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5巻
5-2
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「変なの」
「なにが?」
「いえ、ちょっと。あの人が他の女性と一緒にいるのは悲しくもなんともないというか、むしろ幸せになってほしいなとか嬉しいなって気持ちしかないんです。でも、同じことがレオナール様だと嫌だなって。私以外の人と一緒にいたら嫌だな……って……」
言ってて気づいた。
私、これ声に出してるよね? 心の中で思ってたこと、そのまま口に出してるよね!?
おそるおそるレオナール様を見ると、頬を染めて目を泳がせている。
うん、ごめんなさい、私も恥ずかしすぎるので今すぐ逃げ出したいです!
「えっと、その。リリー以外はいらないし、僕も嫌だから」
安心してね、とはにかまれました。
その表情はじめて見ましたよレオナール様、破壊力が半端ないです、心臓が持ちません。
ああ、でも。こうしてみると私って、思った以上に恋愛にたいして初心というか……ほぼ初心者、みたいな?
色々なはじめての感情をレオナール様と知っていくのかなと思うと、それは嬉しいし楽しみだなって、私も自然と笑うことができた。
「レオナール様」
「ん?」
「私、前世では十六歳という今より若い年齢でした。恋人がいたと言っても、ほぼなにもわからない状態です。だから、その。なにか失敗しても、許してくださいね」
「……ん。僕もわからないことだらけだから、間違ったらごめん」
これからも、よろしく。
そう言ったレオナール様に笑って頷く私の頬を、優しい風が撫でていった。
「まずはジルとあの子たちを確認しに行く」
「わかりました」
王立植物園を抜けた私たちは、魔法省の一角に向かっていた。
堂々と手を繋いで歩く私たちにびっくりしたような視線が向く。正直言って、かなり恥ずかしい。でも、もう後ろめたさを感じる必要はないんだって思うと、それはとても嬉しかったり。
あ、ちなみにここに来る前に髪の毛を結び直しました。その……他の人にはあまり見せないでほしいと言われたので。
ハーフアップにしてたリボンをほどいて、左耳のところで一つに結び直したから、普段と印象はあまり変わらないはず。
「その髪型、一緒にリリーのお母さんに会いに行った時みたいだね」
「ああ、そう言えば」
「また、行かないとね」
なにか母に会いに行く用事があったかなと思っていると、小さな声が聞こえた。
「大切な娘さんを、僕にくださいって言えばいいのかな……」
さっきよりも明らかに小さくなった声は、私に聞かせるつもりがないんだとすぐにわかったけど、聞こえちゃったし内容があれだしで、今私の顔は間違いなく真っ赤です。
いやだって、まるでそれって結婚の報告みたいじゃない! 前々から誤解されそうなことを言われては注意してたけど、これからはその必要もないわけで、あれ、でもそうすると私この赤面もののセリフを聞き続けることになるの?
恥ずかしい、でもそれ以上に嬉しい。嬉しすぎて、でも恥ずかしい。
半歩先を行くレオナール様にこの顔を見られなくてよかったと思いながら、周りにもあんまり見られたくなくて顔を隠すようにうつむいて歩いていくと、今まで来たことがない扉に辿り着いた。
レオナール様が軽くノックをする隙に、大きく息を吸ってー、吐いてー。よし、いつもの私に戻ったかな。
「レオナール様、こちらの部屋は?」
「魔法省の救護室。個室になってて他より魔法に対する結界が強い……魔法を使ったまま気絶する人がいたりするから、それ対策」
「なるほど、だからあの子もここに?」
「そう。入るよ」
レオナール様が声をかけて軽く押すと、扉がゆっくりと開く。
「お父さん、お母さん!」
明るい光が差し込む中、ジルが真っ先に私たちを見て顔を輝かせた。
ふわふわと波打つストロベリーブロンドに、空より青い大きな瞳。将来美人になること間違いなしの可愛らしい顔に華奢な手足、天使のように可愛らしいジルは、レオナール様だけでなく私のことも親として慕ってくれている。
「あのね、さっきね、ジェイドになったんだよ!」
椅子から勢いよく立ち上がってぱたぱたと大きく腕を振り、嬉しくてたまらないといった様子で頬を紅潮させて笑うジルは、それはそれは可愛らしいんだけれど、ジェイドになった、って?
