7 / 20
第7話 プラン
しおりを挟む
朝まで何度も目が覚めてしまった。体を起こして大きく伸びをすると、ベッドからゆっくりと立ち上がった。ゆっくり動かないと、昨日の夜のようになってしまうと思ったからだ。
カーテンを開けて、窓越しに外を見る。今日もよく晴れている。空は、こんなにも気持ちよく澄み渡っているのに、どうして僕の心はざわざわしているのだろう。
顔を洗って食事をしてから、ピアノの前に座った。蓋を開けて鍵盤を見る。そうしていると、昨夜の先生の言葉がよみがえってきた。僕は首を振って、ピアノの蓋を閉じた。
夕方近くになってから、レストラン・ファルファッラに電話をした。すぐに受話器が上がり、長田店長の声が聞こえて来た。
「店長。僕、やっぱりやろうと思います」
「え? やってくれるんだ。嬉しいな」
「それで、今からそちらに行ってもいいですか? 打ち合わせをしましょう」
「いいよ。ついでに、ピアノ弾いてよ。日給払うよ」
また始まった、と思った。が、変わらない店長にホッとしていることにも気が付いていた。
「店長。僕、打ち合わせに行くって言いましたよ。それに、右足首が痛いんで無理です。ピアノを弾くのは、大晦日まで待ってください」
「わかったよ。じゃ、待ってるね」
電話を切った。
「さ、準備をしよう」
一人呟くと、支度を始めた。
十分後、僕はファルファッラの前に立っていた。ドアを開けて中に入ると、店長がこちらに振り向いた。そして、にっこり笑うと、
「いらっしゃい」
「こんばんは、店長」
「昨日の席に行こうか」
僕が返事をする前に、店長は歩き出した。僕もゆっくりと後についていく。
「座って」
「あ。はい」
僕は、指差された席に着いた。店長も、正面の席に着き、
「それにしても、引き受けてくれて良かったよ。ありがとう」
店長の笑顔を見れば、本当に嬉しがってくれているのがわかる。僕も嬉しくなってくる。僕は、テーブルに両手をのせて身を乗り出すようにしながら、
「店長。僕、当日どういうコンサートにするか考えてみたんですけど、聞いてもらえますか?」
僕の言葉に店長は頷き、
「聞くよ。で? どんな感じにするの?」
「チケット代は、頂きません」
「それ、どういうこと? コンサートだよ?」
「コンサートですけど、僕、遊びのつもりで弾きます。ですから、チケットは発行しません。代わりに、必ず食事を一品頼むこと。飲み物を一杯頼むこと。デザートを一品頼むこと。これを条件にしようと思います。人数は、テーブル席に着ける数だけ。どうですか?」
店長が、テーブルに肘をついて手で頭を支えると、
「それ、君が損をしちゃうんじゃないかな」
心配そうな口調で言う。僕は、首を振り、
「そんなこと、ないです。僕は、そういう感じでやってみたいんです」
「でも、君はプロのピアニストだよ」
「知ってます。僕は、プロのピアニストで、昨夜は有名なオケとコンチェルトを弾きました」
「だよね。それなのに……」
僕は、真剣な表情で、
「お願いします。それでやらせてください」
全く折れる気のない僕に負けたのか、店長は、「わかったよ。お願いします」と僕の提案を受け入れてくれた。
「店長。ありがとうございます」
「それはそうと、吉隅くん。何かあったのかい?」
ありました、と素直に伝えるべきだろうか。
「何だか昨日とちょっと違う。何だろう。よくわからないけど、何か違うよ?」
「そうかもしれません」
言わない方がいいのでは? そう思いつつも、僕は店長の言ったことを肯定してしまった。
「まさか、先生と喧嘩したとか?」
「いえ、逆です」
「逆?」
店長が首を傾げる。僕は頷き、
「喧嘩じゃないんです。僕、先生に……」
僕がそこまで言った時、店長が目を見開いて、「え? じゃあ、もしかして……」と呟くように言った。その言葉の先を聞きたくて、
「もしかして、とは?」
「宝生くん。君のこと、好きだって言ったとか?」
「えっと……はい。そうです」
つい正直に返事してしまい、慌てて目を伏せた。そして、そのままの姿勢で店長に疑問をぶつけてみた。
「店長は、先生の気持ちを知っていたんですか?」
「君以外の人間なら、わかるんじゃないかな? 少なくとも、僕はわかってたよ。宝生くんが、誰を好きか」
改めて口にされると、恥ずかしくなってくる。
店長が、長めの息を吐き出した。僕は、少し顔を上げて店長を見た。店長は、さっきまでとは違い、真顔になっていた。何を言われるのか、何となくわかった。店長は、口を開くと普段よりも低めの声で、
「君は油利木くんに夢中だったから、わからなかったよね」
「あの……」
「でも、まさか告白しちゃうとは思ってもみなかったけど。どうしちゃったんだろう、宝生くん」
心臓をドキドキさせながら、店長の話を聞いていた。
カーテンを開けて、窓越しに外を見る。今日もよく晴れている。空は、こんなにも気持ちよく澄み渡っているのに、どうして僕の心はざわざわしているのだろう。
顔を洗って食事をしてから、ピアノの前に座った。蓋を開けて鍵盤を見る。そうしていると、昨夜の先生の言葉がよみがえってきた。僕は首を振って、ピアノの蓋を閉じた。
