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「あっ、あの、僕なら大丈夫です。男だし頑丈だし、ちょっと押されたぐらいでケガなんてしな……ぁ、うわっ!?」
とん、と一歩後ろに下がったとたん、膝の裏になにか硬いものが当たった。ベッドの木枠だ。
ベッドがあることに気がつかないまま、寝室まで追い詰められてしまった。軽く肩を押され、ソフィヤは背中からシーツにころんと仰向けになってしまう。そこにすかさずロイが乗り上げてきて、ソフィヤの顔の横に手をついた。
「暴力を受けたのに性別なんて関係ないだろう。それとも──目が見えない俺相手なら、たとえケガをしていてもごまかせるとでも?」
ぴしゃりとはねつけられ、ソフィヤは思わず口をつぐむ。
酒に酔った男たちが去ったあと、晩餐会に戻ろうとするソフィヤをロイが引っ張り、二人は部屋まで戻ってきた。
覆いかぶさるようにこちらを見下ろしてくる姿はひどく苦しそうで、不機嫌なオーラを隠そうともしない。
(怒ってらっしゃる、よね……僕、なにかまずいことしちゃったのかな)
仕込み杖を抜いたときのロイの横顔は、誰もが身震いしてしまうほど冷え切っていた。
いつもおだやかな人が見せる怒りほど怖いものはない。ドス黒い憤怒が炎のようにゆらめいていて、アルファが生来持つカリスマ性をまざまざと見せつけられた。
ならば自分ももっと毅然としていなければならなかったのかもしれない。
知らない連中に絡まれたとき、まずは逃げようとするんじゃなくて、もっと強く言い返したり、ロイのように果敢に立ち向かっていくべきだったのかも……。
「考え事か。あんな目に遭ったというのに余裕だな」
身をかがめたロイが、ソフィヤの額に口づける。
頬やまぶたにキスを落としながら、べろりと耳を舐められた。耳たぶを食まれ、歯先が肉に食い込む感覚に、ソフィヤの体がビクッと跳ねる。
「っ……!」
「服を脱ぐんだ、ソフィヤ。ケガをしている箇所がないか、自分の目で見て確認するんだ」
いつものように笑っているのに、触れてくる手は優しいのに、言葉だけが容赦ない。
戸惑ったが、これ以上ロイの機嫌を損ねるようなことはしたくない。震える手で、ソフィヤはコートの前を解いた。着ていたシャツのボタンもすべて外し、ちらりとロイを伺う。
ロイはなにも言わず、じっとこちらを見下ろしている。その無言の命令に、ソフィヤはそろそろと袖から腕を引き抜き、シワにならないようコートをベッドの端に置いた。
上半身が裸になると、心もとなさにふつふつと肌が粟だつ。夜よりも黒いロイの眼差しが、じっとソフィヤの一挙一動を見つめている。
(見えてないのに。ロイ様には、僕のことが見えないはずなのに……)
それなのに、どうしてこんなに恥ずかしいんだろう。
切れ長の瞳はまるでなにもかもを見透かしているみたいで、かといって、こんなおもしろみもない体を隠そうとするのもおかしな気がする。いたたまれなくて唇を噛むと、ロイが低く囁いた。
「よく見るんだ。どこか腫れている場所は? 赤くなっているところはない?」
おそるおそる、ソフィヤは自分の体をあらためる。
ケガは……どこにもない。ちょうど心臓の上あたり、こづかれたところが少し赤いようにも見えるけれど、本当にそれだけだ。
そんなことより寒さのせいか、それとも興奮のせいなのか。ロイの視線にさらされた体が、勝手に昂りだしてしまった。
粟立つ肌に、ソフィヤの乳首がひっそりと主張し始める。ロイの手が腰骨から脇の下をたどると、やがてみぞおちのあたりを撫でた。
乾いた手はあたたかく、まるでマッサージを受けているみたいに感じる。異常がないか触れられているだけなのに、ソフィヤの鼓動がどんどん早くなっていく。まるでこの先の展開を期待しているみたいで、浅ましいこの体が恥ずかしい。
そのとき、ロイの指先がわずかに乳首をかすめた。とたんにソフィヤの腰が浮き、大きく揺れてしまう。
「っ……!」
ロイの動きが止まる。
そのまま乳首に触るのかと思いきや、ロイの手はふいと方向転換して、今度は肋骨のあたりを撫で始めた。
(え?)
