メインディッシュ・

白崎える

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エダ

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男はただ、平和を願った。
男はただ、守りたい人がいた。
男はただ、自分を犠牲にするやり方しか知らなかったのだ。

俺には旧い愛人がいる。掴みどころがなくて、どこか不思議な人だ。名をエダと言う。
彼は優しかった。信仰的なまでに優しかった。それは、気味の悪さすら覚える、絶対的な自己犠牲の上に成り立っている事を、俺は知っている。
いつだっただろうか、俺とエダと2人で歩いていると、火事の現場に鉢合わせたことがある。生で見るのは初めてだったので何となく見とれていた。ふと横を見るとエダも見とれていたさ。でも、その目が見ていたものが本当に火事だったのかどうかは、正直なところ俺にも分からなかった。
「娘が!まだ娘が家の中に居るんです!」
「危険です下がってください!」
衝撃映像特集なんかで見るような光景がリアルに広がっていて不思議な気分だった。こんな時、ヒーローになれる大チャンスだ。誰が行くのか、少し気になった。
「なあエダ、お前」
言いつつ隣を見ると、既にエダはそこにいなかった。
火事に向かって淡々と走るエダの後ろ姿を夢見心地で眺める。ああ、そうだよな。なんの迷いもなく、なんの心配もせず、日々の業務であるかのように、当然と言うかのように走るんだよな。
消防士達が止めるのを忘れる程、至極当然といった風貌で、正面玄関から業火に焼かれる家屋へとエダは姿を消した。
心配?そりゃしたさ、初めはね。俺の心配ってのはエダが生きているか否かじゃ無い。あいつが、後悔してないか否かだ。だから俺はエダに声をかけようとしたし、今こんなにも晴れた気持ちで炎を眺められる。何故かって?そりゃああいつが迷わず走ったからさ。
保身なんて1ミリも考えてない、あの背中を見せられたら、俺の心配なんて、荒野の果まで吹っ飛ぶさ。荒野の果でカウボーイが俺の心配を拾おうと、カウボーイはなんのこっちゃ分からずその辺にポイっと捨てるだろうさ。つまり、正確には、俺の不安は綺麗さっぱりきえるのだ。
何分たっただろうか?1.2分か、もうちょっとか、周囲がざわつく中エダが女の子を抱きかかえて炎の中から出てきた。あぁあぁ、お気に入りのシャツがちりちりだ。
女の子は無傷だった。
エダは違った。特に、左腕の傷は酷かった。ものすごい火傷で、思わず「ほぇ~」なんて声を出しながら見とれてしまった。
女の子の両親がしきりにエダに感謝の言葉を述べている。エダは笑顔で大したことはありませんって応えてる。
そうか、その程度じゃ、満たされなかったんだね。その笑顔が本物じゃない事なんて。
その後エダはコソコソとその場を離れ、俺の方に向かって走ってきた。炎に飛び込んだ時の勇敢な後ろ姿からは想像も付かない、酷く怯えた子犬みたいなのが、俺の方に走ってきた。
「痛い、めっちゃ痛い、死にそう」
「まだ死なないよ、ほら病院行こ」
「うん、病院行く。ごめん迷惑かけて」
「どこが迷惑だよ」
お決まりだ。何も考えず突っ込んで、人を助けて、にもかかわらず自信の欠けらも無い様子で帰ってくる。俺はこいつは病気だと思ってる。人を助けずには居られない、自己犠牲を厭わない、決して治ることの無い、不治の病だと思ってる。エダはきっと、いつも何かを埋めようと必死なのだ。でも、そんな穴は元からエダには無い。あるはずもない穴を埋めようだなんて、馬鹿げてるだろう?でも、それが、それだけがこいつの生き方なんだと思う。
ある日エダが紛争地に志願兵として行きたいと言いだした。お前に人が撃てるのか?って聞いたらエダは「分からない」とだけ答えた。分からない、そう答えたエダの眼を見て、それ以上何か聞くのはやめにした。
俺はエダと共に件の紛争地へと赴いたのだった。
エダの、人生のフィナーレか、はたまた意味を見つけるプロローグか。それは同時に、私にとってもそうなのかもしれない。

どうやら俺もエダも、悪運が強いらしい。志願兵として数ヶ月が経った。
深夜、静かに燻る焚き火の灯りを見つめる。
エダは、戦争をやめさせたかったらしい。戦争をやめさせたいのに戦争に参加するなんておかしいと言われるだろう。俺もそう言ったさ。そしたらエダは、崩れたブロック塀から飛び降りた黒猫を眺めながら話し出した。
「うん。俺もそう思う。でもね、でも、何も知らないまま何かを判断するのは嫌なんだ」
そうか、そうだったな。
「戦争がいい事だなんて思わない。それでも、知りたいんだ」
エダは、どんな時でも話の語尾がほんの少しだけ上がる。それが、俺にとってはどうにも心地良い。
「可能な限り、できる限り、多くの人を救いたい。でも、それが当事者にとって救いなのかなんて分からない。だから、知りたいんだ」
十分さ、エダ。お前の気持ちは、十分。
俺のやることはひとつ、エダの傍で、ただエダを、こいつの行く道を追い続ける。これが、俺の決めた絶対の道だ。
結果としてエダは、敵を撃った。そして、その全ての敵の墓を作った。
エダは敵が敵だなんて思えやしなかったのだろう。同じ、人間だから。
この時エダが何を考えていたのか、俺には分からなかった。
色々あった。3年間戦いに身を置いたエダは、それでもやっぱりエダだった。
エダは、「答え、分からなかったな」と言った。
人を殺した。それが、最も少数の死で戦争を終わらせられると信じたから。
信じたから。
信じていたから。
信じて、いや、それは嘘だ。
少数を見捨て、多くを生かす、そんなこと、エダには出来なかった。
ある意味、エダが救いたかったのは"多く"では無かったのかもしれない。
エダが救いたかったのは、目の前の1人だったのかもしれない。
それはきっと、正義ではない。
それはきっと、反戦でもない。
エダはきっと、答えを探したいだけなのだ。
でも、頭の固いあいつは、やっぱり自分を犠牲にすることしか出来なかった。成長してないんじゃない。それが、エダなんだ。
「やっぱり戦争は嫌いだ」
左腕を擦りながらエダが言った。
「ひとつはっきりしたな」
「うん。ごめんね、付き合わせちゃって」
「俺は好き付き合ってんだ」
笑いながらはにかむエダに、俺はそっとキスをした。
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