~【まおうすくい】~

八咫烏

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第49話『空』

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「ヴェルっ!起きてっ!」

腹部への圧迫感に寝苦しさを覚えたユーカは、玉のような汗を額に浮かべて上半身を起こした。

「起きろってばバカっ!」

べちんとヴェルの頬を張ると、ヴェルは目をパチクリとさせて顔を上げた。
ユーカは腕で額の汗を拭うと、状況がわかっていないヴェルに話しかけた。

「おはよ…。今が何時だか分かる?」

ユーカはぎゅむっと両手でヴェルの顔を挟み込むと、ヴェルの大きな目を正面から見た。

「森でお主が意識を失って、そのまま帝都に戻ったのじゃ。長くて1日が過ぎた程度では無いかや?」

ヴェルはユーカに頬を挟まれたまま、記憶を辿るように目を瞑って言った。言い終わると再びヴェルは目を開けて、ユーカの目を見つめ返す。

「じゃあ…ここはどこよ?」

ユーカはヴェルから視線を外し、部屋をぐるりと見渡した。ヴェルもつられてユーカと同じように視線を巡らせた後に、絞り出すように声を出した。

「わ、分からぬ。一体どうなっておるのじゃ?」

ようやくヴェルも、状況の理解がユーカのそれに追いつき、ユーカの目に焦りの色が浮かんでいる理由に納得がいった。

「少なくとも、タイルさんの宿屋ではないわね。」

ヴェルも首を縦に振ってユーカに同意を示すが、聞きたい事はそう云う事ではなかったので口を開こうとした。しかし、ユーカがそれを遮るように話を続けたので、ヴェルは口をつぐむ。

「まぁ、外に出て見ないと分からないわ。」

部屋の見た目は、確かにタイルさんの宿屋に似た作りではあったが、ところどころの細部が微妙に違う。
 それどころか、部屋には本来あるはずの窓とドアがなく、外の世界と完全に隔離されていた。

「どうやって出るのじゃ?」

出口は見つからないが、自分たちが中に居ると云う事は、どこかには入口があるのだろう。ユーカが外に出ると言ったので、ヴェルは出入り口に見当がついているのかをユーカに尋ねた。

「さぁ?それより、感じない?」

過程をあまり重要視しないユーカは、結果が良ければ全て良いので、脱出の方法に関してはあまり考えていなかった。
しかし、結果は大事なので、少しでも違和感を覚えたら、最悪の結果まで想定して慎重に行動に移し、一番良い結果を引き当てるのがユーカの美徳感として存在していた。

「むぅ…?」

ユーカに指摘されたヴェルは目を瞑って、意識をこの空間の外へと向けた。

「うむ。それに…少し揺れておる。」

ヴェルはすぐにユーカが感じたものを把握した。
それを聞いて、ユーカは満足そうに頷き、思いついた揺れの原因を挙げる。

「船に乗ってる感じに近いかしら?」

「スプリングの柔らかい馬車やも知れぬ。」

「ドラゴンの背中とかは?」

「我ぐらいの天才でないとここまではムリじゃろ。」

「あなたも揺れるわよ!」

ふたりはいくつか揺れの少ない乗り物の例を挙げてみたが、どれも今ひとつ合点がいかない。

「ダメね…。とりあえずぶっ壊す?」

ユーカもヴェルも気が長い方ではないので、行き詰まると少し乱暴な手段に出る事もしばしばあったりする。

「そうじゃな!」

このふたりにはブレーキと云うものが存在しないので、力尽きるまで永遠に加速を続ける。
限界まで加速し続けたふたりを妨げるものは何もなく、もしソレがあったとしても、圧倒的なエネルギーで吹き飛ばしてしまう。
魔王領に滞在していた時は、フェリスがリミッターの役割に陰ながら尽力してくれていたが、少なくとも今のふたりのそばには居ないので、それを望むこともできない。
結果的に、取り敢えず外に出てから考える事にしたふたりは、壁を叩いて音を聞いた。

「あまり硬くはなさそうね。」

ユーカはそう言うと、壁に手をかざして魔法を発動する。ユーカが触れていた部分から壁が崩れはじめ、ほんの数秒で外から光が漏れてきた。
完全に外の世界と中の空間が繋がり、ユーカは外に出ようとして崩した穴に入り込もうとした。
それをヴェルが素早く左手を出して制すると、ユーカを押しのけてヴェルが先に潜り込んだ。

