『 紅白夜 』〜インディアンは嘘をつかない〜

杏忍 東風

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第ー幕『哀愁ノ彼方』

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 台湾の潮風はいつもにまして生温いような気がした。
 肌にべトリとつく汗で湿ったTシャツが、身体の動きを鈍らせていく。
 周りのヤツらはそれを気にも止めずに動きをとめず、海上輸送の船からの積荷を降ろしていく。
「少し疲れた。休もう」
 俺がそう言って休憩の合図を出すと、他のヤツらは胡散臭い笑顔で笑い出す。そして、ニヤリと笑う笑顔が強面さを一層引き立たせる。
 休憩の合図で手を止め、台湾語で軽い言葉を交わすと、タバコに火を付ける者、酒を飲むもの、非合法のクスリやハッシシをやり出すもの、マフィアらしい自由気ままな自分らしさを豪快にさらけ出していく。
 俺はペットボトルの水をがぶ飲みし、汗でベトついた体を、そのペットボトルの水で洗い流す。
 その瞬間たまらなく心地よく、力仕事っていうのも悪くはないなという思いがふとよぎる。
 そうは言っても、マフィアですることがまともな企業のような力仕事なわけがない。
 今だって、やってることは密輸のお手伝いだ。実際、一般社会の仕事とは全く訳が違うわけだ。
 それにしても、もともと鍛えた筋肉質の体であっても、怠けているとすぐに悲鳴を上げ出す。
 港小屋の椅子に背を預け、港町の潮風を一心に浴びる。洗い流した身体に先程の潮風が流れ込む。
 水で冷えた身体は先程、生温さを感じた風とは真逆のヒヤリとする風に変わった。
 体力を使うこと自体、マフィアに潜入してからそれほどあるわけじゃない。
 基本、マフィアなんて生き物は生真面目に仕事をする性格じゃないからマフィアなんだ。
 筋トレするヤツはそれが生きがいみたいなヤツだけだ。
 それでも俺の上腕二頭筋の太さは他の奴らと比べれば、半分ほどしかない。
 俺だって、一般的な日本の企業であせくせと働いているパソコン操作を毎日している月給制の大都市で働くサラリーマンなどと比べれば、自慢じゃないが筋肉量だけなら倍以上はある。
  鍛えているつもりでも、やはり日本人的感覚であり、黒人や喧嘩ばかり明け暮れていたチンピラと比べれば、月とスッポンである。 
 今、俺が潜入しているマフィアの組織は多国籍だ。
 白人もいれば黒人もいる。もちろん、中国人らしいアジア人もいる。だが、企業働くような世界とは無縁の世界で生きてきた人間ばかりだ。
 今、潜入している海外人身売買組織ドラゴンテールこと台湾マフィア・ロンウェイは、古参のマフィアに比べれば新参者のマフィアだ。
 厳密には台湾マフィアの眷属的傘下に属するが、最も下の方に位置する。
  どの国のマフィアも上層部は、マフィアの本拠点の国の出身者で固められている。一部の幹部は外から来るものもいるが、そんな場合、兄弟関係にあるマフィアに属しているものばかりだ。
 そして、そのバランスが崩れる時、抗争が勃発する。善人で構成されているわけではないマフィアにとって、マフィアからの離脱は裏切り行為だ。
 マフィアは基本、マフィアを辞めることは許されない。そして、そんな足抜けしようとする者は大概、自分の利益をネコババしようとする奴らだけだ。
 昔の日本のヤクザのように任侠やらちぎりを重視するものなんてマフィアにはいない。
 血の契約か、はたまたマフィアの世界で恐怖の成約の中で生きている。
 そんなマフィアの世界でも人身売買組織は特に珍しい。もともと奴隷だった人間が力でマフィアをのし上がり、組織を立ち上げる。
 歴史的に言えばよくありそうな話だが、奴隷となった人間が人間らしい生活を送れるわけもなく、その中でマフィアとしてのし上がって行くとすれば、他の人間を犠牲にしてのし上がるしかない。
 そして、それは罪悪感もなく行われ、血で血を洗う抗争にすらなり得る。だが、そんな世界で上手くのし上がる方法はある。

