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嫌いな理由
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待ち合わせ場所の喫茶店に入ると、窓際の席に居たれるが私に向かって手を振った。
「りらー。こっちこっち」
名前で呼ばれて、そっちに歩を進める。
カウンター奥のキッチンでなにやら作業してるひげ面な店主さんを横目に、まだ何も置かれてないテーブルを挟んで私もソファに腰を下ろした。スマホの画面をちらっと見ると、待ち合わせ時間の九分前だった。
「早いね、れる」
「そお?」
まあ、休みの日にどっか遊びに行こうって誘ったのはそっちだし、先に待ってるのが礼儀ではあるんだけど。
お互い高校の制服姿を見慣れてるから、クリーム色のパーカーを着ている私服のれるって少し新鮮な気がする。
「それで。どっか行く?」
「あ、待って。注文したから」
そこで丁度、店主さんがこっちにやってきた。テーブルの横からこっちに手を伸ばす。
「お待たせしました」
店主さんが持っていたのは、縦長なグラスに注がれた緑色のジュース。上にバニラアイスクリームと、真っ赤なさくらんぼが乗っている。
クリームソーダだった。
「んふふ~。いただきまーす」
「……」
うきうき顔でそれを受け取るれるに、君も何か注文する? って視線で訊いてきた店主さんに私は横に手を振り返す。
店主おじさんがカウンターに去っていくのを見送ってから私は、れるの方に向き直った。
細長い専用のスプーンを手に、もちゃもちゃとバニラアイスを頬張るれる。本当、美味しそうに食べるねぇ……。
「美味しそうね」
「よかったらりらも食べる?」
今度は首を横に振った。
「美味しそう、って言ったのは、クリームソーダにじゃなくって、あんたの食べっぷりに対してだから」
「ほう?」
お口いっぱいにソフトクリームをほおばりながら喋るもんだから、発音が変だけど。
それに……実は私はクリームソーダが苦手なのだ。
「そんなに好きじゃないんだよね。クリームソーダ」
「え、なんでー。前にハンバーガー食べた時、りらってメロンソーダ頼んでたよね」
よく覚えてるなぁ。
確かに私は、ファーストフード店とかでセットドリンクを頼む時は、大体メロンソーダだけれど。
けど。
それとこれとは話が別なのだ。
「確かにメロンソーダは好きだけど。 でもクリームソーダはそんなに好きじゃないの」
「……それってどう違うの?」
ぱくぱくとアイスを食べる手を止めずに首をかしげるという器用なことをやってのけたれる。
さてどう説明すれば伝わるかなと考え込む私に、しばらくしてれるは得心いったみたいに頷いた。
「そっか。 上にアイスが乗ってるから?」
「いやまあそれもあるんだけど」
そりゃあバニラアイスもメロンソーダも好きだけど、その二つが溶けて混ざり合ってる部分も苦手かも。メロンソーダの爽快感とアイスクリームのまろやかさ、どっちも相殺されてしまっているような気がするんだよね。
もちろん、それが好きっていう人が居るのも否定しないけど。
だけど、私がクリームソーダを嫌ってる理由はそんな、味とかよりも、もっと前提からの話なのだ。
「クリームソーダって、メロンソーダ使ってるでしょ」
「え? うん」
「なのに、クリームソーダでしょ」
「……ん?」
いまいちこの説明では分からなかったみたいなので、もう少し噛み砕いて話してみる。
「クリームソーダがクリームとソーダを組み合わせた言葉なんだったら、クリームとソーダなんだから、使われてる飲み物はメロンソーダじゃなくて、サイダーみたいな水色のソーダであるべきじゃない?」
「……あー、そういう意味」
子供の頃、私はクリームソーダの実物じゃなくて、クリームソーダという言葉を先に聞いたから。まさにその水色のソーダの上にクリームが乗っているものを想像したのだ。
でも現実は、クリームソーダに使われているのは鮮やかな緑色のメロンソーダ。
「メロンはどこに行ったのよ、って話」
「……細かいことを」
細かいこと。
いいや。
これは名前という、食べ物のアイデンティティに関するかなり大きな問題なのだっ。
「使ってるのはメロンソーダのくせにクリームが乗っただけで商品名からメロンという言葉が消えてしまう。 その腑抜けた態度が私は気に入らないのよ!」
「……ふーん」
あれ?