触ってほしい。かわいがってほしい。敏感なところを指先でカリカリしたり、甘くこねまわしたり、もっと気持ちよくしてほしい。
ねだるようにソフィヤの腰が揺れるが、そんな願望など言えるはずもない。その後も体中を触られるが、直接的な刺激はいっさい与えられなかった。
「っ、ん……ふ、ぅ……」
「息が荒いな。もしかして痛むところがあるのか」
「ち、ちがいます……んっ……」
好きな人に全身くまなく触られていて、なにも感じないはずがない。胸の奥が切なく震え、ソフィヤの下半身にどんどん血が集まってきてしまう。
ちがう、そうじゃない。こんな医者が診察するような乾いた触り方じゃなくて、もっとちゃんと触ってほしい。
「だったら説明するんだ。いま自分の体がどうなっているのか、言葉にして教えてくれ」
「そんな……」
「こんなに近くにいるのに、俺にはなにも見えない。本当にソフィヤがケガをしていないか、触っただけじゃわからないんだ」
苦しそうに、ひどくもどかしそうに、ロイが吐き出す。
その様子をじっと見上げてから、ソフィヤは静かに覚悟を決めた。
息を吸って、吐き出す。唇がわななき、羞恥に胸が膨れ上がる。
「体は……体は、本当になんでもないです。赤くなったり、腫れているようなところはありません。ただ……」
顔が上げられない。
恥ずかしさにいよいよ涙がにじみ、ソフィヤはロイの視線から逃げるように横を向いた。
「さ、触られただけなのに……僕、気持ちよくなってしまって……その、乳首が……」
「……」
「乳首が、勃ってるんです……それに、下も苦しくて。ロイ様に、触ってほしい……」
は、とロイが息の塊を吐き出す。その目が大きく見開かれた。
いったん言葉にしてしまうと、もう我慢できない。両手で顔を覆いながら、ソフィヤは胸の内をさらけ出す。
「触ってほしい。僕も、ロイ様に触れてみたい。あなたがほしいんです。どうか、どうか僕に触って……っ、ああっ!?」
きゅう、と乳首を甘くつままれ、背中に甘い痺れが走る。
両手で掬い上げるようにソフィヤの胸を刺激しながら、ロイが熱い息を吐いた。ソフィヤの乳輪のあたりをくるくると刺激し、きゅう、と突起をつまみ上げる。ピリピリするような鋭い快感が駆け抜け、思わず腰が浮いた。
「っ、~~っ、あ……っ!」
「他には? 他にどこを触ってほしいんだ?」
「あっ、まっ、そんな、激し……ああっ!」
いやいやと身もだえるソフィヤの声に、ロイの黒い瞳孔がきゅう、と収縮する。
愛撫の手はそのままに、ロイが片手で黒いコートのボタンを外した。喉仏が荒い呼吸に揺れていて、まるでなにかスイッチが入ったみたいだ。
「ひっ!」
濡れた感触がして、ロイがソフィヤの乳首を口に含む。ざらざらした舌で舐めまわされ、強く吸い上げられる。
首筋に黒髪が当たってくすぐったい。待ち望んだ刺激に、ソフィヤはねだるように胸を突き出した。
「あ、あ、ぁう、ぅん……! ロイ様、ロイ様……っ」
「こっちも触ってほしいんだったな」
「ああっ」
ズボンの下で、ソフィヤのそれはすでに形を変えていた。
ロイの手がズボンの上から膨らみを包み込み、ゆるく上下に動かす。ダイレクトな快感に、ソフィヤの顎がくん、と上を向いた。
「ああ、ぅあ、ああ……!」
「俺も……きみに触りたい」
カチャカチャとベルトを外す音がして、ロイの手がソフィヤのそれを引っ張り出そうとする。ソフィヤももたつく手でなんとかズボンを下ろすと、下着を取り去った。
勃起した性器をあたたかい手に直接握り込まれたとたん、ソフィヤの腰がかくん、かくんと動きだしてしまう。みっともなくて恥ずかしいのに、止めることができない。
「ふあ、ああ、んああ」
「ここを触るのは二回目だな。ソフィヤが俺の手の中でひくひくしていて……すごく気持ちよさそうだ」
「やっ、やら、そんなの、言わないで……っ」
「教えてくれ、ソフィヤ。どこをどう触られるのが好きなんだ?」
ぐり、と親指の腹で亀頭をこすられる。