 
 もちろん人脈と金だ。



 奴隷に交渉を持ちかけ、ブラック企業以上の労働環境で働かせられている人間に金銭を握らせることで労働している場所の情報や資材などを密輸させる。
 奴隷を雇うところなんてろくなことはしていないが、それなりの権力や資本は持っている。
 そうして、交渉した奴隷たちをある程度働かせて、その奴隷をマフィアが裏で再度買い取る。
 そうやって、情報と資本と金次第に奴隷貿易は次第に大きくなって行く。
 そして、その奴隷貿易で蓄えた資産を裏ルートで売買し、金をこさえていく。
 やっていることは基本的に海賊と何ら変わりないが、海賊と違って貿易船を襲ったりはしない。
 そうなことをすれば、襲われた国の軍隊や警察は黙って見過ごすことは出来ない。
 それに、現代の世界事情はテレビのニュースで事件が起こればすぐに報道される。
 上層部のマフィアたちも他国の軍隊や警察に目を付けられるのはもってのほかであり、もしも管轄の海の領域で海賊船が横行すれば、地元の癒着している警察官に連絡をする。
 基本、マフィアが自分たちで報復などの手を下すことはない。そんな勝手に反撃するようなリスクを負えば、上層部の幹部たちはとばっちりを喰らう。
 上層部のおえらいさんはマフィアだとしても、今どき事なかれ主義だ。
 仁義より自分の時間や金の方が大事ってわけだ。
 マフィアだろうと、日本のヤクザだろうと、現代社会は各国の一般企業と対して変わりない。
 自分は日本で属していた組織のおえらいさんたちもそうだ。
 だから今、俺はこんなロクでもないところで、こんな力仕事させられている理由だって、保身主義の老害のサラリーマンたる幹部責任を押し付けられているのだ。
 そう、俺がいた日本の警視庁という警察組織もまた、保身主義的な老害に苦しめられているってわけだ。
 治外法権という国際社会化した世界で、犯罪組織が日本で蔓延る理由を変えられずにいる理由だ。
 今の時代、事件によってはその国のルールでは解決出来ないことなんてよくあることだ。


      2


 俺が日本にいた頃、東京のある所轄に勤めていた。仕事は至って普通の交番勤務だ。
 そこそこいい大学を出たところで、日本中枢のキャリア組に配属されることはほぼない。
 それでも、交番勤務という仕事には、一般公務員として、そして警察官として誇りを持って仕事に接していた。
 地方から関東の大学を受けて、浮かれていた頃が懐かしい。公務員になろうなんてその時は考えもしないで、経済学部の都市計画科だった。
 そんなある大学4年生のある日、なかなか就職先の内定が決まらなかった夏、大学で部長をしていた部活の打ち上げで飲んでいたときに、ふと居酒屋に警察官のポスターが目に止まった。
 その時、誰かが決まってないなら受けてみれば?と言ったのだ。誰だったのかは今でもよくわからない。
 かなり酔っていたから、もしかしたら空耳だったのかもしれないが、その時の俺には神の啓示のように思えた。
 そう思い、それから公務員の勉強を始め、一般職の東京の警察官試験に受かった。
 その時は、とても嬉しく大学の合格発表のときより、数百倍嬉しかった。

 それは言い過ぎかな?

 そして、念願の警察官になるための警察学校に入学したのだが、部活で鍛えていたとはいえ、思った以上に厳しい世界だったような気がする。
 警察学校は基本連帯責任であり、例えば、一人が時間内に腕立て伏せがクリアできなければ、クラスのすべてが再度追加で罰として腕立て伏せ追加でさせられたりと、企業のような一般社会とは違う世界観で生活していく。
 それでも、警察学校入りさえすれば給料が出る企業で言うOJT方式なので、仲良くなった連中と給料が出た後に飲みに行ったりと、それなりに楽しい思い出だったような気もする。
 そして、いざ警察官となり、都内の交番に配属が決まり、警察官としての道を歩むこととなる。
 まあそうは言っても、今の東京で田舎の方では大きな事件なんかそうそうはなく、殆どは事故や酔っぱらいのケンカの仲裁、おばあちゃんやおじいちゃんの道案内、落とし物の預かるくらいが主な仕事だ。
 簡単そうにはいうが、そんな仕事でも毎日のようにひっきりなしに事件や事故は起こる。
 ましてや、こんなご時世だ。
 世の中が乱れていると、余計な仕事ばかり増えるもんだ。
 そんな多忙な毎日の中で、自分の所轄で外国人密入国者が事件を起こした。それもなんと誘拐事件。
 ちなみに、これが俺が今の仕事につくきっかけとなった事件だった。

