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第二章 異世界人にも衣装
第13話 常常綺羅の晴れ着なし 上
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館は混乱に陥った。
『リターナー』の出現に衛兵らは我先にと、武器を捨てて逃げ惑う。
「待て、逃げるな! ひるまずに戦え」
年配の衛兵が背を向ける仲間の腕を掴む。
「イヤだ。アンタも見ただろ、アイツは死なないんだ。戦っても殺されるだけだ」
「バカを言うな。あいつが『リターナー』だとしても、三百年前には勝っているんだ。必ず突破口は」
「うーん、ないんじゃないかな」
狼男が軽く片腕を振るう。兜を着けた頭が二つ、宙を舞った。
「……っ!」
トムが口を開けた。悲鳴の上がる前に諭吉は両手でその口を塞いだ。
首のない死体が血を噴き出しながら互いに抱き合うように倒れ込む。
衛兵の中から押し潰したような悲鳴が上がった。
「さて、諸君」
狼男は手を叩いた。
「一応自己紹介をしておこう。俺の名はそうだな……『失われた数』と呼んでくれ。この世界の厄介者。本来存在すべきでない存在、なかなか相応しい名前だとは思わないか?」
返事はなかった。衛兵の既に半数近くが逃げ去っていた。逃げ遅れた者たちも武器を構えながらも目に宿るのは恐怖であり、どうやって生き延びられるかという焦燥である。戦意が失われているのは明らかだった。
「なんだよ、辛気くさいな」
すねた子供のように頬を膨らませる。
「まあいいや、アンタらに聞きたいことがあるんだ。俺さ、ツレを探しているんだよ。ここ領主様の館だろ。もしかしたらご挨拶に来ているんじゃないかと思ってね」
『ロストナンバー』は大股で歩き出したかと思うと、一足飛びで衛兵らの前に立つ。年若の衛兵は、汗と涙と鼻水で顔を濡らしながらその場に崩れ落ちた。
「こ、殺さないで」
「正直に答えてくれたら殺しやしないよ」
「し、知らない。本当だ……です。この館に『リターナー』は来ていません」
「了解、ありがとう」
『ロストナンバー』は口を歪めた。衛兵の首が飛んだ。半分にえぐられた頭は壁にぶつかり、手毬のように跳ね返って地面に転がった。
「ほかに知っている人はいるかな」
続けて衛兵たちの前を歩き回る。誰も逃げだそうとはしなかった。背を向ければその瞬間に狼の爪に切り裂かれるのは目に見えている。
「トム」
諭吉は額の汗を拭うと、『鍵』を手渡した。
「今のうちにお前は裏口から逃げろ。今なら見張りもしない」
「ユキチはどうするのさ」
「俺は、時間を稼ぐ」
たとえ館を脱出したとしても『リターナー』の身体能力にかかれば、すぐに追いつかれる。町の中に紛れるまでには時間が必要だ。
「そんなダメだよ」
トムは首を振って『鍵』を突き返した。
「ユキチを置いて僕だけ逃げるなんて」
「バカ、声が大きい」
再び口を塞ごうとして、とっさに手を引っ込める。一瞬遅れて、小さな物体が茂みを抜けて、二人の間を高速で駆け抜けていった。
弾丸かと思い、とっさに壁に食い込んだそれを見て諭吉はぞっとした。人間の、歯だった。元の持ち主であろう衛兵が口から血を流しながら地面を転がっている。
「仲間がピンチなのに、自分たちだけでかくれんぼか。よくないな。すっげえよくない」
諭吉たちを衛兵だと思っているようだ。事実、諭吉とトムが着ているのは衛兵用の鎧である。
「このっ!」
トムが弓を構えた。ほぼ同時に諭吉は指を鳴らした。『ロストナンバー』の指から弾かれた歯は、矢を引き絞ろうとしていたトムの頬をかすめ、壁に二つ目の穴を穿った。
トムは熱病のように全身を震わせながら弓矢を取り落とした。『リターナー』の反応速度は人間の比ではない。
間に合った、と諭吉は胸をなで下ろした。
『ロストナンバー』は怪訝そうに自身の右腕を見つめる。それまで悠然としていた狼男に始めて狼狽の色が浮かんでいた。無理もない。突如、右腕に嵌められた手甲に指弾のコントロールを狂わされたのだ。驚きもするだろう。
