イチゴのタルト

ヤン

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家族編

第3話 迷い

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 電車に乗り込み、席を確認してから腰を下ろした。自然に溜息が出てしまう。

 自分で決めたことだということは、わかっている。が、行く先があそこだと思うと、どうしても心が重くなってくる。

 スマホをカバンから出して、電源を入れずに黒い画面を見ていると、メールが着信した。ミコからだった。すぐに確認すると、

「今日だね。大丈夫? 無理しなくていいんだよ」

 その文面を少しの間見つめてから、首を振った。逃げようとしていた自分が嫌になった。

「大丈夫だよ。今、電車に乗った。待ってろよ」

 返信する。すぐに、「わかった。待ってる」と返信が来た。もう、絶対逃げられない。

 諦めがついた時、電車が動き始めた。

 ずっと外を見ていた。高い建物が少なくなってきて、代わりに緑が多くなってきた。目的地まで、もうそんなに遠くない。不安な気持ちがもたげてきた時、乗り換えの駅に着いた。在来線に乗ってしばらくすると、実家の最寄り駅に到着した。

 改札口を出ると、駅前通りの一本奥の道へ入る。そこに、喫茶店アリスがある。オレとミコにとって、大事な思い出の場所だ。ここで待ち合わせて、ケーキか何かを買ってから、実家に行くことになっている。

 店の前に来ると、少しためらってから、ドアを開けた。マスターとミッコがオレを見て、笑顔になった。

「よく来たな。元気にしてたか」

 マスターが、オレの肩を軽く叩いて言った。オレは頷き、

「はい。一応、だけど」

 うっかり本音が出てしまった。

「そうか。今日、これから実家に行くんだもんな。ちょっと憂鬱になるのも仕方ないか」
「あ、はい。ミコが言ってましたか」
「相談されたの。会いに行っていいのかしらって。光国みつくにを苦しめてる気がするって」

 ミッコが、複雑な表情で言った。

「苦しくないとは言わないよ。だって、汀子ていこに会いに行くんだから。出来れば、会いたくない。それはそうだけど。ミコをあの二人に会わせたいって気持ちも、嘘じゃないから。なら、オレが頑張るしかないだろう」

 オレの言葉に、ミッコが頷き、

「そうだよね。会わせたいよね、大事な人と両親」
「ああ。オレ、頑張ってみる。出来るかわからないけど。で、あいつに負けたら、またここに来るよ。慰めてやってくれ」

 ミッコが、小さく笑った。そして、「わかった。いいよ」と言ってくれた。

 それからすぐに、ドアが開いて、ミコが入ってきた。

「あ。光国。ごめんね。待たせたみたいね」
「そんなに待ってないよ。それより、何にする?」

 ミコは、にっこりと微笑むと、

「何って。決まってるじゃないの。ミッコさん。イチゴのタルトを四個お願いします」
「はい、かしこまりました」

 ケーキの箱を持ってきて、詰め始めた。オレはミコを見て、

「勝手に決めた」

 ぼそっと言うと、ミコは、

「だって、私と光国と『飯田いいださん』がいるんだよ。他に何を買っていくのよ」
「はいはい。わかりました」

 ミコが、急に真面目な顔になってオレを見た。その目は、さっきのメールのように、「大丈夫?」と言っていた。オレは、頷き、

「大丈夫。何とかなるだろ」

 ミコの髪を撫でた。

「オレ、頑張る。あいつに勝てる気はしないけど、精一杯立ち向かってみるよ。おまえに言われたから両親の所に行こうと思ったんじゃない。オレが、あの二人とおまえを会わせたいと思ったんだ。それだけだ。おまえが気にすることじゃないから」

 ミコは黙ったまま頷いた。

「はい。準備できたわよ」

 ミッコが、いつもと変わらない調子で言った。代金を支払うと、「また来ます」と伝えて、店を後にした。

 商店街を離れてしばらく行くと、実家が見えてきた。鼓動が速くなっている。思わず足を止めた。

「光国。やっぱり、やめようか」

 オレは、首を縦に振りそうになって、慌てて横に振った。往生際が悪くて嫌になる。まだ逃げようとしていたのか。

「行くよ。自分で言い出したんだから。さあ、行こう」

 ミコの手を握った。ミコはオレを見上げた後、「わかった」と言った。

 実家は、もう目の前に迫っていた。
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