過ぎる快感にどんどん先走りが滲みだし、ロイの手をしとどに濡らしていく。
「そんな、言えな……そんなの言えなぁあ、あー……っ!」
竿全体を握り込まれ、いきなりロイの手が激しく上下に動きだした。ぐちゅぐちゅとすごい音がして、衝撃で軽く達してしまう。ソフィヤの先端からぴゅくっと白濁がつたい落ちた。
たくましいロイの手首をつかんで外そうとするけれど、自分と同じくらい体格のいい体に覆いかぶされたらなすすべもない。口角だけを上げてうっそりと笑うロイの姿に、ソフィヤの体の奥がきゅん、とうずいてしまう。
「ソフィヤ? 教えてくれないのか?」
「ぅあ、あ、きもちい……おちんちん、きもちい、っ、ごしごしされるの、きもちいれす……っ」
「そうか。ならこっちは?」
「あっ、あっ、らめ、おっぱい、カリカリしたら……! も、イきたい、イかせてください、おねがぁ……っ」
「ああ。いっしょに気持ちよくなろう」
興奮にきつく眉を寄せながら、ロイが自分のズボンの前をくつろげた。充血した性器がそそり立ち、太い幹には血管がいくつも浮いている。
二人の竿をひとまとめにして、ロイが腰を動かし始めた。感じる熱に、びりびりとした刺激がたまらない。互いの先走りが絡み合い、あっという間に絶頂へと昇りつめていく。
「いく……イく、ロイさま、僕、イっちゃ……!」
「っ、く……」
次の瞬間、性器の先端から白濁が吹き出した。
二人分の精液が、いきおいよくソフィヤの腹に叩きつけられる。
「はーっ、はー……っあ……けほっ」
「……すまない、ソフィヤ。大丈夫か」
欲望を吐き出して一気に冷静になったのか、ロイがつめていた息を吐いた。
ソフィヤのとなりに寝転ぶと、なだめるようにソフィヤの髪を整える。
「平気、です。それより、信じていただけましたか」
「え」
「あんな連中に絡まれて、ケガをするほどヤワじゃないってこと……どうか信じてください」
うぐ、とロイがたじろぐ。それから小さな声で「本当にすまなかった」と目を伏せた。
「ソフィヤが襲われたとき、なにもできなかった自分が不甲斐なくて……きみを誰かに奪われてしまうのが怖くて、その反動でこんなことを……」
「そんなことないです。晩餐会でも中庭でも、ロイ様は僕を助けてくれました。それに……僕が誰かに奪われるって、どういうことですか?」
「『こんなの聞いてない』『ちょっと脅かせばいいはず』──連中が去り際にそう言っていたのを覚えているか?」
「え? そういえばたしかに、そう聞こえました」
「ということは、おそらくどこかにいるはずなんだ。宮中晩餐会での俺たちの存在が、目障りだと思っている人間が。そいつが酒に酔った男たちをけしかけて、俺たちを襲わせた」
「えっ」
驚きのあまり息を呑む。ロイがわずかに眉を寄せた。
「きっとあの連中は、最初からソフィヤを狙うようにしていたんだ。ソフィヤのオメガ性を執拗にはやしたてたのもそのせいだろう」
たしかに一理あるかもしれない──ソフィヤは中庭での記憶をたどった。
ロイのような高位貴族に暴言を吐いたら、不敬罪として捕まりかねない。だから連中はソフィヤひとりにターゲットをしぼっていた。
「でも、いったいなぜそんなことを」
「俺の存在が、王都で広く知れ渡ると不利になる人間がいる。ソフィヤという存在を削れば、俺が王都に来ることもなくなると踏んだんだろう」
「そんな……そんな、まさか」
そもそも今回の晩餐会に、ロイが出席することを事前に知りえたのは身内しかいない。
そんな中、ロイがいなくなることで物事が有利に進む人物は、たったひとり──ソフィヤの元婚約者であり、ロイの実弟でもある、アミン・サザンサン公爵だ。
「この国には、嫡男に家督を相続させなければならない法律はない。だからこそ父上は目が不自由な俺じゃなく、アミンに家を継がせることにしたんだ。ただ……アミンにとって俺が王都に来ることは、不都合でしかないだろうな。もしかしたら相続権を奪われると危惧しているのかも」