「ありがと…。」

ユーカがヴェルの背中に小さく礼を言うと、ヴェルの耳がぴょこぴょこと動くのが見えた。

「うむ、これは一本取られた。」

ヴェルが先に外に出て、身振り手振りで危険がない事をユーカに伝えた後、ユーカが出てくるまで暇だったヴェルは辺りを見渡してそう言った。

「なにがよ…。」

ヴェルの落ち着いた声を聞いても、その光景を見ていないユーカには何の事だかさっぱり分からず、相槌を打ってから外へと抜け出した。
壁を抜けると、外は通路の様になっていて、ヴェルはそこにある窓から外を覗いて目を丸くしていた。
ヴェルの隙間からユーカも窓の外を覗くと、そこには一面に雲海が広がっていた。

「まさか…、本当にドラゴンの背中?」

「ではない。しかし、空である事は間違いがないの。」

「じゃあ、何かの乗り物?」

「やも知れぬ。」

今までにもいくつもの未知に遭遇してきたユーカであったが、今度ばかりは自分を疑った。
ほっぺたを抓ってみても痛いだけであり、なにも状況は好転しない。

「雲の上なんて、どこを飛んでいるかも分からないじゃない。」

謎があれば満足の行くまで思考の世界に沈みたいユーカも、今回ばかりは思考の世界に入るためのヒントが少なすぎた。

「取り敢えず探検じゃな。」

ヴェルはこの状況を楽しむ事に決めたらしく、ユーカの服を引っ張って歩き出した。
留まっていても何かが起こる訳ではないので、ユーカは引かれるがままにヴェルの後について行った。
外の空間は意外にも狭く、通路の左側には窓が並び、右側には扉が並んでいた。
反対側に出れる様な通路もあり、細くて窓もないそれを通って反対側に出ると、今度は通路の右側が窓になり左側にいくつもの扉が並んだ。

「右も左も窓の外は雲海。これじゃ、どこにいるかの判断は付かないわね。」

先程から何往復もしている通路は、端から端までが大体30メートルほどありそうで、直線ではなく少しゆるいカーブを描いている事も分かった。
しかし、これだけフラフラと歩き回っているのに、この乗り物に乗っているかも知れない他の人と、まったくすれ違う事がなかった。

