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88. カウントダウン-2
「おまっ、んな振り回すなって! 危ないだろ?」
視線だけじゃ物足りないらしく、イラつきを紙袋にまで乗せ、ブンブンと振り回しているのは林田だ。
「クソ寒い上に、めちゃくちゃ腹減ってんだよねぇ~。ったく、何でこんなことやんなきゃなんないんだか」
後ろ歩きで俺を睨ねめ付け、諦め悪く文句を垂れる不良娘は、寒さと空腹で余計に気が立っているらしい。
「悪かったって。んな怒んなよ。それより、紙袋破けるから振り回すなよ、な?」
俺が言うなり反抗的に一段とそれを振り回した、その時だった。
「痛っ!」
廊下の角から曲がって来た人物に、紙袋が見事に命中。
「あっ、ごめっ…………」
どうやら、謝るという行為を知ってはいたらしい林田は、すかさず謝罪はしたものの、その人物の顔を見た途端に口を噤み、代わりに顔を目一杯しかめさせた。
いや、表情を変えたのは林田だけじゃない。
俺は、あちゃーと顔を歪めたし、隣を見れば、優等生奈央も眉をピクリと動かした。
そして、表情は勿論、肌の色さえ変え、誰よりも原型からかけ離れた、第二形態とでも言うべき顔に進化させたは、
「林田、おまえか!そんなもの振り回して何やってるんだ!」
紙袋が命中した赤鬼……もとい、生活指導担当の川崎先生だった。
目はつり上がり、唾を飛ばしながら怒鳴りつける川崎先生の顔は、怒りで真っ赤に染まっている。
「三年にもなって、荷物一つもまともに運べんのか! だいたいな、その制服の乱れは何だ!」
完全なる赤鬼と化した川崎先生は、ぶつかった云々だけではなく、林田の制服にまで話を発展させ、怒りが鎮まる気配は微塵もない。
よりによって、赤鬼にぶつかるとは……相手が悪すぎだ!
それでなくても、柏木と一緒に喧嘩騒動を起こした時、川崎先生を相当怒らせた実績がある。
「その髪の毛も何度言ったら分かるんだ! うちの学校にこんな生徒がいるなんて────……」
目を付けられているのは間違いなく、この時とぞばかりのお説教は止まりやしない。
「反抗的な目つきする前に、少しは反省したらどうなんだ!」
確かに、俺に向けていたものとは、比べものにならないほどの睨みを入れる林田の態度も、余計に川崎先生の怒りを煽るのだろう。
「川崎先生、申し訳ありません。林田には担任である私から充分注意をしときますんで」
このままじゃ収集つきそうもない、と口を挟んでみるが、無力にも、矛先が変わっただけに終わった。
「相変わらず沢谷先生は温ぬるいですな。三年のこの時期になっても林田はコレですよ? あなたが甘やかしてるからでしょ!」
「しかし、もう遅いですし、荷物運びを無理やり頼んだのは私なんで、今日の所は勘弁────」
「それが甘いと言ってるんだ!」
完全に怒りを拡大させた赤鬼から怒られる羽目になった俺と、挑発するように盛大な溜息を洩らす林田。
面倒になるから、今は大人しくしとけ! と、念を送ってみてもどこ吹く風。
「ほらみなさい。林田のこの態度を! 沢谷先生は、舐められてんですよ!」
まぁ、それは確かに……と、うっかり同意しそうになるのを堪え、更にヒートアップして続く説教の中。奈央だけが一人、ぶつかった拍子に散乱した資料を拾い集めていた。
「今のこの時期がどれだけ大事なのか、あなたは分かってるんですか!」
「勿論です。ですから、私からキチンと……」
「あなたが出来ないから、私がこうやって指導してるんです! 人間的に中身がだらしないと、外見がこうなるんですよ! それをしっかり分からせないでどうするんですか!」
……おい。今なんつった? 中身がだらしない、だと? 人の生徒を外見だけで判断すんなっ!
「お言葉ですが、今の発言は訂正してください。林田は友達思いの優しい子です。担任である私が保証します」
不快が胸を充満し、遂には、川崎先生に反論するまでに頭にも血が上ってしまう。
そんな俺をバカにしたように、あざ笑う鬼オヤジ。
「ふっ。また、沢谷先生お得意の人気取りですか。そんなに生徒に気にいられたいんですか? それが生徒をダメにするとも知らずに。期末だって近いって言うのに、この緊張感のない身だしなみ。外見どころか、試験の結果もどうなるんだか。このままじゃ受験はおろか、就職するにしたって受け入れ先があるのか。担任がこれじゃ、先が見えますな」
見下したもの言いに、いい加減にしろ! と一歩前へ足を踏み出し叫びそうになった時だった。
「もう良いですか?」
奈央の冷静な声が、俺の足と口を止めさせた。
真っ直ぐな奈央の視線を、一人注がれた川崎先生。
自分に問いかけられていると気付いた赤鬼は、警戒をするように眉を寄せ、俺から奈央へと目線を移す。
「良いって、何がだ?」
口調を幾分落ち着かせながらも、赤い顔のまま尋ねる川崎先生に、資料を抱えた奈央は、優等生面を崩しもせずに穏やかに話した。
「先生が仰ったように、今は大事な時期でテストも近いですので、もう帰っても宜しいでしょうか?」
「まぁ、林田にとっちゃ大して気にならないテストも、水野からしてみれば大事なテストだもんな。特に前回は、おまえにとっちゃ散々な成績だったし」
……コイツ。奈央の事を何も知らねぇくせに、軽々しくンなこと言いやがって!
「川崎先生! 少しデリカシーに欠けるんじゃないんですか? 指導するなら、生徒の立場も思いやって物事を言って下さい!」
俺が声を荒らげても鼻で笑う赤鬼は、
「勿論、水野を思って言ってるんですよ」
と、俺をチラって見ただけで、奈央に視線を戻す。
「水野? 俺はおまえに期待してんだぞ? 頑張って順位を取り戻して欲しいってな?」
「…………」
「でも最近じゃ、林田とつるんでいるし、こりゃ今回は成績を取り戻すのは難しんじゃないかって、心配もしてる。首位を取り戻すどころか二十位以内は愚か、圏外になるんじゃないかってな。悪いことは言わない。付き合う相手は選べよ。この大事な時期に悪い道に流されたんじゃ、取り返しつかないんだぞ?」
完全に頭きた! 奈央や林田をバカにしやがって!
何が応援してるし心配もしてるだ。全部が嘘くせぇんだよ。
きっと、このオヤジは、あの喧嘩騒動で自分の顔を潰した奈央の事も、良く思っちゃいねぇんだろ。だから、こうして傷つけることを平気で言えるし、応援どころか嫌味やプレッシャーまで与えやがる。
これ以上、こいつに好き勝手言わせて堪るか!
「川崎先生、場所を変えましょう。水野と林田はもう帰っていいぞ。荷物、悪かったな。そこら辺にでも置いといてくれ。後は俺がやるから」
そう言って、川崎先生の腕を掴もうと手を伸ばせば、
「そうですよねぇ」
うんうん、と頷きながら奈央が続ける。
「川崎先生の言ってること、良く分かります」
何故か鬼オヤジに同意し、俺の動きを再び止まらせる。
「そうか、分かってくれるか」
「はい。付き合う相手に流されてしまう事ってありますものね」
……な、奈央? 赤鬼に同意するのは、何だか喧嘩騒動を彷彿させるデジャヴの様な気もするが、おまえは一体なにを言い出す気だ?
そんな内心で焦る俺を余所に、奈央はあっさり言った。
「だから大丈夫ですよ。私と一緒にいる林田さんなら、今回のテストの成績は上がると思います」
「はぁ?」
訝しげに怪しむ鬼オヤジと、
「へ?」
毒気を抜かれたように、呆けた声を出す林田。
「だって、付き合う相手によって流されるのなら、逆のパターンも考えられますよね? 私に流されることもあるって」
「ほぅ、それはどうだろうな。水野にしちゃ、随分と短絡的な発想じゃないのか? 確か林田はそんななりでも、真ん中へんの成績だったよな? だがな、今の時期本気モードになっている生徒達の中で、今回はそれをキープするのは難しいんじゃないか? 特別勉強してるとも思えんしな。まぁ、五十位以内に入れば快挙、そん時は俺も認めざるを得ないけどな」
どうせ無理だろうと言わんばかりに、ニンマリと笑う鬼に、
「二十位圏内」
俺達が驚き固まるほど、奈央は気持ちいいくらいにキッパリと言い放った。
「に、二十位圏内!?」
ニンマリを驚き顔に変えた川崎先生。
そんな川崎先生に、
「はい。二十位圏内に入ります」
「水野、そりゃいくらなんでも……」
無理だろ、って続けたいだろう川崎先生の気持ちも分かる。
確かに、林田は問題児と揶揄される事も多いが、二百と少しいる学年の中で、真ん中よりやや上くらいにいる。
進学校であり、レベルの高いうちの高校でその成績なら、全国的にみても悪い方じゃないのは明らかだし、寧ろ、良い成績だ。しかし、此処に来て、一気にそこまで成績を押し上げるのは、相当難しいんじゃないのかと、俺でさえ思ってしまう。
なのに……、
「大丈夫です。でもその時には認めて下さいね? くだらない外見なんかに捉われず、だらしない人間なんかじゃないって認めて下さい。いえ、認めて頂きます」
平然と言いきる奈央に、迷いはない。
穏やかに笑って言う奈央は、優等生の顔を微塵も崩してはいないが、威圧的とも取れる『認めて頂きます』発言は、鬼オヤジにしてみれば面白くないらしく、
「水野まで、反抗的になったようだな」
しっかり嫌味を返してくる。
反抗的なのは、今に始まったことじゃねぇよ、と心で呟きながらも、恐らく一番焦っているだろう林田に目を向ければ…………、想像通り固まっていた。
自分の意志とは関係なく繰り広げられた会話を目の当たりにし、それは見事なまでにフリーズしている。
何も考えたくないのか、口をポカンと開けたまま動きもしない。
恐らく、繰り広げられていた会話を否定したい気持ちが、考えることを放棄したのだと推察する。
……そりゃそうだろ。鬼オヤジより恐ろしいプレッシャーを奈央に掛けられたんだ。しかも、かなりの無理難題。ハードル上がり捲りだ。
でも、林田だけにプレッシャーを与えるわけじゃないらしい。
「それと川崎先生? 今回一位を取るのは私ですから、ご心配にはおよびません」
奈央は、堂々の首位奪取宣言まで言って退のけた。
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