「僕の、名前です」
小首を傾げる私たちに声をかけたのは、この部屋にいたもう一人――レオナール様と同じ黒髪の少年だった。
先日ジルと契約した光の精霊リオンを肩に乗せた少年――ジェイドは、たくさんの枕に背中を預けるかたちでベッドに起き上がっている。彼は膝の上で安心したように眠る赤い毛並みの子犬を、優しい手つきで撫でていた。
「君は……昨日の。そう、ちゃんと保護してもらえたのね、よかった」
ホッとしてそう言うと、ジェイドは深い緑の瞳を私に向ける。
「はい。ジルとリオンが僕たちにたくさん力を分けてくれたので、一晩でここまで回復できたそうです……あんなことをした僕たちに、皆さん優しくしてくれています」
あんなこととは、昨日までレオナール様たちが追っていた、国のあちこちで起きた子供たちの行方不明事件のことだ。
この世界では誰もが魔力を持っている。魔力は血液と同じように体を巡り、それをどれだけ外に出せるかによって、魔法を使える範囲が決まるのだ。魔法は使えなくとも魔力を外に出すだけならほとんどの人ができるため、日常的に活用されている。
ちなみに私は珍しい魔力ゼロ体質で、魔力を一切外に出すことができない。そんな私でも一定の動作で起動するようあらかじめ魔力が込められた魔石や、魔力が必要な魔法具を起動できるようになる、レオナール様に作ってもらった特別な腕輪があるおかげで問題なく過ごしている。
今回行方不明になっていたのは、その魔力が多い子供たちだったそうだ。
身分に関係なくあちこちで子供たちが消えるという事件を追ううちに、ある『精霊狩り』が関わっていることが明らかになった。
精霊狩りとは、精霊でありながら他の精霊さんを捕らえ、吸収しようとする存在。なんらかの欠陥を抱え、自分を保つために魔力が必要でそんなことをするのだそうだ。
そして事件に関わっていた精霊狩りこそ、少年の膝で眠る子犬――ユトであり、その契約者がジェイドだ。
精霊という尊い存在への加害行為は、大罪にあたる。
だから彼らは本来国に捕らえられ処罰されるべきなんだけれど、簡単に加害者と言い切ることは難しい状況にあった。
ユトは元々精霊狩りではなかった。しかし、監禁されたジェイドの命を救うために魔力を必要として、他の精霊さんたちを吸収していたのだ。
そうせざるをえないほどにユトを追い詰め、精霊狩りに仕立て上げた犯人――彼らは行方不明事件の黒幕でもあった。
事件が解決したおかげで、子供たちと共にジェイドとユトも保護されたが、事件の黒幕のうち二人は逃げてしまっている。
その状況に私も関わっていたため、事情聴取のためにこうして城へやってきた。
この子たちのしたことは、簡単に許されることではないかもしれない。
けれど、できればその罪を重いものにはしないでほしいと思ってしまう私がいる。
加害者であると同時に、間違いなく被害者でもあるのだから。
「さっきジルが『ジェイドになった』と言っていたけれど」
「はい。僕には名前がなかったので……正確には、忘れさせられていたようなのですが」
「忘れさせられた?」
不穏な言葉に、レオナール様の声が低くなる。
そのまま近づいていくレオナール様に、少年は緑の瞳をそっと伏せた。
「魔法をかけられた痕跡があるそうです。そのせいで記憶が改竄されて、色々なことを忘れさせられているのだと言われました」
その言葉を受けて、レオナール様がジェイドの頭に手をかざす。ややあって、苦みを多分に孕んだ、低い声が口から零れた。
「……たちの悪い魔法の痕跡だ」
「今だとそうなのかなって思うけれど、あの時はよくわかりませんでした。でも、僕を魔法使いにするためには必要な教育だと言われて」
「魔法使いにする?」
「よくわかりませんが、余計なことは覚えていなくていいと。魔法のこと、仕えるべき人だけ覚えていれば、後は他の人が僕に指示を出すからと」
「……まさか、魔法使いって傀儡の魔法使い? そのために精霊狩りをさせていた? ふざけるな、こんな子供を捨て駒として使うつもりだったのか!?」
レオナール様が怒ってる。その背中から、握り締めた手から、言葉にならない怒りが伝わってくる。
それにしても妙な言葉がたくさん聞こえた。
ええと、傀儡の魔法使いにするために記憶を忘れさせられて、精霊狩りをやらされた?
「……人工的に精霊狩りを作り出して、さらにそれを操る傀儡の魔法使いを育てようとした、の?」
「リリー」
「あ、ごめんなさい。よくわからなくて」
「いや、僕もどう考えればいいのかなって思ってたから。多分それであってるんだと思う」
うわー、最低。だって傀儡ってことはさ、自分の意思を持たせるつもりがないってことでしょう? おまけに無理やり精霊狩りにさせるとか、もう自分たちのことしか考えてないって意識がありありとうかがえるよね。
あれ、でもそれならどうしてあの時この子は奪い返されなかったんだろう。そこまでして育てた逸材を簡単に手放すのはおかしいよね?
そんな疑問が顔に出ていたのか、男の子は子犬の背中を撫でた。
「逃走防止の魔法がかかっていたのを、ジルが解いてくれました。リオンがいたから、転送魔法も相殺されてここにいられています」
「ジルとリオンが?」
「ジルが魔法を解けたのはたまたまだし、リオンがいたのは魔力をあげるためだったの。でも、光の精霊がいたら転送魔法が発動できなかったんだって」
「おそらく転送魔法には闇の魔法が使われていたんだろう。転送魔法は繊細で難しくて、僕たちにもまだ使えない。リオンはまだ小さい精霊だけど、転送魔法を妨害するには充分だったってことだね」
「……僕を引き取ってくれる魔法使いのご夫婦が、名前をつけてくださったんです。僕の目が、この石と同じ色だからって」
見せてくれたのは首から下げられた緑の石のペンダント。その石にちなんでジェイドと名付けたってことは、翡翠かな?
「いい石だ。翡翠は強い魔力にも耐えるし、幸運を祈る意味を持つ。君を守る石になるだろう……君を引き取る魔法使いはロードスたちか」
納得したように頷くレオナール様。
ロードスさんは、前にどちらがジルを引き取るかでレオナール様とひと悶着あった人だ。ジェイドを助けた時に奥さんのロザンナさんと一緒にいて、私が二人にジェイドを守ってくれるよう頼んだんだよね。それが縁だったのかな。
でも、どうしてロードスさんだってわかったんだろう?
