23 / 113
23. 日々の中で-6
三学期も一ヶ月が過ぎ、あの喧嘩の一件以来、柏木は学校へ来たり来なかったりの日々が続いていた。学校でその姿を目にしても、何処か塞ぎこんでいるように見える。
「おーい、最近元気ないじゃん」
二日ぶりに顔を出した俺の授業の後、廊下を歩く柏木の頭を、軽く教科書で小突いて呼び止めた。
「体の調子が悪いって訳じゃないだろ?」
「……うん」
「たまには愚痴りに来いよ。前はあれほど押し掛けてきたのに。それくらいなら、また付き合ってやるからよ」
「ありがとね、先生」
笑顔を見せるも、それからも柏木は俺の所へ来る事はなかった。
そんなある日の休日。車で自宅から離れた場所まで、奈央と2人食材の買出しに出掛けていた時のことだった。
この日は、冷たい雨が静かに降り落ち、いつ雪に変わってもおかしくないほど、外は厳しい寒さに包まれていた。
ワイパーが動く向こう側、何かを見つけたのか、助手席に座っていた奈央が少しだけ身を乗り出した。
「あ、敬介好みの女の子発見」
「ん? どこどこ?」
勿論、本気じゃない。本気でその子を見ようとした訳じゃないが、あまりにも軽く言う奈央に、ノリで俺も奈央が指差す方に視線を合わせた。
「ほら、あそこ」
「何処だよ………あっ! 奈央! 何、お前は暢気に……」
奈央が言う俺好みの女を見つけて、車を急いで路肩に停める。
「奈央、いいか。念のため言っとくが、俺の好みとかの問題じゃないから」
「はいはい。それよりいいの? 連れてかれちゃうよ?」
「ったく!」
だけどよ、今のこの状況……。奈央と2人でいることがばれるな。とは言え、考えてる暇はない。
「ちょっと待ってろよ」
ドアを開けながら声を掛けると、奈央は帽子を被りサングラスも掛けた。
「これなら問題ないでしょ?」
「だな。じゃ行って来る」
傘を片手に持ち、降りしきる雨の中へと飛び出した。
「おい、俺の知り合いに何かようか?」
チャラけた男の、女の肩に乗せていた手を掴み捻りあげる。
「っうっ! っんだよ、ズブ濡れだから送ってやろうとしただけだろ」
「そ。じゃあ、もうその必要ねぇから」
掴んでいた腕を突き飛ばすように離すと、男は車に乗り込み去っていった。
「なーに、やってんだ? こんなにびしょびしょになって。車で送ってく。ほら、来い」
微動だにせず、固まったように立ち竦んでいるのは柏木だった。その背中を押しながら、車まで歩かせる。
後部座席のドアを開け座らせようとしたが、中にいた奈央の存在に驚いた柏木は、
「あ、ご、ごめんなさい。先生デート中だったんでしょ? 私、一人で帰れるから」
後ずさりしてしまう。
「大丈夫じゃねぇだろ。そんなんで一人フラフラさせられないの。いいから大人しく送らせろ」
「……でも、シート濡らしちゃうし」
「そんのもん気にしないでいい」
俺に合わせるように柔らかく微笑んだ奈央は、手で『どうぞ』と促し、その誘いに応じた柏木が、「すみません」と恐縮しきりで、その身をシートに沈めた。
濡れた柏木に、トランクに積んであったブランケットを掛けてやり、奈央はハンカチを差し出す。そのハンカチを受け取らずに奈央をジッと見る柏木。
……ば、ばれたか?
