おやすみなさい、勇者様。 ~寝ている間に世界を救っていることに、俺だけが気づいていません~

河野彰

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第一部:白銀の狼

第一章:「ごめんなさい」の旅立ち

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「ご、ごめんなさい……」
 空はどこまでも青く、残酷なまでに遠い。
 足元を這う砂は赤茶けて、旅人──マナトの足をさらに重くする。
 足が砂に沈んでサンダル履きのマナトの足取りは酔っぱらっているように左右にゆらりと揺れる。
「ご、ごめ゛……なさい……」
 涙はとうに枯れ果てていた。今はマナトの澄んだエメラルドグリーンの瞳も砂色に濁っていた。少年から青年へと脱皮する、本来なら一番輝かしい時期に、マナトは生まれ育った故郷から捨てられた。
 ひょろりと長い影がぐらりと傾く。遂にはどうと倒れて、赤い髪が砂に埋もれた。
 もう何日も水を口にしていない。
 食べ物が胃に落ちたのは十日以上前だ。
 村を出てから半月。
 歩き続けた彼が辿り着いたのは無限砂漠。
 行けども行けども青い空と赤茶けた砂が広がるどこまでも虚無な景色。
 マナトには不思議な力があった。
 それは眠ると、翌朝には周囲の生きとし生けるものが全て死に絶えるという呪いのような能力だ。
 村は長い間、疫病に悩まされていた。
 それを憂えたマナトが村人たちの治癒を祈り、深い眠りについたその翌朝にその呪いは起きた。
「おい、マナト! マナト! 出てこい!」
 村長の怒鳴り声でマナトは粗末な小屋の中で目を覚ました。村はずれのその更に外れ、村と外縁の縁の真上にマナトの家は建っていた。家と言っても一間の土地に小さな箱型を被せただけの簡易なあばら家だ。マナトは土の床を踏んで裸足のまま外へと出た。
「おい! これは……どういうことだ!?」
 血相を変え怒鳴る村長の向こうには村人が何人も見えた。そして、指さされた地面を見た途端マナトは息を飲んだ。
「ひっ……!」
 大地が、黒ずんで毒でも撒かれたようにボコボコと湧きたっている。粘着質なヘドロが草花を枯らして、その黒ずみはマナトの家から村の隅々まで広がっているようだった。
「違います! 僕は、ただみんなの病気が治ればいいなって……」 
「黙れ! お前の家からこの黒い泥が溢れ出しているんだぞ! お前に救いの力などある筈がないだろう!? 親無し子だと思って親切にしてきたが、ここまでだ!」
 村長の背後に立つ村人たちの目は、剥き出しの恐怖と敵意に染まっていた。
「疫病神め! 出て行け!」 
「村を殺す気か!」
「お前のせいだ!」
 石が投げられた。額に当たり、赤い血が流れる。マナトは反論しなかった。自分でも恐ろしかったのだ。良かれと思って眠りについた結果が、この不毛な大地なのだとしたら。 「ごめんなさい……ごめ、なさい……」  
 謝罪の言葉だけを遺し、彼は着の身着のままで村を追われた。
 そして、現在。
 赤髪の青年の命は今にも砂漠に吸収されそうだった。
 泣きはらした目の縁がひりひりと腫れて痛い。喉はカラカラでひび割れた唇からは色が失われていた。大地へ抱き着くように倒れ込んだマナトはもう一歩も動けなかった。指先が自覚がないままに震えて拳を握ろうと弱々しく動く。
「救え……なくて、汚して……ごめ、なさ……」
 大地へ抱きつくように倒れ込み、もう指先一つ動かない。
 熱で歪む視界の端に、何かが映った。
 それは、自分と同じように行き倒れ、砂に血を流している白銀の巨獣だった。
 その巨獣は、傷だらけになりながらも誇り高い金色の瞳でマナトを見つめていた。
(……綺麗だな……)
 自分のような呪われた存在の隣に、こんなに美しい生き物がいてくれる。
 マナトは死の恐怖よりも先に、不思議な安らぎを感じていた。彼は最後の力を振り絞り、 その温かい銀の毛並みにそっと触れた。
「……一緒に、寝よう……?」
 それが、一人の青年と、神獣フェンリルの運命の邂逅だった。
 マナトの瞼が静かに落ちる。
 彼が眠りに落ちた瞬間、その体から柔らかな黄金の光が溢れ出し、死の砂漠を塗り替え始めた。
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