疑問に思ってレオナール様を見ると、同じくレオナール様を見上げたジルが不思議そうに首を傾げた。
「どうしてお父さん、ロードスさんだってわかったの?」
「その石だよ。彼の生まれ故郷では幸運が訪れるよう願って、生まれた子供に翡翠を与える風習があるんだ」
「幸運……僕に……?」
嬉しそうに、それでいてどこか不安そうな顔で石を見るジェイド。
これまでの境遇からすると、複雑な思いになるのも仕方ないのかもしれない。
でも、子供を守るのは大人の役目だし、引き取ると決めた子供にそんな贈り物をするなんてすごく素敵なことだ。
あの時、気を失ったジェイドを案じていた二人を思い出す。
ジェイドの境遇に怒りをあらわにしていたロザンナさん、不器用な手つきで優しく撫でていたロードスさん。あの二人なら、いい両親になってくれるはず。
「おや、もう来ていたんですか」
「アラン」
軽いノックと共に姿を現したのは、私とレオナール様を呼び出した王太子――ではなく、その側近にして次期宰相と目されているアランだった。
穏やかに見えるけど仕事となると容赦ない人で、何度無茶ぶりをされたことか……思わず遠い目になってしまう。嫌いじゃないんだけど、ついね。
幸いそんな私に気づく様子はなく、アランは右手に持った書類をひらりと振って見せた。
「ちょうどよかった。この件の正式な処分が決まりましたよ」
その言葉に身を固くしたのはジルとジェイドで、不穏な気配を感じたのかユトも目を覚まして辺りを警戒するように首を動かす。
「……あなたは?」
ゆっくり息を吸い、落ち着いた声でアランを見上げるジェイド。ただ、その手はシーツを固く握り締めている。それでも動揺を表に出さぬよう努めている姿は、感心を通り越して痛々しい。
そんなジェイドを心配してか、ユトもアランに向かって身構えていた。
「私はアランガルド・リンダール。王太子の側近です。貴方の処分について伝えに来ました」
対するアランは仕事用の表情ではなく、少し優しげな表情でジェイドに話しかけている。
子供相手だからなのかな。本性を知っている身からするとむしろ怖いんだけど。
ただ、きっと実刑が下ることはないと思う。昨日の時点で王太子は、魔法省がジェイドを王宮魔法使いとして育てるならば罪を問うことはしないと明言していた。そのほうが国益になるからと。
私も、多分レオナール様も、そう思っていたからなにも言わなかった。
けれど、ジルは違ったみたい。
「まって、ジェイドもユトも悪くない!」
ジェイドたちを守ろうと両手を広げて立ち塞がるジルに、さすがのアランも目を丸くした。
「ジェイドは、ジェイドはジルと一緒だよ。閉じ込められて、人を傷つけたくないのに傷つけて、どうしたらいいのかわからなかった。逃げることすら、考えられないの。知らないから、世界はみんなジルたちを嫌いなんだって思ってた」
必死に言い募るジルの目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
ジェイドと事情は違うけれど、ジルもまた強い魔力ゆえに酷い扱いを受けていた。はじめて出会った時には怯える様子も強くて、魔力を使うことに恐怖もあるようだった。
だから、誰よりもジェイドの気持ちがわかるのだろう。助けたくて仕方がないんだ。
「ジルには、お父さんもお母さんも、シドさんたちもいるよ。でも、ジェイドには誰もいなかった。やっとお父さんとお母さんができたのに、離れ離れにさせないで。ジル、もっとがんばるから。だから……」
とうとう泣き出してしまったジルに、珍しく本気で困り果てた様子でこちらを見るアラン。
「どうしましょう。まるで悪者にされているような気がするのですが」
「完全に悪者扱いね」
「そんな……」
思わず素で突っ込むと、アランはがっくりと肩を落とす。
その様子に苦笑しつつ、私はジルの頭を撫でた。
「ジル、ジルの気持ちはちゃんと伝わってるわ。大丈夫」
「おかぁさん……」
あーあ、可愛い顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
ハンカチで顔を拭い鼻水をかませると少し落ち着いたようで、小さくすんっと鼻を鳴らす。
「ジル」
ふいに、ジェイドが口を開く。
深い緑の瞳に穏やかな光を宿し、ジェイドは大人びた微笑みを浮かべた。
「守ろうとしてくれて、ありがとう。でも、僕たちがやったことは罰せられるべきものだ。たくさん迷惑をかけて、人を傷つけた。なにより、僕たちはどうしても償わなければならない。多くの精霊たちを消滅させてしまったことは、責められるべきことだから」
「ちがう!」
大声を上げたジルは勢いよくジェイドに抱き着く。
「たしかに、精霊たちを失わせてしまったことは怒られなきゃいけないかもしれない、でもそれは人じゃなく、精霊たち自身がするはずのことでしょう? だからここで処分されるのは、おかしいよ!」
あ、これ完全に処分って言葉を勘違いしてる。そうよね、処分ってだけ聞いたら、よくない想像をしてもおかしくないもの。
「アランー、うちの可愛い娘が泣いてるんだけど?」
とりあえず遠回しに安心させるべく、少し怒ったような表情でアランを睨む。
すると心外だと言わんばかりの顔でアランが睨み返してきた。
「どうして私を責めるのですか」
「そりゃあ、今この部屋で明らかな悪者だもの。紛らわしい言葉を使うから誤解されるのよ」
そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしないでほしいのだけれど。
「わかりやすくかみ砕いて言いなさいな、この子たちにもきちんと内容が伝わるように」
きょとんとした子供たちに微笑みかけてからそう言うと、アランが困ったような顔をした。
「無理ですよ。今の言葉だけでこんなに混乱させてしまったのに、きちんと伝えられる自信がありません……というわけで、リリー」
「え?」
ポンッと書類を私に持たせたアランは、さっきの困り顔がどこへやら、満面の笑みを浮かべた。
「読んでください。リリーの言う、わかりやすい説明で」
「仕事を人に押しつけるのはどうかと思うのだけれど」
いや、ふふって笑われてもね。一応これ、部外者に読ませちゃいけないものでしょう。どうせそう言ったら、事件の関係者だから部外者じゃないとか屁理屈こねるんだろうけれど。
仕方ないので書類をめくり、ざっと目を通す。それからジェイドたちのほうを向いて、大丈夫だと微笑んで見せた。