なのに奈央ときたら焦りもせずに
「使って?」
なんて声まで出しやがる。
ヒヤヒヤしながら、その様子を見ていたが、こんな所に奈央がいるとは思ってもいないせいなのか。
「あっ、すみません。彼女さんが素敵過ぎて見惚れちゃいました。ハンカチお借りします」
ハンカチを受け取った柏木は、全く疑っていないようで、完全に俺の彼女として認識したようだった。
「柏木? 何があったかは知らないし、無理に聞こうとも思わないけど、ヤケになっても良い事なんて一つもないぞ」
ルームミラー越しに見る柏木は下を向き、膝の上でギュッと握り締めたハンカチを見ている。
「……ごめんなさい」
「俺に謝る必用はないよ。後悔するような事して後で傷付くのは自分だからな」
「……はい」
本当に分かっているのかは疑問だが、とりあえずは素直に返事をした柏木。
そんな柏木は、あまり話に触れられたくないのか、場の雰囲気を変えたかったのか、気持ちを切り替えるように明るい声で話し始めた。
「先生は、いいですね! こんな素敵な彼女さんがいて」
「え?……あ、いや……」
……彼女じゃないですけど。
「私、自分が幼いから、彼女さんみたいな大人の女性に憧れちゃうんです」
「……そ、そうか……」
……柏木と同じ、17歳ですが?
「先生、こんな素敵な人、何処で見つけたんですか?」
「えっ?……」
学校だ……とは言えまい。
咄嗟に何も言えない俺に代わって
「2人だけのヒミツよね~。ね、敬介?」
奈央が口を挟む。
しかも、普段は出さない甘えたような声で。いつもはふてぶてしい態度なくせして。
この女優。俺と出逢って2度目の恋人役を、完璧に熱演中らしい。
「羨ましいなぁ。ホントお似合いですね」
「あは……ははは」
もう笑うしかないだろう。演じるなんて高度な技、俺には無理だ。大根役者にすらなれやしない。
それから、柏木の質問を何個か受け、曖昧な言葉で返す俺と笑みだけでかわす奈央。
「柏木、次どっちいけばいい?」
「あ、その十字路を左に……本当にすみません。家まで送ってもらっちゃって」
「気にすんな」
家までの道を訊ねる俺の横では、おもむろにバックから何かを取り出す奈央が、視界の端に映り込んだ。
……って、コラッ! 何、てめぇは煙草取り出してんだよ! このガキっ! 誰がそこまで大人のフリしろっつった!
怒鳴りたくても怒鳴れず、思いっきり睨みをきかせながら左手で煙草を奪う。そんな俺の睨みなんかで動じるはずもない奈央は、前を向けとばかりに顎をしゃくりやがった。
覚えとけよ、この小悪魔……。
チラチラ奈央を睨んでる俺に、後ろから声が掛かる。
「先生、あそこのマンションです」
「おぅ、了解……ん? あれって、林田じゃないか?」
「あっ」
柏木の自宅マンション前で、青い傘を差した林田が佇んでいた。
小さく驚いた声を出した柏木は、車が停まると林田の所へ駆け寄り、二言三言話を交わすと運転席側に戻って来た。
「先生、彼女さん。本当にありがとうございました」
「もう無理はすんな。何かあったら、俺じゃなくてもいいから誰かに言えよ」
「……うん」
そんな柏木に、林田が近付いてきて傘を頭上にかざす。
「おぅ、林田」
「………」
にこやかに声をかけてみても、まるっと無視をした林田は、俺には目もくれず、助手席の奈央へと視線を注いでいる。
「先生の彼女さんだよ」
その林田にご丁寧に柏木が説明をする。
「え……」
微かに漏れた林田の声。視線は縫い付けられたように奈央から離れない。奈央もまた、それを受け止めるように首を少しだけ動かし、横目で林田と目を合わせた。笑みも浮かべず、寧ろ冷たさを感じさせる無表情なままで。
恋人役に徹するなら、此処は笑顔作っといた方がいいんじゃないか?
たった数秒の事なのに、思わずそう思ってしまうほど、何となく嫌な空気漂う緊張感。
とうとう奈央は笑み一つ見せずに前へ向き直ると、二度と林田達へ視線を向けることはなかった。
「じゃ、俺達行くから。柏木、風邪引かないように身体温めろよ。林田もまたな」
アクセルを踏み込み車を発進させると、直ぐ様、説教を始める。
「てめっ、なに調子に乗って煙草吸おうとしてんだよ!」
叱られても全く堪えない奈央は、かったるそうにサングラスを外し、帽子を取って乱れた髪の毛を整えている。
「それより林田、奈央だって気付いたんかな? えらく見られてたよな」
「心配ない」
「何を根拠にそんなこと。ま、ばれたらばれたで、そん時考えるか。にしても柏木の奴、大丈夫か?」
「………」
無反応の奈央を気にせず、大分遠回りしたが、予定通り買い物を済ませ家路に着いた。
その日の晩。
「敬介、席替えして」
「は?」
何の脈絡もなく、突飛に奈央が言い出した。
「席替え?」
「そう」
「でも、福島先生に聞いてみないとなぁ。俺の一存では……」
「ふふっ……そうだよね。力のない副担だったもんね。今のは気にしないで」
──バカにしてんのか? その薄笑い……。
しゃくに障った俺は翌日。
『もう直ぐ進級ですし、最後ぐらいは好きな奴等と机並べさせるってのはどうですかね?』等と、適当な理由をつけて福島先生に打診した。
見事奈央に踊らされ席替えをする我がクラス。
「沢谷先生からの提案です。最後くらいは仲の良い子達と座っていいわよ~」
福島先生の掛け声で、ガヤガヤと生徒達は騒ぎ始め、机や椅子がごった返す。
奈央にとって仲良く並んで座りたいと思う奴はいないのに、一方的に近付いて来る者は多く、前に一緒に昼飯を喰わされた、異星人1号から4号までが奈央の周りを囲み、あのキスをしようとした貴島までもが、奈央の前の席を陣取った。
果たして、この席替えで奈央は満足したのだろうか。席替え直後の奈央を見て思う。
「敬介、席替えして」
「はぁっ?」
その日の晩、二日続けて同じ会話をする俺達。
周りがあまりにも構ってくるのに疲れた奈央にとって、新しい席はやはり苦痛でしかないらしい。
それに、やたらと奈央の顔色を窺う貴島の存在が鬱陶しいらしく、今日だけで8回は殴ってやりたいと思ったそうだ。
「流石にもう席替えは出来ねぇよ」
「冗談よ」
大人しく奈央は引き下がる。
「いつか貴島、張っ倒す」
品の良い綺麗な顔立ちからは、想像もつかない言葉を放ちはしたが、我慢するらしい。我慢するはずだと思った。何故なら放課後。礼を言ってきた奴がいたからだ。
『沢谷先生、ありがとね。ホントはちょっと、居辛かったんだ、今までの席』
その言葉を聞いた時、やっと全てを理解した。
礼を言ってきたのは柏木だった。柏木が居辛かったという以前の席は、仲が良いと思っていた朝倉が隣りにいた。きっと、柏木は朝倉に想いを寄せている。それも一方通行の想い。最近様子のおかしい原因は朝倉のことだったのだろう。恐らく奈央は、柏木の気持ちに気付いた。だから、席替えしたいだなんて突然言い出したんだ。
それを確認した所で、余計な事は言わないだろう奈央に、到底教師が言うべきではない言葉を口にする。
「貴島を張っ倒す時は、援護射撃してやるよ」
「一人で十分」
貴島より、よっぽど男らしい強気な発言が間髪入れずに返ってくる。
でも、奈央は一応女の子なんだから。それも、さり気なく気遣いの出来るいい女なんだから。
呑み込んだ言葉の変わりに漏れた俺の笑みを、気味悪そうな目で奈央が見ていた。
「おーい、最近元気ないじゃん」
二日ぶりに顔を出した俺の授業の後、廊下を歩く柏木の頭を、軽く教科書で小突いて呼び止めた。
「体の調子が悪いって訳じゃないだろ?」
「……うん」
「たまには愚痴りに来いよ。前はあれほど押し掛けてきたのに。それくらいなら、また付き合ってやるからよ」
「ありがとね、先生」
笑顔を見せるも、それからも柏木は俺の所へ来る事はなかった。
そんなある日の休日。車で自宅から離れた場所まで、奈央と2人食材の買出しに出掛けていた時のことだった。
この日は、冷たい雨が静かに降り落ち、いつ雪に変わってもおかしくないほど、外は厳しい寒さに包まれていた。
ワイパーが動く向こう側、何かを見つけたのか、助手席に座っていた奈央が少しだけ身を乗り出した。
「あ、敬介好みの女の子発見」
「ん? どこどこ?」
勿論、本気じゃない。本気でその子を見ようとした訳じゃないが、あまりにも軽く言う奈央に、ノリで俺も奈央が指差す方に視線を合わせた。
「ほら、あそこ」
「何処だよ………あっ! 奈央! 何、お前は暢気に……」
奈央が言う俺好みの女を見つけて、車を急いで路肩に停める。
「奈央、いいか。念のため言っとくが、俺の好みとかの問題じゃないから」
「はいはい。それよりいいの? 連れてかれちゃうよ?」
「ったく!」
だけどよ、今のこの状況……。奈央と2人でいることがばれるな。とは言え、考えてる暇はない。
「ちょっと待ってろよ」
ドアを開けながら声を掛けると、奈央は帽子を被りサングラスも掛けた。
「これなら問題ないでしょ?」
「だな。じゃ行って来る」
傘を片手に持ち、降りしきる雨の中へと飛び出した。
「おい、俺の知り合いに何かようか?」
チャラけた男の、女の肩に乗せていた手を掴み捻りあげる。
「っうっ! っんだよ、ズブ濡れだから送ってやろうとしただけだろ」
「そ。じゃあ、もうその必要ねぇから」
掴んでいた腕を突き飛ばすように離すと、男は車に乗り込み去っていった。
「なーに、やってんだ? こんなにびしょびしょになって。車で送ってく。ほら、来い」
微動だにせず、固まったように立ち竦んでいるのは柏木だった。その背中を押しながら、車まで歩かせる。
後部座席のドアを開け座らせようとしたが、中にいた奈央の存在に驚いた柏木は、
「あ、ご、ごめんなさい。先生デート中だったんでしょ? 私、一人で帰れるから」
後ずさりしてしまう。
「大丈夫じゃねぇだろ。そんなんで一人フラフラさせられないの。いいから大人しく送らせろ」
「……でも、シート濡らしちゃうし」
「そんのもん気にしないでいい」
俺に合わせるように柔らかく微笑んだ奈央は、手で『どうぞ』と促し、その誘いに応じた柏木が、「すみません」と恐縮しきりで、その身をシートに沈めた。
濡れた柏木に、トランクに積んであったブランケットを掛けてやり、奈央はハンカチを差し出す。そのハンカチを受け取らずに奈央をジッと見る柏木。
……ば、ばれたか?
なのに奈央ときたら焦りもせずに
「使って?」
なんて声まで出しやがる。
ヒヤヒヤしながら、その様子を見ていたが、こんな所に奈央がいるとは思ってもいないせいなのか。
「あっ、すみません。彼女さんが素敵過ぎて見惚れちゃいました。ハンカチお借りします」
ハンカチを受け取った柏木は、全く疑っていないようで、完全に俺の彼女として認識したようだった。
「柏木? 何があったかは知らないし、無理に聞こうとも思わないけど、ヤケになっても良い事なんて一つもないぞ」
ルームミラー越しに見る柏木は下を向き、膝の上でギュッと握り締めたハンカチを見ている。
「……ごめんなさい」
「俺に謝る必用はないよ。後悔するような事して後で傷付くのは自分だからな」
「……はい」
本当に分かっているのかは疑問だが、とりあえずは素直に返事をした柏木。
そんな柏木は、あまり話に触れられたくないのか、場の雰囲気を変えたかったのか、気持ちを切り替えるように明るい声で話し始めた。
「先生は、いいですね! こんな素敵な彼女さんがいて」
「え?……あ、いや……」
……彼女じゃないですけど。
「私、自分が幼いから、彼女さんみたいな大人の女性に憧れちゃうんです」
「……そ、そうか……」
……柏木と同じ、17歳ですが?
「先生、こんな素敵な人、何処で見つけたんですか?」
「えっ?……」
学校だ……とは言えまい。
咄嗟に何も言えない俺に代わって
「2人だけのヒミツよね~。ね、敬介?」
奈央が口を挟む。
しかも、普段は出さない甘えたような声で。いつもはふてぶてしい態度なくせして。
この女優。俺と出逢って2度目の恋人役を、完璧に熱演中らしい。
「羨ましいなぁ。ホントお似合いですね」
「あは……ははは」
もう笑うしかないだろう。演じるなんて高度な技、俺には無理だ。大根役者にすらなれやしない。
それから、柏木の質問を何個か受け、曖昧な言葉で返す俺と笑みだけでかわす奈央。
「柏木、次どっちいけばいい?」
「あ、その十字路を左に……本当にすみません。家まで送ってもらっちゃって」
「気にすんな」
家までの道を訊ねる俺の横では、おもむろにバックから何かを取り出す奈央が、視界の端に映り込んだ。
……って、コラッ! 何、てめぇは煙草取り出してんだよ! このガキっ! 誰がそこまで大人のフリしろっつった!
怒鳴りたくても怒鳴れず、思いっきり睨みをきかせながら左手で煙草を奪う。そんな俺の睨みなんかで動じるはずもない奈央は、前を向けとばかりに顎をしゃくりやがった。
覚えとけよ、この小悪魔……。
チラチラ奈央を睨んでる俺に、後ろから声が掛かる。
「先生、あそこのマンションです」
「おぅ、了解……ん? あれって、林田じゃないか?」
「あっ」
柏木の自宅マンション前で、青い傘を差した林田が佇んでいた。
小さく驚いた声を出した柏木は、車が停まると林田の所へ駆け寄り、二言三言話を交わすと運転席側に戻って来た。
「先生、彼女さん。本当にありがとうございました」
「もう無理はすんな。何かあったら、俺じゃなくてもいいから誰かに言えよ」
「……うん」
そんな柏木に、林田が近付いてきて傘を頭上にかざす。
「おぅ、林田」
「………」
にこやかに声をかけてみても、まるっと無視をした林田は、俺には目もくれず、助手席の奈央へと視線を注いでいる。
「先生の彼女さんだよ」
その林田にご丁寧に柏木が説明をする。
「え……」
微かに漏れた林田の声。視線は縫い付けられたように奈央から離れない。奈央もまた、それを受け止めるように首を少しだけ動かし、横目で林田と目を合わせた。笑みも浮かべず、寧ろ冷たさを感じさせる無表情なままで。
恋人役に徹するなら、此処は笑顔作っといた方がいいんじゃないか?
たった数秒の事なのに、思わずそう思ってしまうほど、何となく嫌な空気漂う緊張感。
とうとう奈央は笑み一つ見せずに前へ向き直ると、二度と林田達へ視線を向けることはなかった。
「じゃ、俺達行くから。柏木、風邪引かないように身体温めろよ。林田もまたな」
アクセルを踏み込み車を発進させると、直ぐ様、説教を始める。
「てめっ、なに調子に乗って煙草吸おうとしてんだよ!」
叱られても全く堪えない奈央は、かったるそうにサングラスを外し、帽子を取って乱れた髪の毛を整えている。
「それより林田、奈央だって気付いたんかな? えらく見られてたよな」
「心配ない」
「何を根拠にそんなこと。ま、ばれたらばれたで、そん時考えるか。にしても柏木の奴、大丈夫か?」
「………」
無反応の奈央を気にせず、大分遠回りしたが、予定通り買い物を済ませ家路に着いた。
その日の晩。
「敬介、席替えして」
「は?」
何の脈絡もなく、突飛に奈央が言い出した。
「席替え?」
「そう」
「でも、福島先生に聞いてみないとなぁ。俺の一存では……」
「ふふっ……そうだよね。力のない副担だったもんね。今のは気にしないで」
──バカにしてんのか? その薄笑い……。
しゃくに障った俺は翌日。
『もう直ぐ進級ですし、最後ぐらいは好きな奴等と机並べさせるってのはどうですかね?』等と、適当な理由をつけて福島先生に打診した。
見事奈央に踊らされ席替えをする我がクラス。
「沢谷先生からの提案です。最後くらいは仲の良い子達と座っていいわよ~」
福島先生の掛け声で、ガヤガヤと生徒達は騒ぎ始め、机や椅子がごった返す。
奈央にとって仲良く並んで座りたいと思う奴はいないのに、一方的に近付いて来る者は多く、前に一緒に昼飯を喰わされた、異星人1号から4号までが奈央の周りを囲み、あのキスをしようとした貴島までもが、奈央の前の席を陣取った。
果たして、この席替えで奈央は満足したのだろうか。席替え直後の奈央を見て思う。
「敬介、席替えして」
「はぁっ?」
その日の晩、二日続けて同じ会話をする俺達。