「ちがっ、そんな僕はただ、ロイ様の仕事を正しく知っていただきたかっただけで……!」
「もちろんそうだ。が、アミンにとって俺は兄である以上に、公爵の地位と名誉をかけたライバル同士なんだ。なによりあいつは、俺にはない機転のよさと人脈がある」
兄と弟、どちらも優秀だが、アミンはとくに人の懐に入っていくのがうまい。二人を知るソフィヤは、つねづねそう思っていた。
その場の雰囲気を華やかにするのも、さりげなく話題をまわしていくのも、センスがなければできない芸当だ。もともと王都出身じゃないアミンがこの土地でうまくやっているのも、公爵という肩書きだけじゃなく、本人のコミュニケーション能力の高さにある。
「ロイ様は、こうなることを予想していたんですね。だからずっと、王都から遠ざかるようにしていた……」
「それもあるが、盲目だからというのが一番の理由だよ。そこをソフィヤが気に病む必要はないんだ。それより……」
ロイの唇が、ソフィヤのこめかみに触れた。あたたかい体温と力強い鼓動をすぐそばに感じる。
「愛する人が、目の前で傷つくのは辛いな。きみを──辛い目にあわせたくない」
ロイが呟く。その迷子の幼子のような細い声に、なぜかソフィヤの方が泣きたくなった。
優しい人だ。孤独な境遇に腐ることなく、つねに堂々としているこの人が、好きな人を守れない自分を責めて苦しんでいる。
どうすればこの優しい人の心を守ることができるだろう。
ソフィヤはロイの手を取り、腹に吐き出されたものをその指にまとわせた。自分の足を大きく広げて、後孔にそっとあてがう。
「……ソフィヤ?」
「ロイ、さま……」
あなたと未来の話がしたい。
このまま身も心もひとつになりたい。
胸に浮かんだ言葉を、ソフィヤは行動で示すことにした。
自分でここを慰めることはあっても、誰かに触れさせるのは初めてだ。
「──いいのか」
喘ぐようにロイがささやく。小さくうなずくソフィヤに、再びロイが覆いかぶさってきた。
とん、と一歩後ろに下がったとたん、膝の裏になにか硬いものが当たった。ベッドの木枠だ。
ベッドがあることに気がつかないまま、寝室まで追い詰められてしまった。軽く肩を押され、ソフィヤは背中からシーツにころんと仰向けになってしまう。そこにすかさずロイが乗り上げてきて、ソフィヤの顔の横に手をついた。
「暴力を受けたのに性別なんて関係ないだろう。それとも──目が見えない俺相手なら、たとえケガをしていてもごまかせるとでも?」
ぴしゃりとはねつけられ、ソフィヤは思わず口をつぐむ。
酒に酔った男たちが去ったあと、晩餐会に戻ろうとするソフィヤをロイが引っ張り、二人は部屋まで戻ってきた。
覆いかぶさるようにこちらを見下ろしてくる姿はひどく苦しそうで、不機嫌なオーラを隠そうともしない。
(怒ってらっしゃる、よね……僕、なにかまずいことしちゃったのかな)
仕込み杖を抜いたときのロイの横顔は、誰もが身震いしてしまうほど冷え切っていた。
いつもおだやかな人が見せる怒りほど怖いものはない。ドス黒い憤怒が炎のようにゆらめいていて、アルファが生来持つカリスマ性をまざまざと見せつけられた。
ならば自分ももっと毅然としていなければならなかったのかもしれない。
知らない連中に絡まれたとき、まずは逃げようとするんじゃなくて、もっと強く言い返したり、ロイのように果敢に立ち向かっていくべきだったのかも……。
「考え事か。あんな目に遭ったというのに余裕だな」
身をかがめたロイが、ソフィヤの額に口づける。
頬やまぶたにキスを落としながら、べろりと耳を舐められた。耳たぶを食まれ、歯先が肉に食い込む感覚に、ソフィヤの体がビクッと跳ねる。
「っ……!」
「服を脱ぐんだ、ソフィヤ。ケガをしている箇所がないか、自分の目で見て確認するんだ」
いつものように笑っているのに、触れてくる手は優しいのに、言葉だけが容赦ない。
戸惑ったが、これ以上ロイの機嫌を損ねるようなことはしたくない。震える手で、ソフィヤはコートの前を解いた。着ていたシャツのボタンもすべて外し、ちらりとロイを伺う。