「心配する内容じゃないわ。ジェイドは直接人を傷つけたわけじゃないし、そもそも捕まって逃げられないようにされていたでしょう? だから、今回ジェイドとユトに対して罰は与えませんって書いてあるの」
「お母さん、本当?」
心配そうなジルに笑って頷く。昨日王太子が言ったとおりの内容のままだもの。
「ただし、ユトが他の精霊さんを消滅させてしまったことと、ジェイドには大きな魔力があることから、ちゃんと力を制御できるように魔法省で勉強しなさいって。そして、大きくなったら魔法使いになってお仕事をしてくださいと続いているわね」
「魔法使いになって、仕事をする……それは、僕を罰しない代わりに、ですか?」
その言葉にどう答えたものかとレオナール様に視線を向けると、ゆるりと首を振った。
「そうじゃない。君がちゃんと力を制御できるようになっても、黒髪である以上厳しい目を向けられることが予想される。でも、魔法省には僕がいるし、魔法使いにとって黒髪は忌避するものじゃない」
おそらくはジェイドの膨大な魔力をこの国が手元に残すための条件。でも、ある意味では黒髪を守るには魔法省がうってつけという意図も確かにあるはず。
なんだかんだ、王太子は虐げられた人に対して優しいところがあるからね。
じっとレオナール様を見上げるジェイドは、やがてこくりと頷き、アランを見た。
「わかりました。ただ、それに一つだけ、条件を追加していただくことはできますか?」
「条件?」
「はい。僕たちは多くの精霊たちを消滅させています。どんな形になるかわからないけれど、その償いは必ずしなければならない。そのために、魔法使いを続けられなくなることもありえます。その時は、魔法使いをやめてもいいと許可が欲しいです」
「それは、私の一存ではなんとも」
そう言いかけたアランを止めたのはレオナール様だった。
「いいよ。その時が来たら、僕に言って」
「マリエル殿、なにを勝手に!」
「昨日も言ったでしょう。精霊狩りの件で、彼らを裁く権利があるのは精霊だ。僕たちが口を出せる範囲じゃないし、そこに僕たちの事情は関係ない」
きっぱりと言い切るレオナール様にぐっと言葉を呑み込むアラン。
確かに昨日、同じことをレオナール様は言って、王太子も認めていた。
ただ、アランの立場からすると簡単に認めたくない内容なのも確かだ。いついなくなるかわからない魔法使いなんて、困るよね。
「ただ、君もちゃんと理解しておいて。君がいなくなったら悲しむ人がいるってこと。君を引き取ると決めたロードスたちも、君を守ろうとしたジルも、僕たちだって、君がいなくなったら悲しく思う」
「レオナールさん」
「精霊が償いになにを求めるかはわからないけれど、一人で抱え込んで暴走しないように。自分を大事に思ってくれる人が悲しむ顔を見るのは、とても辛いよ」
そう言って、レオナール様はこちらに振り向き、いかにも大事と言わんばかりの表情でこちらを見つめる。
いや、どうしてそこで私を見るんですか、レオナール様。言ってることはとてもいいことなのに、いたたまれなくなるのでこちらを向くのはやめていただきたいのですが。ほら、アランが呆れたような顔をしてるじゃないですか!
「忘れないで、もう君は一人じゃない」
「……はい」
小さく頷いたジェイドが胸元のペンダントをぎゅっと握ると、その手にジルがそっと触れた。
「お父さんの言うとおり。もう、一人じゃないんだからね!」
そう言ったジルに、やっとジェイドが子供らしい笑みを浮かべる。
今までの環境のせいで、すぐに信じるのは難しいかもしれないけれど、いつか一人じゃないと実感できる日が来るといいな。
まだジェイドと一緒にいるというジルをその場に残し、私たちはアランの先導で王太子のもとへ向かう。その途中、気になっていたことをレオナール様に聞いてみた。
「先ほどジルがジェイドに力を分け与えたと言っていましたが、それは魔力の譲渡という認識であっているでしょうか?」
「ん。リリーはジェイドが魔法陣に閉じ込められていたのを見たんだよね?」
「ええ、自由に動くことすらできないように縄で縛られていて、酷い状況でした」
「それ、魔力を無理やり吸い取る意味もあったらしい。その上、体の中を流れる魔力もおかしくされてた……一種の、呪いのようなものだったみたい。それを、ジルは中和できるんだ」
ジルが必死になって助けようとしたあの魔法陣、そんな恐ろしいものだったんだ。魔力の流れにまで作用するなんて……
それにしても、ジルなら中和できるってことは、やっぱり光の精霊さんの力があるからなのかな?
「リオンの力で、ですか?」
「そう。ただ、中和するには澱んだ魔力を正確に流していく必要がある。魔力の流れを直接見ることができるジルが適任だったんだ……それでジルは一足先に魔法省へ来ていたんだよ。それに、下手に大人が近づくのはよくないからって」
「そうだったんですね」
確かにジェイドの境遇を考えると、大人への不信感を持っていてもおかしくない。
必死で助けようとしたジルなら、一緒にいても大丈夫だと判断されたんだろう。
「さっき見た時、ジェイドの魔力の流れは正常になっていた。ジルの魔力も安定していたから、もう大丈夫だと思う。後はたくさん食べてゆっくり休めば元気になるよ」
「それを聞いて安心しました……本当に、よかった」
ホッと安堵のため息をついて微笑むと、レオナール様も優しく微笑んでくれる。
うん、子供が酷い目にあうのは許せないし、元気になってくれるのは嬉しいことだよ。
「後は、逃げた男たちの件だけど、この後どうするかは長もまだ知らないみたい。一緒に王太子の話を聞くことになると思う」
「これで終わりにはならなさそうですからね。早く捕まるといいのですが」
「全力を尽くすよ」
そう言い切ったレオナール様の横顔は凛々しくて、心臓がきゅうっと掴まれたように苦しくなる。本当に、レオナール様って格好いいなぁと思ってしまうあたり、恋する乙女みたいで恥ずかしくもあるけど、でも本当にそう感じるんだもの。
そんなことを考えているうちに王太子の執務室……ではなく、来賓と顔を合わせるのに使う応接室のほうに辿り着いた。
「なにが?」
「いえ、ちょっと。あの人が他の女性と一緒にいるのは悲しくもなんともないというか、むしろ幸せになってほしいなとか嬉しいなって気持ちしかないんです。でも、同じことがレオナール様だと嫌だなって。私以外の人と一緒にいたら嫌だな……って……」
言ってて気づいた。
私、これ声に出してるよね? 心の中で思ってたこと、そのまま口に出してるよね!?
