イチゴのタルト

ヤン

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光国編

第7話 混乱

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 アパートの自分たちの部屋の前に立つと、カバンの中を探った。どうやら、また鍵を持たずに出てしまっていたらしい。仕方なく呼び鈴を押すと、一緒に住んでいる中田なかたつよしがドアを開けてくれた。彼は心配そうな表情で、「遅かったですね」と言った。

「ああ。ちょっと…いろいろあって」
「いろいろ…ですか?」
「そう。いろいろ」

 ツヨシは光国みつくにを中に入れると、

「お茶を入れましょうか?」

 そう言って、光国の返事を待たずに台所へ行った。光国は、居間にしている部屋に入ると、畳の上に横になった。そして、さっき出会った少女のことを考えていた。

(いったいオレはどうしたっていうんだ)

 自分のことなのに、全く理解できない。光国は横向きになると、体を丸めた。

「光国。お茶です。どうぞ」

 ツヨシの声に体を起こすと、器を手にして口をつける。彼は茶道をやっている家で育ったので、その教育を受けている。彼の物腰が柔らかいのも言葉使いが丁寧なのも、その為だと思われる。

「光国。何かありましたか? 随分帰りが遅かったですし、それに…」

 ツヨシが言い淀んだので、光国は無理矢理微笑むと、

「ひどい顔をしてるって言いたいんだろう。そうだよ。今はさ、馬鹿みたいなことを言う気分にはなれないな」

 つい本音を口にしてしまった。ツヨシは光国から視線を外すと、

「いいんですよ。無理に話そうとしなくて。ただ、光国が心配なだけなんです」
「ありがとう。おまえ、本当に優しいよな」

 ツヨシが美しく笑む。そんな表情を見る時、光国はいつも、「この人をうちのバンドのボーカルにして良かった」と思うのだった。彼のおかげでバンドが注目されたのは、たぶん間違いない。人を惹きつけずにはいられない、そういう人なのだ。

「ツヨシ。オレさ、バイトが終わって店を出た所で女の子にぶつかられて、その子、転んでけがしちゃったんだよ。それで、バイト仲間の山田くんが手当てをしてくれて、その後彼女を家まで送ったんだ。
 『その女の子』とか言うのは、彼女にふさわしくないんだ。小学生だけど、すごく大人みたいな話し方するし、お嬢様で、振る舞いもレディーって感じで。それで、『彼女』って言ったんだ。
 それで…オレは何を言いたいんだっけ? ごめん。何だかわからなくなった。今日はこれで寝るよ」

 器を片付けることもしないですぐに部屋に行った。布団を敷いて横になると、掛け布団を頭まで隠れるように引き上げた。

(何なんだよ、これは)

 混乱する気持ちを抱え、何度も何度も寝返りを打っていた。
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