10 / 12
第三部:赤い花の呪いと終焉を拒む揺り籠(ラスト・サンクチュアリ)
第二章:天狼の遠吠えと夜を編む指(ナイト・ウィーヴァー)
しおりを挟む
幸せそうに眠るマナトの傍らでフェリスとノクトは静かに戦闘態勢に入った。
くしくも月明かりさえ届かぬ曇天。
互いの息遣いだけが静かに闇の中へ落ちた。
そして、遠くで遠吠えがした。
その数、優に百余り。飢えて悪臭を放つ死の狼たちが群れを成しマナトの元へ集ってきていた。
「……来たぞ。西から三十二、東から四十八。空にも羽音が聞こえる」
ノクスが影の中に膝をつき、冷徹に告げる。その指先からは、すでに数条の漆黒の影――『夜を編む指(ナイト・ウィーヴァー)』が、生き物のように蠢きながら地を這っていた。
「ふん。数だけは一人前か。主の安眠を妨げる有象無象め、まとめて塵に還してやる」
フェリスが銀髪を荒々しくかき上げる。その瞳は、暗闇の中で獣特有の黄金色に爛々と輝いていた。
最初の一団が、濁った咆哮を上げて清浄なドームへと突っ込んできた。魔毒によって変異し、全身を真っ赤な花に侵食された狼の群れだ。
「――通さんと言ったはずだ」
フェリスの姿が消えた。直後、凄まじい衝撃波と共に、先頭の三頭が文字通り肉片となって弾け飛ぶ。彼女は武器など使わない。その拳と脚こそが、神域の膂力を叩きつける最強の鈍器だった。
「死の舞踏だ。踊れ、死ぬまで。──『影縫いの雷光』イクトゥス・テネブラエ」
ノクスの全身から雷光が放たれる。幾重にも枝分かれした雷光はすさまじい電圧と電流で、狼たちの群れを焼き尽くす。青白い雷光が去った後にはグロテスクな肉の花が焦げ付いた匂いとともに残った。
「ふん、この程度か。それにしても暗殺術にしては派手だ」
「貴様こそ、その巨体があればマナトを守るに足るな」
二人はほんの一瞬。互いを値踏みするように見つめ合った。そして……。
「おい、ノクス! そちらは任せたぞ」
「ああ、フェリス。俺にとっちゃなんてない数だ。任せろよ」
互いに背を預けて二人は打撃と魔術で応戦した。
「――ガァッ!」
魔毒に脳まで焼かれた変異狼が、よだれを撒き散らしながらフェリスの喉元へ跳ねる。だが、彼女の黄金の瞳が微かに細められた瞬間、その巨躯は目にも留まらぬ速さの回し蹴りによって、紙細工のようにくの字に折れ曲がった。
「主の眠りを妨げる不浄、その身をもって罪を贖え!」
フェリスの拳が空を叩くたび、大気が爆ぜる。一撃で五頭を纏めて粉砕するその破壊力は、まさに天狼の神威そのもの。
一方、ノクスの戦いは静寂と破壊の旋律を奏でていた。
「這い寄れ、我が指(ナイト・ウィーヴァー)」
彼が指を弾くと、地面から無数の漆黒の触手が噴き出し、空を舞うガーゴイルの翼を次々と絡め取る。自由を奪われ墜落する魔物たちに向け、ノクスは掌を突き出した。
「『影縫いの雷光(イクトゥス・テネブラエ)』!」
零距離で放たれた雷撃が、影の糸を導線にして連鎖する。青白い閃光が網の目のように夜を走り、捕らえられた魔物たちを一瞬で炭化させた。
「はっ、いい連携だ、ネズミ! 影で固めたところを叩くのは合理的でいい!」
「……黙っていろ、大型犬。集中が乱れる」
口では反発し合いながらも、二人の動きは噛み合っていた。フェリスが正面から敵を散らし、散らばった残党をノクスの影が正確に仕留める。マナトを中心に、二人の戦士が描く死の円陣は、一寸の隙も許さない。
しかし、夜の深まりと共に、湖の底からその本体が這い出してきた。
水面が盛り上がり、体長十メートルを超える巨大な赤い水龍――魔毒の結晶体が、空を覆うほどの威容で咆哮を上げる。
「チッ、あれが核か。おい、フェリス。アレの動きを止めるのは一瞬だ。合わせられるか?」
「誰に物を言っている。主の盾たる私に、不可能はない!」
ノクスが全魔力を指先に集中させる。全身から溢れ出した漆黒の影が、巨大な鎖となって水龍の巨体を縛り上げた。
「行け……ッ!!」
「承知!!」
フェリスが大地を蹴った。ドームが震えるほどの踏み込みで、彼女は銀色の流星となって夜空へ跳ね上がる。
「天狼の裁き――受けてみろ!!」
月を背負ったフェリスの右拳が、水龍の眉間に輝く魔毒の核を直撃した。
轟音。
水龍は光の粒子となって霧散し、同時に湖を覆っていた赤い花たちが、一斉に音を立てて崩れ落ちていく。
やがて、戦場に静寂が戻った。
東の空が白み始め、夜明けの冷気が二人を包む。フェリスは荒い息を整えながら、マナトの安らかな寝顔を確認してふっと表情を和らげた。
「終わったな。一滴の返り血も、主には届かなかった」
「ああ。疲れた。後から、スープをおかわりさせろよ」
ノクスが影の中に短刀を収め、不器用に笑みを浮かべる。
二人は、まだ夢の中にいるだろうマナトの背中を見つめ、互いの実力を認め合うように短く頷き合った。
くしくも月明かりさえ届かぬ曇天。
互いの息遣いだけが静かに闇の中へ落ちた。
そして、遠くで遠吠えがした。
その数、優に百余り。飢えて悪臭を放つ死の狼たちが群れを成しマナトの元へ集ってきていた。
「……来たぞ。西から三十二、東から四十八。空にも羽音が聞こえる」
ノクスが影の中に膝をつき、冷徹に告げる。その指先からは、すでに数条の漆黒の影――『夜を編む指(ナイト・ウィーヴァー)』が、生き物のように蠢きながら地を這っていた。
「ふん。数だけは一人前か。主の安眠を妨げる有象無象め、まとめて塵に還してやる」
フェリスが銀髪を荒々しくかき上げる。その瞳は、暗闇の中で獣特有の黄金色に爛々と輝いていた。
最初の一団が、濁った咆哮を上げて清浄なドームへと突っ込んできた。魔毒によって変異し、全身を真っ赤な花に侵食された狼の群れだ。
「――通さんと言ったはずだ」
フェリスの姿が消えた。直後、凄まじい衝撃波と共に、先頭の三頭が文字通り肉片となって弾け飛ぶ。彼女は武器など使わない。その拳と脚こそが、神域の膂力を叩きつける最強の鈍器だった。
「死の舞踏だ。踊れ、死ぬまで。──『影縫いの雷光』イクトゥス・テネブラエ」
ノクスの全身から雷光が放たれる。幾重にも枝分かれした雷光はすさまじい電圧と電流で、狼たちの群れを焼き尽くす。青白い雷光が去った後にはグロテスクな肉の花が焦げ付いた匂いとともに残った。
「ふん、この程度か。それにしても暗殺術にしては派手だ」
「貴様こそ、その巨体があればマナトを守るに足るな」
二人はほんの一瞬。互いを値踏みするように見つめ合った。そして……。
「おい、ノクス! そちらは任せたぞ」
「ああ、フェリス。俺にとっちゃなんてない数だ。任せろよ」
互いに背を預けて二人は打撃と魔術で応戦した。
「――ガァッ!」
魔毒に脳まで焼かれた変異狼が、よだれを撒き散らしながらフェリスの喉元へ跳ねる。だが、彼女の黄金の瞳が微かに細められた瞬間、その巨躯は目にも留まらぬ速さの回し蹴りによって、紙細工のようにくの字に折れ曲がった。
「主の眠りを妨げる不浄、その身をもって罪を贖え!」
フェリスの拳が空を叩くたび、大気が爆ぜる。一撃で五頭を纏めて粉砕するその破壊力は、まさに天狼の神威そのもの。
一方、ノクスの戦いは静寂と破壊の旋律を奏でていた。
「這い寄れ、我が指(ナイト・ウィーヴァー)」
彼が指を弾くと、地面から無数の漆黒の触手が噴き出し、空を舞うガーゴイルの翼を次々と絡め取る。自由を奪われ墜落する魔物たちに向け、ノクスは掌を突き出した。
「『影縫いの雷光(イクトゥス・テネブラエ)』!」
零距離で放たれた雷撃が、影の糸を導線にして連鎖する。青白い閃光が網の目のように夜を走り、捕らえられた魔物たちを一瞬で炭化させた。
「はっ、いい連携だ、ネズミ! 影で固めたところを叩くのは合理的でいい!」
「……黙っていろ、大型犬。集中が乱れる」
口では反発し合いながらも、二人の動きは噛み合っていた。フェリスが正面から敵を散らし、散らばった残党をノクスの影が正確に仕留める。マナトを中心に、二人の戦士が描く死の円陣は、一寸の隙も許さない。
しかし、夜の深まりと共に、湖の底からその本体が這い出してきた。
水面が盛り上がり、体長十メートルを超える巨大な赤い水龍――魔毒の結晶体が、空を覆うほどの威容で咆哮を上げる。
「チッ、あれが核か。おい、フェリス。アレの動きを止めるのは一瞬だ。合わせられるか?」
「誰に物を言っている。主の盾たる私に、不可能はない!」
ノクスが全魔力を指先に集中させる。全身から溢れ出した漆黒の影が、巨大な鎖となって水龍の巨体を縛り上げた。
「行け……ッ!!」