おそるおそるレオナール様を見ると、頬を染めて目を泳がせている。
うん、ごめんなさい、私も恥ずかしすぎるので今すぐ逃げ出したいです!
「えっと、その。リリー以外はいらないし、僕も嫌だから」
安心してね、とはにかまれました。
その表情はじめて見ましたよレオナール様、破壊力が半端ないです、心臓が持ちません。
ああ、でも。こうしてみると私って、思った以上に恋愛にたいして初心というか……ほぼ初心者、みたいな?
色々なはじめての感情をレオナール様と知っていくのかなと思うと、それは嬉しいし楽しみだなって、私も自然と笑うことができた。
「レオナール様」
「ん?」
「私、前世では十六歳という今より若い年齢でした。恋人がいたと言っても、ほぼなにもわからない状態です。だから、その。なにか失敗しても、許してくださいね」
「……ん。僕もわからないことだらけだから、間違ったらごめん」
これからも、よろしく。
そう言ったレオナール様に笑って頷く私の頬を、優しい風が撫でていった。
「まずはジルとあの子たちを確認しに行く」
「わかりました」
王立植物園を抜けた私たちは、魔法省の一角に向かっていた。
堂々と手を繋いで歩く私たちにびっくりしたような視線が向く。正直言って、かなり恥ずかしい。でも、もう後ろめたさを感じる必要はないんだって思うと、それはとても嬉しかったり。
あ、ちなみにここに来る前に髪の毛を結び直しました。その……他の人にはあまり見せないでほしいと言われたので。
ハーフアップにしてたリボンをほどいて、左耳のところで一つに結び直したから、普段と印象はあまり変わらないはず。
「その髪型、一緒にリリーのお母さんに会いに行った時みたいだね」
「ああ、そう言えば」
「また、行かないとね」
なにか母に会いに行く用事があったかなと思っていると、小さな声が聞こえた。
「大切な娘さんを、僕にくださいって言えばいいのかな……」
さっきよりも明らかに小さくなった声は、私に聞かせるつもりがないんだとすぐにわかったけど、聞こえちゃったし内容があれだしで、今私の顔は間違いなく真っ赤です。
いやだって、まるでそれって結婚の報告みたいじゃない! 前々から誤解されそうなことを言われては注意してたけど、これからはその必要もないわけで、あれ、でもそうすると私この赤面もののセリフを聞き続けることになるの?
恥ずかしい、でもそれ以上に嬉しい。嬉しすぎて、でも恥ずかしい。
半歩先を行くレオナール様にこの顔を見られなくてよかったと思いながら、周りにもあんまり見られたくなくて顔を隠すようにうつむいて歩いていくと、今まで来たことがない扉に辿り着いた。
レオナール様が軽くノックをする隙に、大きく息を吸ってー、吐いてー。よし、いつもの私に戻ったかな。
「レオナール様、こちらの部屋は?」
「魔法省の救護室。個室になってて他より魔法に対する結界が強い……魔法を使ったまま気絶する人がいたりするから、それ対策」
「なるほど、だからあの子もここに?」
「そう。入るよ」
レオナール様が声をかけて軽く押すと、扉がゆっくりと開く。
「お父さん、お母さん!」
明るい光が差し込む中、ジルが真っ先に私たちを見て顔を輝かせた。
ふわふわと波打つストロベリーブロンドに、空より青い大きな瞳。将来美人になること間違いなしの可愛らしい顔に華奢な手足、天使のように可愛らしいジルは、レオナール様だけでなく私のことも親として慕ってくれている。
「あのね、さっきね、ジェイドになったんだよ!」
椅子から勢いよく立ち上がってぱたぱたと大きく腕を振り、嬉しくてたまらないといった様子で頬を紅潮させて笑うジルは、それはそれは可愛らしいんだけれど、ジェイドになった、って?