夕方近くになってから、レストラン・ファルファッラに電話をした。すぐに受話器が上がり、長田店長の声が聞こえて来た。
「店長。僕、やっぱりやろうと思います」
「え? やってくれるんだ。嬉しいな」
「それで、今からそちらに行ってもいいですか? 打ち合わせをしましょう」
「いいよ。ついでに、ピアノ弾いてよ。日給払うよ」
また始まった、と思った。が、変わらない店長にホッとしていることにも気が付いていた。
「店長。僕、打ち合わせに行くって言いましたよ。それに、右足首が痛いんで無理です。ピアノを弾くのは、大晦日まで待ってください」
「わかったよ。じゃ、待ってるね」
電話を切った。
「さ、準備をしよう」
一人呟くと、支度を始めた。
十分後、僕はファルファッラの前に立っていた。ドアを開けて中に入ると、店長がこちらに振り向いた。そして、にっこり笑うと、
「いらっしゃい」
「こんばんは、店長」
「昨日の席に行こうか」
僕が返事をする前に、店長は歩き出した。僕もゆっくりと後についていく。
「座って」
「あ。はい」
僕は、指差された席に着いた。店長も、正面の席に着き、
「それにしても、引き受けてくれて良かったよ。ありがとう」
店長の笑顔を見れば、本当に嬉しがってくれているのがわかる。僕も嬉しくなってくる。僕は、テーブルに両手をのせて身を乗り出すようにしながら、
「店長。僕、当日どういうコンサートにするか考えてみたんですけど、聞いてもらえますか?」
僕の言葉に店長は頷き、
「聞くよ。で? どんな感じにするの?」
「チケット代は、頂きません」
「それ、どういうこと? コンサートだよ?」
「コンサートですけど、僕、遊びのつもりで弾きます。ですから、チケットは発行しません。代わりに、必ず食事を一品頼むこと。飲み物を一杯頼むこと。デザートを一品頼むこと。これを条件にしようと思います。人数は、テーブル席に着ける数だけ。どうですか?」
店長が、テーブルに肘をついて手で頭を支えると、
「それ、君が損をしちゃうんじゃないかな」
心配そうな口調で言う。僕は、首を振り、
「そんなこと、ないです。僕は、そういう感じでやってみたいんです」
「でも、君はプロのピアニストだよ」
「知ってます。僕は、プロのピアニストで、昨夜は有名なオケとコンチェルトを弾きました」
「だよね。それなのに……」
僕は、真剣な表情で、
「お願いします。それでやらせてください」
全く折れる気のない僕に負けたのか、店長は、「わかったよ。お願いします」と僕の提案を受け入れてくれた。
「店長。ありがとうございます」
「それはそうと、吉隅くん。何かあったのかい?」
ありました、と素直に伝えるべきだろうか。
「何だか昨日とちょっと違う。何だろう。よくわからないけど、何か違うよ?」
「そうかもしれません」
言わない方がいいのでは? そう思いつつも、僕は店長の言ったことを肯定してしまった。
「まさか、先生と喧嘩したとか?」
「いえ、逆です」
「逆?」
店長が首を傾げる。僕は頷き、
「喧嘩じゃないんです。僕、先生に……」
僕がそこまで言った時、店長が目を見開いて、「え? じゃあ、もしかして……」と呟くように言った。その言葉の先を聞きたくて、
「もしかして、とは?」
「宝生くん。君のこと、好きだって言ったとか?」
「えっと……はい。そうです」
つい正直に返事してしまい、慌てて目を伏せた。そして、そのままの姿勢で店長に疑問をぶつけてみた。
「店長は、先生の気持ちを知っていたんですか?」
「君以外の人間なら、わかるんじゃないかな? 少なくとも、僕はわかってたよ。宝生くんが、誰を好きか」
改めて口にされると、恥ずかしくなってくる。
店長が、長めの息を吐き出した。僕は、少し顔を上げて店長を見た。店長は、さっきまでとは違い、真顔になっていた。何を言われるのか、何となくわかった。店長は、口を開くと普段よりも低めの声で、
「君は油利木くんに夢中だったから、わからなかったよね」
「あの……」
「でも、まさか告白しちゃうとは思ってもみなかったけど。どうしちゃったんだろう、宝生くん」
心臓をドキドキさせながら、店長の話を聞いていた。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
出戻り王子が幸せになるまで
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
初恋の相手と政略結婚した主人公セフィラだが、相手には愛人ながら本命がいたことを知る。追及した結果、離縁されることになり、母国に出戻ることに。けれど、バツイチになったせいか父王に厄介払いされ、後宮から追い出されてしまう。王都の下町で暮らし始めるが、ふと訪れた先の母校で幼馴染であるフレンシスと再会。事情を話すと、突然求婚される。
一途な幼馴染×強がり出戻り王子のお話です。
※他サイトにも掲載しております。
happy dead end
瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」
シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる