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第10話 救い
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先生は、ベッドに横たわる僕の傍らに膝をついた。じっと見つめてくる先生に背中を向け、何も言わずにタオルケットを頭まで引き上げた。先生が動いた気配を感じ、体に力が入った。タオルケットごしに背中を撫でられて、ビクッとしてしまったが、徐々に力は抜けていった。
先生は何も言わずに、ただそうしていた。僕は、何故だか涙が溢れて来て、どうしようもなかった。
どれくらい経ってからか、ドアをノックする音がした。
「吉隅くん。雑炊、出来たよ」
店長がそう言うと、先生は、
「へえ。雑炊ですか」
「そう。体に優しいものがいいかなと思って」
「聞こえましたか、吉隅くん。君の為に、長田くんが雑炊を作ってくれたそうですよ。食べないと、長田くんに悪いと思いますけど」
先生が、僕に向かってそんなことを言った。僕は、首を振った。
「吉隅くん。僕たちは、君のことが心配でしょうがないんです。ここから出て来て、雑炊を食べて下さい」
返事をしない僕に、先生はまた話し掛けてくる。
「わかりました。一人で食べたら悪いと思っているんでしょう。だったら、僕も一緒に食べますよ。いいですね、長田くん」
「一緒に? 僕は、吉隅くんの分しか作ってないよ」
「少しくらい分けてくれてもいいでしょう。いいですよね、吉隅くん」
「宝生くん。何言ってるんだよ。君にはあげないよ。僕はね、吉隅くんの為に作ったって言ってるだろう」
「君、いつからそんなに冷たい人になったんですか。僕たちは、友達ですよね」
二人のやりとりに耳を澄ませていると、涙は消え、逆に笑い出してしまった。僕が笑ったことに二人はびっくりしたらしく、口々に「吉隅くん?」と言った。ますますおかしくて、タオルケットから顔を出してしまった。
「吉隅くん。やっと出て来てくれたんですね」
先生の目に、涙が浮かんでいるみたいだ。それを見て、僕は心の奥の方が痛む。
心配をかけている。それは、よくわかっている。でも、どうしたらいいのか全然わからなくなってしまった。心が壊れたみたいな気がするのだ。
「先生。店長。僕は、ここにいていいんでしょうか」
二人を見ながら問う。二人は、硬い表情のまま、僕を見ている。
「だから、言ってるでしょう。僕たちは、君のことが心配でしょうがないんですよ。僕たちのいるここに、戻ってきてください」
先生が、僕の髪に触れた。そして、頭を撫でながら、呟くように、
「僕たちのいる、この場所に戻ってきてください」
何度も繰り返した。また涙が浮かんできてしまった。僕は、目元を手の甲で拭うと、体を起こした。先生が、驚いた顔で僕の頭から手をのけた。僕は、先生に頷いてみせると、
「先生。僕、とりあえず雑炊を食べます。頑張ってみます」
僕が宣言すると、店長が笑顔になり、
「そうだよ。早く来てよ。冷めちゃうよ」
明るい声で言う。僕は、店長にも頷いて、
「ありがとうございます」
心から感謝していた。哀しみは消えなくても、こうして僕を心配してくれる人がそばにいる。そのことが、僕を救ってくれた。
店長と先生に促されて、テーブルに着いた。いい匂いがしている。れんげで掬って口に運ぶ。それは、とても優しい味がした。
二人が、僕が食べるのを真面目な顔で見ている。ずっと見ている。結局、食べ終わるその時まで、そうしていた。僕が、手を合わせて「ごちそうさまでした」と言うと、二人の表情は晴れやかになった。
「食べてくれて良かったよ、吉隅くん。良かった」
店長が、僕の手を両手で包んで、言った。先生は店長に頷き、「本当ですね。僕も嬉しいですよ」と言ってから、僕の方に視線を向けた。僕は、先生に微笑むと、
「おいしかったです」
「そうですか。本当に良かったです」
先生が、僕の肩を軽く叩いた。
「先生……」