「僕の、名前です」
小首を傾げる私たちに声をかけたのは、この部屋にいたもう一人――レオナール様と同じ黒髪の少年だった。
先日ジルと契約した光の精霊リオンを肩に乗せた少年――ジェイドは、たくさんの枕に背中を預けるかたちでベッドに起き上がっている。彼は膝の上で安心したように眠る赤い毛並みの子犬を、優しい手つきで撫でていた。
「君は……昨日の。そう、ちゃんと保護してもらえたのね、よかった」
ホッとしてそう言うと、ジェイドは深い緑の瞳を私に向ける。
「はい。ジルとリオンが僕たちにたくさん力を分けてくれたので、一晩でここまで回復できたそうです……あんなことをした僕たちに、皆さん優しくしてくれています」
あんなこととは、昨日までレオナール様たちが追っていた、国のあちこちで起きた子供たちの行方不明事件のことだ。
この世界では誰もが魔力を持っている。魔力は血液と同じように体を巡り、それをどれだけ外に出せるかによって、魔法を使える範囲が決まるのだ。魔法は使えなくとも魔力を外に出すだけならほとんどの人ができるため、日常的に活用されている。
ちなみに私は珍しい魔力ゼロ体質で、魔力を一切外に出すことができない。そんな私でも一定の動作で起動するようあらかじめ魔力が込められた魔石や、魔力が必要な魔法具を起動できるようになる、レオナール様に作ってもらった特別な腕輪があるおかげで問題なく過ごしている。
今回行方不明になっていたのは、その魔力が多い子供たちだったそうだ。
身分に関係なくあちこちで子供たちが消えるという事件を追ううちに、ある『精霊狩り』が関わっていることが明らかになった。
精霊狩りとは、精霊でありながら他の精霊さんを捕らえ、吸収しようとする存在。なんらかの欠陥を抱え、自分を保つために魔力が必要でそんなことをするのだそうだ。
そして事件に関わっていた精霊狩りこそ、少年の膝で眠る子犬――ユトであり、その契約者がジェイドだ。
精霊という尊い存在への加害行為は、大罪にあたる。
だから彼らは本来国に捕らえられ処罰されるべきなんだけれど、簡単に加害者と言い切ることは難しい状況にあった。
ユトは元々精霊狩りではなかった。しかし、監禁されたジェイドの命を救うために魔力を必要として、他の精霊さんたちを吸収していたのだ。
そうせざるをえないほどにユトを追い詰め、精霊狩りに仕立て上げた犯人――彼らは行方不明事件の黒幕でもあった。
事件が解決したおかげで、子供たちと共にジェイドとユトも保護されたが、事件の黒幕のうち二人は逃げてしまっている。
その状況に私も関わっていたため、事情聴取のためにこうして城へやってきた。
この子たちのしたことは、簡単に許されることではないかもしれない。
けれど、できればその罪を重いものにはしないでほしいと思ってしまう私がいる。
加害者であると同時に、間違いなく被害者でもあるのだから。
「さっきジルが『ジェイドになった』と言っていたけれど」
「はい。僕には名前がなかったので……正確には、忘れさせられていたようなのですが」
「忘れさせられた?」
不穏な言葉に、レオナール様の声が低くなる。
そのまま近づいていくレオナール様に、少年は緑の瞳をそっと伏せた。
「魔法をかけられた痕跡があるそうです。そのせいで記憶が改竄されて、色々なことを忘れさせられているのだと言われました」
その言葉を受けて、レオナール様がジェイドの頭に手をかざす。ややあって、苦みを多分に孕んだ、低い声が口から零れた。
「……たちの悪い魔法の痕跡だ」
「今だとそうなのかなって思うけれど、あの時はよくわかりませんでした。でも、僕を魔法使いにするためには必要な教育だと言われて」
「魔法使いにする?」
「よくわかりませんが、余計なことは覚えていなくていいと。魔法のこと、仕えるべき人だけ覚えていれば、後は他の人が僕に指示を出すからと」
「……まさか、魔法使いって傀儡の魔法使い? そのために精霊狩りをさせていた? ふざけるな、こんな子供を捨て駒として使うつもりだったのか!?」
レオナール様が怒ってる。その背中から、握り締めた手から、言葉にならない怒りが伝わってくる。
それにしても妙な言葉がたくさん聞こえた。
ええと、傀儡の魔法使いにするために記憶を忘れさせられて、精霊狩りをやらされた?
「……人工的に精霊狩りを作り出して、さらにそれを操る傀儡の魔法使いを育てようとした、の?」
「リリー」
「あ、ごめんなさい。よくわからなくて」
「いや、僕もどう考えればいいのかなって思ってたから。多分それであってるんだと思う」
うわー、最低。だって傀儡ってことはさ、自分の意思を持たせるつもりがないってことでしょう? おまけに無理やり精霊狩りにさせるとか、もう自分たちのことしか考えてないって意識がありありとうかがえるよね。
あれ、でもそれならどうしてあの時この子は奪い返されなかったんだろう。そこまでして育てた逸材を簡単に手放すのはおかしいよね?
そんな疑問が顔に出ていたのか、男の子は子犬の背中を撫でた。
「逃走防止の魔法がかかっていたのを、ジルが解いてくれました。リオンがいたから、転送魔法も相殺されてここにいられています」
「ジルとリオンが?」
「ジルが魔法を解けたのはたまたまだし、リオンがいたのは魔力をあげるためだったの。でも、光の精霊がいたら転送魔法が発動できなかったんだって」
「おそらく転送魔法には闇の魔法が使われていたんだろう。転送魔法は繊細で難しくて、僕たちにもまだ使えない。リオンはまだ小さい精霊だけど、転送魔法を妨害するには充分だったってことだね」
「……僕を引き取ってくれる魔法使いのご夫婦が、名前をつけてくださったんです。僕の目が、この石と同じ色だからって」
見せてくれたのは首から下げられた緑の石のペンダント。その石にちなんでジェイドと名付けたってことは、翡翠かな?
「いい石だ。翡翠は強い魔力にも耐えるし、幸運を祈る意味を持つ。君を守る石になるだろう……君を引き取る魔法使いはロードスたちか」
納得したように頷くレオナール様。
ロードスさんは、前にどちらがジルを引き取るかでレオナール様とひと悶着あった人だ。ジェイドを助けた時に奥さんのロザンナさんと一緒にいて、私が二人にジェイドを守ってくれるよう頼んだんだよね。それが縁だったのかな。
でも、どうしてロードスさんだってわかったんだろう?
疑問に思ってレオナール様を見ると、同じくレオナール様を見上げたジルが不思議そうに首を傾げた。
「どうしてお父さん、ロードスさんだってわかったの?」
「その石だよ。彼の生まれ故郷では幸運が訪れるよう願って、生まれた子供に翡翠を与える風習があるんだ」
「幸運……僕に……?」
嬉しそうに、それでいてどこか不安そうな顔で石を見るジェイド。
これまでの境遇からすると、複雑な思いになるのも仕方ないのかもしれない。
でも、子供を守るのは大人の役目だし、引き取ると決めた子供にそんな贈り物をするなんてすごく素敵なことだ。
あの時、気を失ったジェイドを案じていた二人を思い出す。
ジェイドの境遇に怒りをあらわにしていたロザンナさん、不器用な手つきで優しく撫でていたロードスさん。あの二人なら、いい両親になってくれるはず。
「おや、もう来ていたんですか」
「アラン」
軽いノックと共に姿を現したのは、私とレオナール様を呼び出した王太子――ではなく、その側近にして次期宰相と目されているアランだった。
穏やかに見えるけど仕事となると容赦ない人で、何度無茶ぶりをされたことか……思わず遠い目になってしまう。嫌いじゃないんだけど、ついね。
幸いそんな私に気づく様子はなく、アランは右手に持った書類をひらりと振って見せた。
「ちょうどよかった。この件の正式な処分が決まりましたよ」
その言葉に身を固くしたのはジルとジェイドで、不穏な気配を感じたのかユトも目を覚まして辺りを警戒するように首を動かす。
「……あなたは?」
ゆっくり息を吸い、落ち着いた声でアランを見上げるジェイド。ただ、その手はシーツを固く握り締めている。それでも動揺を表に出さぬよう努めている姿は、感心を通り越して痛々しい。
そんなジェイドを心配してか、ユトもアランに向かって身構えていた。
「私はアランガルド・リンダール。王太子の側近です。貴方の処分について伝えに来ました」
対するアランは仕事用の表情ではなく、少し優しげな表情でジェイドに話しかけている。
子供相手だからなのかな。本性を知っている身からするとむしろ怖いんだけど。
ただ、きっと実刑が下ることはないと思う。昨日の時点で王太子は、魔法省がジェイドを王宮魔法使いとして育てるならば罪を問うことはしないと明言していた。そのほうが国益になるからと。
私も、多分レオナール様も、そう思っていたからなにも言わなかった。
けれど、ジルは違ったみたい。
「まって、ジェイドもユトも悪くない!」
ジェイドたちを守ろうと両手を広げて立ち塞がるジルに、さすがのアランも目を丸くした。
「ジェイドは、ジェイドはジルと一緒だよ。閉じ込められて、人を傷つけたくないのに傷つけて、どうしたらいいのかわからなかった。逃げることすら、考えられないの。知らないから、世界はみんなジルたちを嫌いなんだって思ってた」
必死に言い募るジルの目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
ジェイドと事情は違うけれど、ジルもまた強い魔力ゆえに酷い扱いを受けていた。はじめて出会った時には怯える様子も強くて、魔力を使うことに恐怖もあるようだった。
だから、誰よりもジェイドの気持ちがわかるのだろう。助けたくて仕方がないんだ。
「ジルには、お父さんもお母さんも、シドさんたちもいるよ。でも、ジェイドには誰もいなかった。やっとお父さんとお母さんができたのに、離れ離れにさせないで。ジル、もっとがんばるから。だから……」
とうとう泣き出してしまったジルに、珍しく本気で困り果てた様子でこちらを見るアラン。
「どうしましょう。まるで悪者にされているような気がするのですが」
「完全に悪者扱いね」
「そんな……」
思わず素で突っ込むと、アランはがっくりと肩を落とす。
その様子に苦笑しつつ、私はジルの頭を撫でた。
「ジル、ジルの気持ちはちゃんと伝わってるわ。大丈夫」
「おかぁさん……」
あーあ、可愛い顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
ハンカチで顔を拭い鼻水をかませると少し落ち着いたようで、小さくすんっと鼻を鳴らす。
「ジル」
ふいに、ジェイドが口を開く。
深い緑の瞳に穏やかな光を宿し、ジェイドは大人びた微笑みを浮かべた。
「守ろうとしてくれて、ありがとう。でも、僕たちがやったことは罰せられるべきものだ。たくさん迷惑をかけて、人を傷つけた。なにより、僕たちはどうしても償わなければならない。多くの精霊たちを消滅させてしまったことは、責められるべきことだから」
「ちがう!」
大声を上げたジルは勢いよくジェイドに抱き着く。
「たしかに、精霊たちを失わせてしまったことは怒られなきゃいけないかもしれない、でもそれは人じゃなく、精霊たち自身がするはずのことでしょう? だからここで処分されるのは、おかしいよ!」
あ、これ完全に処分って言葉を勘違いしてる。そうよね、処分ってだけ聞いたら、よくない想像をしてもおかしくないもの。
「アランー、うちの可愛い娘が泣いてるんだけど?」
とりあえず遠回しに安心させるべく、少し怒ったような表情でアランを睨む。
すると心外だと言わんばかりの顔でアランが睨み返してきた。
「どうして私を責めるのですか」
「そりゃあ、今この部屋で明らかな悪者だもの。紛らわしい言葉を使うから誤解されるのよ」
そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしないでほしいのだけれど。
「わかりやすくかみ砕いて言いなさいな、この子たちにもきちんと内容が伝わるように」
きょとんとした子供たちに微笑みかけてからそう言うと、アランが困ったような顔をした。
「無理ですよ。今の言葉だけでこんなに混乱させてしまったのに、きちんと伝えられる自信がありません……というわけで、リリー」
「え?」
ポンッと書類を私に持たせたアランは、さっきの困り顔がどこへやら、満面の笑みを浮かべた。
「読んでください。リリーの言う、わかりやすい説明で」
「仕事を人に押しつけるのはどうかと思うのだけれど」
いや、ふふって笑われてもね。一応これ、部外者に読ませちゃいけないものでしょう。どうせそう言ったら、事件の関係者だから部外者じゃないとか屁理屈こねるんだろうけれど。
