筋に手をかけ、その白い肌を汚すのも厭わずに顔を近づけた。
「は、威勢がいいな。女王様。だが、仲間の命の対価が、そんな綺麗事だけで済むと思うなよ」
 スズカの低い声が、閨に響く。ルークが身構え、ビクトルが息を呑む中、スズカはセリーヌの耳元で残酷に囁いた。
「今夜、あんたの時間を俺に寄こせ。一晩中、俺だけのためにその身体も心も使い果たしてもらう。……俺に死んだ仲間たちの無念を忘れさせるほどの、最高に熱い一夜をな。それが、俺がこの百日を戦い抜くための、最低限の『前払い』だ」
 静寂。ルークの瞳に殺気が宿り、アユは困惑して親友を見た。しかし、セリーヌは逃げなかった。彼女はスズカの泥にまみれた頬にそっと手を添え、挑発するように微笑んだ。
「……いいわ。今夜、私の全てをあなたに刻み込んであげる。その代わりスズカ、明日からは貴女は私の地獄への伴走者よ」
 セリーヌはルークたちを下がらせると、重厚な扉を閉めた。 百日後の沈没という絶望的なカウントダウン。その始まりの夜、一人の女王と、仲間の死を背負った野獣のような男は、互いの命を削り合うような、狂おしく激しい「契約」の儀式へと溺れていった。

 夜着を肩から滑り落とし、セリーヌはベッドへ横たわるスズカに跨った。
 それは女王としては似つかわしくない破天荒な振る舞いだった。だがその積極的な様子にスズカは高ぶった。彼女の小ぶりな乳房を鷲掴むと荒々しく揉みながら、その先端に吸い付いた。操縦桿を握るように手荒に乳房を上下左右に捻ると、さすがのセリーヌも痛みに低く呻いた。だがそれも気にせずにしっかりと己の雄をセリーヌにあてがい、一気に内側へと押し込んだ。
「あ、ああっ!」
 セリーヌが歓喜の声を上げる。痛みは快楽に、快楽は痛みに生まれ変わる。スズカの太く丸い幹は深々とセリーヌ中を抉った。セリーヌの尻がスズカの上で跳ねる。女王は自ら腰を上下に振り立てスズカを煽った。スズカが上半身を起こしてセリーヌの腰を深く抱いた。互いの肌がぶつかる音が閨に大きく響く。呻き、喘ぎ、すすり泣く女王を圧倒的な質量が打ちのめす。
「ああ、セリーヌ。俺はお前に惚れたかもしれねぇ……」
 下からの強烈な突き上げを止めぬままスズカが告白する。セリーヌは熱い楔を打ち込まれながらも嫣然と微笑む。
「なら、私に赤ん坊を頂戴。可愛い女の子が良いわ。次世代の女王に新しい島を与えて」
「あんたの望みなら、何だって叶えてやるさ!」
 そう叫ぶとスズカは攻守を逆転させてセリーの真上に陣取った。垂直に腰を叩きつけるピストンで子宮を押しつぶす。その先には彼女が望む赤ん坊の卵が既に待機している。それが分かっているとでも言いたげに、スズカは幾度もその入り口を雄の先端で叩く。ぬらぬらと濡れるセリーヌの割れ目が限界が近いとヒクつく。スズカは容赦しなかった。卵が休むゆりかごを外側から揺さぶり入口に切っ先を押し当てて、子宮内へと半分自身を埋めるようにして射精した。
「ああっ! セリーヌ!」
「スズカ……っ!!」
 絶頂は長く、二人は最後まで繋がり合っていた。その子種が卵へとたどり着いたかは分からぬまま、幾度も身体を交えて果てた。
 月光が海面に反射し、天井の装飾を不気味な水紋のように揺らしていた。スズカの逞しい腕に抱かれながら、セリーヌは一筋の汗に濡れた前髪をかき上げ、虚空を見つめた。その琥珀色の瞳は、数時間前まで男を翻弄していた女王のそれではなく、ただ独り、出口のない迷宮を彷徨う迷子のようでもあった。
「なぁ、女王様。さっき、うなされてただろ」
 スズカの掠れた声が、静寂を破った。彼は自身の腕の中に収まる、驚くほど華奢な肩の震えを感じ取っていた。 
「……『フィオナ』って……誰の名だ? 死んだ俺の仲間たちも、人魚の歌声の中でその名を呼んでやがった。あの呪われた沈没都市で、何を聞かされた」
 セリーヌは、スズカの胸の鼓動を確かめるように、そっと耳を寄せた。彼女の口から溢れ出したのは、寝物語にしてはあまりに冷酷な、この世界の設計図だった。
「フィオナは、個人を指す名ではないの。……それはこの島が、システムの末端となった女たちに与える、シリアルナンバーのようなもの」
 セリーヌは、自身の肌に刻まれた、島への接続用端子(バイオポート)をなぞった。 「私の姉も、その前の代の母も、最後は名前を奪われて『フィオナ』と呼ばれた。……この島を浮かせる演算処理能力が限界を迎えるたび、王家の女たちは地下聖堂の深層回路へ直結される。意識はデジタル化され、自我は重力制御のコードへと書き換えられていく。いまこの瞬間も、深層意識のなかで、あいつの声が聞こえるわ。――『フィオナ、お前の役目を果たせ』。――『お前の脳を、この島の一部に差し出せ』と」
 セリーヌはスズカの胸元を強く掴み、爪が食い込むほどに力を込めた。
「ルルイ・ハルの記録にあった『理想郷フィオナ』は、新天地なんかじゃない。それは、人間を部品として消費し尽くした果てに辿り着く、無機質な静止の世界。この島は、私を次の部品として、百日後の崩壊を防ぐための贄として呼んでいるのよ。……でも、私はあいつのフィオナにはならない」
 スズカはセリーヌを強く抱き寄せた。その髪に口づける。
「俺が惚れた女をそんな目に合わせやしない。俺を使え、セリーヌ。お前の手足になろう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~

ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。 彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。 ――死んだはずの彼女が、生きている? 同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。 「今さら、逃げ道があると思うなよ」 瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。 秘された皇子と、選び直した愛。 三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?    * * * 後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...