ロイはなにも言わず、じっとこちらを見下ろしている。その無言の命令に、ソフィヤはそろそろと袖から腕を引き抜き、シワにならないようコートをベッドの端に置いた。
上半身が裸になると、心もとなさにふつふつと肌が粟だつ。夜よりも黒いロイの眼差しが、じっとソフィヤの一挙一動を見つめている。
(見えてないのに。ロイ様には、僕のことが見えないはずなのに……)
それなのに、どうしてこんなに恥ずかしいんだろう。
切れ長の瞳はまるでなにもかもを見透かしているみたいで、かといって、こんなおもしろみもない体を隠そうとするのもおかしな気がする。いたたまれなくて唇を噛むと、ロイが低く囁いた。
「よく見るんだ。どこか腫れている場所は? 赤くなっているところはない?」
おそるおそる、ソフィヤは自分の体をあらためる。
ケガは……どこにもない。ちょうど心臓の上あたり、こづかれたところが少し赤いようにも見えるけれど、本当にそれだけだ。
そんなことより寒さのせいか、それとも興奮のせいなのか。ロイの視線にさらされた体が、勝手に昂りだしてしまった。
粟立つ肌に、ソフィヤの乳首がひっそりと主張し始める。ロイの手が腰骨から脇の下をたどると、やがてみぞおちのあたりを撫でた。
乾いた手はあたたかく、まるでマッサージを受けているみたいに感じる。異常がないか触れられているだけなのに、ソフィヤの鼓動がどんどん早くなっていく。まるでこの先の展開を期待しているみたいで、浅ましいこの体が恥ずかしい。
そのとき、ロイの指先がわずかに乳首をかすめた。とたんにソフィヤの腰が浮き、大きく揺れてしまう。
「っ……!」
ロイの動きが止まる。
そのまま乳首に触るのかと思いきや、ロイの手はふいと方向転換して、今度は肋骨のあたりを撫で始めた。
(え?)
触ってほしい。かわいがってほしい。敏感なところを指先でカリカリしたり、甘くこねまわしたり、もっと気持ちよくしてほしい。
ねだるようにソフィヤの腰が揺れるが、そんな願望など言えるはずもない。その後も体中を触られるが、直接的な刺激はいっさい与えられなかった。
「っ、ん……ふ、ぅ……」
「息が荒いな。もしかして痛むところがあるのか」
「ち、ちがいます……んっ……」
好きな人に全身くまなく触られていて、なにも感じないはずがない。胸の奥が切なく震え、ソフィヤの下半身にどんどん血が集まってきてしまう。
ちがう、そうじゃない。こんな医者が診察するような乾いた触り方じゃなくて、もっとちゃんと触ってほしい。
「だったら説明するんだ。いま自分の体がどうなっているのか、言葉にして教えてくれ」
「そんな……」
「こんなに近くにいるのに、俺にはなにも見えない。本当にソフィヤがケガをしていないか、触っただけじゃわからないんだ」
苦しそうに、ひどくもどかしそうに、ロイが吐き出す。
その様子をじっと見上げてから、ソフィヤは静かに覚悟を決めた。
息を吸って、吐き出す。唇がわななき、羞恥に胸が膨れ上がる。
「体は……体は、本当になんでもないです。赤くなったり、腫れているようなところはありません。ただ……」
顔が上げられない。
恥ずかしさにいよいよ涙がにじみ、ソフィヤはロイの視線から逃げるように横を向いた。
「さ、触られただけなのに……僕、気持ちよくなってしまって……その、乳首が……」
「……」
「乳首が、勃ってるんです……それに、下も苦しくて。ロイ様に、触ってほしい……」
は、とロイが息の塊を吐き出す。その目が大きく見開かれた。
いったん言葉にしてしまうと、もう我慢できない。両手で顔を覆いながら、ソフィヤは胸の内をさらけ出す。
「触ってほしい。僕も、ロイ様に触れてみたい。あなたがほしいんです。どうか、どうか僕に触って……っ、ああっ!?」
きゅう、と乳首を甘くつままれ、背中に甘い痺れが走る。
