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第五章 異世界人は手套を脱す
第37話 鬼に衣
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第37話 鬼に衣
『タナトス』が『リターナー』の大群を倒してから三日後、王立イースティルム学院は通常どおり授業が行われていた。『封印』が解けたといっても学院には直接の被害もなかったためだろう。
またケイト先輩を殺害したのは『リターナー』と化したブライアンであり、すでに討伐済み、とローズマリー校長自ら公表したこともあり、すっかり落ち着きを取り戻した。そのせいで、『リターナー』の大群もローズマリー校長とその配下が討伐したとの噂でもちきりである。
なお、ブライアンを殺害したアダムは退学の上、牢屋行きとなっている。
領主も殺害されたため現在は空席になっている。現在は遠縁の者が代理で任に就いている。次の正式な領主については、親類縁者の間でイス取りゲームがさっそく繰り広げられているそうだが、一学生である諭吉には関係ない。何事もなかったかのように授業を受けるだけだ。
「これで、ケイト先輩も成仏できるかな」
「ジョウブツ?」
帰り支度をしていたトムがきょとんとした顔をする。仏教的な考えだから異世界の言語に翻訳できなかったようだ。
「リリーはどうしている? まだ落ち込んでいるのか」
「今、図書館じゃないかな。また来月の試験があるから」
「もう、か」
この前受けたばかりだというのに、忙しない話だ。日本だったら教師が何人過労死していることか。
「なんかものすごく頑張っているみたいだよ。ケイト先輩の代わりに自分が『高等官吏試験』に合格するんだって」
「そう、か」
彼女なりに思うところがあったのだろう。できれば応援してやりたいが、そうもいかない。
「おい、ユキチ四年生」
ふと廊下から年配の教師に声を掛けられた。
「校長先生がお呼びだ。すぐに来なさい」
数日ぶりに入った校長室は、薬の臭いがした。部屋の主が机に肘を突き、手を重ね合わせて待っていた。まるで昔のテレビアニメに出て来た特務機関の長官のようだ、と益体もないことを思いながら目の前に立つ。
ローズマリーの頭や手には包帯が巻かれている。顔にも湿布のようなものが貼ってある。この世界には回復魔法もあるはずだが、使い手がいないのか、使ってもこの程度なのか。
どちらにしてもまだ傷が癒えていないのは、明らかだ。その証拠に呼吸にも乱れがある。座っているだけでも苦痛を感じているようだ。
「どういった御用でしょうか? 汎用人型決戦兵器にでも乗れって話なら、少しとうが立ちすぎていると思うんですが。お互いに」
「君には訊きたいことが山ほどある」
苛立った口調で言った。本性やら秘密やらをさらけだして、遠慮がなくなったのか。苦痛で自制がきかないのか。
ローズマリーは引き出しから紙を取りだし、机の上に置いた。手配書だ。似顔絵に描かれているのは人の顔ではなく、『冥王の鎧』である。
「先の女王陛下殺害、並びに国王陛下襲撃の犯人だ」
「……はあ」
「先日、この鎧を着て『リターナー』と戦っていたな」
見られていたのか、と諭吉は心の中で舌打ちする。
「断っておくが、君を国王陛下に突き出すつもりはない。その証拠に今回の件も、私とその部下で殲滅したと報告してある。関係者も大半が死亡している。数少ない生き残りも私の権限で口止めしてある」
口では何とでも言える、と思ったが、あえて口には出さなかった。仮にありのままを報告されても困りはしない。
「君は何者だ?」
諭吉は迷ったが、正直に答えることにした。どうせこれで最後だ。
「聞いていたんだろう。俺はこの世界の人間じゃあない。あの女王陛下様に異世界から召還されたんだ」
ダニエル・イーディス・アンブローズ・テレンス・ホレスカール。
『冥王の鎧』を着せるために諭吉をこの世界に召還し、そして亡くなった。この国の前・女王陛下である。
「異世界の……」
ローズマリーはわずかに呆けた顔をしていたがすぐに目を鋭く光らせ、「なるほどな」と言った。
「信じてくれるのか?」
「あの鎧を着ていたのだ。人間かどうかも怪しいと思っていたが、異世界の人間というのなら納得だ」
諭吉は鼻を鳴らした。
「アンタらにはアンタらの都合があるだろうが、俺にとっては犯罪組織と変わりない。一方的に拉致して戦えだなんて冗談じゃない」
「だから女王陛下を殺したのか?」
諭吉はしばし迷った後、こくりとうなずいた。
「何故だ!」
ローズマリーが立ち上がると、激高した様子でつかみかかってきた。諭吉はその手をうっとうしそうに振りほどいた。
「言っただろう? アンタにとっては立派な主君でも俺にとっては誘拐犯で、頭のいかれた女王様。それだけの話だ」
ローズマリーの目が見開かれた。腕を剣に伸ばし、半分ほど抜いたところで止める。勝てる相手ではないと判断したのか、理由はどうあれ『リターナー』を倒した男を殺してはマズイと判断したのか。判断が付かなかったが、どちらでもよかった。どうせあの真実だけは伝えるわけにはいかないのだから。
ため息をつくと後ろに下がり、乱れた制服を整える。ローズマリーもせき払いしてから座り直し、もう一つだけ聞きたいことがある、と言った。
「『アークセイバー』とは何だ?」
「ああ、それな」
諭吉は急に照れ臭くなって頭をかいた。
「なんというか、俺の世界にいる正義の味方……『英雄』の名前だ。『リターナー』とは違うけど、ああいう悪党ども戦っている。『アークセイバー』は一人だけじゃなくって何人もいる。俺の知る限り十人以上はいたはずだ」
「お前もそうだというのか」
「まさか」慌てて手を振る。
「俺はただの一般市民だよ。けど、この世界に来て、あの鎧を身につけた時、俺は伊藤諭吉じゃあなくなった。『リターナー』どもをあの世へ送り返す地獄の番人みたいな宿命というか、使命が出来た」
「だから『英雄』の名前を借りた、というわけか」
「まあ、そんなところだ」
正直に言えば宿命などではなく、『呪い』だと思っているのだが、また話がややこしくなりそうなので言わずにおいた。
「そっちの用件は終わりか? ならこっちの用件に入らせてもらう」
懐から取り出した手紙を机の上に置く。除籍届だ。ローズマリーが剣を投げ捨て、あわてた様子で除籍届を手に取った。
「どういうことだ?」
「俺は元々役人になるつもりなんかない。『封印』の場所を探すのに便利だったから生徒として潜り込んだだけだ。ここでのやるべきことは全部終わった。もう用はない」
過程はともかく『封印』は解けて、中にいた百年前の『リターナー』も全滅させた。ミッションクリアだ。退学ではなく、除籍を選んだのは、記録が残ると今後の活動に差し障りがあるためだ。ユキチという学生は元から存在しなかった。その方がなにかと動きやすい。胸に宿った寂寥感を除けば。
「じゃあ、俺はこれで。」
「待て」
背を向けて帰ろうとすると、ローズマリーがすがるように呼び止める。
「また『リターナー』が攻めて来たら今度こそこの町は……学院は終わりだ。大切な友人も犠牲になるだろう。それでも行くというのか」
「もう来ないさ」
諭吉は断言した。
「少なくともあと数十年くらいは、な」
部屋を出て扉を閉める。
続けてローズマリーが廊下に出るが、諭吉の姿を見失い、困惑した顔で駆け出していった。
姿が見えなくなったのを確かめてから諭吉は『クローゼット』の外に出た。
逆の方向に歩きながら先程のローズマリーを思い出した。彼女にとっては大事な女王陛下だったのだろう。それでも諭吉にとっての評価は変わらない。実際に出会った女王・ダニエルはまともな思考の持ち主とは思えなかった。
『リターナー』となった自分を殺してくれる人間を召還するとは。
諭吉が召還される一年前、公爵家の長男にして従兄弟のユリシーズの手により毒殺される。その直後に『リターナー』の『鬼剣』として転生した。
普通であれば、意識を乗っ取られ、破壊と殺戮の限りを尽くすところだが、彼女はそうはならなかった。理由は諭吉にも不明だが、ダニエルとしての自我を保ったままだったのだ。
毒殺されたのを知っているのは、わずか四人。宮廷魔術師と侍女、護衛の騎士、そして宮宰のヴィンセントだった。ユリシーズは失敗したと思ったらしく、それ以降も手を変え品を変えて暗殺しようとした。皮肉なことに『リターナー』となったことで、暗殺者の刃も毒の酒も全て退けることが出来た。