拳を振り上げるレベルの熱意で語ったんだけど、なんか全然、れるに響いてない。
そろそろクリームが溶け出して濁ってきたメロンソーダをストローでじゅるると吸ってから、れるはぽつりと言った。
「でもさあ。 それを言うなら、メロンソーダだってメロンじゃないよね」
「りらー。こっちこっち」
名前で呼ばれて、そっちに歩を進める。
カウンター奥のキッチンでなにやら作業してるひげ面な店主さんを横目に、まだ何も置かれてないテーブルを挟んで私もソファに腰を下ろした。スマホの画面をちらっと見ると、待ち合わせ時間の九分前だった。
「早いね、れる」
「そお?」
まあ、休みの日にどっか遊びに行こうって誘ったのはそっちだし、先に待ってるのが礼儀ではあるんだけど。
お互い高校の制服姿を見慣れてるから、クリーム色のパーカーを着ている私服のれるって少し新鮮な気がする。
「それで。どっか行く?」
「あ、待って。注文したから」
そこで丁度、店主さんがこっちにやってきた。テーブルの横からこっちに手を伸ばす。
「お待たせしました」
店主さんが持っていたのは、縦長なグラスに注がれた緑色のジュース。上にバニラアイスクリームと、真っ赤なさくらんぼが乗っている。
クリームソーダだった。
「んふふ~。いただきまーす」
「……」
うきうき顔でそれを受け取るれるに、君も何か注文する? って視線で訊いてきた店主さんに私は横に手を振り返す。
店主おじさんがカウンターに去っていくのを見送ってから私は、れるの方に向き直った。
細長い専用のスプーンを手に、もちゃもちゃとバニラアイスを頬張るれる。本当、美味しそうに食べるねぇ……。
「美味しそうね」
「よかったらりらも食べる?」
今度は首を横に振った。
「美味しそう、って言ったのは、クリームソーダにじゃなくって、あんたの食べっぷりに対してだから」
「ほう?」
お口いっぱいにソフトクリームをほおばりながら喋るもんだから、発音が変だけど。
それに……実は私はクリームソーダが苦手なのだ。
「そんなに好きじゃないんだよね。クリームソーダ」
「え、なんでー。前にハンバーガー食べた時、りらってメロンソーダ頼んでたよね」
よく覚えてるなぁ。
確かに私は、ファーストフード店とかでセットドリンクを頼む時は、大体メロンソーダだけれど。
けど。
それとこれとは話が別なのだ。
「確かにメロンソーダは好きだけど。 でもクリームソーダはそんなに好きじゃないの」
「……それってどう違うの?」
ぱくぱくとアイスを食べる手を止めずに首をかしげるという器用なことをやってのけたれる。
さてどう説明すれば伝わるかなと考え込む私に、しばらくしてれるは得心いったみたいに頷いた。
「そっか。 上にアイスが乗ってるから?」
「いやまあそれもあるんだけど」
そりゃあバニラアイスもメロンソーダも好きだけど、その二つが溶けて混ざり合ってる部分も苦手かも。メロンソーダの爽快感とアイスクリームのまろやかさ、どっちも相殺されてしまっているような気がするんだよね。
もちろん、それが好きっていう人が居るのも否定しないけど。
だけど、私がクリームソーダを嫌ってる理由はそんな、味とかよりも、もっと前提からの話なのだ。
「クリームソーダって、メロンソーダ使ってるでしょ」
「え? うん」
「なのに、クリームソーダでしょ」
「……ん?」
いまいちこの説明では分からなかったみたいなので、もう少し噛み砕いて話してみる。
「クリームソーダがクリームとソーダを組み合わせた言葉なんだったら、クリームとソーダなんだから、使われてる飲み物はメロンソーダじゃなくて、サイダーみたいな水色のソーダであるべきじゃない?」
「……あー、そういう意味」
子供の頃、私はクリームソーダの実物じゃなくて、クリームソーダという言葉を先に聞いたから。まさにその水色のソーダの上にクリームが乗っているものを想像したのだ。
でも現実は、クリームソーダに使われているのは鮮やかな緑色のメロンソーダ。
「メロンはどこに行ったのよ、って話」
「……細かいことを」
細かいこと。
いいや。
これは名前という、食べ物のアイデンティティに関するかなり大きな問題なのだっ。
「使ってるのはメロンソーダのくせにクリームが乗っただけで商品名からメロンという言葉が消えてしまう。 その腑抜けた態度が私は気に入らないのよ!」
「……ふーん」
あれ?
拳を振り上げるレベルの熱意で語ったんだけど、なんか全然、れるに響いてない。
そろそろクリームが溶け出して濁ってきたメロンソーダをストローでじゅるると吸ってから、れるはぽつりと言った。
「でもさあ。 それを言うなら、メロンソーダだってメロンじゃないよね」
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