     3

 日本で関わった最後の事件。
 その事件はすでに公式的な発表では解決済みとなっている。その時の夏も蒸し暑い夜が続く夏だったような記憶が今も焼き付いている。
 ある日、交番にひとりの女性がやってきた。
 その女性はパッと見では20代前半に見えなくもないが、交番に来る女性はどうしても少しばかり老けて見える時がある。
 そう思っていたのは、自分だけかもしれないが、だいたい交番に来る人間は焦った表情をしてくる人がだいたいだ。
 それほど気に止めることもなく、扉から入ってきた女性に椅子を引いてやり、扉をゆっくりと締めた。
 最近、派出所の扉がガタついてきていて、うまく閉まらない日があるのだが、その時は少し勢いよく締めたため、正常に外の風景は扉で閉ざされた。
 何か落とし物でもしたのだろうか思い、いつものように、その女性に、
「どうなされましたか?」
と交番特有の業務的なお役所仕事のセリフで問いかけると、女性は少し青ざめた表情で、
「娘が、娘が帰って来ないんです」
 どうやら、友達の家に遊びに行ったきり帰ってこないらしい。ある意味、よくあることではあるのだが、大体は寄り道などしているうちに遅くなってスーパーや公園にいるのが日常だ。
 だが、その女性が言うには、子供に持たしているスマートフォンなども繋がらなかったらしい。
 GPS機能は途中で電源が切られており、場所の特定までは出来なかったらしく、焦って交番まで駆け込んできたとのことだった。
 事務的に現住所や娘さんの名前、特徴、着ていた服などを書類に書いてもらった。
 娘さんの名前は、粕壁 守里、お母さんの名前を粕壁 防子といった。
 現段階では、すぐには行方不明の扱いも難しく、少し落ち着くようになだめた。
 交番にある電話から警察無線で、所轄を警察車両で循環している警察車両に娘さんの名前、特徴、思い当たりそうな場所と服装を何箇所か伝えた。
 先程よりは落ち着いた様子であるが、まだ不安の色が拭えないでいるようだった。
 交番の巡回から帰ってきた同僚入ってきたその時、交番の電話が鳴り響いた。
 行方不明の少女の手がかりでもあったのかと思ったが、派出所の隣町の怪しい外国人がなにか騒いでるという苦情だった。
 行方不明の少女のお母さんは同僚に任せて、その現場に向かうことになった。
 交番を出るとき少しその女性の視線は痛く感じたが、
そこは同僚に引き継ぎをきちんと済ませ、お役所仕事に向かうこととなった。
 そこでちょうど怪しい外国人が騒いでいるという苦情が入ったビルに急いで行くとなる。
 パトカーを走らせ、ビル近くに止めたその時、私服警官の姿が目に映った。
 なぜバレてはいけない私服警官なのに気付いたかというと顔見知りだったからだ。
 それは同僚の黒谷 夏津美巡査だった。
 黒谷巡査は警察官に道を聞くような素振りで話かけてきた。
 俺は仕方なく、敬礼をした。
「あのぉ、すいません。お伺いしたいことがあるのですがよろしでしょうか」
 まるで赤の他人かのように、質問をしてきた黒谷巡査に俺は答えた。
「はい。なにかごようでしょうか」
 お役所仕事的な対応で答えると、少しむくれた表情をして、
「なにか事件でしょうか」
 と、しおらしい対応をしてきた。
 俺は仕方なく、
「このビルの外国人が騒いでるということで、巡回に参りました」
 と、通常業務的に報告すると、
「わかりました。私も手が空いているのでお手伝いをさせてください」
 と、言い出したのだ。
 俺は目をまん丸くした。通常の業務内で、交番づとめの人間と所轄の人間がいきなり事件を一緒に操作などすることなどありえない。
「危ないから、仕事に戻れよ」
 俺が小声でそう言うと黒谷巡査は再びむくれた顔をした。
 俺たちは恋人同士だった。
 今の交番に移動先が決定し、前の配属先の同期飲み会で紹介され気が合い、その日のうち付き合うこととなった。
 まあ、危険と隣り合わせな仕事だからこそ、そう言う話は急展開をしやすかったりする。
 俺だけかもしれないが。
 仕方がないので、外人が騒いでいるというビルの部屋の階に階段で上がることにした。
 古臭いビルだが、10階建て以上あり、階段で登るのが少ししんどく感じた。
 そして、後ろから巡査は本当について来ていた。
 二人の仲うまく行っていなかった訳ではなかった。むしろ、うまく行っているだったはずだ。 
 だがこういう、好奇心旺盛ですぐに首を突っ込みたがる癖は少し不安材料ではあった。
 その時も軽い気持ちでついてきたのかもしれない。そして、ビルの最上階の真ん中の部屋で俺は立ち止まった。何度かベルをならすと、内鍵を外して見るからに胡散臭い外国人が出てきた。東洋系と東南アジア系の顔立ちだろうか。
 どちらかというと、強面の胡散臭い笑顔だった。
そして、何語かわからない外国語でその外人は話した。日本語が通じるかと不安だったが、片言の日本語をで返事が返ってきた。
そしてその男は、
「スイマセン…」
 と言って、扉を閉めようとした時だった。
 奥から女性の声が聞こえた。
 女性と言うには幼い声。そして、その声がする方に耳を強く傾きかけるとその、小さな声は少しはっきり聞こえた。
「タスケテ」
俺は少し空いている扉を強く引いた。
「すいませんが、少し中を拝見させといただけませんか」
俺が少し強引に開けようとすると、その外国人は強く抵抗しようとした。
 後ろで待機している黒谷の緊張が伝わてくる。
 外国人は強引に扉を閉めようとしたため、ガッと体を扉の隙間に侵入させた。
 すると、奥に暴行され、猿轡をされた少女が横たわっていた。
 俺は無理やり入口に入ろうとすると、胡散臭い外国人は急に部屋の奥に逃げていった。
 俺は少女に駆け寄り、無線機で応援と少女を無事に確保したことを伝えた。
 胡散臭い外国人は奥に消えたかと思うと、再度扉の方に走り出した。
 だが、扉の向こうには黒谷がいる。
 扉を出た瞬間、外国人の体が中を舞った。
 狭いエントランスに身体が宙から落ちるようなドンッという音が聞こえ、犯人確保したかに思えた。
 だがその瞬間、
 
 ズドンッ!