「承知!!」
フェリスが大地を蹴った。ドームが震えるほどの踏み込みで、彼女は銀色の流星となって夜空へ跳ね上がる。
「天狼の裁き――受けてみろ!!」
月を背負ったフェリスの右拳が、水龍の眉間に輝く魔毒の核を直撃した。
轟音。
水龍は光の粒子となって霧散し、同時に湖を覆っていた赤い花たちが、一斉に音を立てて崩れ落ちていく。
やがて、戦場に静寂が戻った。
東の空が白み始め、夜明けの冷気が二人を包む。フェリスは荒い息を整えながら、マナトの安らかな寝顔を確認してふっと表情を和らげた。
「終わったな。一滴の返り血も、主には届かなかった」
「ああ。疲れた。後から、スープをおかわりさせろよ」
ノクスが影の中に短刀を収め、不器用に笑みを浮かべる。
二人は、まだ夢の中にいるだろうマナトの背中を見つめ、互いの実力を認め合うように短く頷き合った。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~
たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。
たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。
薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。
仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。
剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。
ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。
若返った老騎士の食道楽~英雄は銀狼と共に自由気ままな旅をする~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
あるところに、数百年周期で現れる魔王がいた。
人族から生まれ、闇に魅入られし者、妖魔を統べる魔王と呼ばれる存在。
度々現れては、人々を恐怖のどん底に貶めてきた。
此度、その魔王との戦いに終止符を打った男がいた。
名をシグルド卿といい、六十歳を迎えた老人の男だ。
元平民にも関わらず、爵位を得て史上初の将軍にまで上り詰めた英雄である。
しかし、魔王と一騎討ちの末に相打ちになった……と世間では言われていた。
当の本人は実は生きており、しかも若返っていた。
そして自分が生きていることが知られると、色々と面倒なことになると悟った。
それにどうせなら、自由の身になって世界を旅したいと。
これは役目を終えた英雄が旅をし、様々な人と出会い、美味い物を食べていく物語。
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
「お前の代わりはいる」と追放された俺の【万物鑑定】は、実は世界の真実を見抜く【真理の瞳】でした。最高の仲間と辺境で理想郷を創ります
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の代わりはいくらでもいる。もう用済みだ」――勇者パーティーで【万物鑑定】のスキルを持つリアムは、戦闘に役立たないという理由で装備も金もすべて奪われ追放された。
しかし仲間たちは知らなかった。彼のスキルが、物の価値から人の秘めたる才能、土地の未来までも見通す超絶チート能力【真理の瞳】であったことを。
絶望の淵で己の力の真価に気づいたリアムは、辺境の寂れた街で再起を決意する。気弱なヒーラー、臆病な獣人の射手……世間から「無能」の烙印を押された者たちに眠る才能の原石を次々と見出し、最高の仲間たちと共にギルド「方舟(アーク)」を設立。彼らが輝ける理想郷をその手で創り上げていく。
一方、有能な鑑定士を失った元パーティーは急速に凋落の一途を辿り……。
これは不遇職と蔑まれた一人の男が最高の仲間と出会い、世界で一番幸福な場所を創り上げる、爽快な逆転成り上がりファンタジー!
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる