1 / 6
第1話 いつも隣には……
しおりを挟む
「こんばんは、茉莉ちゃん」
「また来たんですか?」
私の隣には、向こう側が透けて見えるおばあさんがいる。最近、夜勤中によく見かける。
その人は、首を振って、
「その言い方は何よ。可愛くないね」
「別に、可愛いと思われなくても大丈夫です」
「ここの職員、ひどいんだよ。私のこと、誰も見えないみたいなの」
普通は見えません、と言ってやりたかったけど我慢した。一応、介護のプロだから、お年寄りに向かってそんなことは言わない。
「私の担当だった白井くんだってさ。すぐそばにいるのに、気付かないんだよ。酷いね、あの子は」
いや、だから、普通は見えないんだよ。言ってしまいそうになる自分を叱る。
「白井くん、前から思ってたけど、ちょっとのんびりしてるっていうか、気が利かないっていうか……」
始まった。いつもこれだ。白井さんの悪口言うのがこの人……人ではないな。すでに人ではないこの存在の趣味なのだ。そして、私は何の関係もないのに、何故か延々とそれを聞かされる。何の因果だろう。
そんなことを考えて、その存在の話を真面目に聞いていなかったら、すぐにバレて顔を顰めてきた。私は、へへっと笑って、
「すみません。聞いてませんでした。それで? 白井さんが何ですって?」
聞き返したが、その存在はさらに不機嫌な表情になって、
「白井くんじゃないよ。今はね、シノちゃんの話をしてたんだよ。シノちゃんはどうしたんだい? 最近見かけないけど」
「シノちゃん?」
って誰? 私が訳がわからず首を傾げていると、ますます苛ついた感じで、
「あんた、シノちゃんを知らないのかい? 役に立たないね」
「私、まだここの老人ホームで働くようになって、ようやく四カ月ですよ? 知らないことだらけで当たり前じゃないですか。誰ですか? シノちゃんって」
不貞腐れたように言ってしまった私は、介護者失格だ。ま、介護者も人間なんで、たまには失敗もする。勘弁してもらおう。
「シノちゃんはね、この階の職員で、すごくいい子なんだよ。優しくて、いつも笑顔で。あの子が私の担当なら良かったのに。あんた、本当に知らないの?」
私は深く頷き、「知りません」と言い、
「シノちゃんの名字は何ですか?」
「シノちゃんの名字? 篠原だよ」
名字が呼び名になっていたのか。名前なのかと思った。
その存在は、「えーっと……」と言ってから、
「確か、篠原由美だったと思うけど」
私は少し考えてから、
「ホームにはいないと思いますけど。別の部署かもしれませんね」
「え? 異動したのかい?」
「知りません」
本当に知らないんだから、仕方ない。
「それで? シノちゃんに何か用があるんですか? それとも、ただ心配しているんですか?」
「用があるんだよ。ここに連れてきてくれない? どうも私はここから動けなくて」
地縛霊? そんな言葉が浮かんだ。何でこの存在は、ここから動けなくなったのだろう。
そんなことを考えていると、その存在は、
「何で動けないのか不思議に思ってるのかい? そうだね。心残りがあるからかな」
「心残り?」
「だから、シノちゃんに会わせてって。話がしたいんだ」
私は目をそらして、
「シノちゃん……あなたのこと、見えないかもしれませんよ。だって、担当だった白井さんにも見えないし。っていうか、見えるのは今のところ私だけですよ?」
横目でその存在をそっと見ると、俯いていてがっかりしている感じだった。はっきり言い過ぎただろうか。
「あんたは正しいよ、茉莉ちゃん。でもさ、思いやりがないね」
「そうですよね。すみません」
一応謝ってみる。その存在は顔を上げると、
「とにかくさ。会わせてよ。あんたが頼りなんだから。頼むよ」
私はつい頷いて、「わかりました」と言ってしまったが、急に疑問が湧いてきた。この人……人じゃなかった……この存在の名前は何だ? 今まで何回も会って話しているのに、そういえば知らない。
私は思い切って訊いてみた。
「あの……名前を教えてもらえますか」
「名前か。言ったこと、なかった?」
「聞いたことがないから、今お訊きしてます」
その存在は、ハーッと大きく息を吐き出すと、
「相田ノブ」
私をじっと見つめながら名乗った。
「また来たんですか?」
私の隣には、向こう側が透けて見えるおばあさんがいる。最近、夜勤中によく見かける。
その人は、首を振って、
「その言い方は何よ。可愛くないね」
「別に、可愛いと思われなくても大丈夫です」
「ここの職員、ひどいんだよ。私のこと、誰も見えないみたいなの」
普通は見えません、と言ってやりたかったけど我慢した。一応、介護のプロだから、お年寄りに向かってそんなことは言わない。
「私の担当だった白井くんだってさ。すぐそばにいるのに、気付かないんだよ。酷いね、あの子は」
いや、だから、普通は見えないんだよ。言ってしまいそうになる自分を叱る。
「白井くん、前から思ってたけど、ちょっとのんびりしてるっていうか、気が利かないっていうか……」
始まった。いつもこれだ。白井さんの悪口言うのがこの人……人ではないな。すでに人ではないこの存在の趣味なのだ。そして、私は何の関係もないのに、何故か延々とそれを聞かされる。何の因果だろう。
そんなことを考えて、その存在の話を真面目に聞いていなかったら、すぐにバレて顔を顰めてきた。私は、へへっと笑って、
「すみません。聞いてませんでした。それで? 白井さんが何ですって?」
聞き返したが、その存在はさらに不機嫌な表情になって、
「白井くんじゃないよ。今はね、シノちゃんの話をしてたんだよ。シノちゃんはどうしたんだい? 最近見かけないけど」
「シノちゃん?」
って誰? 私が訳がわからず首を傾げていると、ますます苛ついた感じで、
「あんた、シノちゃんを知らないのかい? 役に立たないね」
「私、まだここの老人ホームで働くようになって、ようやく四カ月ですよ? 知らないことだらけで当たり前じゃないですか。誰ですか? シノちゃんって」
不貞腐れたように言ってしまった私は、介護者失格だ。ま、介護者も人間なんで、たまには失敗もする。勘弁してもらおう。
「シノちゃんはね、この階の職員で、すごくいい子なんだよ。優しくて、いつも笑顔で。あの子が私の担当なら良かったのに。あんた、本当に知らないの?」
私は深く頷き、「知りません」と言い、
「シノちゃんの名字は何ですか?」
「シノちゃんの名字? 篠原だよ」
名字が呼び名になっていたのか。名前なのかと思った。
その存在は、「えーっと……」と言ってから、
「確か、篠原由美だったと思うけど」
私は少し考えてから、
「ホームにはいないと思いますけど。別の部署かもしれませんね」
「え? 異動したのかい?」
「知りません」
本当に知らないんだから、仕方ない。
「それで? シノちゃんに何か用があるんですか? それとも、ただ心配しているんですか?」
「用があるんだよ。ここに連れてきてくれない? どうも私はここから動けなくて」
地縛霊? そんな言葉が浮かんだ。何でこの存在は、ここから動けなくなったのだろう。
そんなことを考えていると、その存在は、
「何で動けないのか不思議に思ってるのかい? そうだね。心残りがあるからかな」
「心残り?」
「だから、シノちゃんに会わせてって。話がしたいんだ」
私は目をそらして、
「シノちゃん……あなたのこと、見えないかもしれませんよ。だって、担当だった白井さんにも見えないし。っていうか、見えるのは今のところ私だけですよ?」
横目でその存在をそっと見ると、俯いていてがっかりしている感じだった。はっきり言い過ぎただろうか。
「あんたは正しいよ、茉莉ちゃん。でもさ、思いやりがないね」
「そうですよね。すみません」
一応謝ってみる。その存在は顔を上げると、
「とにかくさ。会わせてよ。あんたが頼りなんだから。頼むよ」
私はつい頷いて、「わかりました」と言ってしまったが、急に疑問が湧いてきた。この人……人じゃなかった……この存在の名前は何だ? 今まで何回も会って話しているのに、そういえば知らない。
私は思い切って訊いてみた。
「あの……名前を教えてもらえますか」
「名前か。言ったこと、なかった?」
「聞いたことがないから、今お訊きしてます」
その存在は、ハーッと大きく息を吐き出すと、
「相田ノブ」
私をじっと見つめながら名乗った。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる