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魔法省で臨時メイドになりました
あれの正体は
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あれって、あの男性が持っているもの? 辛いものが苦手な理由ってことは、つまりあれトウガラシみたいなもの?
「あれを、それこそ料理からパンから飲み物にまで入れる。まあ、自分で食うぶんにはいいんだが、他人にも押し付けちまうんだ」
「ああ……いますよね、美味しいからって人に勧めるのはいいんですが、毎回そればっかりの人」
辛いものが好きなのはいいんだ、それは個人の好みだもの。でも、だからって他人に強制したら駄目だよね。
「なんとかしてーんだが、どうにもなんねぇ。長が止めても止まんねぇ。で、結果今回の事件が」
「事件?」
「マスターが帰れないほど忙しいのは、仕事が終わらないからっていうのは聞いてるよな?」
「はい」
お仕事だから寂しいけど仕方ないよねって我慢してたんだもの。でも、事件ってどういうこと?
きょとんとしていると、埃を払って立ち上がった男性がビシッと部屋の中へ向けてポーズを取る。
「辛いものは万能よ、これを取っていれば風邪なんかすぐに治るんだから!」
「……そう言い張って辛いものを食べさせられた人は腹痛で仕事休んでる」
「そんなの、辛いもの食べるのが間に合わなかっただけでしょう? だからほら、レオちゃんも」
「いらない」
「いけずー!」
部屋の中からレオナール様の声が聞こえてきたけど……どういう言い合いだろう。
え、なに、そもそも風邪を引いたか引きかけた人に辛いものを食べさせたら、その人が今度は腹痛で休んだの? で、休んだ人のぶんまで仕事があるからレオナール様帰ってこれないの?
「そんなに重い腹痛なのでしょうか」
「いや、ただ魔法省の三分の一があの辛いもの食ったら倒れてるだけ」
「大問題ですよね、それ」
ちょ、三分の一ってとんでもないじゃない! そりゃレオナール様もロザンナさんたちも帰ってこれない訳だ……普通一人休んだら仕事が倍以上に増えて当たり前になるんだもの、みんなで手分けしたって三分の一も休まれたら終わるはずがない。
だから帰ってこれなかったんだって、そりゃ忙しいよなって納得して、ええとこれ本当に私がお弁当渡しに来ちゃっても良かったのかな?
「シドさん」
「あー、もうちょい待ってな。そろそろマスターがキレるから」
乾いた笑みのシドさんに目を瞬くと、男性が床を荒く踏み締めて叫ぶ。
「なによ、家のご飯家のご飯って全然私の話聞いてくれない! たかがメイドの食事がそんなに!」
あ、男性がまた吹っ飛ばされた。壁にぶつかってるけど大丈夫……
「ああ、私の自慢の髪が埃だらけになっちゃったじゃない!」
うん、大丈夫ですね。あとたかがメイドで悪かったですね。
ちょっとムッとしつつ、シドさんに促されて部屋に向かう。
「おーい、マスター。今日も派手だったなー」
「シド……毎日毎日疲れる」
先に部屋に入ったシドさんに、思いっきり執務中って格好のレオナール様が疲れた声で答えている。
「もういい加減帰りたい。リリーに会いたい」
「だろうと思って、連れてきた」
「……ん?」
俯きがちにため息を吐いたレオナール様だけど、シドさんの声にきょとんと顔をあげる。金色の目が驚いたように私を捉えて。
「……リリー?」
「はい、会いに来ちゃいました」
素直に気持ちを口にしたら、くしゃりと顔が泣きそうに歪んだ。
「本当に、リリー?」
「はい、レオナール様」
久しぶりに見たレオナール様は、くたびれた顔になっていた。それでもヒゲもないし美貌に凄みは出ても衰えないのが凄い。ただ、流石に髪から艶は消えちゃってるみたいだけど。
泣きそうな顔だなぁ、なんて思ってたら、脇から伸びてきたシドさんの手にお弁当が取られる。
えっと思う間もなく、いつの間にかレオナール様が立ち上がって机を回り込んでいて。
「リリー……会いたかった」
気づいたらレオナール様の腕の中にすっぽりと収まっていた。
ぎゅうっと抱きしめてくる力とか、伝わってくる熱とか、大げさだなと笑うのは少し難しいかな。だって、私も寂しかったんだもの。
「私も、会いたかったです」
「ん。僕も、会いたくて触れたくて……寂しかった」
同じように会いたいと思ってくれてたんだ。そう思ったらなんだかたまらなくなって、レオナール様の顔が見たくて仕方なくなる。
上を向いて頬を両手で包めば、レオナール様の目が切なげに細められた。
「少し、痩せましたか?」
「ん……あんまり寝てないし、リリーのご飯しか食べてないから」
「駄目ですよ、ちゃんと寝て食べないと」
「だって、眠った時間のぶんだけ帰れなくなる。それに、リリーのご飯以外は全部辛くて食べられない」
「ちゃんと寝ないと逆に効率が……辛くて食べられない?」
ちょっと叱ろうかなって思ったのに、予想外な一言に聞き返してしまう。
だって少なくとも騎士とメイドの賄いに関してはどこが作ってるか知ってるけど、辛くて食べられないような物を作る所じゃないもの。
レオナール様の味覚が物凄く辛いもの駄目って言っても食べられないほどじゃない、はず。それとも魔法省の食事担当は辛いもの大好きなの?
って思いかけたけど、違うよね。さっきシドさんも言ってたし、レオナール様との会話にもあったもの。
「そちらの男性が、料理に辛いものをかけてくる、とか?」
「ん」
うわあ、頷かれちゃったよ。え、レオナール様がまともに食事出来ないくらいに? しかもここで出される料理全部に?
「それどんな嫌がらせですか」
「失礼ね、純粋な好意よ!」
思わず低い声で呟いたら、男性にしては高めのハスキーボイスが聞こえてきた。
「あれを、それこそ料理からパンから飲み物にまで入れる。まあ、自分で食うぶんにはいいんだが、他人にも押し付けちまうんだ」
「ああ……いますよね、美味しいからって人に勧めるのはいいんですが、毎回そればっかりの人」
辛いものが好きなのはいいんだ、それは個人の好みだもの。でも、だからって他人に強制したら駄目だよね。
「なんとかしてーんだが、どうにもなんねぇ。長が止めても止まんねぇ。で、結果今回の事件が」
「事件?」
「マスターが帰れないほど忙しいのは、仕事が終わらないからっていうのは聞いてるよな?」
「はい」
お仕事だから寂しいけど仕方ないよねって我慢してたんだもの。でも、事件ってどういうこと?
きょとんとしていると、埃を払って立ち上がった男性がビシッと部屋の中へ向けてポーズを取る。
「辛いものは万能よ、これを取っていれば風邪なんかすぐに治るんだから!」
「……そう言い張って辛いものを食べさせられた人は腹痛で仕事休んでる」
「そんなの、辛いもの食べるのが間に合わなかっただけでしょう? だからほら、レオちゃんも」
「いらない」
「いけずー!」
部屋の中からレオナール様の声が聞こえてきたけど……どういう言い合いだろう。
え、なに、そもそも風邪を引いたか引きかけた人に辛いものを食べさせたら、その人が今度は腹痛で休んだの? で、休んだ人のぶんまで仕事があるからレオナール様帰ってこれないの?
「そんなに重い腹痛なのでしょうか」
「いや、ただ魔法省の三分の一があの辛いもの食ったら倒れてるだけ」
「大問題ですよね、それ」
ちょ、三分の一ってとんでもないじゃない! そりゃレオナール様もロザンナさんたちも帰ってこれない訳だ……普通一人休んだら仕事が倍以上に増えて当たり前になるんだもの、みんなで手分けしたって三分の一も休まれたら終わるはずがない。
だから帰ってこれなかったんだって、そりゃ忙しいよなって納得して、ええとこれ本当に私がお弁当渡しに来ちゃっても良かったのかな?
「シドさん」
「あー、もうちょい待ってな。そろそろマスターがキレるから」
乾いた笑みのシドさんに目を瞬くと、男性が床を荒く踏み締めて叫ぶ。
「なによ、家のご飯家のご飯って全然私の話聞いてくれない! たかがメイドの食事がそんなに!」
あ、男性がまた吹っ飛ばされた。壁にぶつかってるけど大丈夫……
「ああ、私の自慢の髪が埃だらけになっちゃったじゃない!」
うん、大丈夫ですね。あとたかがメイドで悪かったですね。
ちょっとムッとしつつ、シドさんに促されて部屋に向かう。
「おーい、マスター。今日も派手だったなー」
「シド……毎日毎日疲れる」
先に部屋に入ったシドさんに、思いっきり執務中って格好のレオナール様が疲れた声で答えている。
「もういい加減帰りたい。リリーに会いたい」
「だろうと思って、連れてきた」
「……ん?」
俯きがちにため息を吐いたレオナール様だけど、シドさんの声にきょとんと顔をあげる。金色の目が驚いたように私を捉えて。
「……リリー?」
「はい、会いに来ちゃいました」
素直に気持ちを口にしたら、くしゃりと顔が泣きそうに歪んだ。
「本当に、リリー?」
「はい、レオナール様」
久しぶりに見たレオナール様は、くたびれた顔になっていた。それでもヒゲもないし美貌に凄みは出ても衰えないのが凄い。ただ、流石に髪から艶は消えちゃってるみたいだけど。
泣きそうな顔だなぁ、なんて思ってたら、脇から伸びてきたシドさんの手にお弁当が取られる。
えっと思う間もなく、いつの間にかレオナール様が立ち上がって机を回り込んでいて。
「リリー……会いたかった」
気づいたらレオナール様の腕の中にすっぽりと収まっていた。
ぎゅうっと抱きしめてくる力とか、伝わってくる熱とか、大げさだなと笑うのは少し難しいかな。だって、私も寂しかったんだもの。
「私も、会いたかったです」
「ん。僕も、会いたくて触れたくて……寂しかった」
同じように会いたいと思ってくれてたんだ。そう思ったらなんだかたまらなくなって、レオナール様の顔が見たくて仕方なくなる。
上を向いて頬を両手で包めば、レオナール様の目が切なげに細められた。
「少し、痩せましたか?」
「ん……あんまり寝てないし、リリーのご飯しか食べてないから」
「駄目ですよ、ちゃんと寝て食べないと」
「だって、眠った時間のぶんだけ帰れなくなる。それに、リリーのご飯以外は全部辛くて食べられない」
「ちゃんと寝ないと逆に効率が……辛くて食べられない?」
ちょっと叱ろうかなって思ったのに、予想外な一言に聞き返してしまう。
だって少なくとも騎士とメイドの賄いに関してはどこが作ってるか知ってるけど、辛くて食べられないような物を作る所じゃないもの。
レオナール様の味覚が物凄く辛いもの駄目って言っても食べられないほどじゃない、はず。それとも魔法省の食事担当は辛いもの大好きなの?
って思いかけたけど、違うよね。さっきシドさんも言ってたし、レオナール様との会話にもあったもの。
「そちらの男性が、料理に辛いものをかけてくる、とか?」
「ん」
うわあ、頷かれちゃったよ。え、レオナール様がまともに食事出来ないくらいに? しかもここで出される料理全部に?
「それどんな嫌がらせですか」
「失礼ね、純粋な好意よ!」
思わず低い声で呟いたら、男性にしては高めのハスキーボイスが聞こえてきた。
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