仕方ないので書類をめくり、ざっと目を通す。それからジェイドたちのほうを向いて、大丈夫だと微笑んで見せた。
「心配する内容じゃないわ。ジェイドは直接人を傷つけたわけじゃないし、そもそも捕まって逃げられないようにされていたでしょう? だから、今回ジェイドとユトに対して罰は与えませんって書いてあるの」
「お母さん、本当?」
心配そうなジルに笑って頷く。昨日王太子が言ったとおりの内容のままだもの。
「ただし、ユトが他の精霊さんを消滅させてしまったことと、ジェイドには大きな魔力があることから、ちゃんと力を制御できるように魔法省で勉強しなさいって。そして、大きくなったら魔法使いになってお仕事をしてくださいと続いているわね」
「魔法使いになって、仕事をする……それは、僕を罰しない代わりに、ですか?」
その言葉にどう答えたものかとレオナール様に視線を向けると、ゆるりと首を振った。
「そうじゃない。君がちゃんと力を制御できるようになっても、黒髪である以上厳しい目を向けられることが予想される。でも、魔法省には僕がいるし、魔法使いにとって黒髪は忌避するものじゃない」
おそらくはジェイドの膨大な魔力をこの国が手元に残すための条件。でも、ある意味では黒髪を守るには魔法省がうってつけという意図も確かにあるはず。
なんだかんだ、王太子は虐げられた人に対して優しいところがあるからね。
じっとレオナール様を見上げるジェイドは、やがてこくりと頷き、アランを見た。
「わかりました。ただ、それに一つだけ、条件を追加していただくことはできますか?」
「条件?」
「はい。僕たちは多くの精霊たちを消滅させています。どんな形になるかわからないけれど、その償いは必ずしなければならない。そのために、魔法使いを続けられなくなることもありえます。その時は、魔法使いをやめてもいいと許可が欲しいです」
「それは、私の一存ではなんとも」
そう言いかけたアランを止めたのはレオナール様だった。
「いいよ。その時が来たら、僕に言って」
「マリエル殿、なにを勝手に!」
「昨日も言ったでしょう。精霊狩りの件で、彼らを裁く権利があるのは精霊だ。僕たちが口を出せる範囲じゃないし、そこに僕たちの事情は関係ない」
きっぱりと言い切るレオナール様にぐっと言葉を呑み込むアラン。
確かに昨日、同じことをレオナール様は言って、王太子も認めていた。
ただ、アランの立場からすると簡単に認めたくない内容なのも確かだ。いついなくなるかわからない魔法使いなんて、困るよね。
「ただ、君もちゃんと理解しておいて。君がいなくなったら悲しむ人がいるってこと。君を引き取ると決めたロードスたちも、君を守ろうとしたジルも、僕たちだって、君がいなくなったら悲しく思う」
「レオナールさん」
「精霊が償いになにを求めるかはわからないけれど、一人で抱え込んで暴走しないように。自分を大事に思ってくれる人が悲しむ顔を見るのは、とても辛いよ」
そう言って、レオナール様はこちらに振り向き、いかにも大事と言わんばかりの表情でこちらを見つめる。
いや、どうしてそこで私を見るんですか、レオナール様。言ってることはとてもいいことなのに、いたたまれなくなるのでこちらを向くのはやめていただきたいのですが。ほら、アランが呆れたような顔をしてるじゃないですか!
「忘れないで、もう君は一人じゃない」
「……はい」
小さく頷いたジェイドが胸元のペンダントをぎゅっと握ると、その手にジルがそっと触れた。
「お父さんの言うとおり。もう、一人じゃないんだからね!」
そう言ったジルに、やっとジェイドが子供らしい笑みを浮かべる。
今までの環境のせいで、すぐに信じるのは難しいかもしれないけれど、いつか一人じゃないと実感できる日が来るといいな。
まだジェイドと一緒にいるというジルをその場に残し、私たちはアランの先導で王太子のもとへ向かう。その途中、気になっていたことをレオナール様に聞いてみた。
「先ほどジルがジェイドに力を分け与えたと言っていましたが、それは魔力の譲渡という認識であっているでしょうか?」
「ん。リリーはジェイドが魔法陣に閉じ込められていたのを見たんだよね?」
「ええ、自由に動くことすらできないように縄で縛られていて、酷い状況でした」
「それ、魔力を無理やり吸い取る意味もあったらしい。その上、体の中を流れる魔力もおかしくされてた……一種の、呪いのようなものだったみたい。それを、ジルは中和できるんだ」
ジルが必死になって助けようとしたあの魔法陣、そんな恐ろしいものだったんだ。魔力の流れにまで作用するなんて……
それにしても、ジルなら中和できるってことは、やっぱり光の精霊さんの力があるからなのかな?
「リオンの力で、ですか?」
「そう。ただ、中和するには澱んだ魔力を正確に流していく必要がある。魔力の流れを直接見ることができるジルが適任だったんだ……それでジルは一足先に魔法省へ来ていたんだよ。それに、下手に大人が近づくのはよくないからって」
「そうだったんですね」
確かにジェイドの境遇を考えると、大人への不信感を持っていてもおかしくない。
必死で助けようとしたジルなら、一緒にいても大丈夫だと判断されたんだろう。
「さっき見た時、ジェイドの魔力の流れは正常になっていた。ジルの魔力も安定していたから、もう大丈夫だと思う。後はたくさん食べてゆっくり休めば元気になるよ」
「それを聞いて安心しました……本当に、よかった」
ホッと安堵のため息をついて微笑むと、レオナール様も優しく微笑んでくれる。
うん、子供が酷い目にあうのは許せないし、元気になってくれるのは嬉しいことだよ。
「後は、逃げた男たちの件だけど、この後どうするかは長もまだ知らないみたい。一緒に王太子の話を聞くことになると思う」
「これで終わりにはならなさそうですからね。早く捕まるといいのですが」
「全力を尽くすよ」
そう言い切ったレオナール様の横顔は凛々しくて、心臓がきゅうっと掴まれたように苦しくなる。本当に、レオナール様って格好いいなぁと思ってしまうあたり、恋する乙女みたいで恥ずかしくもあるけど、でも本当にそう感じるんだもの。
そんなことを考えているうちに王太子の執務室……ではなく、来賓と顔を合わせるのに使う応接室のほうに辿り着いた。
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