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第二章
キスの意味
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彼女は花の刺繍が入った布巾をかけた、大きめのバスケットを抱えている。
「これ、お夕食です。なにも口に入れないでいたら倒れてしまうから。夫が持って行ってやれって」
キャリンがバスケットをルトに差し出した。しかしルトは固まってそのバスケットを受け取らない。キャリンとミスティは顔を見合わせる。
「ありがとうございます。夕食を持ってきてくださるなんて思っていなくて、驚きました。お夕食、ありがたく受け取りますね」
返事をしないルトの代わりに、ミスティがキャリンからバスケットを受け取った。
「あ、ああ……申し訳ない。まさか夕食を持ってきてくださるとは思わなかったので、驚きすぎて固まってしまった」
「あら、そうだったの? ふふふふ」
ルトの顔を見上げるキャリンの頬がほんのりと赤くなり、恥ずかしそうにして笑った。心なしかルトを見る目も熱っぽく感じて、ミスティの胸の中にもやもやした感情が降り積もる。
「トラジさんのところで夜を明かすの? うちならふかふかのベッドで眠れるのに」
キャリンがルトの腕に手をかけて、まるで誘っているかのようにルトの体を揺すった。ルトに話しかける声もどこか猫なで声だ。
「まだ調べることがあるので、今日はトラジさんのところで朝を迎えようかと思う。心遣い感謝する」
腕にかかっているキャリンの手を、ルトがやんわりと外した。
「そう、残念だわ。じゃあ明日の朝、またうちに寄ってくださいね」
キャリンはルトにだけそう言って帰ってしまった。まるでその後ろにいるミスティなど見えていないかのようで腑に落ちない。
(なんだか、僕は目に入っていないみたいだった)
とはいえ、何日も彼らの家に泊まるわけではないから、気にしないでおこうとミスティは思った。
「ねえ、バスケットの中身、すごいよ」
扉を閉めてこちらに戻ってきたルトに声をかける。バスケットの中にはパンとチーズ。スープまで入っていた。
「キャリンが気を遣ってくれたんだな。これまでこんなふうに人からやさしくされたことがなかったから、驚いて固まってしまった。みっともないな」
「そうだったんだ。ルトはつらい人生だったのかな? 僕はいつも叱られてたけど、両親はやさしくしてくれたから、少しはしあわせだったのかもしれない」
「やさしくされると、どうしていいかわからなくなる」
バスケットの中のパンを掴んだルトが、おもむろに齧りついている。まるで照れ隠しをしているように見えた。
ミスティはキャリンが気を遣ったという言葉に少しムッとしつつ、ムカムカする気持ちを抑えるため自分の椅子に座り、ルトと同じようにバスケットからパンを取り出した。
「まずは食べよう、ルト。お腹が減っていたら、なにもできないから」
つっけんどんな言い方をして、ミスティもパンに齧りつく。腹は立っても腹は減るようで、白くてやわらかいパンは、ミスティの食欲を刺激した。
カップに入ったスープには丸い木の蓋がしてあり、それを取るとふわっとコーンのあまい香りと温かな蒸気が上がった。
「ミスティ……? なにか怒っているのか?」
怪訝な顔をしたルトが、ミスティの向かい側に腰を下ろす。どうやらキャリンの視線の意味には気づいていないようだ。
(どうして僕が気づいちゃうんだろう。それに、どうしてこんなにムカムカするの?)
今まで怒りという怒りを感じたことのないミスティは、初めての感情に戸惑っていた。
「べ、別に怒ってなんて、いないよ」
手に持っているパンを口に押し込んで、もうこれ以上は話せないとジェスチャーしてみせた。口を動かしながらミスティはまだ見ていない書物を開いていく。ルトもそれ以上は聞いてこなかったのでミスティは少しホッとしていた。
「あ、僕、日記を書かなくちゃいけないから、作業から外れるよ」
「ああ、わかった」
ミスティは本を閉じて目の前に積んである書物の一番上に載せ、鞄から日記帳を取り出した。ルトはさっきまで困惑した顔をしていたのに、今はなぜか口元に笑みを浮かべている。しかもミスティを見つめてニコニコ顔なのだ。
「ど、どうしたの? ルトはどうして僕を見てそんな機嫌がいいの?」
「どうしてかって? ミスティのその砕けた口調がうれしいだけ。やっとの昨日のミスティだなと思ったんだ」
「そ、そうなんだ。昨日の僕はこんな感じだった?」
「ああ、そうだな」
「でも、明日になったらまた、元に戻ってしまうよ」
俯いてしょんぼりと言えば、ルトが席を立ってミスティの隣までやってきた。そして頭の上に手を載せてやさしく撫でてくれる。
「そうがっかりしなくていい。元に戻ってもミスティはミスティだ」
顎先に指をかけられる。潤んだ瞳でルトを見上げると、彼の熱っぽい視線に囚われた。そしてルトの顔が近づいてきて、キスをされる、と内心期待したが、それが途中で止まった。
「ど、どうした、の?」
「キスはいやじゃないと言っていたな」
「う、ん……。でもどうして、ルトは僕に、キスをするの?」
両親なら頬に、友人ならハグくらいだ。恋人や夫婦がこういうキスをするならわかる。ミスティとルトは旅の友。それなのにルトはミスティにキスをする。その意味はどういうことなのか。
「これ、お夕食です。なにも口に入れないでいたら倒れてしまうから。夫が持って行ってやれって」
キャリンがバスケットをルトに差し出した。しかしルトは固まってそのバスケットを受け取らない。キャリンとミスティは顔を見合わせる。
「ありがとうございます。夕食を持ってきてくださるなんて思っていなくて、驚きました。お夕食、ありがたく受け取りますね」
返事をしないルトの代わりに、ミスティがキャリンからバスケットを受け取った。
「あ、ああ……申し訳ない。まさか夕食を持ってきてくださるとは思わなかったので、驚きすぎて固まってしまった」
「あら、そうだったの? ふふふふ」
ルトの顔を見上げるキャリンの頬がほんのりと赤くなり、恥ずかしそうにして笑った。心なしかルトを見る目も熱っぽく感じて、ミスティの胸の中にもやもやした感情が降り積もる。
「トラジさんのところで夜を明かすの? うちならふかふかのベッドで眠れるのに」
キャリンがルトの腕に手をかけて、まるで誘っているかのようにルトの体を揺すった。ルトに話しかける声もどこか猫なで声だ。
「まだ調べることがあるので、今日はトラジさんのところで朝を迎えようかと思う。心遣い感謝する」
腕にかかっているキャリンの手を、ルトがやんわりと外した。
「そう、残念だわ。じゃあ明日の朝、またうちに寄ってくださいね」
キャリンはルトにだけそう言って帰ってしまった。まるでその後ろにいるミスティなど見えていないかのようで腑に落ちない。
(なんだか、僕は目に入っていないみたいだった)
とはいえ、何日も彼らの家に泊まるわけではないから、気にしないでおこうとミスティは思った。
「ねえ、バスケットの中身、すごいよ」
扉を閉めてこちらに戻ってきたルトに声をかける。バスケットの中にはパンとチーズ。スープまで入っていた。
「キャリンが気を遣ってくれたんだな。これまでこんなふうに人からやさしくされたことがなかったから、驚いて固まってしまった。みっともないな」
「そうだったんだ。ルトはつらい人生だったのかな? 僕はいつも叱られてたけど、両親はやさしくしてくれたから、少しはしあわせだったのかもしれない」
「やさしくされると、どうしていいかわからなくなる」
バスケットの中のパンを掴んだルトが、おもむろに齧りついている。まるで照れ隠しをしているように見えた。
ミスティはキャリンが気を遣ったという言葉に少しムッとしつつ、ムカムカする気持ちを抑えるため自分の椅子に座り、ルトと同じようにバスケットからパンを取り出した。
「まずは食べよう、ルト。お腹が減っていたら、なにもできないから」
つっけんどんな言い方をして、ミスティもパンに齧りつく。腹は立っても腹は減るようで、白くてやわらかいパンは、ミスティの食欲を刺激した。
カップに入ったスープには丸い木の蓋がしてあり、それを取るとふわっとコーンのあまい香りと温かな蒸気が上がった。
「ミスティ……? なにか怒っているのか?」
怪訝な顔をしたルトが、ミスティの向かい側に腰を下ろす。どうやらキャリンの視線の意味には気づいていないようだ。
(どうして僕が気づいちゃうんだろう。それに、どうしてこんなにムカムカするの?)
今まで怒りという怒りを感じたことのないミスティは、初めての感情に戸惑っていた。
「べ、別に怒ってなんて、いないよ」
手に持っているパンを口に押し込んで、もうこれ以上は話せないとジェスチャーしてみせた。口を動かしながらミスティはまだ見ていない書物を開いていく。ルトもそれ以上は聞いてこなかったのでミスティは少しホッとしていた。
「あ、僕、日記を書かなくちゃいけないから、作業から外れるよ」
「ああ、わかった」
ミスティは本を閉じて目の前に積んである書物の一番上に載せ、鞄から日記帳を取り出した。ルトはさっきまで困惑した顔をしていたのに、今はなぜか口元に笑みを浮かべている。しかもミスティを見つめてニコニコ顔なのだ。
「ど、どうしたの? ルトはどうして僕を見てそんな機嫌がいいの?」
「どうしてかって? ミスティのその砕けた口調がうれしいだけ。やっとの昨日のミスティだなと思ったんだ」
「そ、そうなんだ。昨日の僕はこんな感じだった?」
「ああ、そうだな」
「でも、明日になったらまた、元に戻ってしまうよ」
俯いてしょんぼりと言えば、ルトが席を立ってミスティの隣までやってきた。そして頭の上に手を載せてやさしく撫でてくれる。
「そうがっかりしなくていい。元に戻ってもミスティはミスティだ」
顎先に指をかけられる。潤んだ瞳でルトを見上げると、彼の熱っぽい視線に囚われた。そしてルトの顔が近づいてきて、キスをされる、と内心期待したが、それが途中で止まった。
「ど、どうした、の?」
「キスはいやじゃないと言っていたな」
「う、ん……。でもどうして、ルトは僕に、キスをするの?」
両親なら頬に、友人ならハグくらいだ。恋人や夫婦がこういうキスをするならわかる。ミスティとルトは旅の友。それなのにルトはミスティにキスをする。その意味はどういうことなのか。
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