 銃声が部屋の中まで木霊した。
 急いでビルのエントランスに出ると、倒れ込んでいる黒谷と逃げようとする逃げ去る外国人の後ろ姿が目に写った。
 
 俺は思わず、持っている銃を無意識に抜いていた。
 

    4

 救命医療室の扉の前で俺は神に祈るしかなかった。
 巻き込んだのは確実に俺で、黒谷 夏津美巡査は被害者でしかなかった。
 最近の銃発砲事件の大半はヤクザくらいしか、日本では滅多なことでは聞かない。
 銃刀法違反で捕まるのは、ほとんど法律を知りもしない民間人が通販で買ったサバイバルナイフなどを所持していたり、仕事用の包丁を車に置いといていたなどくらいだ。
 一般の事件で拳銃が使われることなどほぼ皆無だった。
 言い訳かもしれないが、拳銃を扱う事件自体、これが初めてであった。
 そして、扉から出てきた白衣の医者と俺は目があった。
「夏津美は?!」
 そして、医者は首を降った。
 俺はそのまま、フリーズした。
 走馬灯のように頭の中で言い訳やら思い出が混沌のように押し寄せ、泣くことすら出来なかった。
 そして、手術室から運ばれる夏津美を、俺は呆然と立ち尽くしたまま見送るしかなかった。
 
 接近で撃たれた銃弾が、腕から貫通した銃弾は顔面から呼吸器系の神経に到達していた。犯人を放っておいて、人工呼吸をした接吻が俺と夏津美の最後の接吻であった。
 
 俺は助かると信じていた。
 
 今の医療技術を過信していたのかもしれない。
 だが、拳銃という武器はそんな甘い考えの俺を地獄の底へと付き落とした。
 慰安室に運ばれた夏津美は家族との面会となった。
 すすり泣く音が俺の耳まで聞こえてきた。
 
 俺は慰安室の前でじっと座ったまま動くことができなかった。流すことのできない涙をじっとこらえるかのように俯いて、意識は何処か遠く、まだ現実を認識できないでいた。
 警察官や自衛隊は事件による死亡の際、階級が上がることがほとんどだ。
 2階級上がれば俺よりも上だな。
 そんな意味もないことが、思考回路が現実を理解しようとしない俺の頭の中で回る。
 
 不謹慎。
 
 声にならない声と感情が、俺の中で目まぐるしく駆け回り続ける。予約していた誕生日のレストランはどうしようか、意味もないことばかり俺の感情の中で声になって聞こえてくる。
 そしてどのくらいだろう。
 慰安室の前に座ったまま、動けないでいる俺の隣にスーツを着た上司と見たこともない外国人が立っていた。
「君が青柳巡査長だね」
 片言の日本語が俺の耳に聞こえてきた。
「話したいことがあるがいいかね」
 俺の上司不機嫌そうな顔のまま、そう言って俺の顔を睨んだ。

    5

 俺の撃った事件の犯人は死亡していた。
 そして、助けた少女は暴行された怪我が治ると、無事に母親の元へと帰ったとのことだった。
 それを聞いたときは、なぜだか嬉しいという感情に一時的に支配されてしまった。夏海は俺が殺したんじゃない、あの外国人が殺したんだと、そして小さな命を助け、警察官としての仕事を全うしたのだと、俺の中の見えない悪魔がずっと囁いていた。
 だが、警察という職業はそんな感情論が通じる世界ではない。人を殺してしまえば、れっきとした殺人罪だ。
 いくら人を殺した犯人とはいえ、人間である。
 欲望にまみれた感情のあるバケモノとしか思うことのできないでいるのは被害者側の感覚世界の話であり、現実世界のルールは全く違う扱いだ。
 だが、幸いにも外国人は指名手配犯だったらしい。
 不法侵入で外国で密入国で日本に潜伏していた、海外の人身売買の組織の仲介役という、普通の日本人なら耳を疑うような肩書だ。そんな大物犯罪者とは思ってもみなかった。
 そして、慰安所の前に出会った外国人。
 彼はFBI捜査官とのことだった。
 現実に見るFBI捜査官は絵画に行けばどこにでもいるスーツ姿のサラリーマンにしか見えなかった。
 そして、そのスーツ姿のサラリーマンのFBI捜査官から思ってもみない依頼が俺に課せられた。