「おかしいわね。もしかして私たちしか乗っていないの?」 

そんなはずがない事くらい分かってはいるが、それでも口に出したくなる様な気分だった。

「片っ端から扉をあけて見るかや?」

それはユーカも考えたがあまり有意義ではない様に感じれたので、行動に移す事はなかった。

「もしかして…上?」

ユーカはてっきり、このフロアだけしか無いと思い込んでしまっていたが、よくよく考えると、このフロアの下または上にもフロアが存在しているのではないかと睨んだ。

「ヴェル、ちょっと本気で人の気配を探ってみて。」

「うむ、心得た。」

ちょっと本気、と言われたヴェルは、ツノと羽根を顕現させて、ちょっと本気を出す。

「むむむむむぅ…う?」

ちょっと本気を出してみたヴェルであったが、気配を探っている途中で違和感を覚えた。

「どうしたの?」

ヴェルが気配を探る作業を中断して、首をこてんと倒したので、ユーカはヴェルが何かを感じ取ったのだと判断して尋ねた。

「うむぅ…。それがじゃな、なにも引っかからぬのじゃ。」

「引っかからない?」

「うむ。妨害をされているとしか考えられぬ。」

ヴェルはとっくに戦闘時用の思考に切り替わっているらしく、いつもと違って的確な分析が行われていた。

「結界かしら?」

「おそらく。」

感知能力についていえば、ユーカよりもヴェルの方が優れているので、ヴェルができないのであれば、それはユーカにも無理だという事であった。

「厄介ね。取り敢えず結界を解いちゃいましょうか。」

ユーカがヴェルの腕を見ると、ヴェルは得意げに胸を張った。
ユーカとともに結界の特訓をして以降、ヴェルの手は問答無用で結界という結界を無効化できる便利能力に目覚めていた。
手当たり次第に壁に天井、床や窓などに触れてみたが、残念ながら反応は相変わらず無かった。
そこでユーカは、先ほど密室から脱出した方法をもう一度使って、今ユーカとヴェルのふたりがいるフロアと、他のフロアを繋げてしまおうと考えた。
フロアを繋げてしまえば、届かなかった結界にヴェルが触れる事ができるようになり、完治を阻害している結界を無効化できるかも知れないと云う狙いがあるのだろう。
そうと決まれば即座に行動に移し、ユーカはヴェルに抱えてもらって天井を手で触れると、先ほどと同じ様に魔法を放ち、天井を貫いた。
床にしなかった理由は、もしも今いるフロアが一番下であった時、そのまま真っ逆さまに空中へ放り出されてしまう可能性を考慮したからであった。
ユーカは貫いた天井をよじ登り、開けた穴に吸い込まれる様に姿を消した。
ヴェルが心配そうにみていると、天井の穴からユーカが顔をのぞかせた。

「大丈夫そうよ。ん!」

ユーカは片方の腕を天井の穴から伸ばして、ヴェルに捕まる様に促した。
ヴェルらなるべくその腕に体重をかけないようにして捕まり、もう片方の手でよじ登った。
つまり、ヴェルは片腕で天井をよじ登った訳なのだが、ユーカの珍しい優しさが仇になった事はおくびにも出さなかった。

「うむ、助かった。」

ヴェルはユーカの手を離してから礼を言うと、辿り着いたフロアを見渡した。

「構造は一緒じゃな。どれどれ…。」

ヴェルは再び集中して、気配を探る作業に入った。
しばらくすると、ヴェルは首を左右に振って、ユーカに結果を報告する。

「確かに感知する事は出来る様になっておる。しかし、この近辺だけしかできぬのじゃな。」

「範囲が狭いってこと?」

「フロア内を細かく区切ってできた、大量の区画ひとつひとつに阻害の結界を張っている感じかの。」

「用心深くて何よりね。」

ヴェルの言う大量がどれくらいか分からないが、ユーカとヴェルをここへ連れてきた者たちは、時間さえ稼げれば良いのだろう。
相手の狙いが時間稼ぎだとするのであれば、ヴェルがひとつひとつ結界に触れて、全ての範囲を網羅する頃には、相手の目的が達成されている可能性が高い。

「さてと…どうしたものかしらね。」

時間はあまり無いと分かっていながらも、ユーカは思考の世界へと旅立ってしまった。
ヴェルは最悪の事態を想定して、いつでも外へ飛び出せる様に準備をしておくことにした。
窓を割ったら簡単に外に出る事ができるし、ヴェルがドラゴンの姿になれば、空中である事など問題にならない。しかしそれをしないのは、ユーカもヴェルも、なぜ自分たちがここに連れてこられたのか、その理由を知りたかったからであった。



ユーカは思考の世界の中を浮遊しながら、真っ白なピースでできたパズルを次々と繋げていた。

素早く、丁寧に、そして確実に…。

たくさんのピースの中から、特徴的なものを選び、そのピースと繋がりそうなものを大量のピースの中から探して当てはめる。
しかし、どうしても足りないピースがあり、ユーカは思考の世界から現実の世界へと舞い戻った。

「ねぇヴェル、私が気を失っている間に、クレアと会った?」

足りないピースを埋めるために、ユーカはヴェルに質問をする。

「おぉ、そうであった!話す機会がなかったが、実はの…。」

ヴェルはユーカが気を失ってから起こった事を、簡単に説明した。
クレアに会い、彼女から一日分の宿泊料金をもらった事。
クレアが市井の民と同じ格好をしていた事。
彼女が去り際に『また』と発言した事など、ヴェルだけが持っていたピースをユーカと共有した。
これによって、ユーカのパズルは完成したらしく、ユーカは憑き物が落ちた様な顔をした。

「何かわかったのかや?」

あえて聞くのがヴェルの優しさであり、また、ユーカの辿り着いた答えにも興味を惹かれた。

「えぇ、そうね。」

そう言って、ユーカは自身が辿り着いた答えをヴェルに話し始めた。

「まず、前提としてだけどもクレアは私たちの味方よ。」

それを聞いたヴェルは、心の底からホッとする様な表情をして、握っていた拳の力を少しだけ抜いた。
状況をひとつの角度から見てしまうと、確かに今回の出来事はクレアに裏切られてしまった様に感じるかもしれない。しかし、多角的に分析したユーカはまったく別の答えを導き出していた。

