【完結】戦場カメラマンの異世界転生記

戸部家尊

文字の大きさ
5 / 35

尋 問

しおりを挟む
 文人が連れてこられたのは集落の外れにある赤い幹の木だった。やはり幹は太く、小さな部屋が丸ごと入るほどだ。幹の根元には木製の格子扉が据え付けられていた。先頭を歩いていたとんがり耳族の男が、扉の前で何事か唱えると、格子扉が滑るように横にずれた。それを見届けたかのように文人の後ろにいた男が背中を突き飛ばした。

 たたらを踏みながら文人が幹の中に入ると、格子扉がぴしゃりと音を立てて閉じた。
 幹の中はほかの木々と同様に空洞になっていた。ただし天井は低く、一七五センチの文人でもスキップしただけで頭を打ち付けてしまうだろう。家具らしきものはなく、隅っこには枯れ葉の山がうすだかく積み上げられていた。対角線上の隅には膝下程度に立てられた板と、子供の頭程度の穴が開いていた。 

 なるほど、ここは牢屋か。

 周囲の様子から文人は推察する。枯れ葉の山は寝床の代わりで、隅っこの穴はトイレのつもりだろう。あの穴から出せば直接この木の栄養になるのかな、と天上を見上げながら益体もないことを考えた。

「防火対策は大丈夫なのかな」とつぶやきながら文人は牢屋の真ん中に腰を下ろした。
 牢屋に連れてきたと言うことはすぐに処刑するつもりはないのだろう。ならまだ時間はあるはずだ。

 ここが地球でないことはもはや疑いようもなかった。人工衛星が世界中を飛び回る世の中でこんな森や植物、耳長の人種が今まで外部の目にも触れず独自の文化を保ち続けてきたというのは考えにくい。

 言葉も通じず、色々誤解とすれ違いもある出会いではあったが、誠意を持って話し合えばわかり合えるはずだ。わずかな時間ではあるが、わかったこともある。二足歩行で外見の様子もほぼ同じ。地球と似たような進化を遂げたのだろう。ならば価値観だって似た部分もあるはずだ。大丈夫、通じ合える。

 これは何も根拠のない希望的観測ではなかった。実体験であり、人生訓だった。もちろん、不幸にも理解してもらえないこともあった。逃げるしかないことも多々あった。むしろそういう体験の方がはるかに多い。それでも信条を捨てるつもりはなかった。

 大馬鹿なのだろうとは自分でもわかっている。もう五十年もそういう生き方をしてきたのだ。今更変えるつもりはなかった。変えてしまったらそこが中村文人の命日だと思っていた。とはいえ、異星人だか異世界だかとわかりあえるかは正直予想も付かない。

「まあ、なるようになるか」

 そこであくびをすると急に睡魔に襲われた。今日は色々ありすぎて疲れていた。腕時計を見ると、七時十二分を指していた。文人は部屋の隅に移動すると枯れ葉の中に身を投じた。手首と体が縛られているので少々動きづらいのが難点だが目を閉じていればすぐに眠れる。枯れ葉の中は暖かかった。以前にも落ち葉の中で眠ったことはあるが、空気を含んでいるため保温性は見た目より高い。落ちてからさほど経っていないのか動いてもほとんど砕けることもなかった。ちくちくするのが難点だが、文句を言ったところで高級ベッドを用意してくれはしないだろう。さっさと寝るに限る。

 とんがり耳族とて、まさかこのまま干乾しにするつもりでもないだろう。そのうち向こうから用件はあるはずだ。その時になったらまた考えればいい。そのまま目を閉じてのし掛かってきた眠気に意識を手放した。

 たくさんの足音に文人は目を開けた。思いの外早かったな、と思い腕時計を見ると九時を過ぎたところだった。あくびをして枯れ葉のベッドから這い出たところで格子扉が開いた。入ってきたのは例の褐色肌の女と、とんがり耳の男が四人。いずれも剣を携えている。褐色肌の女と男二人が牢の中に入ると格子扉がぴしゃりと閉められた。残りの男たちは牢の外から警戒心のこもった眼差しで見下ろしている。

 褐色肌の女は、というと何故か怪訝そうに文人を眺めていた。
「やあ、お嬢さん。その、具合は大丈夫かな」

 文人が話しかけると、また苛立たしげに舌打ちして背中から茶色い紐のようなものを取り出した。長さは文人の肘程度だろう。女が持っている辺りには金具が付けてある。何かの革で出来ているようだ。一瞬ベルトかと思ったが、腰に巻くには短すぎる。紳士用のベルトを短く切ったもの、というのが文人の印象だった。

「@@@@@@、@@@@!」
 女が何事か言うと、たちまち男二人が文人の後ろに回り肩をつかんだ。抵抗する間もなく女は革のベルトを文人の首に回すと金具で留めた。軽い金属音がした。そこで女は二三歩後ろ歩きで下がった。男たちも文人から手を離し、女の後ろに回った。

 どうやらこれで終わりらしい。首輪は隙間なくぴったりと文人の肌に張り付いている。まるで吸盤のようだ。呼吸や発声には支障はないがやはり落ち着かない。

「まさか、爆発とかしないだろうな、これ」
「そんなもったいないことをするものか」

 文人の独り言を女の声が拾った。文人は顔を上げた。
 褐色の女が嘲りと優越感に満ちた笑みを浮かべている。

「見た目は雑だが、それはリンフィロアの頭の皮を剥いでゴスアレミスの生き血と神聖樹の樹液を混ぜたもので漬けている。お前一人の頭を吹き飛ばすには不相応な代物だ」

 間違いない。先程まで意味の通じない言語でしゃべっていたはずなのに今は日本語を話している。それも話し慣れない外国人が使うような片言ではなく、発音もきわめて流暢だ。

「お嬢さん、俺の言葉がわかるのか?」
「サリアナだ」傲然と見下ろしながら彼女は言った。

「ラステトとカルナの子にしてファーリの戦士、ロザムの森の東集落にあるロズテト神聖樹の守護者だ」
 また意味のわからない単語が色々と出てきた。固有名詞なのだろうか。

 サリアナの言葉を信じるならこの首輪は一種の翻訳機のようだ。こちらの言葉を伝えるだけでなく、聞き取ることもできるようだ。よく見れば、彼女も日本語を話しているのではなかった。唇の動きと聞こえてくる言葉がかみ合っていない。おそらく、彼女が話した現地の言葉を首輪の力で日本語に変換しているのだろう。製造法を聞く限り、超科学というより魔術とか超自然的な代物のようだが、何にせよ言葉が通じるのはありがたかった。

「俺は中村文人。中村が名字で文人が名前だ。日本という国から来た」
 迷ったものの文人は正直に話すことにした。上手い言い訳も思いつかないし、この状況で下手な嘘は逆効果だ。信じる信じないを決めるのは相手であって文人ではない。

「仕事はカメラマン。その、カメラという道具で写真を撮るのが仕事だ。ここに来た理由は、正直俺にもさっぱりわからない」

 中東の紛争地域で撮影中、奇妙な赤い光に包まれて気を失ったこと。気がつけばこの森に来ていたこと。女の子とも森の中をさまよっている際に偶然出会っただけであり、キノコ狩りを手伝っただけで何も危害を加えてはないこと。

「どうやら俺は君たちとは違う星、というか世界から来てしまったらしい。自分でも信じられないんだが、どうもそうとしか考えられないんだ」

「ああ、そうだな。わかるとも」サリアナは感慨深げに頷いた。
「お前が狂人だということはよくわかった」
 まあ、そんなところだろう。

「それでもいいさ。嘘つきでないと理解してくれただけでも御の字だ。今度はこっちの質問に答えてくれないか。ここはどこだ? 君たちは何者なんだ?」

 サリアナの瞳が憎々しげに輝いた。唇が動き何事かつぶやいたようだが、日本語に変換されることはなかった。文人の喉が急に締め付けられた。

 予想外の攻撃に周囲を見回したがサリアナはもちろん、男二人どころか、誰一人文人に近づいてはいなかった。首に巻かれたベルトがまるで蛇のようにうごめきながら文人の喉に食い込んでいた。息が詰まった。酸欠で頭の中が真っ白になっていく。引きはがそうにも両腕は縛られたままだ。

「質問をしているのは私だ」
 しばらくして、サリアナがまた日本語にならない言葉をささやくと、ようやく首輪は締め付けを止めた。

「余計な口を叩くと今度は失禁するまで締め付けるぞ」
 激しく咳き込みながら文人は首輪の用途を正しく理解した。
 言葉が通じなければ尋問の意味がない。

「ようやくご主人様が誰なのか理解したようだな」
 酷薄な笑みを浮かべながらサリアナは言った。
「正直に話してもらうぞ。さっきまでの戯れ言はなしでだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

異世界と地球がダンジョンで繋がった ー異世界転移者の私ー

白木夏
ファンタジー
2040年の初春、突如として地球上の主要都市に謎のダンジョンが出現した。 その特異性は明らかで、人口密集地を中心に出現し、未開の地には一切現れないという法則性を帯びていた。 人々は恐怖に震えつつも、未知なる存在に対する好奇心を抑えきれなかった。 異世界転移した最強の主人公のほのぼのライフ 主人公はあまり戦ったりはしません。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

処理中です...