「本当は、音楽に戻って来てほしいんですけど、今それを望むのはいけないことでしょうね。とりあえず、食事してくれたので、今日の所はこれで良しとしなければなりませんね」
何も言えずに、ただ先生を見つめていた。
先生は何も言わずに、ただそうしていた。僕は、何故だか涙が溢れて来て、どうしようもなかった。
どれくらい経ってからか、ドアをノックする音がした。
「吉隅くん。雑炊、出来たよ」
店長がそう言うと、先生は、
「へえ。雑炊ですか」
「そう。体に優しいものがいいかなと思って」
「聞こえましたか、吉隅くん。君の為に、長田くんが雑炊を作ってくれたそうですよ。食べないと、長田くんに悪いと思いますけど」
先生が、僕に向かってそんなことを言った。僕は、首を振った。
「吉隅くん。僕たちは、君のことが心配でしょうがないんです。ここから出て来て、雑炊を食べて下さい」
返事をしない僕に、先生はまた話し掛けてくる。
「わかりました。一人で食べたら悪いと思っているんでしょう。だったら、僕も一緒に食べますよ。いいですね、長田くん」
「一緒に? 僕は、吉隅くんの分しか作ってないよ」
「少しくらい分けてくれてもいいでしょう。いいですよね、吉隅くん」
「宝生くん。何言ってるんだよ。君にはあげないよ。僕はね、吉隅くんの為に作ったって言ってるだろう」
「君、いつからそんなに冷たい人になったんですか。僕たちは、友達ですよね」
二人のやりとりに耳を澄ませていると、涙は消え、逆に笑い出してしまった。僕が笑ったことに二人はびっくりしたらしく、口々に「吉隅くん?」と言った。ますますおかしくて、タオルケットから顔を出してしまった。
「吉隅くん。やっと出て来てくれたんですね」
先生の目に、涙が浮かんでいるみたいだ。それを見て、僕は心の奥の方が痛む。
心配をかけている。それは、よくわかっている。でも、どうしたらいいのか全然わからなくなってしまった。心が壊れたみたいな気がするのだ。
「先生。店長。僕は、ここにいていいんでしょうか」
二人を見ながら問う。二人は、硬い表情のまま、僕を見ている。
「だから、言ってるでしょう。僕たちは、君のことが心配でしょうがないんですよ。僕たちのいるここに、戻ってきてください」
先生が、僕の髪に触れた。そして、頭を撫でながら、呟くように、
「僕たちのいる、この場所に戻ってきてください」
何度も繰り返した。また涙が浮かんできてしまった。僕は、目元を手の甲で拭うと、体を起こした。先生が、驚いた顔で僕の頭から手をのけた。僕は、先生に頷いてみせると、
「先生。僕、とりあえず雑炊を食べます。頑張ってみます」
僕が宣言すると、店長が笑顔になり、
「そうだよ。早く来てよ。冷めちゃうよ」
明るい声で言う。僕は、店長にも頷いて、
「ありがとうございます」
心から感謝していた。哀しみは消えなくても、こうして僕を心配してくれる人がそばにいる。そのことが、僕を救ってくれた。
店長と先生に促されて、テーブルに着いた。いい匂いがしている。れんげで掬って口に運ぶ。それは、とても優しい味がした。
二人が、僕が食べるのを真面目な顔で見ている。ずっと見ている。結局、食べ終わるその時まで、そうしていた。僕が、手を合わせて「ごちそうさまでした」と言うと、二人の表情は晴れやかになった。
「食べてくれて良かったよ、吉隅くん。良かった」
店長が、僕の手を両手で包んで、言った。先生は店長に頷き、「本当ですね。僕も嬉しいですよ」と言ってから、僕の方に視線を向けた。僕は、先生に微笑むと、
「おいしかったです」
「そうですか。本当に良かったです」
先生が、僕の肩を軽く叩いた。
「先生……」
「本当は、音楽に戻って来てほしいんですけど、今それを望むのはいけないことでしょうね。とりあえず、食事してくれたので、今日の所はこれで良しとしなければなりませんね」
何も言えずに、ただ先生を見つめていた。
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