「考えられるのは…有力貴族による圧力かしらね。」

「其奴らにそそのかされたと言うのかや?」

クレアがそんな程度のことで動じるとは思えず、ヴェルは怪訝そうに聞き返した。

「逆ね。クレアは不穏分子をあぶり出すために彼らと、私たちを利用したんだと思うわ。」

クレアとユーカとヴェル、3人の付き合いはそれほど長いとは言えないが、秘密を共有したものたちの結束は固い。さらに言うと、ユーカもヴェルもクレアのことは決して嫌いではなかったし、彼女の性格も多少は分かってきていた。
そのため、ユーカの分析に対して、ヴェルは納得した表情で頷き同意を示した。

「こんな時だもの、貴族が増長したい気持ちも分からなくは無いわ。」

少し前に襲撃を受けた帝都は、復興に向かってはいるものの、かつての様な活気が戻るまではかなりの時間を要するだろう。その間に、できるだけ多くの利権を確保したいと思うのが貴族たちの正常な考えなのかもしれない。しかし、クレアがそれを黙って見ているはずがなく、丁度良い機会だと捉えて、肥えて身動きの取れなくなった貴族社会の解体に取り掛かったのだと考えた。

「ふーむ。しかし、それとこれとどう繋がるのじゃ?」

あまり接点がある様には感じられなかったヴェルは、その疑問をユーカに問う。

「ばかねぇ。もともと有力貴族たちが企てていた計画にクレアが裏から手を貸してお膳立てしたのよ。」

「む?」

ユーカの言い方だとクレアがユーカとヴェルを完全に裏切っている様に聞こえるが、それはヴェルの理解力が足りないと言うよりも、ユーカの説明が足りていないだけであった。

「つまりクレアは、私たちが有力貴族によって連れ去られた事にしたかったのね。」

「おぉ…!なるほどの。」

「本当に分かったの?」

「あんましじゃ…。」

ユーカの説明は簡潔すぎて理解するには少し難しく、ヴェルも話の概要までは分かったが、内容までは理解が及ばなかった。

「とりあえず、ここに危険は無いって事よ。」

「うむ、それなら分かりやすい。」

ヴェルは整えていた緊急事態への備えを解き、羽根とツノをかき消した。

「部屋に戻るのかや?」

歩き始めたユーカの後を追って、ヴェルは後ろから声をかける。しかしユーカは答えず、代わりに壁を魔法で破壊した。

「こんにちは、久しぶりね。」

そしてユーカは、崩れた壁の内側に声をかけた。
すると、壁の中から返事があり、ユーカとヴェルはかつて一度だけ旅を共にした商人と再会を果たした。

「久しぶりやなぁ嬢ちゃんたち。」

「その節はどうも。それと…助かったわ、ありがとう。」

「あぁ、アレもう使うてしもたんか。」

独特な喋り方と方言が、ユーカとヴェルを懐かしい気持ちにさせる。
支部戦に出場するために、レヴィンの街から帝都までの道中を一緒に過ごした商隊でまとめ役をしていた商人が、ふたりの目の前までやって来た。
以前とまったく変わっておらず、儲け話があればすぐに駆けつけそうな商人は、以前はなかったはずの徽章を胸に付けていた。

「それで…答え合わせはしてくれるのかしら?ガンズさん。」

ガンズの胸に輝く帝国の徽章を睨みながら、ヴェルは帝都にいるクレアに賛辞を送った。









次回:第50話『』
お楽しみにお待ちください。

7月1日 21時を更新予定にしております。
感想や誤字脱字の指摘などなど
よろしければお願いし申し上げます。

6月26日 23:58頃加筆。

更なる加筆を予定しております。
明日には終わると思いますので、
ご確認よろしくお願いいたします。

6月28日 18:52頃加筆作業が完了致しました。

投稿予定日を延期してしまい、
誠に申し訳ございませんでした。

これからもよろしくお願い致します。
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