『鬼剣』の知識と記憶を手に入れたダニエルは、王宮への大規模な破壊工作が迫っていることを知り、撃退を決意する。
無論、女王が『リターナー』になったと知られれば国内の騒乱は免れない。諸国からの侵略の口実ともなる。また『鬼剣』より強い『リターナー』もいる。正体を隠し、かつ自身の強化を図るために盗賊の仕業に見せかけて『冥王の鎧』を身に纏った。
最初は順調だった。女王と『リターナー』討伐、二足の草鞋は多忙を極めたが、不死の体は疲れることもなく、睡眠すら必要ではなかった。だが『冥王の鎧』を装着した反動なのか少しずつ、そして確実にダニエルの意識は奪い返したはずの『鬼剣』に乗っ取られていった。
このままでは完全に自我を失ってしまうだろう。そう考えたダニエルは密かに優れた騎士や勇者英雄を探し、城に招き寄せた。『冥王の鎧』の後継者とするため、そして完全に『リターナー』となる前に自分を始末してくれる者を探して。
何十人もの強者が挑んだが、成功した人間はいなかった。全員、『冥王の鎧』に魔力を全て吸い取られて死んでいった。
遅々として進まない後継者選びに焦りながらも『錬金術師』、『狂気医神』、『月面歩行』、『魔術師』と、『上位種』を倒していった。
『リターナー』となって数ヶ月、ダニエルに限界が近付いていた。あと一ヶ月もしないうちに完全に自我を失うだろう。しかし『冥王の鎧』を身につけられる者は誰もいなかった。そんな時侍女が起死回生のアイディアを思いついた。
「ならば、身につけられる者を異世界から召還するのはどうでしょうか?」
そこで宮廷魔術師が儀式を執り行い、異世界から召還されたのが諭吉である。
当然、諭吉は反発した。勝手に召還された挙げ句に変身ヒーローみたいな鎧を着てバケモノと戦えなど馬鹿げている。中学二年生じみた英雄気取りでいられるほど若くもないし、教師としての責任だってある。事情も説明されたが、受け入れられるものではなかった。
一度は王宮を抜け出したものの『冥王の鎧』を身につけたダニエルに捕まって引き戻された。
そして運命のあの日、王宮は大規模な襲撃を受けた。宮廷魔術師に侍女、騎士は命を落とした。命尽きる最後まで、女王とこの国を案じて。
その願いを受け諭吉は『冥王の鎧』を『早着替え』で身につけた。貴族に化けて侵入した『リターナー』や『不死者』を倒し、苦戦しながらも『魔神甲冑《デビル・アーマー》』、『不死者王《ノーライフ・キング》』、『大虐殺者』を倒し、そして『鬼剣』をこの手で葬った。
多大な犠牲を払ったものの王宮と多くの民は助かった。ダニエル女王は『リターナー』の襲撃で死亡したため、従兄弟のユリシーズが次期国王として即位すると発表された。
それを聞いた諭吉は『冥王の鎧』を着たまま戴冠式直前のユリシーズの前に現れ、陰嚢を踏み砕いた。命は助かったそうだが、男性機能は回復魔法でも戻らなかったらしい。
そして今、生き残ったヴィンセントの指令で『リターナー』を倒す旅を続けている。
ダニエルは生前、メモを残していた。『リターナー』としての記憶や知識の一部を書き残していたのだ。その中には、次の『リターナー』襲撃先も含まれていた。
今回、イースティルムに来たのもそのためだ。まさかもう一度学生をやる羽目になるとは思ってもみなかったが。次の出没先は聞いていないが、また何かしらの組織か団体に潜入するのだろう。
前回は冒険者ギルドの職員だったし、その前は漁師で更にその前は農家だ。次は一体何をやらされるのかはわからないが、断るという選択肢はなかった。
本当ならやりたくなどなかった。
可能であればさっさと元の世界に帰りたかった。
けれど、あの時のあの手の温もりあの言葉が今も心にくすぶっている。
「お願い……この国を守って」
ダニエルが消滅する寸前、諭吉の……『タナトス』の手を握りながら訴えかける。二度目の死を迎えようとしている彼女に怯えの色はなかった。ただこの国の行く末を案じる為政者としての責任感と誇り、そして慈愛に満ちた顔で言った。
「私の……勇者様」
あの瞬間、確かに諭吉は呪われた。異世界に召還された高校教師から『アークセイバータナトス』という正義の味方としての生き方を選ばされた。呪いは今も確かに諭吉の心を……魂を蝕んで離さない。