周りがあまりにも構ってくるのに疲れた奈央にとって、新しい席はやはり苦痛でしかないらしい。
それに、やたらと奈央の顔色を窺う貴島の存在が鬱陶しいらしく、今日だけで8回は殴ってやりたいと思ったそうだ。
「流石にもう席替えは出来ねぇよ」
「冗談よ」
大人しく奈央は引き下がる。
「いつか貴島、張っ倒す」
品の良い綺麗な顔立ちからは、想像もつかない言葉を放ちはしたが、我慢するらしい。我慢するはずだと思った。何故なら放課後。礼を言ってきた奴がいたからだ。
『沢谷先生、ありがとね。ホントはちょっと、居辛かったんだ、今までの席』
その言葉を聞いた時、やっと全てを理解した。
礼を言ってきたのは柏木だった。柏木が居辛かったという以前の席は、仲が良いと思っていた朝倉が隣りにいた。きっと、柏木は朝倉に想いを寄せている。それも一方通行の想い。最近様子のおかしい原因は朝倉のことだったのだろう。恐らく奈央は、柏木の気持ちに気付いた。だから、席替えしたいだなんて突然言い出したんだ。
それを確認した所で、余計な事は言わないだろう奈央に、到底教師が言うべきではない言葉を口にする。
「貴島を張っ倒す時は、援護射撃してやるよ」
「一人で十分」
貴島より、よっぽど男らしい強気な発言が間髪入れずに返ってくる。
でも、奈央は一応女の子なんだから。それも、さり気なく気遣いの出来るいい女なんだから。
呑み込んだ言葉の変わりに漏れた俺の笑みを、気味悪そうな目で奈央が見ていた。
あなたにおすすめの小説
アラ還妻と若い彼 継承される情熱
MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。
しかし、その幸せの裏側で、睦美の娘・愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。
母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。
同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
清掃員と僕の密やかな情状
MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。
青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。
肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。
44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
絶交した幼馴染と大学の合コンで再会した。
孤独な蛇
恋愛
中学生の浅野春樹は上級生と喧嘩騒動を起こしたことがあった。
その上、目つきが悪く地毛は茶髪のため不良少年のような扱いを受けて学校では孤立していた。
そんな中、幼馴染の深瀬志穂だけは春樹のことをいつも気遣ってくれていた。
同じ高校に行こうと声を掛けてくれる志穂の言葉に応えたい一心で受験勉強にも力を入れていた。
春樹にとって、学校で孤立していることは問題ではなかった。
昔から志穂が近くにいてくれるから……。
しかし、3年生なってから志穂の態度がよそよそしくなってきた。
登下校も別々になり、学校で話しかけてくることも無くなった。
志穂の心が自分から離れていってしまっている気がした春樹は焦っていた。
彼女と話がしたい。笑った顔が見たい。
志穂と一緒に帰ろうと、彼女が部活動を行っている体育館へ向かったのだが……。
そこで春樹が耳にしたのは、自分の悪口を言って部活の友達と楽しそうにしている志穂の声だった。
その瞬間、春樹の中で志穂に対する想いや信頼は……消滅した。
時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】
remo
恋愛
どんなに好きになっても、彼は絶対に私を愛さない。
佐倉ここ。
玩具メーカーで働く24歳のOL。
鬼上司・高野雅(がく)に叱責されながら仕事に奔走する中、忘れられない元カレ・常盤千晃(ちあき)に再会。
完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な彼には、悲しい秘密があった。
【完結】ありがとうございました‼
手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。