「なんだ、こりゃあ。お前がやったのか」
はいそうです、と説明する義理などない。
「走れ!」
トムの背中を押すと、諭吉は茂みから飛び出し、指を鳴らした。『ロストナンバー』の目の周りを黒い布が覆う。黒い布は生き物のように狼頭に食い込んでいく。
「へえ、面白い技を持っているじゃねえか」
爪が黒い布をこともなげに引き裂く。
「もしかして『スキル』か。いいね、ほかにはどんなことができるのかな。どれ、先生に教えてごらん」
誰が先生だ、と心の中で突っ込む。
「ご期待に添えず申し訳ないが、大したことはできない」
諭吉は指を構えながら摺り足で距離を取る。互いの距離は五メートルほどだが、『リターナー』の身体能力からすればないも同然だろう。
「バカの一つ覚えさ」
諭吉が指を鳴らすと、再び黒い布が『ロストナンバー』の顔を覆った。またかよ、と吐き捨てながら剥ぎ取ると、今度は白い布が顔を包み込んだ。『クローゼット』に入れていた、替えの下着だ。『ロストナンバー』が引きちぎる。また顔を包む。その繰り返しだった。諭吉の服や下着、寝間着まで次々と切り裂かれ、端切れに代わっていく。
「ああ、めんどくせえ!」
業を煮やしたのか、黒いズボンで顔を隠したまま突っ込んできた。横っ飛びでかわしたが、追撃は正確だった。目は見えていないはずなのに、諭吉を追い詰めていく。
音か臭いで探っているのだとは見当が付いたが、そちらを無力化するための耳栓も鼻栓も持ち合わせていない。
速い動きに対応しきれず、諭吉は足を滑らせて転んだ。
「もらったぁ!」
迫り来る狼の爪を見ながら諭吉は指を鳴らした。全身を守っていた鎧を全て『ロストナンバー』に着せる。身軽になった体で横に転がる。同時に『裾直し』で衛兵の鎧を限界まで縮め、体を締め付けた。
今のうちに、と立ち上がろうとした時、遠吠えが聞こえた。拘束具のように体を縛り付けていた鎧を力ずくで振り解くと、体を屈め、跳躍する。月光を浴びながら鈍く光る爪を諭吉へと振り下ろす。
とっさに腕を上げて構えた瞬間、二人の間に人影が割って入った。
銀色の長剣を鮮やかに閃かせ、『ロストナンバー』の爪を受け止める。
諭吉は目をみはった。
人影は黒い鎧を着た、騎士の姿をしていた。
『リターナー』の出現に衛兵らは我先にと、武器を捨てて逃げ惑う。
「待て、逃げるな! ひるまずに戦え」
年配の衛兵が背を向ける仲間の腕を掴む。
「イヤだ。アンタも見ただろ、アイツは死なないんだ。戦っても殺されるだけだ」
「バカを言うな。あいつが『リターナー』だとしても、三百年前には勝っているんだ。必ず突破口は」
「うーん、ないんじゃないかな」
狼男が軽く片腕を振るう。兜を着けた頭が二つ、宙を舞った。
「……っ!」
トムが口を開けた。悲鳴の上がる前に諭吉は両手でその口を塞いだ。
首のない死体が血を噴き出しながら互いに抱き合うように倒れ込む。
衛兵の中から押し潰したような悲鳴が上がった。
「さて、諸君」
狼男は手を叩いた。
「一応自己紹介をしておこう。俺の名はそうだな……『失われた数』と呼んでくれ。この世界の厄介者。本来存在すべきでない存在、なかなか相応しい名前だとは思わないか?」
返事はなかった。衛兵の既に半数近くが逃げ去っていた。逃げ遅れた者たちも武器を構えながらも目に宿るのは恐怖であり、どうやって生き延びられるかという焦燥である。戦意が失われているのは明らかだった。
「なんだよ、辛気くさいな」
すねた子供のように頬を膨らませる。
「まあいいや、アンタらに聞きたいことがあるんだ。俺さ、ツレを探しているんだよ。ここ領主様の館だろ。もしかしたらご挨拶に来ているんじゃないかと思ってね」
『ロストナンバー』は大股で歩き出したかと思うと、一足飛びで衛兵らの前に立つ。年若の衛兵は、汗と涙と鼻水で顔を濡らしながらその場に崩れ落ちた。
「こ、殺さないで」
「正直に答えてくれたら殺しやしないよ」
「し、知らない。本当だ……です。この館に『リターナー』は来ていません」
「了解、ありがとう」
