浮舟のフィオナ―若き女王と終末の方舟―

河野彰

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最終章

第三章:新天地の産声、継承される緑

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 浮上から数ヶ月が経過した。方舟が辿り着いたのは、原生林の緑が溢れる広大な大地だった。打ち寄せる波は透明で、大地からは力強い土の匂いが立ち上っている。一行はそこに小さな集落を作り、新しいカレンダーを刻み始めた。
 ある晴れた日の午後。海を見下ろす丘の上。  
 セリーヌは、生まれたばかりの小さな命を腕に抱いていた。その赤ん坊は、スズカのような生命力を感じさせる産声を上げ、アユのように好奇心に満ちた仕草で空を掴もうとしていた。そして、ふとした瞬間に見せるその眼差しには――ビクトルのような知性と、そして何よりも、あの地下聖堂で微笑んでいたルークと同じ、深く澄んだ翡翠の色が宿っていた。
「いい子だ。お前の名は、もう決まっている」  
 セリーヌは、赤ん坊の柔らかな額に唇を寄せた。彼女はもはや、重厚なドレスも冠も身に付けてはいない。潮風にさらされた簡素な服を纏い、その手は土を耕す者の逞しさを備えていた。 
「お前は『フィオナ』ではない。……お前の名はシアーシャ。意味は自由だ」
 自由。その名を授けられた少女は、母の腕の中で満足そうに瞳を細めた。丘の麓では、スズカが獲物を担いで戻り、ビクトルが子供たちに文字を教え、アユが新しい家を造るための木材を運んでいる。彼らは皆、セリーヌを、そしてその腕の中の命を守り抜くことを、誓い合っていた。
 セリーヌは、ルークが眠るであろう遥か彼方の海へと視線を向けた。 
「ルーク。見ているか。お前の愛は、今も私の隣で息をしているぞ。この子が歩む先には、もう暗い海の底も、システムの呪いも何もない。私たちが、新しい歴史をここから創る。見ていろ、誇り高き私の男よ」
 空はどこまでも高く、蒼い。沈みゆく歴史の果てに、一人の女王と彼女を愛した男たちが掴み取ったのは、安寧な王座などではなく、明日が来ることを疑わずに済む、残酷なまでに美しい生の輝きだった。

(完)
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