 人身売買組織に潜入してほしい。

 俺は流石に耳を疑った。
 俺が殺した違法滞在の外国人はFBIが泳がしていた犯人だったらしい。
 FBIといえども、証拠がなければ捕まえる事ができない。ましてや人身売買組織という大きなヤマはFBIにとっても、現代社会に残る最大の悪のひとつだ。
 いくつもある人身売買組織でも誘拐して、他の人身売買組織に売り払う。そういう手口らしい。
 誘拐事件は海外では日本以上に日常茶飯事だ。
 治安の悪い南アフリカやコロンビア、そして低所得者層の多いインドや中国など、行方不明扱いとなり親身になって警察も動こうとしない。と言っても、必ずしも、誘拐事件は低所得者だけに起こるものではない。
 一般家庭の人間も人身売買組織で奴隷として売られることもある。
 そういうなれば、FBIが捜査する大きな事件となる。
 そして、俺はその売る側ではなく、買う側の人身売買組織の潜入依頼されたのだ。
 正確には、違法滞在者とはいえ銃殺となれば、殺人罪が適用される。
 だが、相手は指名手配中の犯罪者で国内で事件を起こしている。通常ならば、捕まえて身柄を引き渡すなどの警察のお役所仕事的な手続きが必要となる。
 人身売買組織といえども、基本は烏合の衆であり、明確な実態を掴まなければ、個人的犯行の誘拐犯として捕まり、期間を過ぎればまた刑務所から出てくるということを繰り返され、犯罪は有耶無耶にされる。
 明確な犯罪手口やつながりを確保するために目ぼしい犯人に目を光らせているという話だった。
 事件に巻き込まれた日本生まれ日本育ちのいち警察官の俺からすれば、突拍子もない話しである。
 その死んでしまった犯人はかなり人身売買組織グループでも偉い位置にいるらしく、死んでしまっては誘拐組織と人身売買組織の手がかりをすべて失ってしまうことになる。
 日本側から捜査依頼をしていた警察官僚のおえらいさんは、FBIとの協力の下、その組織の捜査もしていたらしい。
 だが、今回の件で証拠を失った海外のおえらいさんがそれならば、直接的に人身売買組織に潜入して、誘拐組織と一網打尽にしようという考えらしい。
 そんな仕事はFBIでもしたがらないし、日本ではおとり捜査は禁止されている。
 そこで俺に白羽の矢がたったらしい。
 もし捜査に協力してくれるなら、外交問題関わる犯人を殺した罪も、海外の司法当局は目を瞑るという交換条件。
 それを聞いたときは俺も耳を疑った。
 もしそれが本当なら、事件に巻き込まれたのは俺自身も被害者だ。
 最初は断った。
 だが、政府のおえらいさんである上司から、もしかするとお前が刑務所に入ることになるぞと脅された。
 本人は脅してるつもりはないようだったが、俺は脅されているようにしか思えなかった。まだその時の俺はまともな精神状態ではなかったというのが本当のところだが。
 
 そして、数週間後、俺は組織に潜入することを決心していた。
 警察官としては、もうこの先はまともな人生を送れる気はしなかった。
 もし断っても、警察にいられるかどうかもわからないし、場合によっては刑務所に入らなければならないというプレッシャーは警察官の俺には耐えれるものではなかった。
 すでに潜入捜査承諾の件は上司には報告済みであった。
 出発の前日の夜、俺は家で準備支度を整えた。そして、夏津美の思い出は日本に置いていくことにした。
 次の日、もしかすると日本に帰ってくることはないかもしれないと思い、空港に行く直前、最後に警察官だった俺の親父の墓に手を合わせに行った。
 
 そして、俺はこうして日本の警察に退職届を出し、FBIから渡された偽造パスポートを手にしFBI捜査官として、人身売買組織に潜入することとなったのだ。
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