「やっぱりろくでもねえ」
ままならない腹立たしさを抱えながら足音高くイースティルム学院の出口へと向かった。
『タナトス』が『リターナー』の大群を倒してから三日後、王立イースティルム学院は通常どおり授業が行われていた。『封印』が解けたといっても学院には直接の被害もなかったためだろう。
またケイト先輩を殺害したのは『リターナー』と化したブライアンであり、すでに討伐済み、とローズマリー校長自ら公表したこともあり、すっかり落ち着きを取り戻した。そのせいで、『リターナー』の大群もローズマリー校長とその配下が討伐したとの噂でもちきりである。
なお、ブライアンを殺害したアダムは退学の上、牢屋行きとなっている。
領主も殺害されたため現在は空席になっている。現在は遠縁の者が代理で任に就いている。次の正式な領主については、親類縁者の間でイス取りゲームがさっそく繰り広げられているそうだが、一学生である諭吉には関係ない。何事もなかったかのように授業を受けるだけだ。
「これで、ケイト先輩も成仏できるかな」
「ジョウブツ?」
帰り支度をしていたトムがきょとんとした顔をする。仏教的な考えだから異世界の言語に翻訳できなかったようだ。
「リリーはどうしている? まだ落ち込んでいるのか」
「今、図書館じゃないかな。また来月の試験があるから」
「もう、か」
この前受けたばかりだというのに、忙しない話だ。日本だったら教師が何人過労死していることか。
「なんかものすごく頑張っているみたいだよ。ケイト先輩の代わりに自分が『高等官吏試験』に合格するんだって」
「そう、か」
彼女なりに思うところがあったのだろう。できれば応援してやりたいが、そうもいかない。
「おい、ユキチ四年生」
ふと廊下から年配の教師に声を掛けられた。
「校長先生がお呼びだ。すぐに来なさい」
数日ぶりに入った校長室は、薬の臭いがした。部屋の主が机に肘を突き、手を重ね合わせて待っていた。まるで昔のテレビアニメに出て来た特務機関の長官のようだ、と益体もないことを思いながら目の前に立つ。
ローズマリーの頭や手には包帯が巻かれている。顔にも湿布のようなものが貼ってある。この世界には回復魔法もあるはずだが、使い手がいないのか、使ってもこの程度なのか。
どちらにしてもまだ傷が癒えていないのは、明らかだ。その証拠に呼吸にも乱れがある。座っているだけでも苦痛を感じているようだ。
「どういった御用でしょうか? 汎用人型決戦兵器にでも乗れって話なら、少しとうが立ちすぎていると思うんですが。お互いに」
「君には訊きたいことが山ほどある」
苛立った口調で言った。本性やら秘密やらをさらけだして、遠慮がなくなったのか。苦痛で自制がきかないのか。
ローズマリーは引き出しから紙を取りだし、机の上に置いた。手配書だ。似顔絵に描かれているのは人の顔ではなく、『冥王の鎧』である。
「先の女王陛下殺害、並びに国王陛下襲撃の犯人だ」
「……はあ」
「先日、この鎧を着て『リターナー』と戦っていたな」
見られていたのか、と諭吉は心の中で舌打ちする。
「断っておくが、君を国王陛下に突き出すつもりはない。その証拠に今回の件も、私とその部下で殲滅したと報告してある。関係者も大半が死亡している。数少ない生き残りも私の権限で口止めしてある」
口では何とでも言える、と思ったが、あえて口には出さなかった。仮にありのままを報告されても困りはしない。
「君は何者だ?」
諭吉は迷ったが、正直に答えることにした。どうせこれで最後だ。
「聞いていたんだろう。俺はこの世界の人間じゃあない。あの女王陛下様に異世界から召還されたんだ」
ダニエル・イーディス・アンブローズ・テレンス・ホレスカール。
『冥王の鎧』を着せるために諭吉をこの世界に召還し、そして亡くなった。この国の前・女王陛下である。
「異世界の……」
ローズマリーはわずかに呆けた顔をしていたがすぐに目を鋭く光らせ、「なるほどな」と言った。
「信じてくれるのか?」
「あの鎧を着ていたのだ。人間かどうかも怪しいと思っていたが、異世界の人間というのなら納得だ」
諭吉は鼻を鳴らした。
「アンタらにはアンタらの都合があるだろうが、俺にとっては犯罪組織と変わりない。一方的に拉致して戦えだなんて冗談じゃない」
「だから女王陛下を殺したのか?」
諭吉はしばし迷った後、こくりとうなずいた。
「何故だ!」
ローズマリーが立ち上がると、激高した様子でつかみかかってきた。諭吉はその手をうっとうしそうに振りほどいた。
「言っただろう? アンタにとっては立派な主君でも俺にとっては誘拐犯で、頭のいかれた女王様。それだけの話だ」
ローズマリーの目が見開かれた。腕を剣に伸ばし、半分ほど抜いたところで止める。勝てる相手ではないと判断したのか、理由はどうあれ『リターナー』を倒した男を殺してはマズイと判断したのか。判断が付かなかったが、どちらでもよかった。どうせあの真実だけは伝えるわけにはいかないのだから。
ため息をつくと後ろに下がり、乱れた制服を整える。ローズマリーもせき払いしてから座り直し、もう一つだけ聞きたいことがある、と言った。
「『アークセイバー』とは何だ?」
「ああ、それな」
諭吉は急に照れ臭くなって頭をかいた。
「なんというか、俺の世界にいる正義の味方……『英雄』の名前だ。『リターナー』とは違うけど、ああいう悪党ども戦っている。『アークセイバー』は一人だけじゃなくって何人もいる。俺の知る限り十人以上はいたはずだ」
「お前もそうだというのか」
「まさか」慌てて手を振る。
「俺はただの一般市民だよ。けど、この世界に来て、あの鎧を身につけた時、俺は伊藤諭吉じゃあなくなった。『リターナー』どもをあの世へ送り返す地獄の番人みたいな宿命というか、使命が出来た」
「だから『英雄』の名前を借りた、というわけか」
「まあ、そんなところだ」
正直に言えば宿命などではなく、『呪い』だと思っているのだが、また話がややこしくなりそうなので言わずにおいた。
「そっちの用件は終わりか? ならこっちの用件に入らせてもらう」
懐から取り出した手紙を机の上に置く。除籍届だ。ローズマリーが剣を投げ捨て、あわてた様子で除籍届を手に取った。
「どういうことだ?」
「俺は元々役人になるつもりなんかない。『封印』の場所を探すのに便利だったから生徒として潜り込んだだけだ。ここでのやるべきことは全部終わった。もう用はない」
過程はともかく『封印』は解けて、中にいた百年前の『リターナー』も全滅させた。ミッションクリアだ。退学ではなく、除籍を選んだのは、記録が残ると今後の活動に差し障りがあるためだ。ユキチという学生は元から存在しなかった。その方がなにかと動きやすい。胸に宿った寂寥感を除けば。
「じゃあ、俺はこれで。」
「待て」
背を向けて帰ろうとすると、ローズマリーがすがるように呼び止める。
「また『リターナー』が攻めて来たら今度こそこの町は……学院は終わりだ。大切な友人も犠牲になるだろう。それでも行くというのか」
「もう来ないさ」
諭吉は断言した。
「少なくともあと数十年くらいは、な」
部屋を出て扉を閉める。
続けてローズマリーが廊下に出るが、諭吉の姿を見失い、困惑した顔で駆け出していった。
姿が見えなくなったのを確かめてから諭吉は『クローゼット』の外に出た。
逆の方向に歩きながら先程のローズマリーを思い出した。彼女にとっては大事な女王陛下だったのだろう。それでも諭吉にとっての評価は変わらない。実際に出会った女王・ダニエルはまともな思考の持ち主とは思えなかった。
『リターナー』となった自分を殺してくれる人間を召還するとは。
諭吉が召還される一年前、公爵家の長男にして従兄弟のユリシーズの手により毒殺される。その直後に『リターナー』の『鬼剣』として転生した。
普通であれば、意識を乗っ取られ、破壊と殺戮の限りを尽くすところだが、彼女はそうはならなかった。理由は諭吉にも不明だが、ダニエルとしての自我を保ったままだったのだ。
毒殺されたのを知っているのは、わずか四人。宮廷魔術師と侍女、護衛の騎士、そして宮宰のヴィンセントだった。ユリシーズは失敗したと思ったらしく、それ以降も手を変え品を変えて暗殺しようとした。皮肉なことに『リターナー』となったことで、暗殺者の刃も毒の酒も全て退けることが出来た。
『鬼剣』の知識と記憶を手に入れたダニエルは、王宮への大規模な破壊工作が迫っていることを知り、撃退を決意する。
無論、女王が『リターナー』になったと知られれば国内の騒乱は免れない。諸国からの侵略の口実ともなる。また『鬼剣』より強い『リターナー』もいる。正体を隠し、かつ自身の強化を図るために盗賊の仕業に見せかけて『冥王の鎧』を身に纏った。
最初は順調だった。女王と『リターナー』討伐、二足の草鞋は多忙を極めたが、不死の体は疲れることもなく、睡眠すら必要ではなかった。だが『冥王の鎧』を装着した反動なのか少しずつ、そして確実にダニエルの意識は奪い返したはずの『鬼剣』に乗っ取られていった。
このままでは完全に自我を失ってしまうだろう。そう考えたダニエルは密かに優れた騎士や勇者英雄を探し、城に招き寄せた。『冥王の鎧』の後継者とするため、そして完全に『リターナー』となる前に自分を始末してくれる者を探して。
何十人もの強者が挑んだが、成功した人間はいなかった。全員、『冥王の鎧』に魔力を全て吸い取られて死んでいった。
遅々として進まない後継者選びに焦りながらも『錬金術師』、『狂気医神』、『月面歩行』、『魔術師』と、『上位種』を倒していった。
『リターナー』となって数ヶ月、ダニエルに限界が近付いていた。あと一ヶ月もしないうちに完全に自我を失うだろう。しかし『冥王の鎧』を身につけられる者は誰もいなかった。そんな時侍女が起死回生のアイディアを思いついた。
「ならば、身につけられる者を異世界から召還するのはどうでしょうか?」
そこで宮廷魔術師が儀式を執り行い、異世界から召還されたのが諭吉である。
当然、諭吉は反発した。勝手に召還された挙げ句に変身ヒーローみたいな鎧を着てバケモノと戦えなど馬鹿げている。中学二年生じみた英雄気取りでいられるほど若くもないし、教師としての責任だってある。事情も説明されたが、受け入れられるものではなかった。
一度は王宮を抜け出したものの『冥王の鎧』を身につけたダニエルに捕まって引き戻された。
そして運命のあの日、王宮は大規模な襲撃を受けた。宮廷魔術師に侍女、騎士は命を落とした。命尽きる最後まで、女王とこの国を案じて。
その願いを受け諭吉は『冥王の鎧』を『早着替え』で身につけた。貴族に化けて侵入した『リターナー』や『不死者』を倒し、苦戦しながらも『魔神甲冑《デビル・アーマー》』、『不死者王《ノーライフ・キング》』、『大虐殺者』を倒し、そして『鬼剣』をこの手で葬った。
多大な犠牲を払ったものの王宮と多くの民は助かった。ダニエル女王は『リターナー』の襲撃で死亡したため、従兄弟のユリシーズが次期国王として即位すると発表された。
それを聞いた諭吉は『冥王の鎧』を着たまま戴冠式直前のユリシーズの前に現れ、陰嚢を踏み砕いた。命は助かったそうだが、男性機能は回復魔法でも戻らなかったらしい。
そして今、生き残ったヴィンセントの指令で『リターナー』を倒す旅を続けている。
ダニエルは生前、メモを残していた。『リターナー』としての記憶や知識の一部を書き残していたのだ。その中には、次の『リターナー』襲撃先も含まれていた。
今回、イースティルムに来たのもそのためだ。まさかもう一度学生をやる羽目になるとは思ってもみなかったが。次の出没先は聞いていないが、また何かしらの組織か団体に潜入するのだろう。
前回は冒険者ギルドの職員だったし、その前は漁師で更にその前は農家だ。次は一体何をやらされるのかはわからないが、断るという選択肢はなかった。
本当ならやりたくなどなかった。
可能であればさっさと元の世界に帰りたかった。
けれど、あの時のあの手の温もりあの言葉が今も心にくすぶっている。
「お願い……この国を守って」
ダニエルが消滅する寸前、諭吉の……『タナトス』の手を握りながら訴えかける。二度目の死を迎えようとしている彼女に怯えの色はなかった。ただこの国の行く末を案じる為政者としての責任感と誇り、そして慈愛に満ちた顔で言った。
「私の……勇者様」
あの瞬間、確かに諭吉は呪われた。異世界に召還された高校教師から『アークセイバータナトス』という正義の味方としての生き方を選ばされた。呪いは今も確かに諭吉の心を……魂を蝕んで離さない。
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