『ロストナンバー』は口を歪めた。衛兵の首が飛んだ。半分にえぐられた頭は壁にぶつかり、手毬のように跳ね返って地面に転がった。
「ほかに知っている人はいるかな」
続けて衛兵たちの前を歩き回る。誰も逃げだそうとはしなかった。背を向ければその瞬間に狼の爪に切り裂かれるのは目に見えている。
「トム」
諭吉は額の汗を拭うと、『鍵』を手渡した。
「今のうちにお前は裏口から逃げろ。今なら見張りもしない」
「ユキチはどうするのさ」
「俺は、時間を稼ぐ」
たとえ館を脱出したとしても『リターナー』の身体能力にかかれば、すぐに追いつかれる。町の中に紛れるまでには時間が必要だ。
「そんなダメだよ」
トムは首を振って『鍵』を突き返した。
「ユキチを置いて僕だけ逃げるなんて」
「バカ、声が大きい」
再び口を塞ごうとして、とっさに手を引っ込める。一瞬遅れて、小さな物体が茂みを抜けて、二人の間を高速で駆け抜けていった。
弾丸かと思い、とっさに壁に食い込んだそれを見て諭吉はぞっとした。人間の、歯だった。元の持ち主であろう衛兵が口から血を流しながら地面を転がっている。
「仲間がピンチなのに、自分たちだけでかくれんぼか。よくないな。すっげえよくない」
諭吉たちを衛兵だと思っているようだ。事実、諭吉とトムが着ているのは衛兵用の鎧である。
「このっ!」
トムが弓を構えた。ほぼ同時に諭吉は指を鳴らした。『ロストナンバー』の指から弾かれた歯は、矢を引き絞ろうとしていたトムの頬をかすめ、壁に二つ目の穴を穿った。
トムは熱病のように全身を震わせながら弓矢を取り落とした。『リターナー』の反応速度は人間の比ではない。
間に合った、と諭吉は胸をなで下ろした。
『ロストナンバー』は怪訝そうに自身の右腕を見つめる。それまで悠然としていた狼男に始めて狼狽の色が浮かんでいた。無理もない。突如、右腕に嵌められた手甲に指弾のコントロールを狂わされたのだ。驚きもするだろう。
「なんだ、こりゃあ。お前がやったのか」
はいそうです、と説明する義理などない。
「走れ!」
トムの背中を押すと、諭吉は茂みから飛び出し、指を鳴らした。『ロストナンバー』の目の周りを黒い布が覆う。黒い布は生き物のように狼頭に食い込んでいく。
「へえ、面白い技を持っているじゃねえか」
爪が黒い布をこともなげに引き裂く。
「もしかして『スキル』か。いいね、ほかにはどんなことができるのかな。どれ、先生に教えてごらん」
誰が先生だ、と心の中で突っ込む。
「ご期待に添えず申し訳ないが、大したことはできない」
諭吉は指を構えながら摺り足で距離を取る。互いの距離は五メートルほどだが、『リターナー』の身体能力からすればないも同然だろう。
「バカの一つ覚えさ」
諭吉が指を鳴らすと、再び黒い布が『ロストナンバー』の顔を覆った。またかよ、と吐き捨てながら剥ぎ取ると、今度は白い布が顔を包み込んだ。『クローゼット』に入れていた、替えの下着だ。『ロストナンバー』が引きちぎる。また顔を包む。その繰り返しだった。諭吉の服や下着、寝間着まで次々と切り裂かれ、端切れに代わっていく。
「ああ、めんどくせえ!」
業を煮やしたのか、黒いズボンで顔を隠したまま突っ込んできた。横っ飛びでかわしたが、追撃は正確だった。目は見えていないはずなのに、諭吉を追い詰めていく。
音か臭いで探っているのだとは見当が付いたが、そちらを無力化するための耳栓も鼻栓も持ち合わせていない。
速い動きに対応しきれず、諭吉は足を滑らせて転んだ。
「もらったぁ!」
迫り来る狼の爪を見ながら諭吉は指を鳴らした。全身を守っていた鎧を全て『ロストナンバー』に着せる。身軽になった体で横に転がる。同時に『裾直し』で衛兵の鎧を限界まで縮め、体を締め付けた。
今のうちに、と立ち上がろうとした時、遠吠えが聞こえた。拘束具のように体を縛り付けていた鎧を力ずくで振り解くと、体を屈め、跳躍する。月光を浴びながら鈍く光る爪を諭吉へと振り下ろす。
とっさに腕を上げて構えた瞬間、二人の間に人影が割って入った。
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