両手で掬い上げるようにソフィヤの胸を刺激しながら、ロイが熱い息を吐いた。ソフィヤの乳輪のあたりをくるくると刺激し、きゅう、と突起をつまみ上げる。ピリピリするような鋭い快感が駆け抜け、思わず腰が浮いた。
「っ、~~っ、あ……っ!」
「他には? 他にどこを触ってほしいんだ?」
「あっ、まっ、そんな、激し……ああっ!」
いやいやと身もだえるソフィヤの声に、ロイの黒い瞳孔がきゅう、と収縮する。
愛撫の手はそのままに、ロイが片手で黒いコートのボタンを外した。喉仏が荒い呼吸に揺れていて、まるでなにかスイッチが入ったみたいだ。
「ひっ!」
濡れた感触がして、ロイがソフィヤの乳首を口に含む。ざらざらした舌で舐めまわされ、強く吸い上げられる。
首筋に黒髪が当たってくすぐったい。待ち望んだ刺激に、ソフィヤはねだるように胸を突き出した。
「あ、あ、ぁう、ぅん……! ロイ様、ロイ様……っ」
「こっちも触ってほしいんだったな」
「ああっ」
ズボンの下で、ソフィヤのそれはすでに形を変えていた。
ロイの手がズボンの上から膨らみを包み込み、ゆるく上下に動かす。ダイレクトな快感に、ソフィヤの顎がくん、と上を向いた。
「ああ、ぅあ、ああ……!」
「俺も……きみに触りたい」
カチャカチャとベルトを外す音がして、ロイの手がソフィヤのそれを引っ張り出そうとする。ソフィヤももたつく手でなんとかズボンを下ろすと、下着を取り去った。
勃起した性器をあたたかい手に直接握り込まれたとたん、ソフィヤの腰がかくん、かくんと動きだしてしまう。みっともなくて恥ずかしいのに、止めることができない。
「ふあ、ああ、んああ」
「ここを触るのは二回目だな。ソフィヤが俺の手の中でひくひくしていて……すごく気持ちよさそうだ」
「やっ、やら、そんなの、言わないで……っ」
「教えてくれ、ソフィヤ。どこをどう触られるのが好きなんだ?」
ぐり、と親指の腹で亀頭をこすられる。
過ぎる快感にどんどん先走りが滲みだし、ロイの手をしとどに濡らしていく。
「そんな、言えな……そんなの言えなぁあ、あー……っ!」
竿全体を握り込まれ、いきなりロイの手が激しく上下に動きだした。ぐちゅぐちゅとすごい音がして、衝撃で軽く達してしまう。ソフィヤの先端からぴゅくっと白濁がつたい落ちた。
たくましいロイの手首をつかんで外そうとするけれど、自分と同じくらい体格のいい体に覆いかぶされたらなすすべもない。口角だけを上げてうっそりと笑うロイの姿に、ソフィヤの体の奥がきゅん、とうずいてしまう。
「ソフィヤ? 教えてくれないのか?」
「ぅあ、あ、きもちい……おちんちん、きもちい、っ、ごしごしされるの、きもちいれす……っ」
「そうか。ならこっちは?」
「あっ、あっ、らめ、おっぱい、カリカリしたら……! も、イきたい、イかせてください、おねがぁ……っ」
「ああ。いっしょに気持ちよくなろう」
興奮にきつく眉を寄せながら、ロイが自分のズボンの前をくつろげた。充血した性器がそそり立ち、太い幹には血管がいくつも浮いている。
二人の竿をひとまとめにして、ロイが腰を動かし始めた。感じる熱に、びりびりとした刺激がたまらない。互いの先走りが絡み合い、あっという間に絶頂へと昇りつめていく。
「いく……イく、ロイさま、僕、イっちゃ……!」
「っ、く……」
次の瞬間、性器の先端から白濁が吹き出した。
二人分の精液が、いきおいよくソフィヤの腹に叩きつけられる。
「はーっ、はー……っあ……けほっ」
「……すまない、ソフィヤ。大丈夫か」
欲望を吐き出して一気に冷静になったのか、ロイがつめていた息を吐いた。
ソフィヤのとなりに寝転ぶと、なだめるようにソフィヤの髪を整える。
「平気、です。それより、信じていただけましたか」
「え」
「あんな連中に絡まれて、ケガをするほどヤワじゃないってこと……どうか信じてください」
うぐ、とロイがたじろぐ。それから小さな声で「本当にすまなかった」と目を伏せた。
「ソフィヤが襲われたとき、なにもできなかった自分が不甲斐なくて……きみを誰かに奪われてしまうのが怖くて、その反動でこんなことを……」
「そんなことないです。晩餐会でも中庭でも、ロイ様は僕を助けてくれました。それに……僕が誰かに奪われるって、どういうことですか?」
「『こんなの聞いてない』『ちょっと脅かせばいいはず』──連中が去り際にそう言っていたのを覚えているか?」
「え? そういえばたしかに、そう聞こえました」
「ということは、おそらくどこかにいるはずなんだ。宮中晩餐会での俺たちの存在が、目障りだと思っている人間が。そいつが酒に酔った男たちをけしかけて、俺たちを襲わせた」
「えっ」
驚きのあまり息を呑む。ロイがわずかに眉を寄せた。
「きっとあの連中は、最初からソフィヤを狙うようにしていたんだ。ソフィヤのオメガ性を執拗にはやしたてたのもそのせいだろう」
たしかに一理あるかもしれない──ソフィヤは中庭での記憶をたどった。
ロイのような高位貴族に暴言を吐いたら、不敬罪として捕まりかねない。だから連中はソフィヤひとりにターゲットをしぼっていた。
「でも、いったいなぜそんなことを」
「俺の存在が、王都で広く知れ渡ると不利になる人間がいる。ソフィヤという存在を削れば、俺が王都に来ることもなくなると踏んだんだろう」
「そんな……そんな、まさか」
そもそも今回の晩餐会に、ロイが出席することを事前に知りえたのは身内しかいない。
そんな中、ロイがいなくなることで物事が有利に進む人物は、たったひとり──ソフィヤの元婚約者であり、ロイの実弟でもある、アミン・サザンサン公爵だ。
「この国には、嫡男に家督を相続させなければならない法律はない。だからこそ父上は目が不自由な俺じゃなく、アミンに家を継がせることにしたんだ。ただ……アミンにとって俺が王都に来ることは、不都合でしかないだろうな。もしかしたら相続権を奪われると危惧しているのかも」
「ちがっ、そんな僕はただ、ロイ様の仕事を正しく知っていただきたかっただけで……!」
「もちろんそうだ。が、アミンにとって俺は兄である以上に、公爵の地位と名誉をかけたライバル同士なんだ。なによりあいつは、俺にはない機転のよさと人脈がある」
兄と弟、どちらも優秀だが、アミンはとくに人の懐に入っていくのがうまい。二人を知るソフィヤは、つねづねそう思っていた。
その場の雰囲気を華やかにするのも、さりげなく話題をまわしていくのも、センスがなければできない芸当だ。もともと王都出身じゃないアミンがこの土地でうまくやっているのも、公爵という肩書きだけじゃなく、本人のコミュニケーション能力の高さにある。
「ロイ様は、こうなることを予想していたんですね。だからずっと、王都から遠ざかるようにしていた……」
「それもあるが、盲目だからというのが一番の理由だよ。そこをソフィヤが気に病む必要はないんだ。それより……」
ロイの唇が、ソフィヤのこめかみに触れた。あたたかい体温と力強い鼓動をすぐそばに感じる。
「愛する人が、目の前で傷つくのは辛いな。きみを──辛い目にあわせたくない」
ロイが呟く。その迷子の幼子のような細い声に、なぜかソフィヤの方が泣きたくなった。
優しい人だ。孤独な境遇に腐ることなく、つねに堂々としているこの人が、好きな人を守れない自分を責めて苦しんでいる。
どうすればこの優しい人の心を守ることができるだろう。
ソフィヤはロイの手を取り、腹に吐き出されたものをその指にまとわせた。自分の足を大きく広げて、後孔にそっとあてがう。
「……ソフィヤ?」
「ロイ、さま……」
あなたと未来の話がしたい。
このまま身も心もひとつになりたい。
胸に浮かんだ言葉を、ソフィヤは行動で示すことにした。
自分でここを慰めることはあっても、誰かに触れさせるのは初めてだ。
「──いいのか」
喘ぐようにロイがささやく。小さくうなずくソフィヤに、再びロイが覆いかぶさってきた。
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